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量子アニーリングマシンの技術開発を推進するNEDOプロジェクトに採択

Society 5.0の中核を担う次世代コンピューティング技術を目指して

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公開日:2018.10.09

国立研究開発法人新エネルギー・産業開発総合開発機構(NEDO)の新規事業「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発」に、東京工業大学が共同提案者として加わる研究開発プロジェクト2件が採択されました。科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニットの西森秀稔教授らのグループは、量子アニーリングマシン[用語1]をはじめとするイジングマシン[用語2]を汎用的に使用できる「共通ソフトウェア基盤の研究開発」、ならびに「超電導パラメトロン素子を用いた量子アニーリング技術の研究開発」のプロジェクトにそれぞれ参加します。

西森秀稔教授
西森秀稔教授

背景

今日の私たちが暮らす情報社会の次に訪れる未来社会として、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会「超スマート社会(Society 5.0)」が提唱されています。この社会の実現に向けて、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やAI技術などを基軸とした製品・サービスが社会実装されていくことが求められますが、それを実現するにあたり生じる「データ量の増大」「消費エネルギーの増大」が課題として挙げられています。

これらの課題を解決するために、既存技術の延長線上には無い、高速化と低消費電力化を両立する次世代コンピューティング技術が注目されます。本プロジェクトを通じ、ソフト・ハード双方の面から量子アニーリングマシンの技術開発を一層促進し、きたるSociety5.0を支える新技術としての確立を目指します。

イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発 (事業代表者:早稲田大学)

参加機関

早稲田大学、東京工業大学、情報・システム研究機構 国立情報学研究所、産業技術総合研究所、豊田通商株式会社、株式会社フィックスターズ、日本電気株式会社(以下、NEC。NECは早稲田大学の共同実施先)

研究開発概要

Society5.0実現のため、先進的なモビリティサービスやスマートファクトリ、金融、創薬など多様な産業分野におけるディジタライゼーションの進展と、これに伴う高性能コンピューティングに対する社会的要請が高まっています。「最適化問題」、特に「組合せ最適化問題[用語3]」は、Society5.0を実現する産業分野の至るところに内在し、難しいクラスの組合せ最適化問題であっても高速に最適解を求めることが、Society5.0の実現の成否を決めることになると言われています。

ここで組合せ最適化問題の高速解法のブレークスルーとして期待されているのが、量子アニーリングマシンをはじめとするイジングマシンです。いくつかのサンプルデータによれば、イジングマシンを活用することにより高速に組合せ最適化問題を解決できると言われています。しかも量子アニーリングマシンを支える基盤技術、例えば、超電導量子ビットや量子アニーリングによる組合せ最適化問題の高速解法はいずれも、90年代にわが国で提案され実証されたものです。

こうした背景のもと、現在、わが国でも量子アニーリングマシンや半導体によるイジングマシンをはじめ、活発にイジングマシンの研究開発が行われ、さまざまなイジングマシンハードウェアが提案・開発されています。ところが、現実課題とこれを解決するイジングハードウェアとの間に大きな乖離があり、いかにこの「乖離」を埋めるか、すなわち現実課題とイジングマシンとの中間層に、さまざまなイジングマシンアーキテクチャにとって共通的に動作する「ソフトウェア基盤」を構築するかが大きな問題となっています。

そこで本研究開発では、これらの問題を解決するため、現実課題とイジングマシンハードウェアの中間層として、ミドルウェア群および共通API[用語4]等から構成される共通ソフトウェア基盤を研究開発します。その結果、現在までに開発された国内外のイジングマシンだけでなく、将来開発されることが見込まれるさまざまなイジングマシンにとって、共通的なソフトウェア基盤を提供することを可能とし、現実課題とイジングマシンハードウェアとの乖離を解消し、多様なイジングマシン上で複雑かつ多様な現実課題の解決を可能とします。

研究開発の全体像

研究開発の全体像

研究内容と各機関の役割

1.
早稲田大学:イジングマシン共通ソフトウェア基盤のための基本アルゴリズムと要素技術開発
2.
東京工業大学:イジングマシン共通ソフトウェア基盤評価のための量子アニーリング基礎理論開発
3.
情報システム研究機構 国立情報学研究所:イジングマシン共通ソフトウェア基盤評価のための古典アルゴリズム開発
4.
産業技術総合研究所:セキュリティ・マテリアルデザインアプリケーションの開発
5.
豊田通商株式会社:イジングマシン共通ソフトウェア基盤評価のための問題抽出と定式化検討、次世代モビリティ・ロジスティックス・サプライチェーンアプリケーションの開発
6.
株式会社フィックスターズ:イジングマシン共通ソフトウェア基盤評価のためのライブラリ開発とAPI開発
7.
NEC:ソフトウェアと連携した量子アニーリングマシンハードウェアのアーキテクチャ最適設計

超電導パラメトロン素子を用いた量子アニーリング技術の研究開発(事業代表者:NEC)

参加機関

NEC、東京工業大学、早稲田大学、横浜国立大学、産業技術総合研究所(NECの共同実施先)、京都大学(NECの再委託先)

研究開発概要

現状の量子アニーリングマシンは完成形でなく、現在の超電導量子アニーリングデバイスが持つ課題、すなわち高速計算の源泉とされる量子コヒーレンス[用語5]と集積性を両立することが求められています。本プロジェクトではこの2つを両立し、国産の量子アニーリングマシンを実現するための要素技術開発を実施します。

参画機関合同で、超電導パラメトロン素子開発、3次元実装技術、信号読出・制御、およびそれらを支える理論検討・シミュレーションを通じて、量子アニーリングマシンの実現を目指すとともに、アプリケーション・ソフトウェアレイヤのソフトウェア基盤を開発する「イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発」と密接に連携して相互最適化を実現し、両者の強力な統合の実現を目指します。

Society5.0では、IoTによって、クラウドコンピューティングと有機的な結びつきを持った社会システムが成り立ちます。クラウドコンピューティングに全く新しい計算原理に基づくイジング計算が加えられることで、これまでは時間的制約で精度の低い近似解法に頼っていたような最適化問題に対し、短時間で精度の高い解を求めることができるようになります。このハードウェアの性能向上と共通ソフトウェア基盤開発の連携により、イジング計算を活用したアプリケーション開発が促進され、産業社会への波及効果を加速することができます。

研究内容と各機関の役割

1.
NEC、産業技術総合研究所:高コヒーレンス超電導パラメトロンアニーリング素子の研究開発、多ビット化を支える3次元実装技術の研究開発
2.
東京工業大学:多体相互作用の高効率な表現方法の研究開発、量子アニーリング機構の設計最適化技術に関する研究開発
3.
横浜国立大学:量子磁束回路を用いた量子ビット用制御・読出し回路の研究開発
4.
NEC、京都大学:量子ダイナミクスの高速並列シミュレーションによる量子アニーリングの性能評価の研究開発

研究開発概要

研究開発概要

用語説明

[用語1] 量子アニーリングマシン : 組合せ最適化問題を高速に解決すると期待されるマシン。量子効果により量子重ね合わせ状態を実現させ、それを初期状態として用意し、徐々に量子効果を弱める。同時に組合せ最適化問題を表現するイジングモデルの効果を強めることにより、イジングモデルの安定状態を実現させるという機構で動作する。

[用語2] イジングマシン : 組合せ最適化問題をイジングモデルで表現し、組合せ最適化問題を解決するマシンの総称。上記、量子アニーリングマシンはイジングマシンの一種である。

[用語3] 組合せ最適化問題 : 膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。

[用語4] API : Application Program Interfaceの略で、ライブラリやミドルウェアなどソフトウェアを使うためのインタフェースの仕様。

[用語5] 量子コヒーレンス : 量子力学では、系の状態は波動関数で記述され、水面の波や弦の振動のように異なる状態を重畳した重ね合わせ状態を取ることが出来る。量子計算ではこの重ね合わせ状態を用いた計算の並列性を利用する。量子コヒーレンスとは、このような重ね合わせ状態を可能にする量子力学的な波の性質のことである。

お問い合わせ先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975

10月10日 一部文言を修正し、関連リンクを追加しました。

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