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透明領域でダイヤモンド光学フォノンの光制御を再現

拡張されたモデルで高精度な再現が可能に

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公開日:2020.06.04

要点

  • 透明領域における光学フォノンのコヒーレント制御に関する理論モデルを構築
  • 励起光パルスの重なった時間領域及び任意の光電場波形の取り扱いが可能
  • 超短パルス光を用いてダイヤモンドの光学フォノン量子状態を制御し、光干渉とフォノン干渉の結果を構築した理論モデルで再現

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の木全哲也大学院生(博士後期課程3年)と科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の中村一隆准教授らは、透明領域の超短パルス光を用いたコヒーレント光学フォノン[用語1]の量子状態を制御する理論モデルを構築した。さらにダイヤモンドを用いた実験を行い、光干渉とフォノン干渉[用語2]の実験結果を再現することに成功した。

振動準位および電子準位[用語3]で構成される系において、励起光パルス対の重なった時間領域についても光応答過程を計算することで、透明領域での光を用いてコヒーレント光学フォノンをコヒーレント制御[用語4]する理論モデルを新たに構築した。この理論モデルには任意の光電場波形[用語5]の取り扱いも可能である。

構築した理論モデルを検証するため、フェムト秒(fs)[用語6]以下の時間幅を持つ近赤外光パルスにより、ダイヤモンドコヒーレント光学フォノンの量子状態の制御実験を行った。励起パルス対[用語7]の重なった時間領域に対しても実験を行い、光干渉とフォノン干渉を観測した。この結果は理論モデルから計算される結果と良く一致することを確認した。

研究成果は5月4日(米国東部時間)に米国物理学会誌「Physical Review(フィジカル・レビュー) B」のオンライン版に掲載された。

研究成果

中村准教授らは2つの励起光パルスによる透明領域における光学フォノンのコヒーレント制御に関する理論モデルを構築した。

励起光パルス対の時間間隔を変化させることで、発生するコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することができる。この現象については、振動準位を2準位、電子準位を2準位の合計4準位レベル[用語8]の理論モデルにより、十分に励起光パルス対が離れている場合の光と物質の相互作用に関して、フォノンの生成・制御・計測過程まで含めた計算が行われている。

中村准教授らが新たに構築した理論モデルでは、励起光パルスの重なった時間領域に発現する現象も含めて取り扱うことができる。また、照射する光パルス波形及び光干渉を計測しておき、複数のガウス関数型パルス波形[用語9]でその波形を再現することで、パルスチャープ[用語10]まで含めた任意の光パルス波形を取り扱うことが可能となった(図1に計測した光パルス波形と再現した波形を示す)。

図1. 計測した光パルス波形と再現した波形。5つのガウス関数型パルス波形によって計測した光パルス波形を再現している。

図1.
計測した光パルス波形と再現した波形。5つのガウス関数型パルス波形によって計測した光パルス波形を再現している。

図2(a)は中村准教授らが構築した理論モデルから計算される結果を示している。振動の振幅を励起光パルス対の時間間隔に対して表示しており、25 fs周期の振動は40 THzのコヒーレント光学フォノンの干渉によるものである。また、励起光パルス対の時間間隔50 fs以内には、2.7 fs周期の振動が観察され、こちらは励起光パルス対の重なりに起因した光干渉の影響である。

構築した理論モデルを検証するため、ダイヤモンドに対して10 fs以下のパルス幅をもつ近赤外光を用いた時間分解透過光強度測定[用語11]を行った。励起光パルスを、高精度干渉計を用いて時間差が制御された光パルス対としてダイヤモンドに照射することで、ダイヤモンドコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御し、観測光パルスの透過率変化を計測したところ、得られた透過率変化においても光干渉及びフォノン干渉が観察された(図2(b))。

図2. (a)理論モデルから計算される振幅と(b)2つ目の励起光パルスを照射した後の透過光強度の振幅の励起光パルス対時間間隔(横軸)依存性。木全大学院生と中村准教授らが新たに構築した理論モデルから計算される結果が実験結果を良く再現していることが分かる。

図2.
(a)理論モデルから計算される振幅と(b)2つ目の励起光パルスを照射した後の透過光強度の振幅の励起光パルス対時間間隔(横軸)依存性。木全大学院生と中村准教授らが新たに構築した理論モデルから計算される結果が実験結果を良く再現していることが分かる。

この実験結果は構築した理論モデルから計算される結果と良く一致しており、透明領域における光学フォノンのコヒーレント制御について新たに構築した理論モデルは、ダイヤモンドに対する取り扱いが可能であることを確認した。

研究の背景

コヒーレント制御技術はレーザーを用いて様々な量子状態を制御する技術の総称で、分子の振動回転状態の制御、化学反応の制御、固体中の原子運動の制御などに応用されている。これまでに、中村准教授のグループは超短パルス光により生じた25 fs周期で振動するダイヤモンドコヒーレント光学フォノンにより変化する透過率を実時間計測し、高精度に時間制御した光パルス対を励起に用い、ダイヤモンドコヒーレント光学フォノンの量子状態を制御することに成功している。

また、振動準位および電子準位で構成される系において光応答過程を計算、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンに対するコヒーレント制御の理論モデルを構築し、実験結果を再現している。これまでの理論モデル及び計測は、十分に励起光パルス対が離れた場合に限られていた。今回の研究において、励起光パルス対の重なった時間領域も含めて取り扱うことができた。

今後の展開

今回、新たに構築した理論モデルによって、ダイヤモンドのコヒーレント光学フォノンの量子状態制御を、励起パルス対の重なった時間領域に発現する光干渉も含めて取り扱うことができた。今後、ダイヤモンドのような広いバンドギャップを持つ材料に対して計測・制御することにより、対象とする物質固有の光学フォノン生成・制御・計測過程といった光学特性を明らかにすることができると期待される。

付記

本成果はJSPS科学研究費助成事業15K13377、17K19051、17H02797、19K03696、19K22141および東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 共同利用研究の支援を受けて得られた。

用語説明

[用語1] コヒーレント光学フォノン : 光学フォノンは光により直接生成できる結晶を構成する原子の集団振動である格子振動を量子化したもの。コヒーレント光学フォノンは、光学フォノンの振動周期よりも短いパルス幅の光パルスで励起することにより、振動のタイミングが揃った光学フォノンの集団が形成され、物質の反射率・透過率などのマクロな物理量を変化させるもの。

[用語2] 光干渉とフォノン干渉 : 光は電磁波であり、重ね合わせられるとタイミングによって、強くなったり弱くなったりする。このことを光干渉という。フォノンは固体内部に広がった格子振動の波であり、光と同様に干渉する。これをフォノン干渉という。

[用語3] 振動準位および電子準位 : 量子力学によれば、エネルギーはとびとびの値を取りうる。その離散化されたエネルギーの状態をエネルギー凖位と呼び、振動のエネルギーに対応する状態および電子のエネルギーに対応する状態を、それぞれ振動準位、電子準位という。

[用語4] コヒーレント制御 : コヒーレント制御はレーザーを使って物質の量子状態を制御する技術の総称。はじめは化学反応の制御に用いられた。最近では、固体中の電子、スピンやフォノンの量子状態制御に用いられている。

[用語5] 光電場波形 : 光は振動する電磁波であり、その電場の成分である波の形のこと。パルス光の場合には、電場振動に加えて光強度の時間変化に対応する包絡線の形を含む。

[用語6] フェムト秒 : フェムト秒は1,000兆分の1秒のことで、アト秒はフェムト秒のさらに1,000分の1の時間である。

[用語7] 励起パルス対 : 物質内に現象を引き起こすために照射するパルスを励起パルスという。この研究では、精緻に制御した2つの励起パルスを物質に照射しており、この2つのパルスを励起パルス対という。

[用語8] 4準位レベル : 量子力学によれば、エネルギーはとびとびの値を取りうる。その離散化されたエネルギーの状態をエネルギー凖位レベルと呼び、ここでは4つのエネルギー準位レベルを用いている。

[用語9] ガウス関数型パルス波形 : ガウス関数は釣鐘型をした関数であり、パルス強度の時間変化の釣鐘型として計算に用いた。

[用語10] パルスチャープ : 光パルス波形内で振動周期が一定ではなく、光周波数が変化する性質のこと。

[用語11] 時間分解透過光強度測定 : 励起光パルスを照射することで時々刻々と変化する透過率を、励起光パルスから遅れて照射される観測光パルスの透過光の強度変化として測定する方法。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review B
論文タイトル :
Coherent control of 40-THz optical phonons in diamond using femtosecond optical pulses
著者 :
木全哲也、依田和磨、松本花菜、田邉弘行、南不二雄、萱沼洋輔、中村一隆
DOI :

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