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膨大な活性データの網羅的解析から低分子医薬品候補を創出

見落とされていた小さな構造変化から高い活性化合物を予測

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公開日:2020.09.15

要点

  • 公共データベースから膨大な構造活性相関(SAR)を三次元に可視化
  • 新規低分子医薬品候補の設計を行うSAR Matrix法の実用化に成功
  • 既存の化合物より60倍の活性をもつ化合物を創出
  • ファーマコフォアフィッティングによる活性向上の機構解明

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の浅輪泰允大学院生(博士後期課程2年)、同大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の中村浩之教授と株式会社理論創薬研究所の吉森篤史博士、ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボン(ドイツ)のJürgen Bajorath(ユルゲン・バヨラト)教授らは、低分子医薬品[用語1]候補の迅速な設計を目指し、SAR Matrix[用語2]法を用いてマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1)[用語3]阻害剤のactivity cliff(活性の崖)[用語4]を予測した。

高い活性が予測された新規化合物を実際に合成し、評価した結果、構造的に類似した化合物と比較して60倍のMMP-1阻害活性を有することがわかった。さらに、合成した化合物のファーマコフォア[用語5]フィッティングを行った結果、正しく予測されたactivity cliffは、化合物とMMP-1の214番目のアルギニン残基との相互作用によるものであることが示された。

研究成果は9月7日付(現地時間)に英国科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」に掲載された。

研究成果

近年、構造活性相関(Structure Activity Relationship:SAR)の体系的な分析により、activity cliffと呼ばれる活性化合物の小さな構造変化が大きな活性向上をもたらす現象が注目されている。このことからactivity cliffの発見がリード化合物[用語6]の創出に役立つと考えられる。

しかし、これまでactivity cliffの予測は理論的には行われてきたものの、新規リード化合物を創出するに至った例は少ない。そこで本研究グループは、SAR Matrix法を利用したactivity cliff の予測、合成、生物活性評価を行うことで新規リード化合物の創出を目指した(図1)。

SAR Matrix はSARパターンを視覚化し、仮想候補化合物を生成するためのツールである。今回、標的タンパク質としてマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1)を選択し、公共の活性データベースであるChEMBL[用語7]からSAR情報をダウンロードし、2,697個のSAR Matrixを生成した。

得られたマトリックスから2つの化合物ペアを選択し、1つ目の既にactivity cliffと知られているペアを参考に2つ目の化合物ペアに同様のactivity cliffが存在すると予測した。続いてactivity cliffが予測された化合物ペアの合成・MMP-1阻害活性評価を行った結果、SAR Matrix で示された候補化合物が60倍以上高い阻害活性を有することを見出し、予測通りactivity cliffが存在することを示した。

SAR Matrixを利用したactivity cliffの予測

図.1 SAR Matrixを利用したactivity cliffの予測

背景

SARの解析は、創薬におけるリード最適化[用語8]の段階で、より高活性な化合物を予測するために重要な役割を果たす。一般に、SARの連続性が存在する場合、化合物の構造と活性が徐々に変化する。この場合、統計的に活性を予測することができる。しかしながら、SARの不連続性が存在する場合、化合物の小さな化学構造の変化が活性に大きな変化をもたらし、activity cliffの形成につながる可能性があるが、従来法での化合物の活性予測を行うことは困難であった。

研究の経緯

これまでに本研究グループは、SARデータセットを系統的に解析し、既知の活性化合物の仮想類似体を予測する手法であるSAR Matrix法を開発した(J. Chem. Inf. Model. 2012)。SAR Matrixは、系列間の構造とその活性情報をマトリックスよって整理し、化合物のコア構造と置換基フラグメント[用語9]、およびそのようなフラグメントの未知の組み合わせ(仮想類似体)で構築される二次元グリッドマップが得られる。

得られた仮想類似体の活性は、SAR Matrixに基づいたフリーウィルソンモデル[用語10]を用いて予測することができる。さらに、SAR Matrix法は、既存の化合物や仮想類似体が形成する新たなactivity cliffの予測にも応用できると考えられる。

しかし、これまでに理論的な研究は行われてきたものの、新規リード化合物を創出するに至った例はなかった。そこで本研究グループは、SAR Matrix法に基づいて、既知のMMP-1阻害剤と仮想類似体によって形成されるactivity cliffを予測し、実験的に検証した。

今後の展開

SAR Matrix法は既存のデータベースの組み合わせにより、仮想類似体を設計していたため、構造の新規性に課題があった。最近、Jürgen Bajorath教授および吉森篤史博士によりSAR Matrix法とディープラーニングを組み合わせたDeep SAR Matrix法が発表された(Future Drug. Discov. 2020)。

この方法は、SAR Matrix法にディープラーニングを用いた構造生成法を組み合わせることで、より新規性・多様性に富む仮想類似体の設計を可能にした。今後は、本研究グループが開発したオリジナルな有機合成手法とDeep SAR Matrix法を組み合わせることで仮想的なSAR Matrixを構築し、そこから創出されるactivity cliffに対して実験的に検証することで、全く新しい骨格をもつ低分子医薬品候補を創成する。

用語説明

[用語1] 低分子医薬品 : 分子量500以下の薬理活性を有する合成医薬品。

[用語2] SAR Matrix : 化学構造と生物活性の間に成り立つ量的な関係を表す構造活性相関(Structure Activity Relationship:SAR)のデータセットを系統的に解析し、既知の活性化合物の仮想類似体で構築される活性予測二次元グリッドマップ。この二次元グリッドマップを構築するために開発された手法をSAR Matrix法と呼ぶ。

[用語3] マトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1) : コラーゲンなど細胞間をつなぐ成分である細胞外マトリックスを分解する酵素。

[用語4] Activity cliff(活性の崖) : SAR空間における不連続な領域であり、活性化合物の小さな構造変化が大きな活性向上をもたらす現象。2012年にJ. Bajorathにより提唱された。まるで崖のように化合物の活性が向上することから、その名前が付けられた。

[用語5] ファーマコフォア : 化合物と標的タンパク質の相互作用に必要な特徴をもつ官能基群と、それらの相対的な立体配置ならびに電子的特徴の組み合わせ。ファーマコフォアに当てはまる化合物を探し出すことをファーマコフォアフィッティングと呼ぶ。

[用語6] リード化合物 : 創薬標的に対して薬効が認められ、且つ、ある程度の医薬品として適正な物性を有する新薬候補化合物。

[用語7] ChEMBL : 医薬品や候補化合物を含む生理活性分子が集められたデータベース。欧州バイオインフォマティクス研究所によって運営されている。

[用語8] 創薬におけるリード最適化 : 創薬開発の起点となるリード化合物の活性や安全性を高めることを目的として、新しい化学構造を合成展開していくこと。

[用語9] 置換基フラグメント : 化合物のコア骨格に結合する部分構造。

[用語10] フリーウィルソンモデル : 特定の化学構造の有無により、活性を予測する手法。1964年にFreeとWilsonによって提唱された。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
Prediction of an MMP-1 Inhibitor Activity Cliff Using the SAR Matrix Approach and Its Experimental Validation
著者 :
Y. Asawa, A. Yoshimori, J. Bajorath, H. Nakamura *
DOI :

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