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複雑な工法を用いず多孔質β-二酸化マンガン微粒子触媒を合成

触媒粒子のナノ空間が化学反応を促進、触媒や電池の電極材料の効率的な生産に貢献

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公開日:2020.08.06

要点

  • 多孔質β-二酸化マンガンナノ粒子触媒の簡便かつ高効率な合成手法を開発
  • 既存触媒の9倍の表面積をもつβ-二酸化マンガン触媒の生成機構を解明
  • 微粒子触媒のナノ空間がバイオポリマー原料の合成反応などを促進

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の鎌田慶吾准教授と原亨和教授らは、多孔質材料を作る際に必要な鋳型分子[用語1]を一切使わず、大きな表面積をもつナノ粒子サイズ[用語2]β-二酸化マンガン(β-MnO2[用語3]からなるメソ多孔体(メソポーラス材料)[用語4]を合成することに成功した。この多孔質ナノ粒子触媒を用い、合成中間体として有用なカルボニル化合物[用語5]や再生可能なバイオマスからプラスチック原料を合成[用語6]した。

従来の水熱法[用語7]により合成したβ-MnO2は表面積が小さいため応用研究への展開が困難であり、新しいナノ粒子合成手法の開発が望まれていた。今回の研究では市販のマンガン原料の反応から得られる前駆体に着目し、大きな表面積と均質なメソ孔をもつβ-MnO2ナノ粒子を簡便かつ効率的に合成することが出来た。本研究で得られたβ- MnO2は、従来の水熱法で合成したものより表面積が大きく比較的分子サイズの大きい有機化合物の選択的反応場となるため、従来の触媒では困難であった有機化合物の合成への応用が期待される。

本技術では、化石資源を使わない化成品の製造やリチウムイオン電池の電極への応用などが期待され、地球温暖化の原因である二酸化炭素の排出低減に直結する効果が期待される。

研究成果は2020年7月31日(日本時間)に米国科学誌「ACS Applied Materials & Interfaces (エーシーエス・アプライドマテリアルズ・アンド・インターフェイシーズ)」オンライン速報版で公開された。

研究成果

鎌田准教授と原教授らはマンガン酸化物の合成条件が構造や表面積に与える影響を詳細に検討し、特殊な鋳型分子を用いずにメソ孔というナノメートル(nm)サイズの空間をもつβ-MnO2ナノ粒子を簡便に合成できることを明らかにした(図1)。この成果は触媒や電極材料として有望であるにも関わらず高表面積化が困難だったβ-MnO2の機能開拓を大きく促進する新しい合成手法として有効である。

図1. β-MnO2微粒子触媒の粒子内のナノ空間における化学反応促進効果の模式図。

図1. β-MnO2微粒子触媒の粒子内のナノ空間における化学反応促進効果の模式図。

具体的には市販のマンガン原料である過マンガン酸イオン(MnO4)とマンガン2価(Mn2+)塩との反応で生成した低結晶性のMn4+層状酸化物前駆体(以下“前駆体”)の熱処理により得られたメソ孔(細孔の直径が2~50 nm)をもつβ-MnO2ナノ粒子が、バイオポリエステルの原料やカルボニル化合物への酸化反応を促進する固体触媒として機能することを発見した(図2)。

図2. テンプレートを一切用いない層状前駆体の熱処理によるメソ細孔ポーラスβ-MnO2ナノ粒子の合成スキームと触媒反応への応用。

図2.
テンプレートを一切用いない層状前駆体の熱処理によるメソ細孔ポーラスβ-MnO2ナノ粒子の合成スキームと触媒反応への応用。

鎌田准教授と原教授は石油などの有限資源や貴金属触媒を一切使わずにバイオマス資源からポリエステルの原料を効率的に合成できるβ-MnO2ナノ粒子触媒を開発し、昨年1月に発表した[参考文献1]。しかし、このナノ粒子触媒の合成過程は不明瞭で、さらに高活性なβ-MnO2触媒の開発には詳細な生成機構の解明が必要だった。そこで合成条件が酸化マンガンの構造に及ぼす効果を検討し、低結晶性の層状構造をもつ前駆体が生成すること、また前駆体生成時のpH(水素イオン指数)がβ-MnO2の形態と細孔構造に大きく影響することを明らかにした。

低pH領域で得られた前駆体からはスリット状の細孔をもつ板状粒子のβ-MnO2(以下“β-MnO2-板状粒子”)が、弱酸性領域で得られた前駆体からはインクボトル形状の細孔をもつ球状粒子のβ-MnO2(以下“β-MnO2-球状粒子”)が得られた。これらメソポーラスβ-MnO2の比表面積は100–122 m2/gとなり、従来の水熱法により合成した細孔をもたないナノサイズのロッド状粒子の集合体(以下“β-MnO2-水熱法”)の表面積(14 m2/g)よりも大きい値だった(図2)。

図3. (上)酸化反応における触媒性能の比較。(下)大きい分子と小さい分子の酸化反応における反応速度の比較。

図3.
(上)酸化反応における触媒性能の比較。(下)大きい分子と小さい分子の酸化反応における反応速度の比較。

これらメソポーラスβ-MnO2(“β-MnO2-板状粒子”、“β-MnO2-球状粒子”)は、5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)からバイオプラスチックモノマーである2,5-フランジカルボン酸(FDCA)への酸化反応、および芳香族アルコール類から対応するカルボニル化合物への変換反応に対して“β-MnO2-水熱法”よりも優れた固体触媒として機能した(図3(上))。

特に、9 nm程度の狭い細孔分布をもつβ-MnO2-球状粒子を用いた場合、4~10 nm付近に幅広の細孔分布をもつβ-MnO2-板状粒子や細孔のないβ-MnO2-水熱法よりも、大きなアルコール分子の酸化反応を促進することが明らかとなった(図3(下))。このことはβ-MnO2-球状粒子のもつ均質なナノメートルサイズの空間が化学反応を促進する反応場として機能していることを示している。

背景と研究の経緯

ナノメートルサイズで構造制御された材料は、その構造に由来した特異的な機能により様々な分野で注目を集めている。2~50 nmの範囲に細孔径分布をもつメソ多孔体(メソポーラス材料)は大きな細孔をもつため吸着材や触媒への応用展開だけでなく電気的・磁気的・光学的な特性を利用した応用への期待も高まっている。一般的には、鋳型分子を用いたテンプレート法より合成され、優れた機能をもつメソポーラス材料が数多く報告されている。

図4. 一般的なテンプレート法によるメソ多孔体合成スキーム。

図4. 一般的なテンプレート法によるメソ多孔体合成スキーム。

二酸化マンガンは多様な結晶構造や酸化状態をもつため、触媒・エネルギー貯蔵材料・磁性体・センサーなど幅広い用途をもつ重要な機能性酸化物材料である。β-MnO2は様々な結晶構造の中で熱力学的に最も安定であるにも関わらず、他のマンガン酸化物からの変換反応に大きなエネルギーを必要とするため、高い反応温度や長い反応時間を要する水熱合成が用いられ、表面積が小さくなることが知られていた。テンプレート法を用いることで表面積の大きいメソポーラスβ-MnO2材料を合成可能であるが、高価で特殊な試薬の使用やテンプレートの除去などを伴う多段プロセスが必要だった(図4)。

このような研究背景のもと、簡便かつ効率的な高表面積をもつ多孔性β-MnO2ナノ粒子の合成に着手した。これまで注目されていなかった前駆体が低結晶性の層状構造であること、前駆体合成時のpHと層間金属量が“結晶構造・粒子の形態・細孔構造”を決定する重要な因子であることを実験的に明らかにした。テンプレートを用いることなく大きな表面積をもつメソポーラスβ-MnO2ナノ粒子を合成し固体触媒として利用した例はこれまでになく、今回の研究が初めての報告例となる。

今後の展開

今回開発したメソポーラスβ-MnO2ナノ粒子触媒は、バイオポリエステルのモノマー合成反応だけでなく、その特異的なナノ空間が比較的大きな分子の触媒反応に有効である。そのため、高付加価値な化成品(ファインケミカルズ)の合成反応やワンポット合成反応[用語8] [参考文献2]といった液相での触媒反応や、その高い酸化力を生かした有害物質の完全酸化除去といった気相での触媒反応など、幅広い化学反応へ適用できる可能性が高い。さらに、MnO2はスーパーキャパシタやリチウムイオン電池の電極材料[参考文献3]としても多くの研究がなされており、触媒以外の広範な応用用途展開も期待される。

今回の研究結果はMnO2のようなありふれた金属酸化物であってもその生成機構の本質を追求することで、機能を大きく向上させることができることを示している。今後、層状構造前駆体の層間金属カチオンを制御し様々なチャネル構造をもつマンガン酸化物合成にも応用することで、触媒機能の向上や様々な反応への展開だけでなく、構造特異的な高効率触媒反応開発に大きく貢献することが期待される。

用語説明

[用語1] 鋳型分子 : 多孔性の固体材料を液相で調製する手法(テンプレート法)で鋳型として規則的な微細構造を作り出すために用いられる、界面活性剤(ソフトテンプレート)あるいは微粒子やゼオライト(ハードテンプレート)などのこと。テンプレートとも呼ばれる。鋳型として使用した後に、熱処理や試薬による処理で取り除く必要がある。

[用語2] ナノ粒子サイズ : ナノメートル(nm)は100万分の1ミリメートル(mm)の大きさを有する粒子サイズ

[用語3] β-二酸化マンガン : 様々な結晶構造をもつMnO2の中の一種で、一次元の(1×1)のチャネル構造をもつ。優れた酸化力をもつため、酸化触媒として有用である。[参考文献1、2]結晶性MnO2はMnO6八面体ユニットが頂点共有あるいは稜共有することで、様々なトンネル構造や層状構造を形成する。

[用語4] メソ多孔体 : 2~50 nm(メソ孔)の範囲に細孔径分布をもつ多孔性材料のことであり、メソポーラス材料とも呼ばれる。既存のミクロ多孔体では困難とされる比較的分子サイズの大きい有機化合物の選択的反応場として期待されている。

[用語5] カルボニル化合物 : −C(=O)−で表される官能基をもつ有機化合物。カルボニル炭素が求核剤の攻撃を受けて付加反応を起こすため、様々な化合物合成の中間体として有用である。

[用語6] バイオマスからプラスチック原料を合成 : ここでは、ポリエチレンテレフタレート(PET)から代替えが期待されているポリエチレンフラノエート(PEF)の原料である2,5-フランジカルボン酸(FDCA)を再生可能なバイオマス由来の5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)から合成する反応のことをいう(下図)。[参考文献1]

バイオマスからプラスチック原料を合成

[用語7] 水熱法 : 高温高圧の熱水中で化合物を合成あるいは結晶成長する手法。

[用語8] ワンポット合成反応 : 複数の反応物を同一の反応容器内で反応させ、一挙に生成物を得る合成手法。多段階合成プロセスで行う中間体生成物の単離・精製などを必要せず、消費エネルギーや試薬を最小限にとどめることができる。

参考文献

[参考文献1] 貴金属触媒を使わずバイオマスからプラスチック原料を合成(東京工業大学プレスリリース:2019年1月8日付け)

[参考文献2] E. Hayashi, Y. Yamaguchi, Y. Kita, K. Kamata, M. Hara, "One-pot Aerobic Oxidative Sulfonamidation of Aromatic Thiols with Ammonia by a Dual-functional Beta-MnO2 Nanocatalyst", Chem. Commun. 2020, 56, 2095–2098.
DOI: 10.1039/c9cc09411c outer

[参考文献3] Y. Ren, A. R. Armstrong, F. Jiao, P. G. Bruce, "Influence of size on the rate of mesoporous electrodes for lithium batteries", J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 996–1004.
DOI: 10.1021/ja905488x outer

謝辞

本成果は、JACI(新化学技術推進協会)の第7回新化学技術研究奨励賞とJSPS(日本学術振興会)の基盤研究Bの研究支援によって得られた。

  • 研究開発課題名:
    「マンガン酸化物触媒の構造制御に基づく高効率な酸化的バイオモノマー合成反応系の構築」
  • 研究代表者:
    東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
    准教授 鎌田慶吾
  • 研究開発実施場所:
    東京工業大学
  • 研究開発課題名:
    「金属とオキソアニオンの共同作用を利用した高効率触媒反応系の開発」
  • 研究代表者:
    東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
    准教授 鎌田慶吾
  • 研究開発実施場所:
    東京工業大学
  • 研究開発期間:
    2018年4月~2021年3月

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Template-free Synthesis of Mesoporous β-MnO2 Nanoparticles: Structure, Formation Mechanism, and Catalytic Properties
著者 :
Yui Yamaguchi, Ryusei Aono, Eri Hayashi, Keigo Kamata, Michikazu Hara
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所

准教授 鎌田慶吾

E-mail : kamata.k.ac@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5338 / Fax : 045-924-5338

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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