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協奏的動きがもたらす多価イオン拡散の促進現象を発見

リチウムイオン蓄電池よりも性能の高い次世代蓄電池の開発促進に期待

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公開日:2018.08.17

概要

東北大学金属材料研究所(金研)は、東京工業大学と共同で、一価イオンのLi+と多価イオンであるMg2+の相互作用により、通常は遅い正極中での多価イオン拡散(移動)が、顕著に促進される現象を初めて発見しました。これにより、多価イオンを用いる次世代蓄電池系の開発促進が期待されます。

図1. Li+とMg2+の協奏的動きによるMg2+の拡散障壁の低減

図1. Li+とMg2+の協奏的動きによるMg2+の拡散障壁の低減

蓄電池におけるイオン伝導のしくみを解明することは、新たなエネルギー材料の開発に欠かせません。Mg2+、Zn2+、Al3+などの多価イオンを電荷担体(キャリア)とする蓄電池系は、今日広く使われているリチウムイオン電池の性能を凌ぐ可能性のある次世代蓄電池として注目されています。しかし上述のように、これらの多価イオンは、正極物質中を移動する速度が遅く、電極反応が進みにくいため、現状では適切な電極材料の開発が遅れています。

本研究では、実験と理論計算の手法を併用し、Li-Mgデュアルイオン電池系におけるLi+とMg2+の拡散挙動を調査しました。すると、Mg2+の拡散がLi+との協奏的相互作用によって顕著に促進されることを発見しました。本成果は、未だ解明されていない多価イオン伝導機構に新たな知見をもたらし、多価イオンをキャリアとする蓄電池系の構築にむけて斬新なアプローチを提案します。

本研究は、金属材料研究所の李弘毅(博士後期課程3年、JSPS特別研究員)、岡本範彦准教授、市坪哲教授、東京工業大学 元素戦略研究センターの熊谷悠特任准教授、同大 科学技術創成研究院の大場史康教授らの研究グループによって行われました。

本成果はAdvanced Energy Materials誌に8月10日(日本時間)に掲載されました。

研究背景

高性能な蓄電池は、スマートフォンや電気自動車など我々に身近なデバイスの性能向上に欠かせません。そして次世代の電力網であるスマートグリッドシステムの構築においても必要不可欠です。現在、蓄電池の主役を担うリチウムイオン電池は、1990年代に発売されて以降、改良が重ねられているものの、その性能は理論的な限界まで近づきつつあり、これ以上大きな性能の向上は見込めません。そのため、リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の実現には、新たな基礎学理のもと、今までにない蓄電池の設計指針を確立していく必要があります。

リチウムイオン電池のように、インターカレーション反応[用語1]を利用する蓄電池は、電荷を運ぶキャリア(イオンなど)が充放電によって正極・負極間を行き来することで繰り返し使用できる電池です。一般的に、正極にはキャリアを格納できる酸化物(これをフレームと呼びます)が、負極には黒鉛などの層状構造物質が使用されます。充電時には、正極に格納されたキャリアが放出され、負極内部に挿入され、放電時には、負極に挿入されたキャリア金属が再びイオン化して電子を放出し、電解液を通じてキャリアとして正極へと流れ、そこで電子を受け取ることで電流が外部回路に発生します。Li+をキャリアとするリチウムイオン蓄電池系は、充電時に起こるLi金属のデンドライト成長[用語2]が発火事故の原因にもなり大きな問題となっています。ゆえに、現在実用化されているリチウムイオン電池では、インターカレーション機構によりデンドライト成長を起こしにくい炭素系材料が負極に使われていますが、炭素系負極材料の重量・体積が無視できないほど大きく、そのためエネルギー密度が低くなり、性能が十分に発揮できません。

一方、一価のLi+と異なり、Mg2+、Zn2+、Al3+などの多価イオンはデンドライト成長しにくい傾向があり、安全に金属負極を使用できるため、Mg蓄電池をはじめとする多価イオン蓄電池の研究が近年注目されています。しかし、多価イオンは、一価イオンと比べると正極フレームの中を移動するのに非常に大きなエネルギーのバリアを乗り越える必要があり、拡散が困難です。フレームの安定性も低く、電極として寿命が短いという欠点があります。このように、一価イオンとは全く異なる性質を持つ多価イオンを蓄電池に用いるためには、従来とは全く異なるアプローチで研究に挑む必要があります。

図2. Li-Mgデュアルイオン電池の模式図

図2. Li-Mgデュアルイオン電池の模式図

充電:Li+とMg2+が正極から放出され、負極に析出する。放電:Li+とMg2+が負極から溶解し、正極に収容される。

そこで本研究グループは、それぞれ性質が異なる一価イオンと二価イオンを同時に利用するデュアルイオンをキャリアとする蓄電池の概念を世界に先駆けて提案し、世界の蓄電池分野で新たな潮流を作ってきました。Li+とMg2+を用いたLi-Mgデュアルイオン電池(図2)は高エネルギー密度蓄電池に適した構造を有し、充放電過程において、Li+とMg2+の両方を正極および負極にて電気化学反応させます。

これまでの研究では、Li+とMg2+を同時に電極へ析出させること(電析)によって、Liの危険なデンドライト成長が抑制され、平滑な電析形態が得られることを明らかにしました。これによって、炭素などの負極材料を利用せず、高容量の金属負極を使用できる可能性を示してきました。さらに、Mo6S8やMgCo2O4などの正極材料を用いて、インターカレーション反応におけるLi+とMg2+の挿入・脱離挙動を調査した結果、多価イオンであるMg2+が予想以上に速く移動することを実験的に見出しました。これが本研究を始めた動機です。

成果の内容

図3. Mo6S8の定電流放電曲線
図3. Mo6S8の定電流放電曲線

本研究では、正極でのLi+とMg2+の拡散挙動の調査において、正極材料の一つの例として硫化物であるシェブレル化合物Mo6S8を用いました。電位走査、定電流充放電実験や組成分析の結果(図3)から、放電の初期において、Li+が優先に挿入され、拡散の遅いMg2+はほとんど挿入されませんが、Mo6S8中に挿入されたLi+が一定量に達すると、Mg2+の挿入が促進され始め、理論容量まで放電したMo6S8電極にはほぼ同じ割合のLi+とMg2+が正極に挿入されることがわかりました。一般的に、正極中のイオン拡散の容易さは、イオンが占める拡散経路上のサイトとサイトの間の移動にかかる活性化エネルギー(拡散バリア)の大きさに依存します。そのため、Li-Mgデュアルイオン系におけるMg2+の挿入が促進される現象は、先に挿入されたLi+がMg2+の拡散バリアを低減させたことを示唆します。

図4. インターカレーション反応における固体内拡散過程

図4. インターカレーション反応における固体内拡散過程

Li+とMg2+の拡散挙動と活性化エネルギーを調査するため、実験から得られた知見に基づき、第一原理計算[用語3]を用いて、Mo6S8中の拡散過程を解析しました(図4)。その結果、後に続いて挿入されるMg2+は、先に挿入されたLi+と一定の距離(~4 Å)を保ちながら、ペアで拡散経路を移動することによって、Mg2+単体で拡散する場合と比べ、拡散バリアが大幅に低減されることが明らかになりました。さらなる調査の結果、このような“協奏的な動き”による拡散の促進はデュアルイオンの場合だけでなく、一種類のキャリアイオンの場合でも起こりうる一般的な現象であることがわかりました。しかし例えば、多価イオンのみの場合には、イオン挿入の初期段階においては拡散バリアが高いので、インターカレーション反応が電極表面に滞ってしまい、協奏的効果が発現されにくいのですが、拡散の速いLi+を先に導入することによって、協奏効果を引き出すことができ、多価イオンの拡散バリアを低減させ、インターカレーション反応を促進させることができます。

意義・課題・展望

正極などの固体中のイオン伝導はエネルギー材料分野において極めて重要なテーマであり、蓄電池をはじめとする様々なエネルギー貯蔵デバイスの基礎となっています。リチウムイオン電池などの一価イオンを使う蓄電池の物理化学機構は比較的よく知られていますが、多価イオンを使う蓄電池の基礎科学は緒に就いたばかりです。本研究で明らかにした、一価イオン(Li+)と多価イオン(Mg2+)の協奏的動きによる拡散の促進現象は、固体中のイオン伝導機構の基礎的理解を深めたことに加え、正極材料の開発に新たな指針を与え、多価イオンをキャリアに用いる蓄電池系の実用化に大きくアプローチできる大変意義のある成果です。また、本成果は蓄電池分野に限らず、燃料電池固体電解質やイオン伝導体などの分野への拡張も期待されます。

共同研究機関および助成

本成果における理論計算には、東北大学金属材料研究所のスーパーコンピュータを利用しました。また、本研究は、日本学術振興会科学研究費no. 26289280、特別研究員奨励費no. 18J11696の助成を受けました。

用語説明

[用語1] インターカレーション反応 : 電池の充放電反応において、キャリアイオンが電極材料に出入りする反応のことです。電極は体積変化が少なく、安定性が高いため、長寿命の蓄電池に適しています。

[用語2] Li金属のデンドライト成長 : 電析の際に、Li結晶が先端が尖った形状で成長することです。電極表面の電場の不均一性に起因すると考えられますが、詳しいメカニズムは未解明です。右の図に示したように、Li-Mgデュアルイオン系ではLiのデンドライト成長が顕著に抑制され、金属負極を使用することが可能となります。

Li金属のデンドライト成長

[用語3] 第一原理計算 : 実験データや経験パラメーターを使わない量子力学の基本原理に基づく計算方法です。現在は計算リソースなどの制限のため、様々な近似手法が利用されています。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Energy Materials
論文タイトル :
Fast diffusion of multivalent ions facilitated by concerted interactions in dual-ion battery systems
著者 :
Hongyi Li, Norihiko L. Okamoto, Takuya Hatakeyama, Yu Kumagai, Fumiyasu Oba and Tetsu Ichitsubo
DOI :

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