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“究極の対物レンズ”の設計に成功

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2019.07.17

要点

  • 極限環境への耐性、広視野、高開口数、すべての収差の補正を並立
  • 成功の鍵は、対物レンズ設計では非主流の反射光学系
  • 生命現象の光イメージングに道筋をつける新技術

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の虎谷泰靖大学院生(当時)、藤原正規研究員(当時)、石井啓暉大学院生、石田啓太大学院生、古林琢大学院生、松下道雄准教授、藤芳暁助教の研究グループは、高い開口数[用語1]でありながらすべての収差[用語2]を補正した対物鏡「虎藤鏡=TORA-FUJI mirror」の設計に成功した。虎藤鏡では、一つ前の世代の対物鏡[用語3]で達成した1.耐環境性能、2.高開口数、3.完全な色消し[用語4]を維持しながら、新たに4.全ての単色収差[用語5]に対する補正を加えることにより、5.広視野を確保し、究極の性能が実現している。虎藤鏡の製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

同研究グループは2017年、クライオ蛍光顕微鏡[用語6]を開発し、色素1分子の三次元位置を1ナノメートル(1千万分の1 cm=1 nm)の精度で決定することに成功した。この顕微鏡の視野は数ミクロンと細胞のサイズよりも1桁小さいため、生体系への応用が困難であった。そこで、当時修士課程学生だった虎谷氏が新しい対物鏡の設計に取り組んだ。その結果、優れた光学性能を維持したまま、視野を面積比で600倍に広げることで、生物系の観察に適した「虎藤鏡」の設計に成功した。この成功の鍵は、対物レンズの設計では非主流の反射光学系[用語7]を用いたことによる。

研究成果は2019年7月15日(米国時間)に米国物理学協会誌「Applied Physics Letters(アプライド・フィジックス・レターズ)」のオンライン速報版で公開された。

研究の背景と成果

これまで分子生物学では、主に1個ないし少数の分子の立体構造を観察することで、生命の理解を深めてきた。この研究をさらに進めるためには、細胞内部の系全体を俯瞰することが大切である。なぜならば、生体機能は複数の分子が関与する多段階の現象が、ある方向性を持って進むことで発現しているからである。しかし、現在の技術では、細胞内部を分子レベルで観察することは不可能であり、もちろん、このような複数の分子のマクロな集合状態を可視化することはできなかった。そこで、同研究グループは15年間にわたり、このようなイメージングを実現できる極低温に冷却した試料の蛍光顕微鏡(クライオ蛍光顕微鏡)を独自開発してきた。その結果、2017年、色素1分子の三次元位置を1ナノメートルの空間精度で決定することに成功した。

次の目標は生体系への応用であり、これを可能にするのが「虎藤鏡」である。優れた耐環境性能(極低温~室温までのあらゆる温度、強磁場)、高い開口数(0.93)、広い視野(視野直径72 μm)、すべての収差(単色収差、色収差)の補正を並立させた極低温用反射対物レンズ「虎藤鏡」の設計に成功した。同研究グループでは、試作した虎藤鏡を用いて生体系の研究が進行中である。

「虎藤鏡」の名前は、究極のデザインを突き止めた虎谷泰靖氏と、最終図面を書いた藤原正規博士から名付けた。

研究の経緯

クライオ蛍光顕微鏡による高空間精度の観察が可能になったのは、サブオングストロームの機械的安定性と高い解像度の両立である。これを実現したのが、極低温で動作する反射型対物レンズ「クライオ対物鏡」だ。クライオ対物鏡は極低温に冷やしても室温と変わらない性能を発揮するデザインになっている。そこで、試料とクライオ対物鏡を剛性が高い一体成形のホルダーに取り付け、共に超流動ヘリウム中に浸している。

このような一体配置を用いることで、サブオングストロームの機械的安定性を確保した。さらに、クライオ対物鏡の光学性能(開口数)を極限まで高めることで、高い解像度を実現している。図1は歴代のクライオ対物鏡の写真である。初代のクライオ対物鏡(キム鏡、2005年)から数えて、虎藤鏡は九代目になる。ここまで14年かかった。

歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。
図1.
歴代のクライオ対物鏡の写真。左上の数字が世代数を表している。それぞれのクライオ対物鏡は、開発した学生、研究者の名前から1.キム鏡、2.藤原キム鏡Ⅰ、3.藤原キム鏡Ⅱ、4.藤原鏡、5.藤原蛍石鏡Ⅰ、6.藤原蛍石鏡Ⅱ、7.藤原非球面鏡、8.稲川鏡、9.虎藤鏡と呼んでいる。スケールバーは15 mm。

虎藤鏡の光学配置を図2に示す。虎藤鏡は球面鏡と非球面鏡からなる反射型の対物レンズである。球面鏡と非球面鏡を1個の石英ガラスの表面にアルミをコートすることで一体成形しているので、1.優れた耐環境性能(極低温から室温までの広い温度領域および強磁場での使用)と2.完全な色消し性能を実現している。さらに、非球面鏡を用いることで設計の幅が広がり、3.高開口数を維持しながら、4.全ての単色収差を補正し、5.広視野を確保している。一世代前の稲川鏡では4と5が課題として残っていた。同研究グループは設計を一からやり直し、1~5までのすべての要件を満たす虎藤鏡の設計に成功した。虎藤鏡は非球面と球面を用いた複雑な構造であるのに加えて研磨公差が厳しく、製作は難航していたが、試作と再設計を繰り返すことで完成に近づいている。

虎藤鏡の光学配置と5つの特長

図2. 虎藤鏡の光学配置と5つの特長

今後の展開

近い将来、この虎藤鏡によって、前人未踏の生命現象の分子レベル可視化が実現すると考えている。ここから得られるナノレベル空間情報は、これまで人類が蓄積してきた膨大な生命科学の情報をつなげる役割をすると考えられる。そこから、生物に対する理解が一気に進み、多くの生命の謎が解けてくるはずである。

用語説明

[用語1] 開口数 : レンズの性能を表す値。空気中では1が限界であり、大きければ大きいほどレンズの解像度、光を集める効率が上がる。

[用語2] 収差 : 理想的な結像からのズレのこと。

[用語3] 対物鏡 : 鏡で構成される対物レンズ。一般には鏡の数は2枚。

[用語4] 色消し : 色による収差「色収差」の補正のこと。色収差がある集光系では、色(波長)の違いによって画像がぼける。

[用語5] 単色収差 : 単色でも起こる収差のこと。この収差があると、画像の品質が悪くなったり、視野が狭くなったりする。

[用語6] クライオ蛍光顕微鏡 : 極低温に冷やした試料からの蛍光を観察する顕微鏡。極低温下では分子の動きが完全に止めることができるため、高解像度な観察が可能になる。また、蛍光顕微鏡は1分子観察や厚みのある試料の観察が出来るので、生体試料への相性がとても良い。このため、クライオ蛍光顕微鏡は、生体内部にある個々の分子の空間情報をナノレベルで観察できる可能性を持っている。

[用語7] 反射光学系 : 鏡だけで構成された光学系。一般に対物レンズは複数のレンズを組み合わせた構成になっており、レンズの屈折を利用して光を集める。これに対して、反射光学系では、鏡を利用して光を集める。高精度な望遠鏡では主流な方法であるのに対して、顕微鏡の対物レンズでは非主流である。非主流である反射光学系から究極の性能の対物レンズのデザインが発見されたことはとても興味深い。

論文情報

掲載誌 :
Applied Physics Letters
論文タイトル :
Aberration corrected cryogenic objective mirror with a 0.93 numerical aperture
著者 :
藤原正規、石井啓暉、石田啓太、虎谷泰靖、古林 琢、松下道雄、藤芳 暁
DOI :

謝辞

本研究は「JST/CREST 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括:菅野 純夫」(研究課題名「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」、研究代表者:岡田 康志)および「JST/さきがけ 統合1細胞解析のための革新的技術基盤、研究総括 浜地 格)」(研究課題名「細胞内部を観る分子解像度の三次元蛍光顕微鏡」、研究代表者:藤芳 暁)、科学研究費補助金(16H04094と18K19054)の支援を受けて実施した。

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