研究

東工大ニュース

生命誕生に欠かせない「区画化」の新たな起源

ポリエステル微小液滴による膜不要の区画化

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2019.07.25

要点

  • 初期地球環境での生命誕生には、外界と生命体を隔離する「区画化」が必須と考えられている。
  • 単純な構造のαヒドロキシ酸から形成されるポリエステルの微小液滴が「区画化」の役割を担えることを実験的に示した。
  • 膜ではないポリマー液滴による「区画化」は初期生命発生の新たなモデルとなると期待される。

概要

東京工業大学 地球生命研究所(以下ELSI)のTony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)特任助教、マレーシア国民大学およびプラハ化学技術大学のKuhan Chandru(クーハン・チャンドゥルー)研究員、沖縄科学技術大学院大学の本郷やよいリサーチユニットテクニシャン(研究当時・ELSI研究員)らの研究グループは、生命誕生以前の始原的な地球環境において、比較的単純な分子を原料に形成されるポリエステルの微小液滴が、分子や反応を周辺環境から「区画化」することで、生命へと向かう分子進化の重要な段階を担っていた可能性を、実験によって初めて明らかにしました。

本研究では、αヒドロキシ酸(以下αHA)水溶液を加熱乾燥すると容易にポリエステルへと重合し、このポリエステルは水系溶媒に再溶解させると直径数十マイクロメートル程度の微小な液滴を形成することを示しました。さらに、この微小液滴は、pHやイオン強度の変化に応じて合体したり、再攪拌により再び微小液滴に解離し、蛍光色素やRNA、たんぱく質を選択的に内部に隔離する性質を持つことを確かめました。

生命には、遺伝物質や代謝反応に関わる分子の散逸を防ぎ、反応を選択的に駆動させるための、周辺と自己を隔てる区画化が必要です。現生生物では脂質二重膜からなる細胞膜がこの役割を担っていることから、生命起源研究ではこれまで主に脂質膜の起源に焦点が当てられてきました。しかし、脂質膜がなくとも初期地球環境条件下で比較的容易に生じるポリマーの微小液滴が始原的な隔壁の役割を担えた可能性が本研究で明らかになりました。今後、生命誕生以前に分子や複雑な化学反応系がどのように局在し合体しながら生命へと進化したのかを解明する上で、微小液滴による区画化は新たな実験モデルとなると期待されます。

なお、本研究成果は米国東部標準時 2019 年7月22日公開の米国科学アカデミー紀要 (PNAS)の電子版に掲載されました。

研究の経緯

従来の生命起源研究では、現生生物の有する主要な分子がいつどのように生じ、どのような過程で生命の誕生へと結びついたのかが注目され、現生生物の細胞膜を構成する脂質類が「区画化 (compartmentalization)[用語1]」の機能を担う分子として研究の主な的となってきました。一方、本研究の共著者であるChandruらは以前より、初期地球環境で重合化する可能性のある分子として、本研究でも用いられた5種類のαヒドロキシ酸[用語2](以下αHA)を挙げていました。本研究グループは、生命の出現以前に存在したと思われる、より多様な非生命分子が予期せぬ形で化学反応系の進化に寄与した可能性に着目しました。実験では、単に重合反応を追跡するだけでなく、得られたゲル状の凝縮相の物性に着目して、再懸濁後の微小液滴を詳しく顕微鏡観察した結果から、膜によらない、水溶液に漂う液滴による分子や反応の区画化という仮説にいたりました。

Chandru K, et al. (2018) Simple prebiotic synthesis of high diversity dynamic combinatorial polyester libraries. Communications Chemistry 1(1). doi:10.1038/s42004-018-0031-1.

研究成果

研究グループ(図1)は、単純な構造の5種類のαHAの水溶液をそれぞれ80度で加熱乾燥すると、様々な重合度のポリエステルが生じることを質量分析により確認しました。また5種類のαHAのうち、比較的親水性の高いグリコール酸を原料とした場合を除き、重合物であるポリエステルはゲル状の凝縮相を形成しました。これを水・アセトニトリル混合溶媒に再溶解させると、直径数十マイクロメートル程度の微小液滴が生じることが確かめられました(図2)。αHAは、生命誕生以前の初期地球環境や類似環境を持つ他の天体にも遍在するとされています。水の存在下での分子の加熱乾燥と重合、その後の再溶解は、初期地球環境中でも十分起こり得る過程の一つです。以上の実験結果は、生命誕生以前の多様な化合物が混在した環境中で、様々な分子量サイズのポリエステルが生じ、水中で微小液滴として自己集積していた可能性を示唆します。

図1. 地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図1.
地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、グリコール酸や3-フェニル乳酸のような単純な有機化合物が、加熱による乾燥とその後の再溶解によってポリエチレン類へと重合し、細胞サイズの微小液滴へと自己組織化することを明らかにした。加熱乾燥と再溶解は初期地球環境において海辺や水たまりのような場所で起こりえたと考えられている。
図2. αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。
図2.
αヒドロキシ酸を加熱乾燥して得られたゲル、およびゲルの再溶解で生じる微小液滴(光学顕微鏡写真)。

この実験で形成された微小液滴には、水溶液中で合体したり消失したりするダイナミックな性質が見られました。しかし、液滴を含む水溶液の温度を90度まで上昇させたり、水で10倍に薄めたりしても、液滴は完全には消失しませんでした。また実験では、環境中で起こる水溶液の性質の変化に対して、微小液滴がどれほど耐えられるかを調べました。αHA水溶液そのものはもともと酸性ですが、ポリエステル微小液滴を含む水溶液を弱い塩基性(pH8)にしたり、塩などを加えイオン強度を増したりすると、液滴同士が合体することが観察されました。一旦合体した液滴は、再度撹拌すると再び微小液滴になることも分かりました。このような現象は、リン脂質や脂肪酸からなる膜小胞では比較的起こりにくいものです。膜ではない液滴でこうした現象が起こるということは、区画化されたミクロスケールの系どうしが、容易に分離したり再構成されることを意味します。そうした区画の分離や再構成を通じて、反応や化合物が隔離や結合を繰り返すことは、初期生命に至る反応系の進化を促進するためには都合が良かったと考えられます。

さらに、3-フェニル乳酸を重合させたポリエステルの微小液滴は、蛍光色素分子や蛍光標識化RNA、蛍光タンパク質が液滴内に選択的に取り込みました(図3)。さらに、両親媒性[用語3]の脂質を外側に集積させることも明らかになりました。蛍光標識化RNAと蛍光タンパク質は液滴内部に区画化された後も、その触媒機能や構造を保つことも確認されました。

以上から、初期地球環境では、αHAのような単純な構造の分子の混合物から、多彩な表現型(フェノタイプ)のポリマーが生じ、それらが微小液滴を形成することによって、膜を形成せずとも周辺から物質や反応を隔てる機構となり得た可能性があります。これは、区画化を必要条件とする生命起源の研究において、分子や反応系の進化を説明する新たなモデルになります。

図3. 再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。
図3.
再溶解後の水中に生じたポリエステル微小液滴が蛍光色素を取り込み、区画化を実現している(蛍光顕微鏡写真)。

今後の展開

水中に、水とは相容れない性質であるポリエステルの微小液滴ができると、水溶液中では起こりにくい反応が液滴内部の疎水性環境を利用して駆動される可能性があります。溶液条件の変化に伴い、微小液滴同士が合体と解離、再結合を繰り返せば、そうした反応同士が連結したり、組み替えられたり、さらには区画化された液滴同士で反応間のネットワークを生み出せる可能性もあります。またポリエステル微小液滴には、外側に両親媒性分子の層を形成する特徴的な性質が見られたことから、今後、脂質とポリエステル液滴を合わせた研究への発展も期待できます。

これまでの生命起源研究では、混合物の複雑な動的化学反応を実験的に取り扱うことは容易ではありませんでした。しかし、本研究で得られたようなポリマーからなる微小液滴間の力学を利用すれば、様々なスケールで区画化された複雑系の化学反応を扱うことができるようになり、生命発生の起源を説明する新たなモデル実験に利用できると考えられます。こうした微小液滴が、様々な生体高分子を利用した生命起源モデル構築への足がかりとなることが期待できます。

用語説明

[用語1] 区画化 (compartmentalization) : 境界、隔壁によって生命の内部を外部環境から隔てること。現在の生命は、脂質膜を使ってエネルギーや物質を外部と交換しつつも、遺伝物質や代謝物を内部に止まらせる複雑な区画化を行っている。

[用語2] αヒドロキシ酸(αHA) : カルボキシル基の隣の炭素(α炭素)が水酸基を有する酸の総称。本実験では、比較的構造が単純な乳酸、グリコール酸、3-フェニル乳酸、2-ヒドロキシ-4-メチルスルファニルブタン酸、ロイシン酸の5種類のαヒドロキシ酸が用いられた。

[用語3] 両親媒性 : 水に溶けやすい「親水基」と油に溶けやすい「親油(疎水)基」の両方を持つ分子の性質。

論文情報

掲載誌 :
米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America
論文タイトル :
Membraneless Polyester Microdroplets as Primordial Compartments at the Origins of Life
著者 :
Tony Z. Jia, Kuhan Chandru, Yayoi Hongo, Rehana Afrin, Tomohiro Usui, Kunihiro Myojo, H. James Cleaves II
DOI :

お問い合わせ先(英語のみ)

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)

特任助教 Tony Z. Jia(トニー・ズィ・ジャー)

E-mail : tzjia@elsi.jp
Tel : 03-5734- 2708 / Fax : 03-5734- 3416

お問い合わせ先(日本語のみ)

沖縄科学技術大学院大学 神経進化ユニット

リサーチユニットテクニシャン 本郷やよい

E-mail : yayoi.hongo@oist.jp

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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7月29日15:00 肩書きに一部誤りがあったため、本文・お問い合わせ欄・PDFを修正しました。

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