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世界初!DNAオリガミを融合した分子人工筋肉を開発

ナノからマクロスケールまで広範に適応する再生可能なソフトアクチュエーターとして期待

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公開日:2019.05.08

ポイント

  • バイオテクノロジーとDNAナノテクノロジーの融合で自在にサイズ変更できる分子人工筋肉を開発
  • 再生可能な化学エネルギーを力学エネルギーへと高効率に変換可能
  • 医療用マイクロロボットや昆虫型ドローンなどへの動力源として期待

概要

北海道大学 大学院理学研究院の角五 彰准教授、関西大学 化学生命工学部の葛谷明紀教授、東京工業大学 情報理工学院 情報工学系の小長谷明彦教授らの研究グループは、モータータンパク質[用語1]DNA[用語2]からなるオリガミ[用語3]を組み合わせることで、化学エネルギーを力学エネルギーに直接変換する分子人工筋肉の開発に世界で初めて成功しました。

モータータンパク質は、化学エネルギーを力学的な仕事へと変換するナノメートルサイズの分子機械です。バイオテクノロジーの発展によりモータータンパク質の合成が可能となり、優れたエネルギー変換効率と高い比出力特性(一般的な電磁モーターの20倍)を有しているため、マイクロマシンや分子ロボットの動力源として期待されています。しかし、ナノメートルサイズのモータータンパク質を秩序立てて目に見える大きさにまで組み上げることはこれまで不可能でした。

本研究では、バイオテクノロジーにより合成されるモータータンパク質とDNAナノテクノロジーにより合成されるDNAナノ構造体(DNAオリガミ)を組み合わせることで、自在にサイズを制御可能な分子人工筋肉の開発に成功しました。これにより、化学エネルギーで駆動するミリメートルからセンチメートルサイズの動力システムが実現し、将来的には医療用マイクロロボットや昆虫型ドローンなどの動力源として期待されます。

なお、本研究は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の次世代人工知能・ロボット中核技術開発プロジェクトの一つとして行われ、北海道大学、関西大学、東京工業大学がDNAオリガミを融合した分子人工筋肉のグランドデザインを考案しました。DNAオリガミの設計と調製は関西大学が、モータータンパク質の合成とDNAオリガミとの複合化、化学エネルギーによる分子人工筋肉の動作発現は北海道大学が、プロジェクトの運営管理は東京工業大学が行いました。

また、本研究成果は、2019年4月30日(火)公開のアメリカ化学会刊行Nano Letters誌に掲載されました。

分子人工筋肉のイメージ図

分子人工筋肉のイメージ図

背景

現在、超スマート社会[用語4]に向け、人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)により進化するサイバー空間(仮想空間)とマテリアルの革新によるフィジカル空間(現実社会)の融合が求められています。特に、仮想空間からの情報を現実世界に作用させるアクチュエーター[用語5]技術の開発が強く望まれています。

これまで、有機材料を用いたソフトアクチュエーター(人工筋肉)が数多く開発されてきましたが、比出力特性(重量当たり出力)や設計サイズの自由度の低さ、電気エネルギーへの依存などが課題でした。これらの課題を解決するキーマテリアルとして、再生可能な化学エネルギーを高効率で力学エネルギーに変換する生体由来の分子機械「モータータンパク質」などが、近年特に注目されています(発動分子科学outer)。しかし、ナノメートルサイズの分子機械を巨視的(マクロ)な構造にまで組み上げることは大変難しく、高いスケーラビリティやデザイン性、造型性を有する合理的な設計法の確立が望まれていました。

研究チームはこれまでに、ロボットの三要素であるアクチュエーター、センサー、プロセッサーをそれぞれモータータンパク質とDNAを化学的な手法で組み合わせることで、外部からの信号に応答して自発的に群れをつくる世界初の”分子群ロボット”を開発してきました(Nature Commun. 2018, 9, 453)。

本研究では、この分子群ロボットと同じ素材を用い、分子パーツから組み上げることで、数千倍までスケールアップし、実際に駆動可能であることを実証しました。

研究手法及び研究成果

研究チームは、DNA二重らせんを6本チューブ状に束ねたDNAオリガミ構造体を設計し、側面から39本のDNA鎖が生えた構造体を作製しました。さらに、化学的な手法を用い、相補的なDNA鎖を修飾した微小管を作製しました。このDNAオリガミ構造体とDNA修飾微小管を混合させると、微小管が放射状に集合化した「アスター構造」と呼ばれる集合体が形成されることがわかりました。ついで、ストレプトアビジンタンパクで四量化したキネシンを加えると、アスター構造がさらに集合化して、ミリメートルサイズの網目構造が形成されました。最後に、化学エネルギーであるアデノシン三リン酸(ATP)[用語6]を加えると、元の大きさの1/40にまでなる急激な収縮運動が観察されました(図)。DNAオリガミ構造体を加えない系でも同様の収縮が起こりますが、その速度を比べると、DNAオリガミ構造体を加えた系の方がおよそ18倍速いことがわかりました。

このことは、DNAオリガミ構造体を介して微小管の高次の階層構造が形成されていることを意味しています。本研究で得られた収縮系は、人のからだで心臓や内臓などを動かしている平滑筋という細胞を模倣した「分子人工筋肉」といえます。

なお、本研究はNEDOの委託研究開発、次世代人工知能・ロボット中核技術開発/(革新的ロボット要素技術分野)生体分子ロボット/分子人工筋肉の研究開発として行われています。

分子人工筋肉の概略図

図. 分子人工筋肉の概略図

DNA修飾微小管とDNAオリガミ構造体を混合させることでアスター構造が自発的に形成される。さらに、ストレプトアビジンタンパクで四量化したキネシンを加えると、アスター構造がさらに自発的に組織化し、ミリメートルサイズの網目構造が形成される。ここにアデノシン三リン酸(ATP)を加えると、アスター構造同士がキネシンにより引き寄せられ収縮が起こる。(右) ATPの導入により収縮する分子人工筋肉の蛍光顕微鏡写真。スケールバー:500マイクロメートル(=0.5ミリメートル)。

今後への期待

今回開発した分子人工筋肉は、電気を使わず、磁場にも影響されず、生体適合性の高い安心安全な医療用マイクロロボットのアクチュエーターとして、また、高い比出力特性・スケーラビリティを活かした昆虫型ドローンなどの動力源として期待されます(前者はNEDOプロジェクト、後者は新学術領域研究 発動分子科学分野で研究開発中)。

用語説明

[用語1] モータータンパク質 : アデノシン三リン酸(ATP)の加水分解によって生じる化学エネルギーを 運動に変換するタンパク質。生物のほぼ全ての細胞に存在しており、物質の輸送や細胞分裂に関わっている。アクチン上を動くミオシン、微小管上を動くキネシンやダイニンが知られている。本研究では微小管とキネシンを使用した。

[用語2] DNA : デオキシリボ核酸の略。ATGCの四種の塩基配列情報に基づく高度な分子認識能力をもち、 生体内で遺伝子情報の保存と伝達を担っている。近年、DNA の化学合成が容易になってきたことから、この分子認識能力を活用して、複雑なナノ構造体(DNA オリガミ)やデジタルデータの記録のほか、数学的問題を解くことのできるDNA コンピューター(計算機)などへも応用されるようになった。

[用語3] オリガミ : 非常に長い一本鎖のDNAを一筆書き状に折りたたんで、これを多数の短い相補的なDNAでかたちを固定化することにより、メゾスケール(サブミリメートル)の望みの構造体を作る技術。2006年の発明当初は平面構造しか作ることができなかったが、近年は複雑な立体構造を作ることもできるようになってきた。

[用語4] 超スマート社会 : 必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な制約を乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会。

[用語5] アクチュエーター : さまざまなエネルギーを機械的な動きに変換し、メカトロニクス機器を正確に動かす駆動装置。

[用語6] アデノシン三リン酸(ATP) : 動物、植物、菌類からバクテリアまで全ての生き物が利用する 再生可能なエネルギー。筋収縮だけなく、細胞内物質輸送やイオンポンプ、発光などにも使われ、 生体のエネルギー通貨とも形容される。

論文情報

掲載誌 :
Nano Letters(アメリカ化学会刊行のナノテクノロジー専門誌)
論文タイトル :
Artificial Smooth Muscle Model Composed of Hierarchically Ordered Microtubule Asters Mediated by DNA Origami Nanostructures(DNAオリガミ構造体を介して高次組織化された微小管アスター構造に基づく人工平滑筋モデル)
著者 :

松田健人1、Arif Md. Rashedul Kabir2、赤松直秀4、齋藤あい1、石川竣平4、松山剛士4、 Oliver Ditzer5、Md. Sirajul Islam6、大矢裕一4,6、佐田和己3、小長谷明彦7、葛谷明紀4,6、 角五 彰3

(1 北海道大学 大学院理学院、2 北海道大学 大学院総合化学院、3 北海道大学 大学院理学研究院、4 関西大学 化学生命工学部、5 ドレスデン工科大学 化学及び食品化学部、6 関西大学 先端科学技術推進機構、7 東京工業大学 情報理工学院 情報工学系)

DOI :
公表日 :
2019年4月30日(火)(オンライン公開)

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