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マヨラナ粒子が媒介するスピン輸送現象の発見

物質内部で磁化変動を伴わない奇妙なスピン励起の伝達

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公開日:2020.07.28

要点

  • 量子スピン液体に対する実時間数値シミュレーションにより、局所磁化の変化を伴わないスピン輸送現象を発見
  • このスピン輸送がマヨラナ粒子によって媒介されることを解明
  • マヨラナ粒子を利用したスピントロニクスや量子コンピューティングデバイスへの応用に期待

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の皆川哲哉修士課程学生(研究当時。現・ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社)、村上雄太助教、古賀昌久准教授、横浜国立大学 大学院工学研究院の那須譲治准教授らの研究グループは、量子スピン液体[用語1]が実現するキタエフ模型[用語2]に対して実時間数値シミュレーションを行い、マヨラナ粒子[用語3]がスピン輸送を媒介し、量子スピンの時間変動が物質の端から端へ伝達することを発見した。

この系では、磁性絶縁体中の量子スピンは、あたかも複数のマヨラナ粒子に分裂しているように振る舞う。この系の片方の端にパルス磁場を導入し、端の局所磁化の時間変動を誘起した後の時間発展を計算すると、物質内部へはその時間変動は浸透しない。量子スピン液体内部でスピンの時間変化がまったく誘起されないにもかかわらず、一定時間経過後にもう片方の端のスピンが突然変動し始めることを発見した。この奇妙なスピン励起伝搬の速度はこの系でのマヨラナ粒子の速度と一致するため、パルス磁場によるスピン励起はマヨラナ粒子によって運ばれていると解釈できる。

物質内部の局所磁化を一切生じさせずにマヨラナ粒子を介してスピン励起が伝搬するこの現象は、スピン変調が波のように伝わる従来のスピン輸送と一線を画している。この研究成果によりマヨラナ粒子を利用したスピン輸送の可能性が開拓され、スピンの時間変化を伴わないスピントロニクスデバイスへの応用やマヨラナ粒子を使ったトポロジカル量子計算[用語4]の基盤構築につながることが期待される。

研究成果は7月24日に米国物理学会誌「Physical Review Letters(フィジカルレビューレターズ)」にオンライン掲載された。

研究成果

研究グループは、絶対零度まで冷却しても磁気秩序を示さない磁性絶縁体の量子スピン液体に注目し、それを記述するモデルのひとつであるキタエフ模型に対して実時間数値シミュレーションを行うことで、スピン励起が物質内部でマヨラナ粒子を媒体として伝搬することを発見した。キタエフ量子スピン液体において、マヨラナ粒子が準粒子[用語5]として存在することを示唆する実験結果はこれまでいくつか得られているが、今回の発見はこのマヨラナ粒子がスピン輸送を媒介するというまったく新しい現象である。

通常、磁性絶縁体において磁性の起源である電子スピンの運動は、磁気的な力を介して結晶中を波のように伝わっていくことが知られている。一方で、キタエフ量子スピン液体の場合には、結晶格子(図1)の左端に印加したパルス磁場によって励起されたスピン変調が物質中に伝わらず、物質内部の電子スピンはまったく時間変化しない。

図1. キタエフ模型が定義されたハニカム格子。黒い球の上に電子スピンが存在している。左端の灰色の領域にパルス磁場を印加し、右端の灰色の領域には弱い静磁場を印加している。

図1.
キタエフ模型が定義されたハニカム格子。黒い球の上に電子スピンが存在している。左端の灰色の領域にパルス磁場を印加し、右端の灰色の領域には弱い静磁場を印加している。

しかし、ある一定時間経過後に、右端の電子スピンが突如運動し始めることを発見した。量子スピン液体内部では電子スピンは2種類のマヨラナ粒子にあたかも分裂しているかのように振る舞う。その片方は結晶格子に束縛されて動くことができないが、もう片方のマヨラナ粒子は物質中を自由に動き回る(遍歴する)ことができるため、後者の空間分布の時間変化を調べた(図2)。

図2. パルス磁場を印加後の電子スピンと遍歴マヨラナ粒子の存在確率の変化の実空間マップの時間発展。

図2.
パルス磁場を印加後の電子スピンと遍歴マヨラナ粒子の存在確率の変化の実空間マップの時間発展。

その結果、左端で生じた電子スピンの時間変化はすぐに遍歴マヨラナ粒子へと変換され、物質中においてスピン変調を生じることなく通過し、右端に到達したときに電子スピンの時間変化を誘起することが分かった。さらに、端から端までの距離を右端のスピン変調が生じるまでの遅延時間で割ると遍歴マヨラナ粒子の速さに等しくなることからも、スピン励起がマヨラナ粒子によって伝搬されたことが理解できる。

図3. スピンの時間変動がマヨラナ粒子の動きに変換されて物質中を伝わり、右端でスピン励起が誘起される様子を示した模式図。

図3.
スピンの時間変動がマヨラナ粒子の動きに変換されて物質中を伝わり、右端でスピン励起が誘起される様子を示した模式図。

背景

従来のエレクトロニクスを超えて、電子の持つスピンを積極的に活用するスピントロニクス研究の進展に伴い、電流を伴わないスピン輸送現象に関する研究が近年、盛んに行われている。磁気秩序を有する磁性絶縁体においては、磁性の起源である電子スピンの運動は近接する原子上のスピンに働く磁気的な力を介して波のように伝わる。このスピン波と呼ばれる電子スピンの変調が、磁性絶縁体中のスピン輸送を担うと考えられてきた。

一方で絶対零度まで磁気秩序が現れないキタエフ量子スピン液体においては、電子スピンの間の力の受け渡しが隣接する原子上のみに影響し、ある原子上の電子スピンを時間変動させたとしても、そのスピン変調は遠くまで伝達せずにスピン輸送には適さないと思われていた。

キタエフ量子スピン液体は、塩化ルテニウムといった磁性化合物において実現すると考えられており、この量子スピン液体の特徴であるマヨラナ粒子を現実の物質中で観測する試みが国内外で精力的に行われている。マヨラナ粒子は電荷中性のため、特に熱伝導度の測定を中心とした実験研究が進められている。その一方で、マヨラナ粒子を用いたスピン輸送の可能性は、興味深い問題として残されていた。

今後の展開

本研究成果は量子スピン液体において、マヨラナ粒子がスピントロニクスの輸送担体として機能し得ることを指摘するものである。さらに、そのスピン輸送において、電子スピンの時間変動がまったく生じないため、それを利用した新たなスピントロニクスデバイスへの応用が期待される。また、キタエフ量子スピン液体において現れるマヨラナ粒子は、環境からの擾乱に強いトポロジカル量子計算の演算要素となることも期待されており、次世代量子計算の基盤構築の可能性も期待される。

用語説明

[用語1] 量子スピン液体 : 物質を構成する原子の中の電子のスピン(電子が持つミクロな磁石の向き)が活性な絶縁体(磁性絶縁体)において、近接する原子上の電子スピンの間に磁気的な力が働いているにもかかわらず、電子スピンの整列(磁気秩序)が絶対零度まで抑制された状態。

[用語2] キタエフ模型 : 量子スピン液体状態を厳密に基底状態(エネルギーの最も低い状態)に持つ磁性絶縁体を記述する理論模型。2006年にA. Kitaev(アレクセイ・キタエフ)により、トポロジカル量子計算(用語4)を実現し得る模型として提案された。その後の研究で、この模型によって磁気状態が説明できる現実の化合物が提案された。

[用語3] マヨラナ粒子 : 粒子と反粒子が同一のフェルミ粒子。素粒子物理学では、ニュートリノがその候補と考えられている。固体中では、マヨラナ粒子のように振る舞う励起である準粒子として存在する可能性が指摘されている。

[用語4] トポロジカル量子計算 : 量子演算の過程でトポロジカルな性質を利用することで、環境からの擾乱に強く安定した演算が可能な量子計算。

[用語5] 準粒子 : 物質を構成する電子集団にエネルギーを与えて励起させた状態への変化分が、あたかも粒子のように見なせるもの。半導体の正孔(ホール)など。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(研究総括:村上 修一)」における研究課題「量子トポロジカル磁性体のもつ素励起の時空間的制御」(研究者:那須 譲治(JPMJPR19L5))の支援を受けて行われた。

論文情報

掲載誌 :
Physical Review Letters
論文タイトル :
Majorana-mediated spin transport in Kitaev quantum spin liquids
著者 :
Tetsuya Minakawa, Yuta Murakami, Akihisa Koga, and Joji Nasu
DOI :

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