東工大ニュース

隕石の記憶は容易に消去される

天体衝突時の加熱過程における物質強度の効果を解明

RSS

公開日:2018.01.26

ポイント

  • 隕石に記録された放射壊変年代(アルゴン年代)は、初期太陽系で起きた出来事を紐解く上で重要である。
  • 隕石のふるさとである小惑星帯での典型的な衝突(およそ5 km/s)ではアルゴン年代はリセットされない、と推定されてきた。
  • 岩石の強度を考慮した数値衝突計算を実施し、衝撃圧縮状態からの減圧中に摩擦や塑性変形に伴う加熱が起こり、低速度衝突(2 km/s)でもアルゴン年代がリセットされることを示した。
  • 初期太陽系の姿は従来推定されていたよりも穏やかであった可能性が高い。

概要

隕石に記録された放射壊変年代(アルゴン年代※1)はその隕石の母天体がその時刻に1,000 Kの高温にさらされた時刻を示します。多くの隕石は初期の太陽系で母天体が冷え固まった時刻、すなわちおよそ45~46億年前の年代を示しますが、一部の隕石は若い年代を示します。母天体を1,000 Kまで加熱する過程は天体衝突しか考えられません。したがって、若い年代を示す隕石群の年代頻度の時間変化は太陽系天体の衝突史とみることができ、初期太陽系の軌道進化史の制約条件として利用されてきました。

アルゴン年代から衝突史の情報を引き出すためには、どの程度の衝突速度の場合に母天体が1,000 Kまで加熱されるか、という「アルゴン年代消去衝突速度」がわかっている必要があります。過去の理論的研究では岩石物質を理想的な流体であると仮定※2し、母天体を1,000 K以上に加熱してアルゴン年代をリセットするためには6~8 km/sという高速度で衝突が起こる必要があると推定されました。この速度は小惑星帯における典型的な衝突速度(およそ5 km/s)よりも高速度です。ところが2010年以降、現実の物質(弾塑性体)への衝突ではこの推定よりも低速度の衝突でも大きな加熱度が達成されるという報告が室内衝突実験/数値衝突計算で報告されるようになってきました。この「追加加熱」の起源は未解明でしたが、アルゴン年代から復元される初期太陽系の姿が大幅に塗り替えられる可能性があります。

千葉工業大学の黒澤耕介研究員、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の玄田英典特任准教授は数値衝突計算を行い、現実の岩石の弾塑性体挙動を計算に取り入れた場合の加熱度を調べました。その結果、衝撃波の伝播で圧縮・破砕された岩石が膨張して減圧する際に内部摩擦や塑性変形によって追加発熱が起こり(図1)、2 km/sという低速度衝突の場合でも衝突天体質量の10%が1,000 Kまで加熱されることを見出しました。6~8 km/sと考えられていたアルゴン年代消去衝突速度が実際には2 km/sであったことになります。

「追加加熱」によって、隕石のふるさとである小惑星帯の典型的な衝突でアルゴン年代消去が起こることがわかりました。この新発見は初期太陽系の衝突環境は従来推定よりも穏やかであったことを示唆します。

研究成果は、1月25日付の米国科学雑誌「Geophysical Research Letters」の電子版に掲載されました。

数値計算結果例。上2つのパネル(a、b)は衝突後のある時刻のスナップショットです。完全流体の場合(a)と、現実の岩石の弾塑性体挙動を再現できる物質モデルを取り入れた場合(b)を示しています。この例では小惑星帯の典型的衝突を想定し、衝突速度を3 km/s(斜め45度衝突、4.2 km/sの垂直方向速度成分)と設定しています。弾塑性体の場合、1,000 Kまで温度が上がっていますが、理想流体の場合はほとんど温度が上がらないことがわかります。下2つのパネル(c、d)は(a、b)で示した計算中の温度-圧力の時間変化です。パネル(a、b)中で点列で示された追跡粒子の温度-圧力履歴は線で繋いで可視化しています。衝撃波が到達し、圧力が急上昇した直後でなく、1万気圧ほどまで減圧していく際に徐々に温度が上昇していることがわかります。赤いハッチをかけた温度領域ではアルゴン年代がリセットされます。図中の黒線はユゴニオ曲線と呼ばれる衝撃波到達直後に到達する温度圧力を繋いだ理論曲線です。衝突からの経過時刻は衝突天体が地面に埋まるまでにかかる時間(衝突天体直径を衝突速度で割った値)で規格化しています。標的天体表面のごく近傍に位置していた物質は数値計算における信頼度が低いため灰色で示しています。
図1.
数値計算結果例。上2つのパネル(a、b)は衝突後のある時刻のスナップショットです。完全流体の場合(a)と、現実の岩石の弾塑性体挙動を再現できる物質モデルを取り入れた場合(b)を示しています。この例では小惑星帯の典型的衝突を想定し、衝突速度を3 km/s(斜め45度衝突、4.2 km/sの垂直方向速度成分)と設定しています。弾塑性体の場合、1,000 Kまで温度が上がっていますが、理想流体の場合はほとんど温度が上がらないことがわかります。下2つのパネル(c、d)は(a、b)で示した計算中の温度-圧力の時間変化です。パネル(a、b)中で点列で示された追跡粒子の温度-圧力履歴は線で繋いで可視化しています。衝撃波が到達し、圧力が急上昇した直後でなく、1万気圧ほどまで減圧していく際に徐々に温度が上昇していることがわかります。赤いハッチをかけた温度領域ではアルゴン年代がリセットされます。図中の黒線はユゴニオ曲線と呼ばれる衝撃波到達直後に到達する温度圧力を繋いだ理論曲線です。衝突からの経過時刻は衝突天体が地面に埋まるまでにかかる時間(衝突天体直径を衝突速度で割った値)で規格化しています。標的天体表面のごく近傍に位置していた物質は数値計算における信頼度が低いため灰色で示しています。
※1
カリウム(39K)はマグマに集まる性質を持ち、一定の割合で放射性同位体である40Kが含まれます。40Kはおよそ13億年の半減期で40Arに変化します。マグマの冷却によって固化して形成された岩石中では時間とともに40Arが蓄積されます。したがって、隕石試料中の40Arと39Kの量比はその岩片が冷え固まった時刻を記憶していることになります。ところが岩片の温度が1,000 Kまで上昇すると蓄積した40Arが岩片中を高速で拡散し、宇宙空間に失われ、記憶はリセットされます。実際の計測では岩片試料に中性子を照射し、試料中の39Kを39Arに変換し、高精度でアルゴンガスの同位体比(40Arと39Arの比)を計測する方法(アルゴンーアルゴン法)が用いられ、40Ar-39Ar年代と表記されます。
※2
秒速数km/sの衝突で達成される典型的な圧力は10万気圧以上に及びます。それに対して岩石物質の典型的な臨界降伏応力は高々数万気圧です。従って強度を持つ岩石物質であってもあたかも流体のように振る舞うため、完全流体近似は妥当であると考えられてきました。

論文情報

掲載誌 :
Geophysical Research Letters
論文タイトル :
Effects of friction and plastic deformation in shock-comminuted damaged rocks on impact heating
著者 :
Kosuke Kurosawa and Hidenori Genda
DOI :

お問い合わせ先

千葉工業大学 惑星探査研究センター

研究員 黒澤耕介

E-mail : kosuke.kurosawa@perc.it-chiba.ac.jp
Tel : 047-478-4386、047-478-0320 / Fax : 047-478-0372

東京工業大学 地球生命研究所

特任准教授 玄田英典

E-mail : genda@elsi.jp
Tel : 03-5734-2887

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

RSS