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進化の系譜を遡った遺伝暗号を再現 -生物の普遍メカニズムを改変-

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公開日:2012.08.22

要約

東京工業大学大学院総合理工学研究科の木賀大介准教授らの研究グループは、生命が遺伝子の情報をもとにタンパク質を作るためのシステムである遺伝暗号表を書き換える方法を確立し、初期の生命が使っていたとされる遺伝暗号表の再現に世界で初めて成功した。この成果により、タンパク質と遺伝暗号の進化の研究を、物質に基づいて行うことが可能になる。また工学的な展開として、化学修飾を必要とする新規タンパク質性医薬品の探索を効率化することも期待される。
大腸菌からヒトまで、ほとんどの生物はタンパク質を作るために20種類のアミノ酸を使用しており、この数は遺伝暗号表で決まっている。一方、より少ない数のアミノ酸が、進化の初期段階の生命の遺伝暗号表で使われていたと考えられてきた。しかし、そのような遺伝暗号表は現存しておらず、その能力は確認できていなかった。...

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

要点

  • 遺伝暗号に含まれるアミノ酸の数を天然の20から減少させる方法の確立
  • タンパク質医薬品の探索の効率化に適用

概要

東京工業大学大学院総合理工学研究科の木賀大介准教授らの研究グループは、生命が遺伝子の情報をもとにタンパク質を作るためのシステムである遺伝暗号表を書き換える方法を確立し、初期の生命が使っていたとされる遺伝暗号表の再現に世界で初めて成功した。この成果により、タンパク質と遺伝暗号の進化の研究を、物質に基づいて行うことが可能になる。また工学的な展開として、化学修飾を必要とする新規タンパク質性医薬品の探索を効率化することも期待される。
大腸菌からヒトまで、ほとんどの生物はタンパク質を作るために20種類のアミノ酸を使用しており、この数は遺伝暗号表で決まっている。一方、より少ない数のアミノ酸が、進化の初期段階の生命の遺伝暗号表で使われていたと考えられてきた。しかし、そのような遺伝暗号表は現存しておらず、その能力は確認できていなかった。木賀准教授らは遺伝子のヌクレオチド配列に対応してアミノ酸を運んでくる分子を改変し、19種類のアミノ酸しか使わない遺伝暗号表を再現した。さらに、その能力が現在の遺伝暗号表と同等であることを示した。また、異なる遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子を作成できることを明らかにした。
研究グループは木賀准教授のほか、木賀研究室の河原晃大、東京大学の濡木理教授、理化学研究所の横山茂之領域長、堂前直チームヘッドらがメンバー。この成果は、「Nucleic Acids Research」のオンライン速報版で2012年8月21日(英国時間)に公開され、同誌上位5%の論文であるFeatured Articleとして紹介される。

背景

大腸菌からヒトまで現在知られているすべての生物は、鎖状の分子であるDNAに記されたヌクレオチドの配列(コドン、注1)にしたがってアミノ酸を連結し、アミノ酸の配列に依存した活性をもつタンパク質を合成している。この合成過程で、コドンとアミノ酸とを対応付ける表が遺伝暗号表である。この表も、大腸菌からヒトまでほとんどの生物で共通しているため、普遍遺伝暗号表と呼ばれている。
そして、普遍遺伝暗号表の中には、トリプトファン、システインやアラニン、セリンなど20種類のアミノ酸が記されている。一方、現在よりも単純な構成をしていたと考えられる初期の生命では、20よりも少ない数のアミノ酸のみが遺伝暗号表に記されていたと考えられており、例えば、トリプトファンを含まない遺伝暗号表が過去に存在したという説が有力になっている(図1)。

図1 トリプトファンを持たない遺伝暗号表の例。
トリプトファン用のコドンであるUGGに対してアラニンが割り当てられることで、
遺伝暗号表中のアミノ酸の種類が天然の20種類から1つ減少し、19種類となる。

近年進展している合成生物学という手法では、生体高分子を組み合わせることで、現存する生命には見出されない新規な分子ネットワークを創出することを研究手段としている。本研究では、コドンに対応してアミノ酸を運んでくる生体高分子であるtRNA(注2)を改変し、コドンとアミノ酸の対応付けネットワークを再現した。

研究成果

木賀准教授らは、20種類未満のアミノ酸からなる「単純化遺伝暗号表」(図1)を構築する手法を確立した。そのために、タンパク質合成反応からあるアミノ酸(例えばトリプトファン)を取り除き、そのアミノ酸を指定していたコドン(トリプトファンに対してはUGG)が新たにアラニンを対応付けるようにした。この新たな対応付けのために、アラニンに対するtRNAを改変した。
このtRNAを、トリプトファンを含まない大腸菌抽出液に添加することで、トリプトファンが除去された遺伝暗号表を創出した。本研究で確立した「単純化遺伝暗号表」の構築手法は、トリプトファン以外の任意のアミノ酸も除去することができる一般化された手法である。実際、本研究ではシステインを持たない単純化遺伝暗号表も作成することができた。また、新たに対応付けられるアミノ酸は、アラニンの代わりにセリンにすることも可能である。
続いて、単純化遺伝暗号表のタンパク質合成能力が、天然の遺伝暗号表と同等であり、また単純化遺伝暗号表専用の遺伝子を作成できることを明らかにした。まず、単純化遺伝暗号表で、コドンUGGに、天然の暗号表が指定するトリプトファンではなくアラニンが導入されていることを、生化学的な手法および立体構造解析により確認した(図2A)。さらに、3種類の遺伝子を用意し、それぞれから単純化暗号表および天然の暗号表を用いてタンパク質を合成した。その結果、遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子を作成できることを明らかにした(図2B)。

図2 (A) 結晶構造での電子密度。
上: 天然の遺伝暗号表がコドンGCUでアラニンを指定する場合。
下: 単純化遺伝暗号表がコドンUGGでアラニンを指定する場合。
(B) 天然の遺伝暗号表と単純化遺伝暗号表それぞれに専用の遺伝子からのタンパク質の合成。

今後の展開

進化途上の遺伝暗号表の姿については様々な説が提案されている。本研究の手法でそれぞれの遺伝暗号表を実際に構築し、機能を比べることで、初期生命の進化の理解が深まると考えられる。また、遺伝暗号表ごとに専用の遺伝子を作成できたことは、組換えバクテリアの予期せぬ変化を防止するために重要である。さらに、単純化遺伝暗号表を併用した進化分子工学(注3)を行うことで、ポリエチレングリコール(PEG)修飾インターフェロンの高機能化など、次世代型のタンパク質性医薬品の探索が期待できる。

付記

本成果の一部は、各研究グループの、文部科学省・科学研究費補助金、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「産業技術研究助成事業」、文部科学省「タンパク3000プロジェクト」、日本学術振興会「最先端研究開発支援プログラム」、理化学研究所「ケミカルゲノミクス研究プロジェクト」の援助を受けて行った。

用語説明

  1. (注1)
    コドン:
    遺伝子がタンパク質に変換されるときに用いられる、遺伝子上の3つの塩基配列のこと。この3つの塩基配列ごとに、どのアミノ酸がタンパク質に導入されるかが決まっている。
  2. (注2)
    tRNA:
    遺伝子とタンパク質を結びつける分子。コドンの塩基配列を認識し、遺伝子の配列情報から指定されたアミノ酸をタンパク質に導入する役割を持つ。本研究では、トリプトファン用のコドンにアラニンを割り当てる改変tRNAを作成した。これを、トリプトファン除いた大腸菌抽出液中に添加することで、トリプトファンを含まない単純化遺伝暗号表の分子ネットワークが完成した。

    図注2 トリプトファンを含まない単純化遺伝暗号表の作成方法

  3. (注3)
    進化分子工学:
    変異・増幅と選択とを繰り返す進化分子工学の手法により高機能タンパク質を創出することが可能になっており、高機能化タンパク質医薬品が探索されている。また、高機能化には、部位特異的修飾の手法も重要であり、両手法の併用が望まれている。部位特異的修飾のためには、システインなど特定のアミノ酸を排除する必要がある。しかし、天然の遺伝暗号表を用いると、両手法を併用することができない。なぜならば、進化プロセスでのDNAへの変異導入によって、そのアミノ酸が復活してしまうためである。一方、本研究の単純化暗号表を用いることで、DNAへの変異導入によってもそのアミノ酸の復活が生じないため、両手法の併用が始めて可能になる。

    図注3: 単純化遺伝暗号表を併用した進化分子工学

本件に関するお問い合せ先
木賀大介
大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻 准教授
電話: 045-924-5213   FAX: 045-924-5213
E-mail: kiga@dis.titech.ac.jp

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