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脳波のような複雑な信号を読み解く新手法

定数パラメータを加えることで脳活動情報の抽出改善

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公開日:2019.04.09

要点

  • 異なる条件下の信号を位相だけでなく振幅も利用して検出できる新手法
  • 脳波など複雑(カオティック)な信号から脳活動情報を抽出する技術
  • ブレイン・マシン・インタフェースの高度化に寄与する可能性

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所の小池康晴教授、吉村奈津江准教授、ルドビコ・ミナティ(Ludovico Minati)特任准教授(兼ポーランド科学アカデミー研究員)、マティア・フラスカ(Mattia Frasca)研究員(兼カターニャ大学)らの研究チームは、脳波のような複雑な信号を分析し、脳活動の特徴を捉えるのに有用な情報の抽出方法を改善する新たな手法を発見した。

その仕組みはシンプルで、異なる条件下の信号の違いを検出するために、これまでの位相だけの手法に加えて、定数パラメータ[用語1]を加えることにより、振幅の違いも利用できるようになるというもの。今回の研究により見出された、特定の行動を規定する脳活動を示す信号の同期[用語2]を検出する方法は、脳の活動に基づいてコンピュータや他の機械を制御するブレイン・マシン・インタフェース[用語3]システムの性能を向上させる可能性がある。

本研究成果は、2019年2月8日(現地時間)に米国の著名な物理系学術雑誌である「Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science」に掲載された。

背景

人間は、2つの灯りが同時に点滅しているかどうかなど、別々のことが同時に起こっているかを発見することが得意である。そのため、例えば2つのブランコが規則的に動いている時、その動きが「同期」しているか判断するのは比較的簡単なことだ。しかしながら、例えば凧が非常に複雑に動くとき、目では追いきれないこともある。そのようなシステムには、ランダムなものもある一方、「カオス」と呼ばれる秩序を有するものがある。物理学において、カオスは秩序の欠如を意味するものではなく、非常に複雑な種類の秩序があることを示す。そのような状況は、我々の脳内のニューロンの活動を含む、非常に広範で見られる。

これまでの研究では、電気信号が複雑な軌跡を示す場合、それらが同期しているかどうかを判断するのは困難であり、そのため長きにわたり研究が進んでいなかった。

研究成果

通常、電気信号の軌跡がほぼ同じ周回軌道を繰り返す場合、我々が観察しているシステムがこの周期内のどの時点であるかを捉えることは重要で、このことを「位相(フェーズ)」と呼ぶ。一方、軌跡が不規則な場合、周回軌道のサイズも変化し、各サイクルは前のサイクルよりも大きくなったり小さくなったりする。これを「振幅」と呼ぶ。これらの2つのシステムは独立しており、「解析信号[用語4]」と呼ばれる数学的手法により任意の信号から抽出できる。

2つのシステムの位相が関連しているかどうか、つまり「位相同期(フェーズロック)」されているかどうかを測定することは、多くの分野で重要となる。考えられるすべての信号の組み合わせで位相同期を取得することは、脳波の頭皮で測定された電圧から、誰かが考えていることを推測するのに有効な方法だ。この技術をさらに詳細に解析していけば、例えば、障害のある人々を助けるような、脳波でデバイスを操作するインタフェースの開発に役立つ可能性がある。

しかし、ブレイン・マシン・インタフェースまたはブレイン・コンピュータ・インタフェースと呼ばれるインタフェースは検出精度の個人差が大きく、十分正確ではない。研究チームでは、特定の行動を規定する脳波信号間の同期を測定するため新しいアプローチを提案した。

これは「解析信号」を計算した後に、定数パラメータを追加するもので、あえて信号の軌道をゆがめることで、信号の位相と振幅の関係を変化させ、同期しているかどうかを際立たせることができる。

研究チームは当初、トランジスタ発振器のネットワークなど単純な理論システムでこの定数を追加することでその効果を分析していた。今回さらに、このアプローチを脳波信号のデータに適用。実験では、被験者の安静時と、左手または右手を動かす、あるいはその動きを想像するように指示を受けた際の脳波をそれぞれ計測し、提案する新手法の検証を行った(図参照)。その結果、複数の信号間の同期を検出し、特定の行動を識別(規定)している情報の精度を高めることに成功した。

一定のパラメータcを合計することにより、急速に複雑になる関係に従って位相αを角度θにゆがませる(上)。この操作を脳波信号に適用すると、被験者の安静時または手を動かした時、あるいは左手または右手を動かすことを想像した時に、同期の違いがより明確に現れる(下)。
図.
一定のパラメータcを合計することにより、急速に複雑になる関係に従って位相αを角度θにゆがませる(上)。この操作を脳波信号に適用すると、被験者の安静時または手を動かした時、あるいは左手または右手を動かすことを想像した時に、同期の違いがより明確に現れる(下)。

今後の展開

開発した新手法は、ブレイン・マシン・インタフェースに用いられる従来の解析手法と比べ、その精度(特定の行動を電気信号で識別)は大幅な改善が見られた。今後は、理論的な解析や実験を繰り返すことで、複雑なロボットを思い通りに操作できる新たなインタフェースの開発を推進していく。

用語説明

[用語1] 定数パラメータ : 複素平面のなかで、信号をゆがませるための定数。

[用語2] 同期 : 二つ以上の動きや信号のタイミングが合うこと。

[用語3] ブレイン・マシン・インタフェース : 脳波など人間の脳が発信する信号を使って、ロボットのような機械の動作を制御すること。

[用語4] 解析信号 : 複素信号の特別な場合で、実信号の正の周波数成分だけを取りだした信号。ヒルベルト変換を用いて生成する。

論文情報

掲載誌 :
Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science
論文タイトル :
Warped phase coherence: An empirical synchronization measure combining phase and amplitude information
著者 :
Ludovico Minati, Natsue Yoshimura, Mattia Frasca, Stanisław Dróżdż, Yasuharu Koike
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所

教授 小池康晴

E-mail : koike@pi.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5054 / Fax : 045-924-5066

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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