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医農薬品の構造モチーフとして注目されるジフルオロメチル基の光触媒的導入法を開発

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公開日:2016.08.22

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の小池隆司助教、穐田(あきた)宗隆教授らは、フォトレドックス触媒[用語1]を活用し、適切なジフルオロメチル化[用語2]試薬と水やアルコール、カルボン酸を反応溶媒に混合し、入手容易なオレフィン類[用語3]から、位置特異的[用語4]にジフルオロメチル基を有するアルコールやエーテル、エステルの合成に成功した(図1)。

この反応は室温で、発光ダイオード(LED)を光源とした可視光照射で実施可能である。また、高い官能基許容性[用語5]が特徴であり、生物活性を有するエストロンやアミノ酸構造を損なうことなく、触媒的ジフルオロメチル化反応を達成した。ジフルオロメチル基を医農薬品合成の最終段階で導入可能であることを示唆しており、開発した反応系は多様な有機フッ素医農薬品合成への応用が期待される。

研究成果

東工大の小池助教らは、医農薬品の有用な構造モチーフ[用語6]とされるジフルオロメチル基の有機分子骨格への新しい導入法を開発した。フォトレドックス触媒と呼ばれる光触媒とN-tosyl-S-difluoromethyl-S-phenylsulfoximine試薬(CF2H化剤)をジフルオロメチル源として可視光(425 nm)照射下、水やアルコール、カルボン酸などの酸素求核剤存在下、オレフィン類に作用させると、ジフルオロメチル基と酸素求核剤が炭素-炭素二重結合部位に対して位置特異的に付加したジフルオロメチル化合物が得られた。

ジフルオロメチル基は、脂溶性水素結合を提供するユニークな構造でアルコールやチオールの生物学的等価体[用語7]として機能し、薬化学だけでなく構造化学の分野においても近年注目されている。従来の多段階の合成法と異なり、新触媒反応は医農薬品開発の分野で、今後、広く使われていくことが見込まれる。

研究成果はWiley-VCH誌「Chemistry A European Journal」に2015年12月16日にオンライン掲載され、オープンアクセスとなっている。

研究成果:光触媒的オレフィンのジフルオロメチル化

図1. 研究成果:光触媒的オレフィンのジフルオロメチル化

研究の背景

ジフルオロメチル基は、その構造から、脂溶性水素結合供与体、アルコールやチオールの生物学的等価体としてふるまうため、医農薬品の構造モチーフとして近年注目されている。しかしながら、ジフルオロメチル基を触媒的に直接分子骨格に導入する手法はいまだに限られており、一般的には保護基(PG)を有するジフルオロアルキル化を行い、脱保護を行うことで合成されている。このような多段階の合成法に対して、触媒的に直接ジフルオロメチル基を分子骨格に導入する手法の開発が求められている(図2)。

本方法と一般的な従来法の比較

図2. 本方法と一般的な従来法の比較

今後の展開

小池助教、穐田教授らの開発した反応の特徴は、オレフィンの炭素―炭素二重結合にジフルオロメチル基を導入するだけでなく、同時に他の官能基(今回の反応では酸素官能基)も導入できるため、今後は多様な官能基とフッ素官能基を同時に、簡便・短工程で導入する触媒的合成法の開発とその医農薬品としての利用をめざす。

用語説明

[用語1] フォトレドックス触媒 : 下図に示すようなビピリジン配位子を有するルテニウム錯体誘導体やフェニルピリジンを有するイリジウム錯体誘導体など。可視光領域に吸収帯を有し、太陽光や蛍光灯、LEDランプなどを光源に一電子酸化還元反応を触媒することができる。

フォトレドックス触媒

[用語2] ジフルオロメチル基 : 下図に示すように、全元素中最大の電気陰性度を有し、水素原子に近い大きさを有するフッ素原子を2つ、水素原子をひとつ同一炭素上に有するジフルオロメチル基は、電子状態や立体的環境がチオールやアルコールに近いと考えられている。

ジフルオロメチル基

[用語3] オレフィン類 : 脂肪族不飽和炭化水素で、C=C結合をもつ化合物。

[用語4] 位置特異的 : 2つ以上の反応点があるときに、特定の場所で反応が進行すること。本反応ではオレフィン炭素ー炭素二重結合のフェニル基が結合している炭素に酸素求核剤が、反対側の炭素にジフルオロメチル基が選択的に導入されること。

[用語5] 官能基許容性 : さまざまな官能基が基質に存在しても、問題なく目的の反応が進行し、官能基も損なわれないこと。

[用語6] 構造モチーフ : 機能を発現するうえで重要な構造構成単位。

[用語7] 生物学的等価体 : 生物活性発現に関与するある特定の物理化学性質が、共通または類似している置換基あるいは部分構造。生物学的等価体への置換は、もとの化合物と類似した生物学的性質を有する新規化合物を創製するための手法として医薬品化学において利用される。もとの化合物のいくつかの性質は保持されるが、他の性質が変化することから、活性、選択性の増加、あるいは毒性や副作用の低減などが期待できる。

論文情報

掲載誌 :
Chemistry A European Journal
論文タイトル :
Oxydifluoromethylation of Alkenes by Photoredox Catalysis: Simple Synthesis of CF2H-Containing Alcohols
著者 :
新井悠亮、富田廉、安藤岳、小池隆司、穐田宗隆
所属 :
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
DOI :

問い合わせ先

科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
助教 小池隆司

Email : koike.t.ad@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5229 / Fax : 045-924-5230

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