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光合成の明反応と暗反応を協調させる仕組みを解明

光合成の高効率化の新手法開発に期待

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公開日:2020.10.22

要点

  • カルシウムにより光合成が制御される仕組みを解明
  • ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を利用したゲノム編集植物を解析
  • 細菌の細胞内共生により植物細胞に導入された代謝制御システムが重要

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の小野すみれ大学院生(研究当時)、鈴木紗絵大学院生(修士課程2年)と増田真二准教授らの研究グループは、摂南大学 農学部の椎名隆教授らの研究グループと共同で、2020年ノーベル化学賞の受賞が決定したCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)[用語1]の技術を用いて、特定の遺伝子を欠損したゲノム編集植物を作出し、それらを解析することで、葉緑体における光合成の明反応[用語2]暗反応[用語3]を協調的に制御する仕組みを明らかにした。

この仕組みは、葉緑体の祖先であるシアノバクテリア[用語4]細胞内共生[用語5]した際に植物細胞に持ち込んだ「緊縮応答」[用語6]と呼ばれる代謝制御機構を、宿主である植物細胞がカルシウムイオンに応答するように改変・進化させたものであることがわかった。

この制御機構を欠損した植物は光合成での生育が遅延した。新たな光合成調節機構の解明は、生物進化における細胞内共生のインパクトを明らかにするだけでなく、光合成効率を高めた植物の開発に直結する。

研究成果は「Plant and Cell Physiology」に10月22日付け(現地時間)で掲載された。

背景と経緯

植物の行う光合成は、光エネルギーを用いて細胞のエネルギー通貨であるアデノシン3リン酸(ATP)および還元力となるニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を作る「明反応」と、ATPとNADPHを用いて二酸化炭素から糖を合成する「暗反応」に分けられる。この2つの反応からなる光合成は、太陽からの光エネルギーを化学エネルギーに変換することで、地球上のほぼすべての生物の活動に必要なエネルギーの根幹を支えている。

光合成を行う植物の葉緑体は、シアノバクテリアと呼ばれる細菌が細胞内共生して誕生したと考えられている(図1)。実際、葉緑体とシアノバクテリアが行う光合成反応はとてもよく似ている。しかし、光合成の調節に関しては両者で違いが見られる。

図1. 細胞内共生で誕生した葉緑体とミトコンドリア

図1. 細胞内共生で誕生した葉緑体とミトコンドリア

(A)葉緑体とミトコンドリアはそれぞれ、シアノバクテリアと紅色細菌(プロテオバクテリアとも呼ばれる)が細胞内共生して誕生したと考えられている。(B)緑色蛍光タンパク質(GFP)で光らせたタマネギ表皮細胞内の葉緑体(タマネギ内では葉緑素を持たないので通常プラスチドと呼ばれる)とミトコンドリア。

原核生物であるシアノバクテリアの場合、光合成の明反応と暗反応に必要な遺伝子は単一のゲノム[用語7]にコードされており、遺伝子発現[用語8]を介して協調的な明反応と暗反応の制御が可能である。一方、植物細胞においては、明反応に関与する遺伝子のいくつかは葉緑体ゲノムに、暗反応の遺伝子の多くは核ゲノムにコードされているため、明反応と暗反応の協調的な制御は、シアノバクテリアに比べ複雑と思われる。しかしその仕組みは明らかではなかった。

研究内容

増田准教授らは「緊縮応答」と呼ばれる遺伝子発現・代謝制御機構に着目した。緊縮応答は飢餓応答・高温ストレスなどに関与する細菌にとって必須の環境応答機構である。細菌の「緊縮応答」では、シグナル伝達物質として機能するグアノシン4リン酸(ppGpp)が様々な環境変動によって合成され、それが遺伝子発現や酵素の活性を制御することで、変動する環境下での生育を可能にしている。例えば、シアノバクテリアでは、ppGppによる光合成遺伝子の発現制御が、明暗を繰り返す条件での生育に必要であることがわかっている。

近年、緊縮応答に関与する遺伝子が植物のゲノムに保存されていることがわかった。その遺伝子は、シアノバクテリアが細胞内共生した際に植物細胞にもたらされたと考えられている。今回、増田准教授らはモデル植物シロイヌナズナを用いて、葉緑体における緊縮応答を調べ、(1)カルシウムイオンの濃度上昇に応じてppGpp合成が活性化すること、(2)その合成を担う酵素を明らかにした。ゲノム編集技術 CRISPR/Cas9により、そのppGpp合成酵素を欠損したシロイヌナズナを作成し、その表現型を調べたところ、その変異体は明暗を繰り返す条件での生育が不全になった。

葉緑体のカルシウムイオン濃度は、明所から暗所に移行した際に上昇することがわかっている。また、カルシウムイオンは、光合成の暗反応に関与する酵素の活性を直接的に阻害することもわかっている。

以上のことから、植物は暗所において葉緑体内のカルシウムイオン濃度を上昇させることで、(1)暗反応を行う酵素の活性阻害、(2)ppGppによる葉緑体ゲノム中の明反応遺伝子の発現抑制、という2つの目的を達成していると考えられる。つまり、植物細胞は細胞内共生時にもたらされた「緊縮応答」を、カルシウムイオンで駆動するシステムに改変することで、明反応と暗反応を協調的制御することが可能になったと考えられる(図2)。

図2. シアノバクテリアと植物におけるppGppを介した光合成の制御機構モデル

図2. シアノバクテリアと植物におけるppGppを介した光合成の制御機構モデル

シアノバクテリアの細胞内共生後、ppGpp合成をカルシウムイオンで制御するようになったと考えられる。

今後の展開

今回の研究により、植物における光合成の明反応と暗反応の協調的な制御機構が明らかとなった。また、植物細胞誕生以降の、光合成調節の進化過程の一端が明らかになった。これを足掛かりに、光合成を高効率に行う植物の開発が進むと思われる。

付記

本研究は、科学研究費助成事業(課題番号19H04719)の支援を受けて実施した。

用語説明

[用語1] CRISPR/Cas9 : もともとは、外来DNAの侵入を防ぐために、特定のDNA配列を認識して切断する微生物の免疫システムとして発見されたが、その特質を利用して、近年、動物や植物のゲノムを任意に改変する技術として発展した。その技術開発の貢献に対して、2020年、2名の女性研究者にノーベル化学賞の受賞が決定した。

[用語2] 明反応 : 通常、チラコイド膜(葉緑体内に配列した膜状構造)上で行われる光合成電子伝達反応を指す。光依存性反応とも呼ばれる。

[用語3] 暗反応 : 明反応で合成されたATPとNADPHを用いて、二酸化炭素から糖を合成する反応を指す。光非依存性反応とも呼ばれる。

[用語4] シアノバクテリア : 光合成を行う細菌の一種。葉緑体はシアノバクテリアが動物細胞に細胞内共生してできた細胞内小器官と考えられている。

[用語5] 細胞内共生(説) : 外界の生物が、細胞内に入り込み、その細胞内の小器官となる(なった)こと。植物細胞の葉緑体はシアノバクテリアが、動植物細胞のミトコンドリアはプロテオバクテリアが細胞内共生したものとする考えは現在定説となっている。

[用語6] 緊縮応答 : 細菌に普遍的に保存された環境応答機構。グアノシン4リン酸(ppGpp)の合成と分解を介して遺伝子発現や代謝関連酵素群の活性が調節される。

[用語7] ゲノム : 遺伝子(DNA)にコードされた遺伝情報全体を指す。

[用語8] 遺伝子発現 : 遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され、RNAからタンパク質が作られる一連の過程を指す。

論文情報

掲載誌 :
Plant and Cell Physiology
論文タイトル :
Plastidial (p)ppGpp synthesis by the Ca2+-dependent RelA-SpoT homolog regulates the adaptation of chloroplast gene expression to darkness in Arabidopsis.
著者 :
Sumire Ono, Sae Suzuki, Doshun Ito, Shota Tagawa, Takashi Shiina, and Shinji Masuda
DOI :

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