東工大ニュース
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公開日:2017.08.09
東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、鎌田慶吾准教授、喜多祐介助教らは「ルテニウム-酸化ニオブ複合体触媒」(Ru-Nb2O5)[用語1]が他の触媒とは異なり、複素環式芳香族化合物[用語2]を含む様々な芳香族アルデヒド [用語3]から有用な芳香族アミン[用語4]だけを合成できることを発見した。この触媒は多様な芳香族アミンを選択的に合成できる。また、糖由来の化合物から強靭かつ耐熱性の高付加価値ポリマー「アラミド」の原料を効率的に製造できることがわかった。
原教授らはRu-Nb2O5が電子を与える力を弱めることができることに着目し、副反応をほぼ完全に防ぐことに成功した。このアプローチは芳香族アミンの製造だけでなく、再生可能なバイオマスの利用に一石を投じると期待される。
医農薬、ゴム、ポリマー、接着剤、染料などの様々な化成品に使われる芳香族アミンは重要な化学品である。しかし、これらアミンを芳香族アルデヒド原料から製造する還元的アミノ化[用語5]において、従来の触媒は電子を与える力が強く、芳香環の分解、副生物の生成を完全に防ぐことはできなかった。このため、製品の精製に多大なエネルギーが必要となり、コストを押し上げていた。
研究成果はJST ALCAにおいて得られたもので、「米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)」オンライン速報版に7月31日に公開され、正式版は近日中に掲載されます。
同研究グループは、構築したルテニウム-酸化ニオブ複合体触媒(Ru-Nb2O5)(図1)が、従来の触媒とは異なり、芳香族アルデヒドの還元的アミノ化によって有用な芳香族アミンのみを合成できることを発見した。
例えば、複素環式芳香族化合物であるフルフラール([用語3]参照)からフルフリルアミン([用語4]参照)を合成する場合、従来の触媒では原料の10%以上が使い道の無い副生物になっていた(図2)。こういった不純物を取り除き、フルフリルアミンだけを得るには多大なエネルギーが必要になる。
一方、開発したRu-Nb2O5ではフルフリルアミンの収量が99%に達した。また、様々な芳香族アルデヒドを原料とした有用芳香族アミンの合成でも同様の結果が得られた。このことは開発触媒を使うことによって、医農薬品から大量生産される化成品で幅広く使われる芳香族アミンの生産を限界まで高効率化できることを意味している。
また、開発触媒はプロダクトとの分離が容易な固体材料であり、繰り返し・連続的に使用しても触媒の性能は低下しないことを確認した。
さらに、同研究グループは開発触媒と既存技術を組み合わせることによって、これまで効率的に合成することができなかった高機能・高付加価値なアラミド樹脂の原料をバイオマスから高効率合成することに成功した(図3)。
植物の大部分はブドウ糖の高分子「セルロース」で占められている。セルロースからブドウ糖を生産し、ブドウ糖を発酵させるとエタノールが得られる。このエタノールはバイオエタノールと呼ばれている。一方、ブドウ糖から芳香族アルデヒドの1つ「ヒドロキシメチルフルフラール」([用語3]参照)を生産し、これを芳香族アミン「アミノメチルフラン」([用語4]参照)に変換することができれば、化石資源を使うことなく強靭で燃えにくい高付加価値な高機能ポリマー「アラミド樹脂」を生産することができる。
しかし、これまでの技術の場合、アミノメチルフランの収量は50%程度であり、実用化の目処は立っていなかった。同グループは開発触媒と既存触媒技術を組み合わせることによってヒドロキシメチルフルフラールからアミノメチルフランを収率96%で合成することに成功した。これはバイオマス利用の一つのブレークスルーとなる。なお、同グループはブドウ糖からのヒドロキシメチルフルフラール製造でも世界最高性能の触媒を既に発表している。
このような開発触媒の高い性能は以下に記す新しい考え方とそれを実現する新しい設計に基づいている。
新しい考え方:これまでの還元的アミノ化促進触媒の開発指針は還元能力を強くすること、言い換えれば、水素を供与する能力を高めることにあった。確かにこの指針は有効だが、芳香族アルデヒドでは芳香環が還元されやすいため、触媒の水素供与能力を高めた場合、芳香環に結合したアルデヒドを還元するだけでなく、芳香環までも還元して壊してしまう。そこで、これまでの考え方とは逆に、触媒の水素供与能力を制御することを同グループは開発の指針とした。
新しい設計:ルテニウムのような遷移金属のナノ粒子は還元力が高い触媒であることが知られている。これらの金属ナノ粒子を触媒として使うには、金属ナノ粒子を固体表面に固定化する必要がある。自動車の排ガス浄化触媒を含めた多くの実用・商用触媒は金属ナノ粒子を固体表面に固定化した材料だ。
まず、同グループは、酸化マグネシウムやジルコニアのような塩基性の固体表面に固定化されたルテニウムは反応中に活性な状態(金属状のナノ粒子)にならず、金属ナノ粒子は中性~酸性の固体表面で安定化できることを明らかにした。そして、シリカやチタニアなどの固体表面に固定化された金属ナノ粒子は電子供与能力が高くなることを分光法によって明らかにした(図4左)。一方、金属ナノ粒子を酸化ニオブのような金属酸化物に固定化した場合、金属ナノ粒子の電子供与能力を弱めることが可能となり、水素供与能力を制御することで芳香族アミンの合成に最適な触媒作用を発現することがわかった(図4右)。
今回開発した触媒のもつ意義は、これまでの芳香族アミン生産を限界まで高効率化し、これまでできなかったバイオマス利用を可能にするだけに留まらない。神経作用薬、抗がん剤などの医薬品、殺虫殺菌剤を含めた農薬、肥料、油脂、ゴム・ポリマー、バイオ航空燃料といった多くの化成品が遷移金属の還元触媒能力を利用して生産されている。開発触媒のベースとなっている新しい考え方、新しい設計はこれらの化成品の生産を革新するポテンシャルをもっている。
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ALCA(先端的低炭素化技術開発)
研究開発課題名: |
「多機能不均一系触媒の開発」 |
研究代表者: |
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 原亨和 |
研究開発実施場所: |
東京工業大学 |
研究開発期間: |
平成28年4月~平成33年3月 |
用語説明
[用語1] ルテニウム-酸化ニオブ複合体触媒(Ru-Nb2O5) : 酸化ニオブの微粒子(数百ナノメートル)表面に金属ルテニウムナノ粒子(2~5ナノメートル)を固定化した材料。きわめて単純な手法で大量生産できる。
[用語2] 複素環式芳香族化合物 : 芳香族化合物とは、一般的にベンゼン環などの炭化水素のみで構成された環状不飽和化合物を指す。しかし、窒素、酸素、硫黄原子などの炭素以外の原子が入っている共役不飽和環も芳香族化合物である。これらは複素環式芳香族化合物と呼ばれる。下にその一例を示す。
[用語3] 芳香族アルデヒド : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にホルミル基が結合した化合物。それ自体、香料などに使われているが、多くの化成品の原料でもある。
[用語4] 芳香族アミン : ベンゼンを代表とする環状不飽和化合物にアミノ基が結合した化合物。医農薬品から大量製造される化成品の原料として使われている。下にその一例を示す。
神経伝達物質
抗がん剤等の医薬品、様々な農薬と化成品の原料
アミノメチルフラン
強靭で燃えにくい高機能アラミド樹脂の原料。原理的にはブトウ糖から得られるヒドロキシメチルフルフラール(上記[用語2]参照)から合成できる。このため、再生可能なバイオマスを高付加価値なポリマーにする変換するひとつのルートとして期待されている。
[用語5] 還元的アミノ化 : アルデヒド、ケトンを1ステップでアミンに変換する反応の総称。アルデヒド、あるいはケトンを窒素源(アンモニアなど)と還元剤(水素ホウ素試薬など)に接触させることによって反応が進む。触媒の存在下、水素を還元剤として用いる反応はアミン類の工業的合成法として最も有効は手法の一つ。
論文情報
掲載誌 : |
Journal of the American Chemical Society |
論文タイトル : |
Electronic Effect of Ruthenium Nanoparticles on Efficient Reductive Amination of Carbonyl Compounds |
著者 : |
Tasuku Komanoya, Takashi Kinemura, Yusuke Kita, Keigo Kamata, and Michikazu Hara |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
原亨和 教授
E-mail : hara.m.ae@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5311 / Fax : 045-924-5381
鎌田慶吾 准教授
E-mail : kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5338 / Fax : 045-924-5338
取材申し込み先
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661