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結晶にも液晶にも液体にも分類されない新物質を発見

分子自己集合体の科学における新知見

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公開日:2019.01.22

要点

  • 分子の自発的集合化で単結晶のような三次元規則構造の「液滴」を形成
  • 固体と液体の性質を併せ持ち規則構造を崩さずに流れる不思議な流動性
  • 分子の小さなキラリティーが巨視的物質の運動性を制御するという新知見

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の梶谷孝特任准教授(現 技術部 すずかけ台分析部門 技術職員)、福島孝典教授らはキラル分子[用語1]が単結晶のような規則構造をもつ液滴を自発的に形成、さらに構造秩序を崩さずに一方向に回転しながら流れる現象を発見した。側鎖にキラルエステル基を有するトリフェニレン誘導体[用語2]を設計して相転移挙動と集合構造を調べたところ、この物質の中間相[用語3]では、ヘリンボーン構造[用語4]という特徴的な構造からなる二次元シートが積層し、あたかも単結晶のような三次元構造を形成していることが分かった。

分子の自発的な集合化によるナノメートル級の物質作製は可能だが、高性能な有機材料の開発に求められる、数ミリ〜数センチスケールの超長距離構造秩序を実現することは極めて困難だった。通常、単結晶は固い多面体の形状をもつが、この物質は液滴のような形状で、かつ流動性をもつという構造特性と運動性が相矛盾する性質を示した。さらに、この液滴状物質は重力下で構造秩序を維持しつつ、一方向に回転しながら流れ落ちた。精密な解析から、この一方向回転流動は分子のキラリティーによってもたらされていることを明らかにした。

この研究は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 春木理恵研究員、理化学研究所創発物性科学研究センター 橋爪大輔チームリーダー、理化学研究所放射光科学研究センター 引間孝明研究員、東北大学 多元物質科学研究所 高田昌樹教授(理化学研究所放射光科学研究センターグループディレクター)、(株)JEOL Resonance 矢澤宏次主事、東京大学 物性研究所 柴山充弘教授らのグループと共同で行った。

研究成果は英国時間1月21日16時発行の「Nature Materials(ネイチャーマテリアルズ)誌」に掲載された。

研究の背景

有機化合物の溶液から得られる単結晶は明確な多面体形状を有しており、その内部では三次元(3D)格子が規則的な集合構造を形成している。しかし、有機化合物をいったん温めて溶融し、その状態から冷却して固体化させた場合、複数の不連続なミクロドメイン[用語5]からなる多結晶となる。液晶のような流動性をもった物質においてもこの状況は変わらない。

これは有機物が、原子を構成要素とする無機物とは異なり、三次元的に複雑で異方的な構造をもつ分子が弱い分子間力[用語6]で集まってできるため、数ミリ〜数センチメートルの大きなスケールで一様な構造へと集合化することができないためである。一方、分子は溶液中や液晶状態、溶融状態では立体構造が固定されずに動的に振る舞うが、分子の三次元配列が厳密に規定されて固定化された結晶状態では、その運動性を失うため、結晶は流動性を示さない。

今回、研究グループが発見した物質は粉の状態から加熱溶融して冷却すると、液滴のような形状に固まるものの、一粒の液滴はあたかも単結晶のような三次元的な構造規則性をもった分子集合体である。その規則構造形成能力は少なくとも数ミリメートルに及ぶため、分子の世界から見れば、「超」長距離の構造秩序が自発的に組み上がったとみなすことができる。

さらに結晶に匹敵するような構造規則性を持つにもかかわらず流動性を示し、しかも流動にともなう構造秩序の崩壊も見られない。詳細な検討から、この物質は固体と液体の性質の両方を同程度もつ不思議な物性を示すことを明らかにした。すなわち、この物質の状態は結晶、液晶、液体のいずれにも当てはまらず、これまでの常識を覆す物質として位置付けられる。そればかりでなく、この物質の動的な振る舞いから、分子のキラリティーと分子の巨視的集団運動の相関に関する新知見が得られた。

研究内容と成果

研究グループはトリフェニレンヘキサカルボン酸エステルにキラル側鎖を導入した誘導体(図1a)を合成し、その相転移挙動と分子集合構造を調べた。この化合物の結晶と液体の中間相における集合構造を大型放射光施設SPring-8(BL45XU)の放射光X線[用語7]で解析したところ、トリフェニレンコアのヘリンボーン様のパッキングによって形成された二次元(2D)シートが、一次元(1D)の相関を有する多層構造に積み重なり、結果として、3D格子を形成することを見出した(図1b)。興味深いことに、この検討過程において、粉末試料を融解温度まで加熱し、その後冷却すると液滴状に固まり、それはあたかも単結晶のような3D構造完全性をもつことが明らかとなった(図1c)。

図1. キラルトリフェニレンの分子構造、(b)液滴中の分子集合構造、および(c)基板上での液滴内部の分子集合構造

図1. キラルトリフェニレンの分子構造、(b)液滴中の分子集合構造、および(c)基板上での液滴内部の分子集合構造

この液滴状物質は、基板を立てると下方向に流れるという流動性を示した。驚くべきことに、流れ落ちる過程においても、液滴中の構造規則性は全く損なわれなかった(図2a)。この特異な流動挙動の起源について、レオロジー測定[用語8]と固体NMR測定から検討したところ、「固まろうとする性質」と「流れようとする性質」が絶妙なバランスを保っていることが明らかとなった(図3)。

さらに興味深いことに、流れ落ちる際、液滴が一方向に回転することを見出した(図2a)。このとき、回転方向はトリフェニレンに導入した側鎖のキラリティーで決まっていることもわかった。すなわち、R[用語9]の側鎖の場合は液滴が右方向に回転し、S体の場合には左方向に回転する。分子がもつキラリティーが、巨視的かつ異方的に、分子の集団運動を誘起していることになる。

この液滴物質中では、トリフェニレンコアが形成する2Dシートがキラル側鎖を介して積層している。液滴が流れ落ちる際には2Dシート間、すなわちキラル側鎖のレイヤー間での滑り運動が生じるため、一方の回転方向が他方に優先すると考えられる(図2b)。回転治具を用いたレオロジー測定でも、トリフェニレンのR体とS体の液滴では、回転運動に対して異なる応力を示すことが明らかになっている。

図2. (a) 分子液滴の回転流動と (b) 分子の回転滑り運動の方向が制御された集団運動の模式図

図2. (a) 分子液滴の回転流動と (b) 分子の回転滑り運動の方向が制御された集団運動の模式図

図3. (a)回転レオメーターを用いた(b)温度可変動的粘弾性測定の結果

図3. (a)回転レオメーターを用いた(b)温度可変動的粘弾性測定の結果

今後の展開

既存の概念では説明できない分子集合体の自発的な超長距離構造秩序形成と動的性質の相関を明らかにした上記の研究成果により、有機物質の構造形成、運動性および相形成に関する新たな知見を加えられるものと考えられる。今回の新しい発見は、関連分野の研究者に新たなインスピレーションを与え、同様の性質を有する物質の発見につながる大きな可能性を有している。

本研究で見いだされた構造化や動的性質をもたらすメカニズムのさらなる解明は、新しい分子集合体に関する物理化学の開拓に通じる。そして、メカニズムの解明により、このような高度な分子組織化が自発的に起こる系の合理的設計が可能になれば、高機能を示す有機材料の革新をもたらすと期待される。

用語説明

[用語1] キラル分子 : 三次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことができない性質(キラリティー、掌性)があること。化学では、結合の組み換えなしに分子をそれ自身の鏡像に重ね合わせられない性質をもつことを意味する。

[用語2] トリフェニレン誘導体 : 中心のベンゼン環に三つのベンゼン環が縮環した構造を有する平面状分子。側鎖にアルコキシ基 (RO−) またはアルキルチオ基 (RS−) を導入した誘導体は代表的な円盤状液晶分子として知られている。

[用語3] 中間相 : 物質の複数の状態(気体、液体、固体)の中間に存在する相のこと。液晶は、液体と固体の中間相として代表的な例である。

[用語4] ヘリンボーン構造 : V字形や長方形を縦横に連続して組合せて作られる構造のこと。ニシン(Herring)の骨(Bone)の形から名付けられた。

[用語5] ドメイン : 結晶や液晶の中で構成分子の配向や配列が揃っている領域をドメインと呼ぶ。

[用語6] 分子間力 : 共有結合ではなく、静電引力により隣接する分子同士などに働く弱い相互作用。代表的な例として、イオン相互作用、水素結合、双極子—双極子相互作用、ファンデルワールス力がある。

[用語7] 放射光X線 : 放射光X線とは、電子を光速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のことを指す。兵庫県にある大型放射光施設SPring-8および茨城県の高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーでは、放射光を用いて、基礎研究から産業利用まで幅広い実験が行われている。

[用語8] レオロジー測定 : 物質の変形や流動を取り扱う学問分野。レオロジー測定では、一般にレオメーターと呼ばれる動的粘弾性測定装置を使い、試料を挟んだ治具を回転させながら、物質に生じる応力を検出する。

[用語9] R : キラリティーをもつ物体の鏡像異性体の片方をR体、もう一方をS体という。

謝辞

本成果は、科学研究費助成事業の以下研究支援により得られた。

  • 研究課題 :
    「新学術領域研究(研究領域提案型)」 π造形科学: 電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出(領域略称名「π造形科学」)、「大規模分子集積化による巨視的π造形システム」
  • 研究代表者 :
    福島孝典(東京工業大学 科学技術創成研究院 教授)
  • 研究期間 :
    平成26~30年度
  • 研究課題 :
    基盤研究(A)「シングルドメインソフトマターが拓く新構造と物性に関する研究」
  • 研究代表者 :
    福島孝典(東京工業大学科学技術創成研究院 教授)
  • 研究期間 :
    平成29~32年度

論文情報

掲載誌 :
Nature Materials
論文タイトル :
"Chiral crystal-like droplets displaying unidirectional rotational sliding"
著者 :
Takashi Kajitani, Kyuri Motokawa, Atsuko Kosaka, Yoshiaki Shoji, Rie Haruki, Daisuke Hashizume, Takaaki Hikima, Masaki Takata, Koji Yazawa, Ken Morishima, Mitsuhiro Shibayama, Takanori Fukushima
DOI :

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福島孝典

E-mail : fukushima@res.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5220 / Fax : 045-924-5976

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