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膵臓β細胞のインスリン分泌時の活性酸素に対する保護作用を解明

糖尿病の再生医療、創薬研究への応用を目指す

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公開日:2020.09.08

要点

  • 細胞質中のドパミンなどのモノアミンを貯蔵用小胞に取り込む小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)は、細胞内のドパミンレベルの調節を介し、インスリン分泌を抑制的に調節。
  • 膵臓β細胞でVmat2を欠損するマウスでは膵島のドパミン含量が低下、糖感受性インスリン分泌が上昇。
  • 栄養過剰摂取状態では、β細胞において酸化ストレスの増加による負荷がかかるようになるが、Vmat2はドパミンの量を制御し、過剰な酸化ストレスから膵臓β細胞を保護。

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の粂昭苑教授、坂野大介助教らの研究グループは、膵臓β細胞[用語1]小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)[用語2]が発現しないノックアウトマウス[用語3]を作製し、Vmat2の欠損したマウスの膵臓ではモノアミン[用語4]が減少することを明らかにした。

モノアミンの一つであるドパミン[用語5]はβ細胞が血糖上昇時にインスリン[用語6]とともに細胞外に放出される。高脂肪食の投与などの栄養過剰摂取状態では、通常よりも多くインスリン分泌が行われ、ドパミンも多く分泌される。

ドパミンは細胞外に分泌されたのちに再度β細胞に取り込まれ、貯蔵もしくは分解されるが、その量が細胞の処理能力を超えると活性酸素種(ROS)[用語7]の発生を促進し、β細胞の機能低下や細胞死につながる。β細胞が正常に機能しないと糖尿病を発症し、病態が悪化していくことが明らかになった。

この研究成果により、モノアミンを介した膵臓β細胞の酸化ストレスに対する防御機構の一部を明らかにした。今後、これらの仕組みをより詳細に理解していくことは、再生医療や糖尿病の治療薬の開発に有益であると考えられる。

研究成果はアメリカ糖尿病学会誌「Diabetes」に8月21日付けでオンライン掲載された。

背景

膵臓β細胞は血糖値を維持するホルモンであるインスリンを分泌する。糖尿病はβ細胞量の低下や機能不全に起因する疾患である。栄養素の過剰供給が続けばβ細胞のインスリン分泌が過剰に起こり、次第にインスリン分泌不全となっていく。インスリン分泌の要求がさらに継続すればβ細胞は細胞死を起こし、糖尿病の重篤度が増していく。

β細胞の機能不全や細胞死の原因として活性酸素種(ROS)の増加が知られている。β細胞では血糖値の上昇とともに細胞内にグルコースを取り込み、解糖系などによって代謝されることでATP[用語8]が産生されるとこれを感知してインスリンが分泌される。このATPは主に細胞内のミトコンドリアで酸素を消費しながら産生される。血糖値が高くなると、β細胞はインスリンを分泌しようとするが、この過程でミトコンドリアの機能も活性化する。酸素を消費する過程でミトコンドリアはROSを産生するので、過剰なインスリン分泌がROSを原因とする細胞障害につながる。

一方でβ細胞はROSの細胞毒性に適応するための抗酸化メカニズムを持っている。しかし、高脂肪食などの栄養の過剰摂取はミトコンドリアの代謝機能障害と酸化ストレスを引き起こす。多くの研究者が、ROSが関与するβ細胞障害の進行について研究している。

粂教授らの研究グループはミトコンドリアによるROSの産生以外にもβ細胞内に過剰にモノアミンが存在するとROS産生が起こるのではないかと考え、研究を進めた。モノアミンは細胞内でモノアミンオキシダーゼB(MAOB)[用語9]により代謝されるが、その時にROSを発生することが知られていたからである。

また、モノアミンの中でもドパミンはβ細胞で主に利用されているモノアミンであり、過去の研究ではインスリンと同じ細胞内小胞に貯蔵され、インスリン分泌時には細胞外に放出されることが提唱されている。ドパミンは細胞外の受容体に結合することでインスリン分泌を抑制する。ドパミンの一部はβ細胞内にドパミントランスポーター(DAT)を介して再取り込みされ、インスリンとともに細胞内小胞に貯蔵される。この貯蔵する仕組みを阻害するとインスリン分泌が亢進することが過去の研究では知られていたが、生理学的に糖尿病の発症や進行に関与するかは不明だった。

研究成果

粂教授らはドパミンの正常な貯蔵・分泌が果たす役割を明らかにしようと考えた。そしてβ細胞におけるモノアミンの蓄積が行われず、枯渇してしまうマウスを作製することで、β細胞障害が進行するのではないかと考えた。そのため細胞内にモノアミンを貯留するために重要な小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2)がβ細胞で失われる膵臓β細胞特異的Vmat2欠損マウス系統(βVmat2KO)[用語10]を作製した。

βVmat2KOマウスに高脂肪食を与えると野生型マウスや通常食を与えたβVmat2KOマウスに比べて、β細胞の耐糖能低下(図1)や細胞死が顕著に増加した。

図1. β細胞におけるVmat2遺伝子欠損(βVmat2KO)マウスは高脂肪食摂食により耐糖能に異常をきたす。

図1. β細胞におけるVmat2遺伝子欠損(βVmat2KO)マウスは高脂肪食摂食により耐糖能に異常をきたす。

(A)
マウスへグルコースを腹腔内投与してから2時間の血糖値の推移を調べると高脂肪食(HFD)を食べることで野生型マウスの血糖値は下がりにくくなった。野生型マウスに比べ、βVmat2KOではより血糖値が低下しにくかった。
(B)
Aの曲線の下の面積を示す。

また、マウスから取り出した膵臓β細胞を高血糖条件とおなじ高グルコース条件の培地で培養すると、野生型に比べてROSの発生が亢進(こうしん)しており、細胞に対するストレスが高くなることがわかった。そして、このストレス条件はMAOBの阻害剤であるPargyline(パージリン)[用語11]の作用によって軽減された(図2)。

図2. βVmat2KOマウスは高グルコース条件下でROSをより高く発生する。

図2. βVmat2KOマウスは高グルコース条件下でROSをより高く発生する。

マウス体内から取り出した膵臓β細胞を培養したところ、高グルコース条件では野生型よりβVmat2KOマウスのほうがROSの発生量(緑の蛍光)が多かった。ROSの発生は、MAOB阻害剤のPargylineにより抑制されたことから、ドパミンの分解時に生じるROSであることが示された。赤 : インスリンに対する抗体染色(β細胞を示す)

このような実験結果から高血糖状態では通常インスリン分泌が活性化し、これに伴い多くのドパミンが細胞外に放出される。これに対してβVmat2KOマウスでは、細胞内小胞へのドパミンの貯蔵する仕組みが正常に機能していないため、細胞内に増えたドパミンはMAOBにより分解され、ROSの発生が活発になることが明らかとなった(図3)。

図3. Vmat2機能不全に伴う膵臓β細胞中のROS発生機構

図3. Vmat2機能不全に伴う膵臓β細胞中のROS発生機構

通常は高血糖になりインスリンが分泌されるときに細胞外に放出されるドパミンは、DATにより細胞に再取り込みされるとVmat2により速やかに細胞内小胞内に送られる。しかし、Vmat2が阻害もしくは発現しない場合細胞内のドパミンはMAOBにより分解されROSを多く発生させる。同時にドパミンの枯渇を起こし、インスリン分泌抑制機能が働かなくなる。このような状態は、細胞の脱分化や細胞死の原因となる。

ROSの増加がβ細胞の機能不全や細胞死を誘導する。また、Vmat2が正常に働かないことは、細胞内のドパミンの枯渇につながり細胞外からのドパミンD2受容体を介したインスリン分泌抑制が機能しない。このような状態が長期間続くことでβVmat2KOマウスではβ細胞の脱分化も同時に進むことで糖尿病の発症につながっていると考えている。

今後の展開

膵島内のβ細胞は遺伝子発現の不均一性に起因した多様な細胞集団により構成されていることが最近注目されている。

通常の条件下ではβ細胞は高血糖に応答してドパミンを分泌する。分泌されたドパミンは細胞膜上のドパミンD2受容体を介してインスリン分泌を抑制する。ドパミンはドーパミントランスポーターにより再び細胞内に取り込まれ、Vmat2によって小胞内に貯蔵される。この一連のドパミンの放出、再取り込み、貯蔵の仕組みはドパミンの分解時に発生するROSによる細胞毒性からβ細胞を保護するために重要である。

しかし、過剰なインスリン分泌または低 Vmat2 発現状態下ではROSが大量に発生する可能性がある。今後、ドパミン- Vmat2シグナル伝達システムが異種β細胞集団でどのように機能するかは、β細胞機能の維持においてVmat2がもつ役割をさらに理解する必要がある。β細胞がROSから受ける障害を軽減するための今回のような研究が進めば将来的にiPS細胞を用いた再生医療や糖尿病の治療薬開発に役立つ可能性がある。

用語説明

[用語1] 膵臓β細胞 : β細胞は 膵島でインスリンとアミリンの合成と分泌を行う細胞。ヒトは膵島の細胞の50~70%をβ細胞が占める。1型や2型糖尿病患者ではβ細胞の細胞量と細胞機能がともに低下しインスリン分泌不全と高血糖症 が引き起こされる 。

[用語2] 小胞型モノアミントランスポーター2(Vmat2) : 神経細胞のシナプス小胞膜上に存在するものは抗うつ薬の標的となっている。膵臓β細胞にも発現し、細胞質で合成されたモノアミンや細胞外から取り込まれたモノアミンをH+依存的に細胞内小胞に貯蔵し、細胞外へのモノアミン放出に備える働きを持つ。

[用語3] ノックアウトマウス : ある遺伝子を欠損(あるいは変異)させて、機能しないようにしたマウス。疾病と遺伝子の関係やある酵素の欠損が生体にどのような影響を及ぼすかなど、さまざまなメカニズムの研究に用いられている。

[用語4] モノアミン : ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称。膵臓内分泌細胞でも貯蔵されることがわかっており、β細胞の細胞分化やインスリン分泌を制御することが知られている。

[用語5] ドパミン : 神経の細胞の間で信号を伝えるために使われる伝達物質の一つとして知られている。アミノ酸の一種であるチロシンからL-ドパを経て生合成される。ドパミンの不足はパーキンソン病の原因となる。ドパミンは細胞内で代謝され重要な生理活性物質であるノルアドレナリンやアドレナリンになる。

[用語6] インスリン : 膵臓に存在するランゲルハンス島(膵島)内のβ細胞から分泌されるペプチドホルモンの一種である 。食べ物に含まれる糖分は消化酵素などでグルコースに分解され、小腸から血液中に吸収される。食後に血液中のグルコース量が増えるとインスリンが分泌されることでグルコースが骨格筋などへ取り込まれ、蓄積し、エネルギーに変換される。

[用語7] 活性酸素種(Reactive Oxygen Species、ROS) : 大気中に含まれる酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称。 一般的にスーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素の4種類とされる。私たちの細胞では侵入した細菌やウイルスに対し、防御するための大事な物質である。しかし、酸化力が非常に強く、過剰なROS産生は細胞を傷害し、がん、心血管疾患、生活習慣病などの要因となる。今回の研究では主に膵臓β細胞中の過酸化水素を指標にROS産生について考察している。

[用語8] ATP : アデノシン三リン酸。ATPのリン酸基の加水分解によってADP(アデノシン二リン酸)が生じるが、ATPからリン酸基が離れたり、結合したりすることで、エネルギーが放出・貯蔵、あるいは物質の代謝・合成に役割を果たす。細胞が機能するためにはATPから得るエネルギーが必要である。

[用語9] モノアミンオキシダーゼB(MAOB) : MAO(モノアミン酸化酵素)はモノアミン(ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリンなど)を分解する酵素である。A型とB型の2種類があり、主にMAOAはノルアドレナリンとセロトニンを、MAOBはドパミンを代謝する。

[用語10] 膵臓β細胞特異的Vmat2欠損マウス系統(βVmat2KO) : インスリンを作る細胞(膵臓ではβ細胞)のみでVmat2遺伝子が機能しない遺伝子組み換えマウス。モノアミンを細胞内で蓄える機能が著しく低下している。

[用語11] Pargyline(パージリン) : 非可逆的で選択的なMAO-Bの阻害剤である。

論文情報

掲載誌 :
Diabetes
論文タイトル :
VMAT2 safeguards beta-cells against dopamine cytotoxicity under high-fat diet induced stress
著者 :
Daisuke Sakano, Fumiya Uefune, Hiraku Tokuma, Yuki Sonoda, Kumi Matsuura, Naoki Takeda, Naomi Nakagata, Kazuhiko Kume, Nobuaki Shiraki1 and Shoen Kume
DOI :

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