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「電子の集団運動」をリアルタイム観測 -夢の光(X線自由電子レーザー)を用いた材料研究の新展開-

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公開日:2012.05.18

要約

ポイント

  • 超高速な電子の集団運動をナノレベルで観測
  • X線自由電子レーザーを用いた固体材料研究における新しい切り口
  • 強相関電子機能のメカニズム解明、基礎・応用研究への発展

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

概要

 東京工業大学応用セラミックス研究所の笹川崇男准教授と米スタンフォード大学などの日米共同研究チームは、強相関電子系物質(用語1)における高温超伝導や巨大磁気抵抗などの発現メカニズムのカギを握る「電子の集団運動」を、X線自由電子レーザーを用いてリアルタイム観測することに成功した。また近年、秩序状態にある電子を光パルスなどで励起し、過渡的に集団運動する新しい電子状態を創造して電子機能につなげようという研究が盛んになっており、今回の観測結果はそうした研究を大きく前進させると期待される。

 X線自由電子レーザーはナノの世界における超高速現象をストロボ撮影できる“夢の光”。今回はこれを固体材料研究に用いた新しい試みとしても注目される。ナノレベルで超高速の極限現象を観測できることが実証され、今春から運用が始まった理化学研究所のSACRA施設(兵庫県佐用町)におけるX線自由電子レーザーの利用促進にも大きな刺激を与える結果といえる。

 この成果は5月15日発行の英国の科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載された。

研究の背景と経緯

 高温超伝導や巨大磁気抵抗などの驚異的な現象を示す強相関電子系物質では、電子の秩序状態や集団運動の理解が、メカニズム解明への有力な手がかりになると考えられている。また、強相関電子系物質で秩序状態にある電子を光パルスなどで励起することにより、過渡的に集団運動する新しい電子状態を創造して、電子機能につなげようという研究も近年盛んに行われている。

研究成果

 今回、ナノメートルの周期で電子が縞状に規則正しく配置することで知られている代表的な強相関電子系物質のランタン・ストロンチウム・ニッケルの酸化物「 (La,Sr)2NiO4 」を対象として、光によって電子状態に刺激を与えた際に、どのように電子が集団運動するのかを数兆分の1秒の時間分解能で観測することに成功した。

 観測には、ナノスケールの世界で起こる現象を観測できるX線と、数兆分の1秒のシャッタースピードで超高速現象を観測できるレーザーの性質を兼ね備えた、X線自由電子レーザーを用いた。X線自由電子レーザーは、これまで実現不可能であった分析を可能にする21世紀の夢の光として、日本においては5つの国家基幹技術の1つに据えられて開発が進められており、今春から大型放射光施設SPring-8に隣接したSACLAの愛称で呼ばれる施設で供用運転が開始された。

今回の実験は、世界で初めて稼働したX線自由電子レーザー施設として知られる、スタンフォード大学構内にあるSLAC国立加速器研究所の線型加速器コヒーレント光源(LCLS)で行われたが、日本のSACLA施設で今後開始される研究にも大きな刺激を与えるものと考えられる。

 今回の実験では、光パルスで電子の秩序状態に刺激を与えた後に元の状態に戻るまでの電子の集団運動の様子を、X線自由電子レーザーを用いた共鳴X線回折(用語2)という手法でリアルタイムに観測した(図1)。秩序状態は、秩序の振幅(規則配置による電子密度の周期的な濃淡)と秩序の位相(基準点からの配置のずれ)の2つで決定されるが、この両者の時間的な変化を観測した例はこれまでになかった。観測の結果、光による刺激で変動した電子相の秩序状態が元に戻る際には、振幅の回復よりも位相の回復に10倍以上も時間がかかることが分かった(図2)。

今後の展開

 本研究は、ナノスケールで複雑に相互作用しあう電子集団の超高速ダイナミクスを捉えるとともに、そこにおける位相の重要さを示した結果として意義を持つ。今後、強相関電子系物質において機能を生み出している電子の集団運動に対して、同手法を用いた研究が活発に行われることが予想され、これによって理解が飛躍的に進むものと期待される。

【参考図】

図1.実験の概念図:光バルス (800 nm) で強相関電子系物質中の秩序化した電子状態に刺激を与え、変動状態からもとにもどる際の電子の集団運動の様子を、X線自由電子レーザーを用いた共鳴X線回折法によって観測した。

図2.観測結果の概念図: 光励起された電子秩序は、最初に秩序の振幅(Δ)が回復し、その後に10倍以上の時間をかけて位相(φ)が回復した。この際に、秩序の周期(ξ)は変化しなかった。観測したダイナミックスは、数兆分の1秒から数100億分の1秒の間に生じている現象である。

用語説明

  1. (1)

    強相関電子系物質

    通常の金属や半導体では、個々の電子は他の電子からの影響をほとんど受けずに独立した粒子として自由に振る舞っていると近似できる。これに対して、遷移金属や希土類を含む化合物では、電子どうしのクーロン相互作用が非常に大きくなって、電子(電荷やスピン)が秩序状態を作ったり集団運動したりする状態をもつ場合があり、それら物質を強相関電子系と呼ぶ。その代表例は、高温超伝導を示す銅酸化物や巨大磁気抵抗を示すマンガン酸化物などである。

  2. (2)

    共鳴X線回折

    入射X線のエネルギーを特定元素の電子軌道エネルギーと共鳴させることにより、着目した元素の電荷や軌道が結晶格子の上でどのように振る舞っているのかについて情報を得ることができる実験手法。

論文情報

“Phase Fluctuations and the Absence of Topological Defects in Photo-excited Charge Ordered Nickelate (光励起した電荷秩序をもつニッケル酸化物における位相欠陥のない相ゆらぎ)”

W.S. Lee, Y.D. Chuang, R.G. Moore, Y. Zhu, L. Patthey, M. Trigo, D.H. Lu, P.S. Kirchmann, O. Krupin, M. Yi, M. Langner, N. Huse, J.S. Robinson, Y. Chen, S.Y. Zhou, G. Coslovich, B. Huber, D.A. Reis, R.A. Kaindl, R.W. Schoenlein, D. Doering, P. Denes, W.F. Schlotter, J.J. Turner, S.L. Johnson, M. Först, T. Sasagawa, Y.F. Kung, A.P. Sorini, A.F. Kemper, B. Moritz, T.P. Devereaux, D.-H. Lee, Z.X. Shen, Z. Hussain,

Nature Communications 3, 839 (2012).

本件に関するお問い合せ先
笹川崇男
応用セラミックス研究所 准教授
電話: 045-924-5366   FAX: 045-924-5366
E-mail: sasagawa@msl.titech.ac.jp
URL: http://www.msl.titech.ac.jp/~sasagawa/outer

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