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鉛を排除したマイクロデバイス用圧電体薄膜の開発 -毒性元素やプロセス汚染元素を使わず、過去最高の使用温度を実現-

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2012.03.14

要約

東京工業大学総合理工学研究科の舟窪浩准教授とキヤノン、上智大学理工学部の内田寛准教授らの研究グループは、毒性元素の鉛を使わずに、過去最高の使用可能温度と鉛系圧電体に匹敵する特性を有する圧電体薄膜(用語1)の開発に成功した。

しかも開発した圧電体薄膜は半導体に悪影響を及ぼすナトリウムやカリウムも含有しないため、シリコンを用いたマイクロデバイス(MEMS(用語2))にも使用可能である。従来、高圧下でしか合成できなかった亜鉛酸チタン酸ビスマス[Bi(Zn1/2Ti1/2)O3]を、他のビスマス含有ペロブスカイトと固溶(用語3)させることで安定化することに成功した。半導体プロセスへの圧電体組み込みだけでなく、鉛を含まないため特に安全性が重視される医療分野への展開も期待できるなど、圧電MEMSの応用分野を飛躍的に広げる可能性が見込まれる。

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

東京工業大学総合理工学研究科の舟窪浩准教授とキヤノン、上智大学理工学部の内田寛准教授らの研究グループは、毒性元素の鉛を使わずに、過去最高の使用可能温度と鉛系圧電体に匹敵する特性を有する圧電体薄膜(用語1)の開発に成功した。

しかも開発した圧電体薄膜は半導体に悪影響を及ぼすナトリウムやカリウムも含有しないため、シリコンを用いたマイクロデバイス(Micro Electro Mechanical Systems=MEMS(用語2))にも使用可能である。従来、高圧下でしか合成できなかった亜鉛酸チタン酸ビスマス[Bi(Zn1/2Ti1/2)O3]を、他のビスマス含有ペロブスカイトと固溶(用語3)させることで安定化することに成功した。半導体プロセスへの圧電体組み込みだけでなく、鉛を含まないため特に安全性が重視される医療分野への展開も期待できるなど、圧電MEMSの応用分野を飛躍的に広げる可能性が見込まれる。
この成果を東京都新宿区の早稲田大学で開かれる2012年春季 第59回 応用物理学関係連合講演会で3月18日(日)に発表する。

1. 研究の背景

結晶が外部からの圧力に応じて誘電分極を生じる現象を圧電効果、また電場を結晶に加えることで結晶が歪む現象を逆圧電効果という。このような現象を示す物質を圧電体といい、電気エネルギーと機械エネルギーを相互に変換可能な、電気―機械エネルギー変換物質と表現することもできる。

ライターの着火石(機械的エネルギー⇒電気エネルギー)やプリンタのインクジェットヘッド(電気エネルギー⇒機械エネルギー)などに使われている。また、圧電体を用いたMEMSは、その高い位置制御性からジャイロセンサやデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械エネルギー⇒電気エネルギー)など多くのセンサとしても幅広く実用化されており、重要な要素技術である。最近では自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動、さらには人間の歩行による振動でも発電できる物質として注目を集めている。

圧電体膜を動力源やセンサとして用いる圧電MEMSは、精密な位置決めが可能なことや、サイズの小型化が容易なことから、将来のMEMSの本命と考えられてきた。しかし現在、使用されている圧電体は重量比で60%以上の鉛を含有しているため、人体への安全性の観点から、用途が限定されているばかりか、新規応用開拓の大きな妨げになっていた。

鉛を含まない圧電体の開発は長い間行われてきたが、現在、主に検討されている非鉛系材料はナトリウムやカリウムを主成分として含有している。これらの元素は、半導体の動作を不安定にする“プロセス汚染元素”として広く知られ、半導体プロセスでは使用できない元素のため、半導体プロセスとの融合が不可欠な圧電MEMSでの使用は困難と考えられていた。従って、ナトリウムやカリウムを含有しない圧電体開発は、圧電MEMSの非鉛化にとって長年の夢だった。

2.研究手法・成果

結晶構造の異なる2つの物質を混合させる時、特定の混合割合で結晶構造が変化し、同時に大きな圧電性が観察されることが以前から知られていた。また、その一方で、鉛を含有する特定の結晶構造の材料を用いると、飛躍的に大きな圧電性が観察されることも知られていた。しかし、鉛を含有する材料と同じ結晶構造をもち、代替しうる非鉛材料はこれまで見つかっておらず、非鉛の圧電体は材料探索が非常に難しい状況だった。

同グループは鉛系の代替材料として近年に発見されたBi(Zn1/2Ti1/2)O3を用いた。従来、この物質は高圧下でのみ安定に存在し、常圧下では不安定であるため、圧電体としての応用は不可能と考えられていた。

同グループは、シリコン基板上に作製した白金電極層を構成するそれぞれの白金粒子の表面に、単結晶の圧電体を成長させる “ローカルエピタキシャル成長”技術を用いて、高圧でしか作製できなかった結晶相の安定化にはじめて成功した。さらに、圧電性が大きくなる結晶方位に配向制御した膜の作製にも成功した(図1)。

作製した圧電膜の変位は、最も広く使用されている鉛系圧電体であるチタン酸ジルコン酸鉛[Pb(Zr,Ti)O3]を同一条件下で測定した場合の測定値とほぼ同じだった(図2)。また、この組成の膜の圧電性が消失する温度(キュリー温度)は、800℃以上であり、過酷な高温下での動作も期待できることが分かった。

図1 シリコン基板上に作製した圧電体膜のX線回折図形とX線極点図形(上図)と
その結晶配向モデル図(下図)

圧電膜の111回折のみが観察され、基板垂直方向に圧電膜が(111)配向しているのが分かる。また、圧電膜の111回折で測定したX線極点図形では、試料煽り角が0°と55°の時に、試料回転角度によらず回折強度が極大となり、圧電膜が基板面に平行方向ではランダムに配向しているが、基板面に垂直方向では単一配向していることが分かる。(下図参照)

図2 圧電膜に交流電界(単位長さあたりの電圧)を印加した際、
電界と平行方向に観察された圧電膜の変位

正電界側では1V当たり約220pmの変位が得られており、この値は最も広く使用されている鉛系圧電体のPb(Zr,Ti)O3を同一条件で測定した値と遜色ない。また、この値はナトリウムやカリウムを含まない非鉛圧電体で初めて到達した大きな値である。

3.期待される波及効果

今回の成果により、以下の波及効果が期待できる。

a)圧電MEMSの開発が加速

半導体プロセスとの融合が可能で特性の良い圧電体を開発したことで、以下の用途が期待できる。

i)インクジェット技術の飛躍的向上

  •  インクジェット技術は、デバイスや回路を印刷作成する“プリンティングエレクトロニクス”の最も重要な技術である。半導体プロセス対応可能な圧電体開発は、圧電MEMSを用いたインクジェット技術を持続的に利用可能とする。さらなる圧電性能の向上により、ヘッドの高密度化が可能となり、さらに微細な構造物の印刷が可能になると予想される。
  •  今回開発した物質の主成分であるビスマス酸化物は、強誘電体メモリとして、例えばSUICA等で製品化されており、微細加工技術も確立されている。そのため、微細加工可能な圧電MEMSの開発も期待できる。

ii) MEMSの静電方式から、圧電方式への変更による高性能化・小型化が加速

  •  圧電を用いたMEMSでは、従来半導体プロセスと融合して使用できる圧電体が鉛系の圧電体しかなかったため、毒性元素の鉛を嫌う会社では、制御性やコンパクト性を犠牲にして静電方式のMEMSを用いてきた。
  •  本成果によって、MEMSの高性能化および小型化を加速させることが期待できる。

b) 新規用途への展開

  • 電圧を印加した際の変位を利用する用途に限らず、逆に高温で機械的応力を検知するセンサとしての応用も可能になった。これによって高温、高圧で動作する発電所や自動車のエンジンの内部の圧力モニタ等の開発にも応用でき、発電所や自動車のエンジン等の高効率運転が可能にな。
  • 従来非鉛圧電体材料の主成分であったナトリウムやカリウムは、湿度の高い条件下等の過酷な条件では、特性の長期安定性に問題があることが指摘されていた。今回開発した物質は、鉛を含まず、しかも過酷な条件下での安定動作が期待できるため、これまでの材料では使用が困難と考えられていた新規用途への展開が期待できる。

4.発表情報

題    名:一軸配向Bi(Zn1/2Ti1/2)O3系圧電体薄膜の作製と圧電性評価

著    者:安井 伸太郎、及川 貴弘、長田 潤一、内田 寛、渡邉 隆之、
薮田 久人、三浦 薫、黒澤 実、舟窪 浩

発表学会:2012年春季 第59回 応用物理学関係連合講演会

学会日程:2012年3月18日

特記事項

本研究の一部は、文部科学省「元素戦略プロジェクト」の一環して行った。

用語解説

  1. 1.
    圧電体薄膜
    ある結晶が外部からの圧力に応じて誘電分極を生じる効果を圧電効果という。また電場を結晶に加えることで結晶が歪む効果を逆圧電効果という。このような現象を示す結晶を圧電体といい、その薄膜になっているものが圧電体薄膜。
  2. 2.
    MEMS(メムス、Micro Electro Mechanical Systems)
    機械要素部品、センサ、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイス。
  3. 3.
    固溶
    物質同士を混合することで、その安定性や特性を変化させる方法。

本件に関するお問い合せ先
舟窪浩
大学院総合理工学研究科 物質科学創造専攻 准教授
電話: 045-924-5446   FAX: 045-924-5446
E-mail: funakubo.h.aa@m.itech.ac.jp

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