研究

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可視光を波長340 nm以下の紫外光に変換する溶液系を開発

効率と光耐久性の向上指針を獲得

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公開日:2020.11.25

要点

  • ある種の有機分子を組み合わせ、可視光を紫外光に変換する溶液系を開発
  • 紫外光を使う光触媒や人工光合成などの光エネルギー利用効率向上に寄与
  • 効率と光耐久性は溶媒に強く依存、そのメカニズム理解と向上指針を獲得

概要

東京工業大学 工学院 機械系の村上陽一准教授と日本化薬株式会社のグループは、2種類の有機分子を組み合わせることにより、可視光を波長320~340 nmの紫外光に変換する溶液系を開発した。同グループが2014年に世界で初めて創出した可視域から波長340 nm以下への「光アップコンバージョン(UC、光の短波長化の操作)」の基本技術を発展させることで実現した。また、UCの効率と光耐久性が用いる溶媒種類に強く依存することを見いだし(効率は最大約10 %)、その支配要因を特定しメカニズムを解明した。一連の成果は、この種の技術の応用展開に必須となる光耐久性および効率の向上指針を初めて明らかにしたものである。

波長の短い紫外光は、「日焼け」などからわかるように、エネルギーの高い光子からなるため、光触媒や人工光合成などの幅広い光エネルギー変換における作用能と有用性が高いが、自然光にはごくわずかしか含まれない。これまで可視域(波長400 nm以上)から紫外域(同以下)へのUCの報告は多く存在したが、より波長の短い340 nm以下へのUCの報告例は極めて少なく、また、より根本的問題として、UC溶液系の効率と光耐久性を支配するメカニズムはこれまで未解明であった。

研究成果は英国王立化学会の学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics(フィジカル・ケミストリー・ケミカル・フィジックス)」に11月11日に掲載された。本論文outerはオープンアクセスで無料公開されている。

背景

光は「光子」というそれ以上分割できない粒からなっており、一つの光子がもつエネルギーは光の波長に反比例する。つまり、紫外光(波長400 nm以下の光)の光子のエネルギーは高く、赤外光の光子のエネルギーは低い(図1)。紫外線では日焼けし、赤外線では日焼けしないことは、このことが理由である。

紫外光は高い作用能をもつため、光触媒や人工光合成[用語1]などにおいて、効果的に目的のエネルギー変換を起こすことができる。つまり、同じエネルギー量の光であっても、紫外光は可視光や赤外光より有用性が高い(図1)。

図1. 光の波長による分類と光子の性質

しかし、自然光の中には紫外光はわずかしか含まれていない。また、発光ダイオード(LED)などの人工光源でも、紫外域LED(特に発光波長340 nm以下のもの)は、可視域のLEDより高コストになる。このため、より身のまわりに豊富に存在し、低コストに発生可能な可視光(波長400 nm以上)を、紫外光に高効率かつ安定的に変換可能になれば、社会の広い範囲で有用な技術となる。

光を短波長化する操作を「光アップコンバージョン(UC)」という。この呼称は、この操作により光子のエネルギーが上昇するためである。今世紀初頭から、2種類の有機分子を組み合わせて行うUC技術[用語2]が研究され始めたが、その大半は可視域におけるUCだった。その後、可視光を紫外光に変換するUCの研究も報告されたが、非常に少ない例を除き、それらは「波長340 nm以上」へのUCの研究であり、より光子のエネルギーが高く用途が広がる「波長340 nm以下へのUC」はほとんど研究されてこなかった。

以下の「研究の経緯」に記載のように、本研究グループは2014年に世界に先駆けて「可視光から波長340 nm以下へUC」を行う技術を発明していた。しかし、そこには光照射に伴う比較的速い試料劣化(光劣化)が伴っており、その原因や対処法も不明だった。

別の問題として、これまでUCの研究分野では試料の光劣化のデータは示されてこず、したがってその議論も行われてこなかった。本技術を社会に有用なものとするためには、この問題点を隠さず、課題を検証し、その支配メカニズムを解明したうえで、光劣化を抑制する指針を見いだすことが必要となっていた。

研究成果

本研究では、様々な溶媒と、そこに溶かすUC機能を与える溶質分子とを変えて探索した結果、ある2種類の有機分子(アクリドン誘導体とナフタレン誘導体[用語3])を組み合わせることで、比較的高い効率(約10 %)と安定性を備えた、可視光を波長340 nm以下の紫外光に変換する溶液系を開発した(図2)。

開発した試料によるUC発光スペクトル(入射光波長:405 nm)。図中の分子は、用いたアクリドン誘導体(右:増感分子)およびナフタレン誘導体(左:発光分子)。

図2. 開発した試料によるUC発光スペクトル(入射光波長:405 nm)。図中の分子は、用いたアクリドン誘導体(右:増感分子)およびナフタレン誘導体(左:発光分子)。

加えて、その溶液系を用いて、UC効率と光劣化耐性が溶媒の種類に強く依存することの支配メカニズムを解明した。これにより、本技術の応用実現に向けて重要な鍵となる「どのように (1) UC効率を高め、 (2) 光劣化を抑制するのか」という従来の未解明点について、一般性の高い指針を得ることに成功した。

具体的に、様々な溶媒を使用して系統的な研究を行った結果、 (1) については、光劣化耐性は「用いる溶媒と溶質のフロンティア軌道[用語4]エネルギーの差」に支配されるという、一般性の高いメカニズムを明らかにした。 (2) については、溶媒の極性[用語5]が、UC機能を担う溶質のエネルギー状態に影響し、それが「分子間のエネルギー移動のしやすさ」に影響するという、UC効率の支配メカニズムを明らかにした。

一連の試料開発と効率および光劣化耐性を支配する各メカニズムの解明は、本技術の応用実現に向けて大きな前進を与えるものである。

研究の経緯

2014年、本研究グループは世界に先駆けて、可視光から「波長340 nmより短波長の紫外光」へのUC材料系を創出した。この成果は同年特許出願され、2015年の国際特許公開outerを経て、現在、国内外で特許が成立している。これは、以前には波長340 nmより長波長側の紫外域へのUCに限られていた当時、新規性の高い画期的発明であった。

しかし、当時の発明成果は比較的速い光劣化をともない、その効率も1%以下程度と限られていた。また、その光耐久性とUC効率は用いる溶媒に強く依存し、この現象の原因が不明であった。すなわち、「どの要因が、どのようなメカニズムによって、試料の効率や光耐久性を支配するのか」を明らかにすることが、本技術の応用展開を進める上でのキーポイントとなっていた。

そこで、本研究グループはこれらの課題解決に取り組み、それらの支配要因とメカニズムを解明、効率も10 %程度まで高めたうえで上記の疑問点を解決した。

今後の展開

今回の成果では、可視光を紫外光に変換する溶液試料系のUC効率と光耐久性の向上に関する普遍的指針を獲得した。日本化薬株式会社との本課題に関する共同研究は2020年3月をもって終了したが、引き続き新たな共同研究や産学連携等を通じて本技術の性能向上と応用展開を進める予定である。

用語説明

[用語1] 光触媒・人工光合成 : 光をエネルギー源として行う物質の変換。光触媒では酸化チタン(安価で安全な半導体)が最も有名で、水の分解による水素発生や有害物質の分解などを行える。人工光合成では、二酸化炭素を有用な炭化水素に変換する研究などが行われている。いずれの場合も入射光としては光子のエネルギーが高い紫外光が必要または有利であり、酸化チタンの場合には波長約385 nmより短波長の紫外光の照射が必要である。

[用語2] 2種類の有機分子を組み合わせて行うUC技術 : 波長の長い入射光を吸収する「増感分子」と、短波長の光を発光する「発光分子」とを組み合わせて行うUC。まず、増感分子が入射光子を吸収して「三重項状態」という寿命の長い励起状態となった後、その励起エネルギーを発光分子に受け渡す。このエネルギーの受け渡しの結果、増感分子は基底状態に戻り、発光分子が三重項状態となる。三重項状態の2個の発光分子が溶液中で出会うと、「三重項-三重項消滅」という過程が起こり、そのうちの片方がよりエネルギーの高い励起状態となる。その励起状態から蛍光光子が放たれることで、入射光より短波長化された光が生成される。詳細は【参考文献】参照。

[用語3] アクリドン誘導体とナフタレン誘導体 : いずれも分子サイズの小さな有機分子で、紫外域へのUCを行うのに適した高い三重項状態エネルギーをもつ分子のグループ。本成果では分子探索の結果、図2に示すアクリドン誘導体を増感分子に、ナフタレン誘導体を発光分子に用いた。

[用語4] フロンティア軌道 : 福井謙一博士が提唱した化学反応における分子軌道に関する概念。特に、電子が入っている軌道の中でエネルギーが一番高い軌道、および、電子が入っていない軌道の中でエネルギーが一番低い軌道のこと。

[用語5] 溶媒の極性 : 分子の形状、構成元素、備える官能基の種類などによって、溶媒分子内の電荷の偏り具合は溶媒の種類によって異なる。分子内で電荷分布の偏りが大きい溶媒を極性溶媒という。溶媒分子の極性は溶媒の誘電率を決める要因の一つとなっている。

論文情報

掲載誌 :
Physical Chemistry Chemical Physics(王立化学会、英国)
論文タイトル :
Visible-to-ultraviolet (<340 nm) photon upconversion by triplet–triplet annihilation in solvents
著者 :
Yoichi Murakami, Ayumu Motooka, Riku Enomoto, Kazuki Niimi, Atsushi Kaiho, and Noriko Kiyoyanagi
DOI :
10.1039/D0CP04923A outer(オープンアクセス)
(対応するプレプリント: arXiv:2009.13227outer

参考文献

村上 陽一,伝熱,vol. 55, pp. 32-40, 2016.(T2R2 東京工業大学リサーチリポジトリ)PDF

本記事は2種類の有機分子を組み合わせて行うUCの原理を解説している。

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