研究

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植物の窒素欠乏耐性に必須な酵素を発見 ―新たなストレス耐性植物の開発に貢献―

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2017.11.06

要点

  • 窒素は植物の生育における必須栄養素
  • 植物の窒素欠乏ストレス耐性に寄与するリン脂質分解酵素を発見
  • リン脂質分解酵素がリン欠乏および窒素欠乏時にも重要であることが判明

概要

東京工業大学 生命理工学院の吉竹悠宇志大学院生(博士後期課程2年)、下嶋美恵准教授、円由香技術支援員、同 技術部 バイオ部門の池田桂子技術職員らは、東京薬科大学の野口航教授、名古屋大学の杉浦大輔助教らと共同で、植物の窒素欠乏下の生育において必須なリン脂質分解酵素を発見した。

研究グループは、シロイヌナズナ[用語1]の野生株、リン脂質分解酵素の欠損体、その欠損体にリン脂質分解酵素を戻し入れた相補体[用語2]について、通常生育条件下および窒素欠乏条件下で生育を比較、解析。欠損体では、著しく窒素欠乏耐性が低下していることを見出した。

リン欠乏下で生育した植物は、リン脂質分解酵素が活性化して生体膜の構成成分であるリン脂質を分解し、その際に生じたリン酸を細胞内に放出することで一時的にリン欠乏を回避することが知られている。しかし、今回の研究成果は、リン脂質分解酵素がリン欠乏だけでなく、窒素欠乏時の植物生育でも重要な役割を担っていることを明らかにした。

今後、植物におけるリン脂質分解酵素を介した窒素欠乏ストレス耐性メカニズムの詳細が明らかになることで、新たな窒素欠乏耐性植物の作出方法の開発が期待される。

研究成果は、スイス国際科学誌「Frontiers in Plant Science(フロンティアズ イン プラント サイエンス)」オンライン版に10月31日付で公開された。

研究成果

研究グループは、シロイヌナズナのリン脂質分解酵素(ホスファチジン酸ホスホヒドロラーゼ:PAH1、PAH2)の欠損変異体について検討。窒素欠乏条件下では生育が著しく阻害されることを発見した(図1A、B)。また、欠損変異体では、窒素欠乏時のみクロロフィル[用語3]含量および光合成活性が顕著に低下することがわかった(図1C、D)。

図1. シロイヌナズナ各植物体の窒素欠乏下での生育の様子

図1. シロイヌナズナ各植物体の窒素欠乏下での生育の様子

A. 通常生育および窒素欠乏下での植物の生育比較
B. 植物体地上部の重量(新鮮重量)
C. 植物体地上部のクロロフィル含量
D. 光化学系IIの最大量子収率 (Fv/Fm)[用語4]
※+N:通常生育条件、‒N:窒素欠乏条件
WT:野生株、pah1pah2:PAH1/PAH2欠損変異体、PAH1OEはPAH1相補体、PAH2OEはPAH2相補体

そこで、通常生育時および窒素欠乏時の各植物葉の葉緑体の様子を、透過型電子顕微鏡で観察した(図2)。その結果、欠損変異体は通常生育時には、野生株や相補体と葉緑体の様子に違いは見られないが、窒素欠乏時には顕著に葉緑体内部の膜構造、特に光合成の場であるチラコイド膜の崩壊が著しく進んでいることがわかった(図2B)。

これらの結果から、リン脂質分解酵素PAH1、PAH2は、窒素欠乏時の植物生育に必須であり、窒素欠乏時の葉緑体のチラコイド膜崩壊の抑制および光合成活性の維持に寄与していることが明らかになった。

図2. 通常生育条件および窒素欠乏生育条件下におけるシロイヌナズナ各植物体の葉の細胞の電子顕微鏡写真

図2.通常生育条件および窒素欠乏生育条件下におけるシロイヌナズナ各植物体の葉の細胞の電子顕微鏡写真

Aは通常生育条件における野生株、BはPAH1/PAH2欠損変異体、CはPAH1相補体、DとGは窒素欠乏生育条件における野生株、EとHはPAH1/PAH2欠損変異体、FとIはPAH1相補体
※赤矢印は葉緑体チラコイド膜のグラナ―ラメラ構造、黄矢印は葉緑体でSはデンプン粒

背景

窒素は植物の生育において欠かすことのできない栄養素であり、その欠乏は植物に大きなダメージを与える。そのため、これまでに国内外で、特に土壌からの窒素の取り込み活性の向上や植物体内での窒素利用効率の向上による窒素欠乏耐性作物の開発に向けた研究が広く進められている。

しかし近年、植物の窒素欠乏応答においては、生育環境中のリン濃度も影響を与えるなど、窒素欠乏とリン欠乏は、それぞれに特異的な応答機構が存在するだけでなく、両方の欠乏ストレスは密接に関連していることが示唆されている。

研究の経緯

植物はリン欠乏にさらされると、生体膜の主要構成成分であるリン脂質を分解することでリンを細胞内に供給し、一時的にリン欠乏下での生育を維持することがこれまでに知られている。研究グループはこれまでに、このリン脂質の分解において重要な役割を担っている酵素PAH1、PAH2をシロイヌナズナで発見し、シロイヌナズナのPAH1、PAH2欠損体では著しくリン欠乏耐性が低下することを見出した。その際に、リン欠乏時にはPAH1、PAH2は小胞体のリン脂質を分解すると共に、生成したジアシルグリセロールを小胞体から葉緑体へと供給することで、葉緑体内の膜脂質合成に寄与していることが示唆された。

そこで本研究では、上記のようなPAH1、PAH2を介したリン酸の細胞内供給や、葉緑体へのジアシルグリセロール供給は、窒素欠乏時の生育にどのような影響を与えるのかを調べた。

今後の展望

今後、実用作物にPAH1を過剰発現させることで、窒素欠乏だけでなくリン欠乏にも耐性を持つ作物の開発に結び付くことが期待できる。

用語説明

[用語1] シロイヌナズナ : 学名Arabidopsis thaliana、植物分子生物学の研究分野では、全ゲノム配列が2000年に決定されており、遺伝子情報および遺伝子操作技術が整備されていることから、モデル植物として基礎研究に利用されている。

[用語2] 相補体 : PAH1/PAH2欠損変異体に、PAH1もしくはPAH2を導入した植物体。

[用語3] クロロフィル : 光合成において光エネルギーの吸収する役割を持つ色素。

[用語4] 光化学系IIの最大量子収率 (Fv/Fm) : 光合成活性の指標となるパラメーターの1つ。クロロフィルが受けた光エネルギーのうち、光合成に最大限使えるエネルギーの割合。

論文情報

掲載誌 :
Frontiers in Plant Science
論文タイトル :
Arabidopsis Phosphatidic Acid Phosphohydrolases Are Essential for Growth under Nitrogen-Depleted Conditions
著者 :
Yushi Yoshitake, Ryoichi Sato, Yuka Madoka, Keiko Ikeda, Masato Murakawa, Ko Suruga, Daisuke Sugiura, Ko Noguchi, Hiroyuki Ohta, Mie Shimojima
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

下嶋美恵 准教授

E-mail : shimojima.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5527 / Fax : 045-924-5527

東京薬科大学 生命科学部

野口航 教授

E-mail : knoguchi@toyaku.ac.jp
Tel : 042-676-6800 / Fax : 042-676-6800

名古屋大学 大学院生命農学研究科

杉浦大輔 教授

E-mail : dsugiura@agr.nagoya-u.ac.jp
Tel : 052-789-4023

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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東京薬科大学 総務法人広報課

E-mail : kouho@toyaku.ac.jp
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名古屋大学 総務部総務課広報室

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