東工大ニュース

細胞のコラーゲン分泌機構の一部を解明

小胞体からの輸送に関わる脱ユビキチン化酵素がカギ

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公開日:2018.06.05

要点

  • コラーゲン分泌を抑える脱ユビキチン化酵素USP8-STAM1を発見
  • 巨大なコラーゲンを細胞内で運ぶ輸送体に付くユビキチンに作用
  • 疾患の新たな治療法や産業用コラーゲンの効率生産に貢献する可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの駒田雅之教授、福嶋俊明助教、大学院 生命理工学研究科 生体システム専攻の川口紘平大学院生(博士後期課程3年・研究当時)らの研究グループは、細胞がコラーゲンを分泌する仕組みの一部を解明した。コラーゲンは、私たちの皮膚や骨などほとんどの組織の形成にとって重要なタンパク質だ。細胞の中で合成されたコラーゲンは、他のタンパク質とは異なり専用の輸送体(特殊なタンパク質と脂質膜で覆われた袋)によって細胞内を運ばれ、細胞の外へ分泌されることが知られていた。

研究グループは、このコラーゲンの輸送体を形作るために重要な新しい酵素を発見した。この酵素は輸送体の大きさや細胞内での位置を制御しており、この酵素の働きを抑えると細胞内でのコラーゲンの輸送が活発になり、より多くのコラーゲンが細胞の外に分泌された。今回の発見をもとにコラーゲンの分泌を制御する手法を開発できれば、コラーゲンの異常で起こるコラーゲン関連疾患[用語1]の治療法の開発や、産業用コラーゲンの生産性向上に貢献できる可能性がある。

本成果は、2018年5月15日付けの国際的な生化学専門誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載された。

研究成果

細胞外マトリックス[用語2]やホルモンなどの分泌タンパク質の多くは、小胞体膜上のリボソームによって合成され、小胞体内で折りたたまれる。その後、小胞体から出芽する直径約60~70 nm(ナノメートル)の小胞に積み込まれる。この小胞は、COPII[用語3]というタンパク質複合体で覆われており、COPII小胞と呼ばれる。積み込まれたタンパク質はCOPII小胞によってゴルジ体へと輸送され、ゴルジ体で成熟したあと細胞外に分泌される。

細胞外マトリックスを構成するコラーゲンは、300~400 nmの巨大な繊維状タンパク質だ。その大きさから通常のCOPII小胞には積み込めないため、より大きなサイズの特別な輸送体によって運ばれる必要がある。このコラーゲンの輸送体もCOPIIで覆われているが、詳しい構造やその形成機構は未だに不明な点が多い。

研究グループは、COPIIに相互作用するタンパク質を調べ、USP8-STAM1複合体という脱ユビキチン化酵素を見出した。この脱ユビキチン化酵素は、COPIIに付加しているユビキチンという小さなタンパク質を取り除く働きをしている。ユビキチンが取り除かれたCOPIIは大きな輸送体を形成できなくなった。一方で、この脱ユビキチン化酵素の働きを抑えると、小胞体からのコラーゲンの運び出しが促進され、コラーゲンの分泌量が増加した(図1)。

脱ユビキチン化酵素の働きを抑えた細胞の電子顕微鏡像

図1.脱ユビキチン化酵素の働きを抑えた細胞の電子顕微鏡像

小胞体(ER)とゴルジ体(Golgi)の間にコラーゲン輸送体と思われる構造(矢印)が多数観察された

最近、米国のカリフォルニア大学バークレー校の研究グループがCOPIIにユビキチンを付加する酵素(ユビキチン化酵素)を同定し、細胞にこのユビキチン化酵素を過剰に発現すると大きなコラーゲン輸送体の形成が促進することを示した。

この米国の研究と本研究の成果から、ユビキチン化酵素と脱ユビキチン化酵素のバランスによってCOPIIへのユビキチンの結合量が増減し、この結合量が増加するとコラーゲン輸送体の形成が促進してコラーゲンの分泌が盛んになるという新しいしくみが存在することを明らかにした(図2)。

COPIIのユビキチン化と脱ユビキチン化によるコラーゲンの細胞内輸送の制御

図2.COPIIのユビキチン化と脱ユビキチン化によるコラーゲンの細胞内輸送の制御

背景と経緯

タンパク質のユビキチン化修飾は、標的タンパク質に小さなタンパク質“ユビキチン”が共有結合する反応である。多くの場合、すでに標的タンパク質に結合しているユビキチンに別のユビキチンが結合することにより、鎖状のユビキチンの重合体(ユビキチン鎖)が形成される。ユビキチン化修飾には標的タンパク質の分解を誘導したり、タンパク質複合体の形成を促進するなど様々な役割がある。

研究グループでは、ユビキチン鎖を分解する “脱ユビキチン化酵素” の研究を長年進めてきた。ヒトには脱ユビキチン化酵素が約90種類存在する。今回、そのうちの1つUSP8に着目して研究を進めた。これまでにUSP8が下垂体ホルモンの分泌に関与することを発見しており、USP8のタンパク質分泌における役割をさらに明らかにするため研究を進めてきた。その過程で、当初予想していなかった、脱ユビキチン化酵素がコラーゲンの分泌の調節に重要な役割を果たしていることを発見した。

今後の展開

コラーゲンには、骨や真皮に大量に含まれるI型コラーゲンや基底膜を構成するIV型/VII型コラーゲンなどがあり、骨や臓器を形成するうえで重要な役割を果たしている。

コラーゲンの分泌が不足すると、骨形成の異常や顔面の異形成を伴う「頭蓋―レンズ―縫合異形成(CLSD)」や「Cole-Carpenter 症候群」が引き起こされる。一方で、コラーゲンが過剰に分泌されると肝臓や腎臓などの組織の繊維化が起こり、機能が低下することが知られている。今回明らかになったメカニズムをもとに、USP8を阻害あるいは活性化することで、コラーゲンの分泌を促進や抑制する技術を開発できれば、これらコラーゲン関連疾患の治療に応用できる可能性がある。

コラーゲンは食品や化粧品、医療用の人工皮膚や人工骨の材料や医薬品安定化剤として産業利用されている。それぞれの用途にあわせて、家畜や魚類から精製されたコラーゲンや、培養細胞を用いて細胞工学的手法で産生されたコラーゲンなどが使われる。培養細胞中のUSP8の作用を阻害することによりコラーゲンの分泌を最大化する技術を開発できれば、新しいアプローチで産業用コラーゲンの産生効率の向上に貢献できると期待される。

用語説明

[用語1] コラーゲン関連疾患 : 文中の「今後の展開」で記した、頭蓋―レンズ―縫合異形成(CLSD)やCole-Carpenter 症候群、各種組織の繊維化など起こす疾患。

[用語2] 細胞外マトリックス : 生体内の細胞と細胞の間の空間を充填したり、骨や基底膜を形成している糖とタンパク質の複合体。コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、エラスチンなどが主成分。

[用語3] COPII : COPII小胞を覆っているタンパク質。小胞体膜を湾曲させて小胞を形成する働きや、小胞に積み込まれる予定の分泌タンパク質を認識している膜受容体を小胞に引き込む働きがある。低分子Gタンパク質であるSar1、Sec23-Sec24複合体、Sec13-Sec31複合体で構成される。

論文情報

掲載誌 :
Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル :
Ubiquitin-specific protease 8 deubiquitinates Sec31A and decreases large COPII carriers and collagen IV secretion
著者 :
川口紘平、遠藤彬則、福嶋俊明、円由香、田中利明、駒田雅之
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター 助教

福嶋 俊明(ふくしま としあき)

E-mail : tofu@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5702

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

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