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心の多様な動きを解読するfMRI -脳情報学による文理融合を目指して-

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公開日:2012.09.05

要約

東京工業大学大学院社会理工学研究科の赤間啓之准教授らは、人がどのような状況で言葉やその意味を考え、それが機能磁気共鳴画像法(fMRI)など脳の観測データにどう反映されるのかという、個人の多様な反応特性を考慮した言語予測モデルを開発した。これにより、人が考えている言葉などを脳の観察により知ることができるようになる。これは心と体の変化のシンクロ(同調)を明確に表し、文理融合の要である身心相関の科学における重要な発見であり、実用レベルでは意思の伝達手段を身体的に奪われた方たちの支援デバイスの開発につながる成果である。
赤間准教授はイタリアのトレント大学、米国カーネギーメロン大学など脳研究でトップクラスの国際研究機関と共同で、個別の思考データを、多様なまま個人のプロファイルとして扱うことを目指し、それらを予測モデルの精度が時系列にどう細かく分布するか、個別の人ごとに特徴解析を行なうこと...

研究の内容,背景,意義,今後の展開等

要点

  • 脳のfMRI実験データを用い、ヒトの言語思考を解読
  • 個人の多様な反応特性を入れた言語思考予測モデルを提案
  • 身障者の支援デバイスの開発に役立つ

概要

東京工業大学大学院社会理工学研究科の赤間啓之准教授らは、人がどのような状況で言葉やその意味を考え、それが機能磁気共鳴画像法(fMRI、用語1)など脳の観測データにどう反映されるのかという、個人の多様な反応特性を考慮した言語予測モデルを開発した。これにより、人が考えている言葉などを脳の観察により知ることができるようになる。これは心と体の変化のシンクロ(同調)を明確に表し、文理融合の要である身心相関の科学における重要な発見であり、実用レベルでは意思の伝達手段を身体的に奪われた方たちの支援デバイスの開発につながる成果である。
赤間准教授はイタリアのトレント大学、米国カーネギーメロン大学など脳研究でトップクラスの国際研究機関と共同で、個別の思考データを、多様なまま個人のプロファイルとして扱うことを目指し、それらを予測モデルの精度が時系列にどう細かく分布するか、個別の人ごとに特徴解析を行なうことで、個人のシグニチャにあたるパターンの抽出に成功した。
この研究は、東工大が2010年に導入したfMRIを利用した最初の国際学術誌論文としてスイスの電子ジャーナル「フロンティアーズ イン ニューロインフォマティクス(Frontiers in Neuroinformatics)」に掲載された。

研究成果

今回の研究における最大の発見は、いかに個別の人の思考方略の多様性が際立っていても、思考推定モデルの予測精度の時間的変化を表す関数は平均化するとボールド効果(BOLD、用語2)の基底関数(脳血流中の酸化ヘモグロビンの濃度変化を表すガンマ関数)ときわめて相似し、線形変換によってほぼ一致するということである。これは心と体の変化のシンクロを極めて明確に表し、文理融合の要である身心相関の科学において、重要な発見である。

(補足)思考推定モデルのあてはまりの良さは、思考過程のどの時点でデータをサンプルするかによって細かく変わっていく。このように、「サンプルする時点(1秒単位で定義域を設定する)」と「モデルの精度(いわゆる何回のうち何回モデルが当たるかという的中率)」の間で、フィットする関数を計算する。このような心の動きをダイレクトにとらえる関数は、個人によって、あるいは同じ個人でも条件が違った回ではまちまちな結果を出す。これはタスク方略の違いや、環境のノイズなど様々な原因が考えられる。しかし、平均を取ると、その予測精度関数(図ではMean all)は、奇しくも、タスクの開始から5秒程度遅れてピークに達することが知られている脳血流動態の生理的な関数(図ではDefault SPM HRF)とは、きわめて良く相似しており、図のようなガンマ関数になり、線形変換でほぼ一致するということである。

背景

人が頭の中で考えている言葉や意味、すなわち人の思考、認知的状態を解読、判別、分類、予想することは、fMRIなどの脳反応データを、機械学習(用語3)と言う方法でコンピューターによるパターン解析にかけることで可能になる。つまり、脳科学と人工知能の手法を組み合わせることで、表明されなかった思考でも、神経反応をモデル化することにより、「予測」することができる。
こうした「多ボクセルパターン解析」(MVPA、用語4)という方法は、医療工学の分野での基礎研究として注目を集めている。トレント大学、ダートマスカレッジのジェームス・ハクスビー(James Haxby)教授やカーネギーメロン大学のトム・ミッチェル(Tom Mitchell)教授の論文などを通じて、きわめて有効で応用範囲が広いことが知られている。なお、東工大は両教授らの研究室と緊密な研究協力関係にある。
しかし、比較的に緩い制約条件下では、ヒトによって言葉の意味を考えるやり方はさまざまであり、また、同じヒトが異なる日時・条件で同じことを考えたとしても、ひとつのモデルがそのまま別のケースに適用できるとは限らないという問題があった。今回は、赤間准教授がトレント大学、カーネギーメロン大学との共同研究によって、この問題を解決した。

今後の展開

現在は、言語の切り替えを脳が行なっているという条件も入れて、バイリンガル話者や外国語学習者を実験参加者に、同様のパラダイムでfMRI実験を行い、データ解析の段階である。また脳はひとつの複雑ネットワークをなしているので、脳データをグラフ構造化した情報を言語思考の予測モデルに導入する、新たなMVPAの方法論を模索中である。多様なファクターを入れた言語思考の解読モデルの構築(科研基盤研究(C)で遂行中)を目指し、個人の特性を反映した、実用に耐えうる、神経情報科学の基礎理論を樹立する。

用語説明

  1. (1)
    fMRI:
    fMRI: functional Magnetic Resonance Imaging (機能磁気共鳴画像法)。すなわち、MRI (核磁気共鳴)を利用して、ヒトおよび動物の脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つである。神経活動とほぼ同時におこる酸素交換反応に基づく。最近のニューロイメージングの中でも最も発達した手法。MRI (核磁気共鳴)とは外部静磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象である( fMRI - Wikipediaouter より引用)。東京工業大学大学院社会理工学研究科脳機能磁気共鳴画像法システムは、GE ヘルスケア社製磁気共鳴断層撮影装置「Signa HDxt 3.0T」を利用して運営されている。
    参考URL: http://www.dst.titech.ac.jp/outline/facility/fMRI/fmri-j.htmlouter
  2. (2)
    BOLD:
    Blood-oxygen-level dependent (ボールド効果)。脳の血流変化(血流動態における脱酸化ヘモグロビンの減少)により、脳の信号変化が生じる効果のこと。詳しい原理は解明されていないが、脳の血流増加における時間的遅延が重要なファクターとなる。
  3. (3)
    機械学習:
    Macine Learning。人工知能における研究課題の一つで、人間が自然に行っている学習能力と同様の機能をコンピューターで実現しようとする技術・手法のことである。ある程度の数のサンプルデータ集合を対象に解析を行い、そのデータから有用な規則、ルール、知識表現、判断基準などを抽出する。なおデータ集合を解析するので統計学との関連が深い。機械学習は検索エンジン、医療診断、スパムメールの検出、金融市場の予測、DNA配列の分類、音声認識や文字認識などのパターン認識、ゲーム戦略、ロボット、など幅広い分野で用いられている。応用分野の特性に応じて学習手法も適切に選択する必要があり、様々な手法が提案されている( 機械学習 - Wikipediaouter より引用)。(4) MVPA: Multi-voxel pattern analysis (多ボクセルパターン解析)。脳のfMRIデータはvoxelと呼ばれる3次元画素から構成され、それぞれのvoxelが撮像の時間間隔(これを反復時間TRと言う)ごとに賦活値をもつ時空間信号データである。多ボクセルパターン解析においては、それぞれのvoxelの賦活を統計的仮説検定にかけず(これが通常のunivariateな分析法で、一般線形モデルGLMといわれる)、ひとつのまとまった集合として、脳の賦活パターンをなすと解釈する。そして機械学習の手法を用い、データの一部を学習データとして、特定の刺激条件に対応する反応パターンの分類モデルを計算(本研究ではペナルティつきロジスティック回帰分析PLRを使用している)、残りのデータにそのモデルを適用し、予測精度を計算して有意か否か検定する。一般に脳の認知的状態を解読、判別、分類、予想する手法として知られている。
  4. (4)
    MVPA:
    Multi-voxel pattern analysis (多ボクセルパターン解析)。脳のfMRIデータはvoxelと呼ばれる3次元画素から構成され、それぞれのvoxelが撮像の時間間隔(これを反復時間TRと言う)ごとに賦活値をもつ時空間信号データである。多ボクセルパターン解析においては、それぞれのvoxelの賦活を統計的仮説検定にかけず(これが通常のunivariateな分析法で、一般線形モデルGLMといわれる)、ひとつのまとまった集合として、脳の賦活パターンをなすと解釈する。そして機械学習の手法を用い、データの一部を学習データとして、特定の刺激条件に対応する反応パターンの分類モデルを計算(本研究ではペナルティつきロジスティック回帰分析PLRを使用している)、残りのデータにそのモデルを適用し、予測精度を計算して有意か否か検定する。一般に脳の認知的状態を解読、判別、分類、予想する手法として知られている。

論文

Hiroyuki Akama, Brian Murphy, Li Na, Yumiko Shimizu, Massimo Poesio, Decoding Semantics across fMRI sessions with Different Stimulus Modalities: A practical MVPA Study, published in Frontiers in Neuroinformatics.
http://www.frontiersin.org/Journal/Abstract.aspx?s=752&name=neuroinformatics&ART_DOI=10.3389/fninf.2012.00024outer

本件に関するお問い合せ先
赤間 啓之
大学院社会理工学研究科 人間行動システム専攻 准教授
電話: 03-5734-3254   FAX: 03-5734-3254
E-mail: akama.h.aa@m.titech.ac.jp

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