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東工大の西洋古典語授業

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公開日:2015.03.13

東工大では世界文明センターの授業科目として、西洋古典語(古典ギリシア語・古典ラテン語)の講義が開講されています。これらの科目は2012年度から2学期分が開講され、2014年度からは4学期分が開講されています。2014年度後学期の授業を終えて、4学期分の授業を全て履修し終えた学生も出てきました。そこで、西洋古典語の授業を担当する世界文明センター 安村典子非常勤講師に、東工大で西洋古典語を学ぶ意義や、学生の印象について語ってもらいました。

ホメロス『オデュッセイア』6巻 オデュッセウスとナウシカアとの出会いの段
ホメロス『オデュッセイア』6巻 オデュッセウスとナウシカアとの出会いの段

西洋古典語と西洋古典学について

「西洋古典語」という名称を初めて目にする方も多いでしょう。古典ギリシア語(主として紀元前8~3世紀頃に古代ギリシアで用いられていた言語)と、古典ラテン語(同じく紀元前3~紀元後2世紀頃にローマ帝国で用いられていた言語)を総称する用語です。古典ラテン語はローマ帝国時代に地中海世界に広くゆきわたった後、ローマ帝国崩壊後の中世においては学問の言語として、そして更にはキリスト教ラテン語として、今日まで大きく変容を受けることなく生き続けています。

学問の分野としての西洋古典学(英名Classics)は、古代ギリシア・ローマの文学、哲学、歴史、言語等を学びます。西洋古典学の対象分野の中でよく知られている名前を挙げれば、ギリシア文学ではホメロス(『イリアス』『オデュッセイア』)、ギリシア悲劇(アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス)、哲学ではプラトン、アリストテレス、歴史ではヘロドトス、ツキディデスなどがあります。ラテン文学としてはウェルギリウス、オウィディウス、哲学はセネカ、キケロ、歴史はリーウィスなどによる緒作品が有名です。

東工大において西洋古典語を学ぶ意義

西洋古典語を学ぶことによる第一の意義は、古典古代の哲学や文学を翻訳に頼ることなく、直接に読むことができる、ということでしょう。このことにより、2000年を経ても変わらぬ普遍的な価値をもつ古代の文献を、自分の眼で読み、内容を自ら吟味することができます。その結果それらの文献が、その時代の空気、風潮を反映したものであり、いかに時代の制約を受けざるを得なかったかということも、発見できるかもしれません。このように、原典を読むことにより、様々なレベルの批判精神を培うことができるのです。そして批判精神こそ、あらゆる学問の根本に位置するべきものであり、学問研究の発展はここから始まるといっても過言ではないでしょう。東工大の学生諸君が、自然学の領域であれ、工学の領域であれ、人文学の領域であれ、正確な知識に基づいた批判精神をもつことは、今後の研究・社会生活を進めるための、最も重要な必須条件であると思われます。

西欧文明は古代ギリシアとキリスト教をその源泉とする、といわれます。ギリシア文明はラテン文明を経由して、近現代の西欧社会に多大な影響を与えました。東工大の卒業生は将来、広く世界に羽ばたいてゆくはずです。そのとき、西欧文明の根源をなす古代ギリシア・ラテンについての知識を得ていることは、彼らにとって計り知れない意味をもつことでしょう。例えば、NASAによる火星探索機「オデッセイ」は、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』(英名Odyssey)から命名されました。なぜこの言葉が火星探索機の名前として選ばれたのか、その理由は西欧の科学者であれば常識として理解されているでしょう。『オデュッセイア』という叙事詩は、主人公(オデュッセウス)が幾多の冒険をし、幾度となく生命の危険にさらされながら、ついに故国への帰郷を果たすという英雄叙事詩です。火星探索機もその物語にならって、数々の調査をしたうえで、無事に地球に戻ってきてほしい、との願いをこめて命名されたのです。

東工大学生の古典学学習について

ギリシア語・ラテン語の初級文法と原書購読の授業を受講している学生は、実に勤勉で、よく勉強します。理工系の大学でこれほどまでに古典語を熱心に学ぶ学生がいることは、本当に大きな嬉しい驚きでした。複雑で難解な古典語の文法を、週1回の授業により1年で学び終えることは、予習復習に多大な時間を費やさなければ不可能です。一コマの授業のために、6~7時間の勉強をする学生も少なくないでしょう。「楽をして単位を取る」というのが一般の風潮であるのに、敢えて困難で大きな努力を必要とする課目に挑戦しよう、という東工大生の意欲は、どれほど賞讃してもし尽くせません。

受講生に、古典語の受講を決めた理由を尋ねると、多くの学生が「これまでに学んだことのない新しいことに挑戦してみたかったから」と答えてくれます。未知の分野への好奇心、たとえそれが困難を伴うものであっても、自分が全く知らなかったものに取り組んでみようという心意気は、本当に感動的です。

私がこれまで教えてきたのは、いずれの大学でも文学部の学生たちでした。そのどの学生たちよりも、東工大の学生たちは意欲、勤勉、学力のうえで優っていると思います。日本西洋古典学会や、イギリスの古典学関係の友人たちに、東工大で古典語の授業をしている、と話すと、彼らは一様に驚きの声を上げます。文学部の中ですら古典学の重要性が理解されにくいのが現状なのに、どうして理工系の東工大で?と驚き、東工大の教育方針の高い理想を讃嘆するのです。さらに、学生たちが素晴らしく良く勉強し、試験でもほぼ完璧な答案を出す学生がいると話すと、ますます驚き、古典関係の知人たちはそのことを大いに喜んでくれます。

実利に結びつかない学問領域は片隅に追いやられることの多い現状のなかで、東工大の教育理念は誠に賞讃に値するものです。古典学の重要性に着眼し、そこから多くを学びとろうとする教育方針は、よりよき教育のための理想的な姿であると思います。これを実践する東工大は、日本の教育における輝かしい先進事例であるといえるでしょう。

お問い合わせ先

世界文明センター 非常勤講師 安村 典子
Email : jim@cswc.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3824

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