研究

東工大ニュース

反強磁性秩序の超高速ダイナミクスを3次元的に追跡

RSS

2019.09.06

要点

  • 六方晶YMnO3の反強磁性秩序の3次元的な運動を追跡することに成功
  • 非線形磁気光学効果と線形磁気光学効果を組み合わせて検出
  • 磁化反転やスピン再配列におけるスピンダイナミクスの追跡に期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の佐藤琢哉教授は、スイス・チューリヒ工科大学(ETH)のManfred Fiebig(マンフレッド フィービッヒ)教授、Christian Tzschaschel(クリスチャン チャシェル)大学院生と共同で、反強磁性[用語1]秩序の超高速ダイナミクス[用語2]を3次元的に追跡可能な手法を開発した。

強磁性体の磁化ダイナミクスはフェムト秒光パルスを用いた線形磁気光学効果[用語3]によって、追跡することが可能である。一方、反強磁性体は強磁性体と比べて数桁高い共鳴周波数を示すため、次世代の超高速スピントロニクス[用語4]における有望な材料として期待されている。しかし、反強磁性体は正味の磁化をもたないため、その秩序ダイナミクスを追跡することは事実上不可能とされてきた。

本研究では、線形磁気光学効果と非線形磁気光学効果(第2高調波発生)[用語5]を組み合わせることで、六方晶YMnO3(マンガン酸イットリウム)の反強磁性秩序の3次元的な運動(マグノン[用語6])を追跡することに成功した。

研究成果は2019年9月5日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された。

三角格子を組んだMnイオン(赤球)とそのスピン(矢印)に対して光(赤色)が照射され、3次元的な運動(マグノン)が起きている様子

三角格子を組んだMnイオン(赤球)とそのスピン(矢印)に対して光(赤色)が照射され、3次元的な運動(マグノン)が起きている様子

研究の背景

反強磁性体は互いに反対方向を向く2つの磁気副格子[用語1]からなり、正味の磁化が消失している。このことから反強磁性体の磁化は、磁気ドメインからの漏れ磁場や外部磁場に対して堅牢である。また、磁気副格子間に働く強い交換相互作用により、強磁性体と比べて数桁高い共鳴周波数を示す。これらの理由により、次世代の超高速スピントロニクスにおいて有望な材料である。

しかし、正味の磁化が消失している反強磁性体では、その3次元ダイナミクスを線形磁気光学効果だけで追跡することはできなかった。一方、非線形磁気光学効果は反強磁性体の基底状態[用語1]を分光する強力な手法であることが知られているが、ダイナミクスにおいては反強磁性秩序と電子系の寄与の分離は事実上不可能とされてきた。

研究成果

本研究では、図1のような測定配置で線形磁気光学効果と非線形磁気光学効果を適切に組み合わせることで、反強磁性秩序の超高速ダイナミクスを3次元的に捉えることに成功した。

六方晶YMnO3試料において、円偏光[用語3]フェムト秒パルスを励起光とし、逆ファラデー効果[用語6]によって周波数95 GHzのマグノンモードを励起した。このモードは試料面直方向に強磁性成分が振動し、面内で反強磁性成分が振動することが知られている。

そこで、面直方向の強磁性ダイナミクスは線形磁気光学効果で検出し、面内の反強磁性体ダイナミクスは対称性の変化に敏感な非線形磁気光学効果(第2高調波発生)で検出した(図2a)。非線形光学信号では、マグノン励起が対称性の低下を伴うことを利用することで、反強磁性秩序と電子系を分離することに成功した。

ポンプ・プローブ測定配置図。円偏光の励起光で反強磁性YMnO3内にマグノンを励起し、検出光のファラデー効果をバランス検出器(BPD)で、第2高調波発生を光電子増倍管(PMT)で同時検出する。
図1.
ポンプ・プローブ測定配置図。円偏光の励起光で反強磁性YMnO3内にマグノンを励起し、検出光のファラデー効果をバランス検出器(BPD)で、第2高調波発生を光電子増倍管(PMT)で同時検出する。
円偏光(σ+, σ-)の励起光に対する、検出光のファラデー効果、および第2高調波発生の信号。95 GHzの振動が観測され、それぞれ面直、面内の運動を反映している。
図2.
円偏光(σ+, σ-)の励起光に対する、検出光のファラデー効果、および第2高調波発生の信号。95 GHzの振動が観測され、それぞれ面直、面内の運動を反映している。

今後の展開

磁化スイッチングやスピン再配列など、スピンの3次元的な方向変化を伴う超高速現象を理解する上で重要な技術になると期待される。

用語説明

[用語1] 反強磁性・磁気副格子・基底状態 : 強磁性体は磁石に吸い付くのに対し、反強磁性体は磁石に吸い付かない。これは、平衡状態(基底状態)で反強磁性体の内部で隣り合うスピン(磁気副格子)が互いに反対方向を向き、全体として磁化が相殺されているためである。内部ではスピン間の強い交換相互作用が働いているため、共鳴周波数は数テラヘルツにも達することがある。

[用語2] 超高速ダイナミクス : 周波数がギガヘルツやテラヘルツに達する超高速な物体の運動のこと。

[用語3] 線形磁気光学効果・円偏光 : 光は電磁波であり、電場と磁場は光線の進行方向と垂直に振動する。電場面の振動方向を偏光面といい、それが伝播に伴って時間的に不変ならば光は直線偏光、円弧を描くならば円偏光と呼ぶ。磁性体中を進行する直線偏光の偏光面が、磁化の大きさに比例して回転する現象を線形磁気光学効果という。

[用語4] スピントロニクス : 例えて言うと、電子は自転と公転をしており、自転にもとづく角運動量をスピンとよぶ。スピンが整列することが、磁石の性質の起源になっている。電子が持つスピン角運動量を積極的に応用する技術をスピントロニクスという。

[用語5] 非線形磁気光学効果(第2高調波発生) : 高強度の光が物質に入射したときに、物質がもつ磁気的対称性を反映して、光強度に対して非線形に応答する効果。特に光の周波数に対して2倍の周波数の光が放出される現象を第2高調波発生という。

[用語6] マグノン・逆ファラデー効果 : 強磁性体や反強磁性体の磁化は、ある周波数において電磁波を吸収し共鳴振動し、これを磁化振動(マグノン)と呼ぶ。マグノンは、可視光を照射することでラマン散乱過程によっても誘起することができ、これが本研究における励起メカニズム(逆ファラデー効果)になっている。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Tracking the ultrafast motion of an antiferromagnetic order parameter
著者 :
Christian Tzschaschel, Takuya Satoh, Manfred Fiebig
DOI :

理学院

理学院 ―真理を探究し知を想像する―
2016年4月に発足した理学院について紹介します。

理学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系

教授 佐藤琢哉

E-mail : satoh@phys.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2716

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp

Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

9月10日10:30 DOIを修正しました。

RSS