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トポロジカル絶縁体を強磁性にする新たな方法を発見 ―量子異常ホール効果を利用したデバイス開発へ進展―

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公開日:2017.06.07

要点

  • トポロジカル絶縁体に強磁性層を埋め込むことに成功
  • 室温でも強磁性状態の維持を実証
  • 高温での量子異常ホール効果の実現、デバイス開発に新たな道

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の平原徹准教授、東京大学 物性研究所の白澤徹郎助教(現 産業技術総合研究所主任研究員)、同大大学院理学系研究科の長谷川修司教授、分子科学研究所の田中清尚准教授、木村真一准教授(現 大阪大学教授)、横山利彦教授、広島大学 放射光科学研究センターの奥田太一教授、ロシア・スペインの理論グループらは共同で、トポロジカル絶縁体の表面近傍に規則的な強磁性層を埋め込むことに成功し、さらに室温であっても強磁性状態であることを実証した。

トポロジカル絶縁体とは、物質内部は絶縁体で電流を通さないが、表面には金属状態が存在し、電流を流すことのできる新しい絶縁体である。このトポロジカル絶縁体にさらに磁石の性質である強磁性[用語1]を導入することで、輸送特性として量子異常ホール効果[用語2]が実現する。しかしこれまでのやり方では、量子異常ホール効果が実際に観測される温度が、最高でも-271 ℃と低い温度にとどまっていた。

今回、トポロジカル絶縁体であるBi2Se3薄膜上にさらにSeと磁性元素Mnを蒸着したところ、表面近傍にMnとSeが潜り込み、MnBi2Se4/Bi2Se3という構造が形成された。そして電気的および磁化特性測定によりこの物質が室温でも強磁性状態であることが明らかになった。この成果によって量子異常ホール効果がこれまでより高温で実現され、デバイス応用につながることが期待できる。

本成果は、2017年5月26日に、米国化学会誌「Nano Letters(ナノレターズ)」にJust Acceptedでオンライン掲載された。

研究の背景

物質をトポロジー[用語3]によって分類する考え方は2016年のノーベル物理学賞の受賞対象であり、現在盛んに研究されている。その代表例がトポロジカル絶縁体であり、物質内部では絶縁体で電流を通さないが、表面には金属状態が存在し、電流を流すことのできる新しい絶縁体である。その表面状態はトポロジーによって保護された、質量のないスピン偏極ディラック電子[用語4]になっている(図1(a))。このトポロジカル絶縁体に強磁性の性質を導入すると、金属的であった表面状態にギャップが開き、質量のあるスピン偏極ディラック電子へと変化する(図1(b))。これは新たなトポロジカル相であり、電子の輸送特性を測定すると量子異常ホール効果が観測される。

スピン偏極した質量のないディラック電子(a)およびギャップの開いたスピン偏極ディラック電子(b)。赤と青は異なるスピンの向きを持っていることを表している。

図1. スピン偏極した質量のないディラック電子(a)およびギャップの開いたスピン偏極ディラック電子(b)。
赤と青は異なるスピンの向きを持っていることを表している。

これまで強磁性トポロジカル絶縁体は、トポロジカル絶縁体を成長させる際に磁性不純物を無秩序に添加する方法で作製されてきた(図2(a))。しかしこの方法では試料の不均一性によりディラックコーンのギャップが不均一で小さくなり、また強磁性の性質を示す温度は室温以下に限られる。これらの理由により、実際に量子異常ホール効果が観測される温度は最高でも-271 ℃と非常に低い温度にとどまっていた。

これまで作製・研究されてきた磁性トポロジカル絶縁体(a)および本研究で発見された磁性トポロジカル絶縁体ヘテロ構造。

図2. これまで作製・研究されてきた磁性トポロジカル絶縁体(a)および本研究で発見された磁性トポロジカル絶縁体ヘテロ構造。

研究成果

今回、東京工業大学、東京大学、分子科学研究所、広島大学の研究グループは高品質のビスマスセレン(Bi2Se3)薄膜を作成し、その上にさらにSeと磁性元素マンガン(Mn)を蒸着した。電子回折を用いた構造解析の結果、上に付けたはずのMnとSeがBi2Se3の表面近傍に潜り込みMnBi2Se4/Bi2Se3という秩序だったヘテロ構造[用語5]が形成されることが分かった(図2(b)、図3(a))。分子科学研究所の極端紫外光研究施設UVSORと広島大学放射光科学研究センターHiSORでスピンおよび角度分解光電子分光[用語6]により、この物質の電気的特性を測定した。その結果、このヘテロ構造の表面状態は85 meVの均一なギャップが開いた、スピン偏極したディラック電子になっていた(図3(b))。またUVSORにおけるX線磁気円二色性(XMCD)[用語7]および超伝導量子磁束干渉計(SQUID)[用語8]を用いた磁気特性測定により、このヘテロ構造が室温まで強磁性状態を維持することも明らかになった。これらの結果はロシア・スペインのグループが行った第一原理計算によっても支持された。

構造解析によって決定されたヘテロ構造の原子構造(a)およびその表面ディラック電子のバンド構造。

図3. 構造解析によって決定されたヘテロ構造の原子構造(a)およびその表面ディラック電子のバンド構造。

今後の展望

今回の研究は、トポロジカル絶縁体に強磁性の性質を付与する新たな方法を発見したものである。この方法は、磁性元素が無秩序に不純物として添加されているのではなく、秩序だった強磁性層として表面近傍に埋め込まれている点で従来のやり方と大きく異なる。その上、磁性元素の分布の均一性と強磁性を示す温度という点で大きな利点がある。このヘテロ構造を用いればこれまで-271 ℃までしか実現されていない量子異常ホール効果をより高温で実現できる可能性がある。さらに、そのトポロジカルな性質を生かした極薄ナノデバイス開発の応用研究が加速することが期待できる。

用語説明

[用語1] 強磁性 : 隣り合うスピンが同一の方向を向いて整列し、全体として大きな磁気モーメントを持つ物質の磁性を指す。物質は外部磁場が無くても自発磁化を持つことができ、いわゆる磁石の性質のことである。

[用語2] 量子異常ホール効果 : 磁場中を電子が動くと、その動きが曲げられる。固体物質ではこの現象をホール効果と呼び、電流にも磁場にも垂直な方向に発生する電圧をホール電圧と言う。物質が強磁性体の場合、磁性体自身が持っている磁化が外部磁場の代わりになることで無磁場でもホール効果が発生する。この現象を異常ホール効果と呼ぶ。また、異常ホール効果によって生じる抵抗が量子化抵抗値に等しくなる現象を、量子異常ホール効果と呼ぶ。この状態では無散逸に電流が流れるので省エネデバイスに応用が期待されている。

[用語3] トポロジー : トポロジーとは、数学の一分野であり、何らかの形を連続変形(伸ばしたり曲げたりすることはするが切ったり貼ったりはしないこと)しても保たれる性質に焦点を当てたものである。例えば、ドーナツとマグカップは穴が一つあるので連続変形によって移り変わることができ同じトポロジーを持つといえる。一方、湯呑み茶碗には穴が開いておらず、異なるトポロジー状態である。

[用語4] ディラック電子 : 通常の電子と異なり、英国の物理学者ディラックが1928年に発表した相対論的量子力学に従う電子のこと。トポロジカル絶縁体の表面ではさらにこのディラック電子がスピン偏極している。

[用語5] ヘテロ構造 : 組成元素が異なる2つの固体を接合して形成される構造のこと。

[用語6] スピンおよび角度分解光電子分光 : 固体に光を照射すると物質の表面から電子が放出される。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量、スピン状態を測定すると、物質がどのような電子・スピン状態をとっているかが分かる。

[用語7] X線磁気円二色性(XMCD) : 物質に左円偏光と右円偏光の2つの異なる偏光のX線を照射したときの、吸収スペクトルの差スペクトルのこと。XMCDスペクトルを解析することで、原子のスピンや軌道磁気モーメントなどの磁気的特性がわかる。

[用語8] 超伝導量子磁束干渉計(SQUID) : 弱く結合した2つの超伝導体に流れる電流を利用した、極めて弱い磁場の検出に用いられる非常に感度の高い磁気センサーの一種。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters
論文タイトル :
Large-Gap Magnetic Topological Heterostructure Formed by Subsurface Incorporation of a Ferromagnetic Layer
著者 :
Toru Hirahara, Sergey V. Eremeev, Tetsuroh Shirasawa, Yuma Okuyama, Takayuki Kubo, Ryosuke Nakanishi, Ryota Akiyama, Akari Takayama, Tetsuya Hajiri, Shin-ichiro Ideta, Masaharu Matsunami, Kazuki Sumida, Koji Miyamoto, Yasumasa Takagi, Kiyohisa Tanaka, Taichi Okuda, Toshihiko Yokoyama, Shin-ichi Kimura, Shuji Hasegawa, and Evgueni V. Chulkov
DOI :

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