研究

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ナノサイズの「異空間」をもつ新物質

反芳香族分子で構築された新しい分子ケージの開発に成功

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2019.10.28

要点

  • 反芳香族分子を基盤にした分子ナノケージの構築に成功
  • 反芳香族分子に囲まれた内部空間の性質を理論的に解明
  • 取り込ませた分子と反芳香族分子間の反遮蔽効果を実験的に証明

概要

東京工業大学 理学院 化学系の山科雅裕助教(当時・JSPS海外特別研究員)とJonathan R. Nitschke教授(英国 ケンブリッジ大学)らの研究グループは、取り扱いが困難な反芳香族分子[用語1]を基盤にしたナノサイズの分子ケージ(かご状分子)の構築に世界で初めて成功した。この分子ケージの内部空間は、壁面の性質を反映した特異な空間性質を有していた。さらに、他の分子を取り込ませることで、「反芳香族壁のナノ空間」との分子間相互作用が初めて実験的に証明された。本研究成果は、いまだ明らかではない反芳香族分子の性質解明や、未発見分子の探索のための重要な手段になることが期待される。

従来、内部空間を有する分子(ホスト分子)の大部分は、安定な芳香族分子を基本骨格にしており、極めて不安定な反芳香族分子を基盤にしたホスト分子や、その内部空間の性質は全く解明されてこなかった。本研究では、室温でも安定に取り扱いが可能な反芳香族分子であるノルコロールに着目し、これに化学修飾を施すことで、反芳香族分子で構成された分子ケージを世界で初めて合成した。理論計算から、分子ケージを構成する反芳香族分子の寄与によって、内部空間が強い反遮蔽空間になっていることが判明した。さらに、内部空間にゲスト分子を内包すると、内包された分子の核磁気共鳴(NMR)[用語2]シグナルが顕著に低磁場シフトしたことから、分子間での反遮蔽効果を実験的に証明することにも成功した。

これらの研究成果は、本学 化学生命科学研究所の田中裕也助教と、ケンブリッジ大学のRoy Lavendomme博士、Tanya K. Ronson博士、コペンハーゲン大学のMichael Pittelkow准教授らとの共同の成果で、英国の総合科学雑誌『Nature(ネイチャー)』に2019年10月23日(英国時間)に掲載された。

研究の背景とねらい

内部に空間を有する分子(ホスト分子)に取り込まれた(内包された)ゲスト分子は、内部空間を形成する「壁」の性質に応じた特異機能性(異常な反応性や物性など)を発現することが知られている。1990年代に、分子が自発的に集まる現象(自己集合)を活用したかご状の分子ケージが初めて報告されて以降[参考文献1]、多くの研究グループによって、様々な形状のかご状・カプセル状のホスト分子が開発されてきた。従来のホスト分子は、ベンゼンやアントラセンなどの芳香族分子を基盤にしているため、その内部空間は「芳香族壁のナノ空間」と定義できる(図1a)[参考文献2]。このナノ空間の最大の特徴は、壁面からの誘起磁場による遮蔽効果[用語3]により、ゲスト分子の核磁気共鳴(NMR)シグナルが内包前後で高磁場シフトすることである。一方で、芳香族分子と正反対の性質をもつ反芳香族分子で構築された「反芳香族壁のナノ空間」では、逆方向の誘起磁場により、正反対のNMR挙動(反遮蔽効果)を発現することが予想される。しかしながら、反芳香族分子が極めて不安定な分子であるため、反芳香族分子を基盤にしたホスト分子やナノ空間(図1b)の性質は、超分子化学の歴史を俯瞰しても、全く明らかにされていなかった。

図1. (a)代表的な芳香族分子の化学構造と、「芳香族壁のナノ空間」の概略図 (b)ノルコロール1の化学構造と、「反芳香族壁のナノ空間」の概略図
図1.
(a)代表的な芳香族分子の化学構造と、「芳香族壁のナノ空間」の概略図 (b)ノルコロール1の化学構造と、「反芳香族壁のナノ空間」の概略図

「反芳香族壁のナノ空間」を構築するにあたり、反芳香族分子であるノルコロール1(図1b)(2012年に名古屋大学の忍久保洋教授が報告)[参考文献3]に着目した。ノルコロールには(1)室温で安定、(2)強い反芳香族性、(3)化学修飾可能といった化学的特徴がある。今回、研究グループは、ノルコロールを化学修飾した分子を合成し、「動的共有結合の自己集合[用語4] [参考文献4]」の手法を活用することで、世界初となる、反芳香族分子で構築された分子ケージの構築を行うとともに、空間性質や分子間での反遮蔽効果など、これまで不明だった「反芳香族壁のナノ空間」の性質を解明することを目指した。

研究内容

反芳香族壁のナノ空間を有する分子ケージの構築

まず、「動的共有結合の自己集合」の手法を利用するために、ノルコロール骨格に2つのアニリン部位を導入した分子2を合成した(図2a左)。続いて、合成した分子2(6当量)とホルミルピリジン4(図2a左、12当量)、Feイオン(4当量)をアセトニトリル中に混ぜることで、ビスイミノピリジル配位子2’(図2a中央)の形成を介して、定量的にM4L6型の分子ケージ3を得ることに成功した(図2a右)。分子ケージ3の構造は、1H NMR(プロトン核磁気共鳴装置)およびESI-TOF MS(飛行時間型 質量分析装置)分析で確認した。また、最終的なケージ構造は、単結晶X線結晶構造解析により決定した(図2b)。その結果、分子ケージ3は予想通り、正四面体状構造を形成しており、直径約1ナノメートル、体積1,150 Å3という比較的大きな内部空間を有していることが判明した。

図2. (a)反芳香族壁のナノ空間を有する分子ケージ3の合成 (b)分子ケージ3のX線結晶構造解析結果。左:stickモデル(黄色は内部空間を示す)、右:CPKモデル
図2.
(a)反芳香族壁のナノ空間を有する分子ケージ3の合成 (b)分子ケージ3のX線結晶構造解析結果。左:stickモデル(黄色は内部空間を示す)、右:CPKモデル

反芳香族の壁に覆われた内部空間の性質解明

続いて、理論計算により、内部空間の反芳香族性を評価した。今回の研究では、遮蔽(芳香族性)と反遮蔽(反芳香族性)の性質を定量的に評価できるNICS計算を利用した。まず、分子ケージ3の断面を計算し、空間内の反芳香族性を評価した。その結果、モデル分子3’では分子近傍にのみ反遮蔽領域が存在するのに対し(図3a左)、分子ケージ3では空間全体に反遮蔽の寄与が広がっていることが判明した(図3a右)。これは、分子ケージを構成する6個の反芳香族分子が協同的に働いた結果であり、空間全体を計算した結果からも裏付けられる(図3b)。このことから、分子ケージ3の内部空間は「反遮蔽空間」であり、高い反遮蔽値が空間全体で維持されていることがわかった。

図3. (a)断面のNICS計算結果(赤色:反遮蔽領域、青色:遮蔽領域)。左:モデル分子3’、 右:分子ケージ3 (b)空間のNICS計算結果(黄<橙<赤の順で反芳香族性が強くなる)
図3.
(a)断面のNICS計算結果(赤色:反遮蔽領域、青色:遮蔽領域)。左:モデル分子3’、 右:分子ケージ3 (b)空間のNICS計算結果(黄<橙<赤の順で反芳香族性が強くなる)

分子間における反遮蔽効果の実験的証明

「反芳香族壁のナノ空間」がゲスト分子に及ぼす影響を明らかにするため、分子内包実験を行った。まず、多環芳香族分子であるコロネン5(図4a左)と分子ケージ3をアセトニトリル中で混合したところ、60%の収率で2分子のコロネン5が分子ケージ3に内包された(図4a右)。NMR測定では、内包されたコロネンのシグナルは17 ppmに出現し、通常の溶液状態と比較して低磁場方向に+8 ppmもシフトすることが判明した(図4c)。同様に、他の6種類の多環芳香族分子の内包にも成功し、いずれも内包後のNMRシグナルは低磁場領域に出現した(図4b)。最も強いシフトを示したのがカーボンナノベルト6[参考文献5](図4b左下)を取り込んだ場合であり、24 ppm(+15 ppmのシフト)に内包された分子のNMRシグナルが現れた(図4d)。前述の通り、従来の芳香族分子で構築された分子ケージ内では、ゲスト分子のNMRシグナルは高磁場方向にシフトする。したがってこの現象は、ゲスト分子が壁面から強い反遮蔽効果を受けた結果といえる。これにより、「反芳香族壁のナノ空間」が「芳香族壁のナノ空間」とは正反対の挙動を示すことを、実験的に証明することに成功した。

図4. (a)分子ケージ3へのコロネン5の内包 (b)内包可能なゲスト分子の構造 (c)コロネン5のNMRシグナル (d)カーボンナノベルト6のNMRシグナル
図4.
(a)分子ケージ3へのコロネン5の内包 (b)内包可能なゲスト分子の構造 (c)コロネン5のNMRシグナル (d)カーボンナノベルト6のNMRシグナル

今後の研究展開

本研究では、反芳香族分子と自己集合の手法を利用することで、これまで確認されたことのない「反芳香族壁のナノ空間」を有する分子ケージを構築し、その性質を明らかにすることに成功した。これらの成果は、新しいタイプの分子ケージのコンセプトを提案するだけではなく、反芳香族分子との相互作用など、未解明の部分が多い反芳香族分子の性質を解き明かす重要な手段の一つになることが期待される。今後は、特異反応や不安定分子の特異安定化を通じて、「反芳香族壁のナノ空間」内でのみ観測される未知の分子の発見や、新材料の開発を探求していく計画である。

用語説明

[用語1] 芳香族分子と反芳香族分子 : 二重結合と単結合が交互に繋がった環状分子。環の上を動き回る電子数が異なり、芳香族分子は4n+2個、反芳香族分子は4n個の電子を持つ。一般的に、芳香族分子は安定で扱いやすいが、反芳香族分子は不安定であり分解しやすい。このため、芳香族分子がすでに医薬品や光・電子材料などに応用されているのに対し、反芳香族分子は、現在でも多くの研究グループが性質解明に精力的に取り組んでいる。

[用語2] 核磁気共鳴(NMR) : 外部磁場の中で原子が特定のラジオ波を吸収・放出する現象。原子の置かれた化学的または磁気的環境で周波数が異なるため、その周波数を解析することで分子構造・分子間相互作用の情報を得ることができる。

[用語3] 遮蔽効果と反遮蔽効果 : 芳香族・反芳香族分子は、外部磁場によって一方向の誘起磁場を発生する。この誘起磁場の方向性は、芳香族分子と反芳香族分子で逆になる。分子に含まれる水素原子に、外部磁場と逆方向の誘起磁場が作用すると、そのNMRシグナルは高磁場(右側)に移動する。これを遮蔽効果という。一方、順方向の誘起磁場が作用して生じる逆の挙動を反遮蔽効果という。

[用語4] 動的共有結合の自己集合 : ピリジン部位を有するアルデヒドと、2つ以上のアミンを有する分子、6つの手を持つ金属イオンを混合すると、イミン結合と金属配位結合の形成が同時に進行する。このとき、金属イオンの結合方向が明確に規定されているため、特定のケージ構造が得られる(下図)。

動的共有結合の自己集合

参考文献

[1] Fujita, M., Oguro, D., Miyazawa, M., Oka, H., Yamaguchi, K. & Ogura, K. Nature 378, 469–471(1995).

[2] Yoshizawa, M. & Yamashina, Chem. Lett. 46, 163–171 (2017).

[3] Ito, T., Hayashi, Y., Shimizu, S., Shin, J.-Y., Kobayashi, N. & Shinokubo, H. Angew. Chem. Int. Ed. 51, 8542–8545 (2012).

[4] Zhang, D., Ronson, T. K. & Nitschke, J. R. Acc. Chem. Res. 51, 2423–2436 (2018).

[5] Povie, G., Segawa, Y., Nishihara, T., Miyauchi, Y. & Itami, K. Science 356, 172–175 (2017).

論文情報

掲載誌 :
Nature
論文タイトル :
An antiaromatic-walled nanospace(反芳香族壁に囲まれたナノ空間)
著者 :
Masahiro Yamashina, Yuya Tanaka, Roy Lavendomme, Tanya K. Ronson, Michael Pittelkow, Jonathan R. Nitschke
(山科雅裕、田中裕也、ロイ ラベンドム、ターニャ K. ロンソン、マイケル ピッテルコフ、ジョナサン R. 二チケ)
DOI :

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東京工業大学 理学院 化学系 助教

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E-mail : yamashina@chem.titech.ac.jp
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ケンブリッジ大学 化学科 教授

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