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動物細胞の核膜における核膜孔複合体とラミンの結合の定量解析に成功

心筋症などの遺伝病における細胞病態の解明への一歩

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公開日:2021.02.12

要点

  • 核膜を構成する核膜孔複合体とラミンの結合をコンピュータービジョンで定量解析。
  • ラミンのファイバー構造上での核膜孔複合体の分布を解明するとともに、結合に必要なタンパク質を発見。
  • 心筋症や筋ジストロフィー、早老症などの遺伝病の細胞病態解明につながることを期待。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの志見剛特任准教授は、ノースウエスタン大学(米国)のRobert Goldman(ロバート・ゴールドマン)博士とチューリッヒ大学(スイス)のOhad Medalia(オハド・メダリア)博士らとともに、動物細胞の核膜に存在する核膜孔複合体[用語1]とラミンの結合を定量的に詳しく解析することに成功した。

核構造を維持する核ラミナ[用語2]の構造タンパク質であるラミンは、分子がつながって網目構造をとっている。核-細胞質間の高分子輸送を制御している核膜孔複合体は、この網目構造に挿入されていることがわかっている。しかし核膜孔複合体とラミンの結合については不明な点が多かった。本研究では、最新のクライオ電子線トモグラフィー法[用語3]コンピュータービジョン[用語4]による3次元構造化照明顕微鏡法[用語5]の画像の定量解析を行い、核膜孔複合体がラミンのファイバー構造に沿って分布し、ELYS[用語6]というタンパク質を介してラミンと結合することを明らかにした。

この成果から、核膜孔複合体と核ラミナの構造と機能のよりよい理解と、心筋症、筋ジストロフィー、早老症などラミンの変異を原因とする遺伝病(ラミノパシー)の細胞病態の分子レベルでの解明につながると期待される。

本研究の成果は、2月11日(現地時間)にロックフェラー大学出版会The Journal of Cell Biology オンライン版に掲載された。

背景

動物細胞では、ゲノムDNA全体が核膜に包み込まれることによって細胞質から分かれている。核膜の内側を裏打ちする核ラミナには核構造を維持する役割がある。一方、核膜を貫通する核膜孔複合体は、核-細胞質間における高分子の輸送を調節している。このような特定の機能を果たすために、核ラミナと核膜孔複合体はそれぞれが独自の構造を持っていると考えられる。

核ラミナの主要な構造タンパク質であるラミンは、タイプV中間径フィラメントタンパク質の一種であり、A型ラミン(LA、LC)とB型ラミン(LB1、LB2)からなる。従来、主要な細胞骨格のうち、ラミンフィラメントを含む中間径フィラメント(直径約8~12ナノメートル)は、アクチンが形成するマイクロフィラメント(直径約5~9ナノメートル)よりも太く、チューブリンが形成する微小管(直径約25ナノメートル)よりも細いと考えられていた。しかし近年、東京工業大学の志見剛特任准教授は、ノースウエスタン大学(米国)のRobert Goldman博士とチューリッヒ大学(スイス)のOhad Medalia博士とともに、四量体を形成したラミン分子がつながって、直径約3.5ナノメートルのラミンフィラメントを形成すること、これらのラミンフィラメントが不均一に分布してファイバー構造となり、厚さ約14ナノメートルの網目構造を取ることを明らかにした[参考文献1][参考文献2] 。この予想外の知見は、核膜の基礎研究領域に大きなブレイクスルーをもたらした。

一方、核膜孔複合体は外径約120ナノメートルの筒状構造をとり、約30種類のヌクレオポリン[用語7]から構成される。核膜孔複合体が核ラミナの網目構造の穴に1つずつ挿入されていることはわかっているが、核ラミナを構成するラミンと核膜孔複合体の結合については不明な点が多い。この結合は、核膜孔複合体と核ラミナの構造と機能を理解するために非常に重要であることから、詳しい研究が求められていた。

研究成果

本研究で志見剛特任准教授らは、核ラミナの網目構造の研究でも用いた、最新のクライオ電子線トモグラフィー法とコンピュータービジョンによる3次元構造化照明顕微鏡法によって、核膜孔複合体とラミンの結合を定量解析した。その結果、

1.
核膜孔複合体は、ラミンのファイバー構造に沿って分布していること、
2.
LA/CとLB1を含むファイバー構造が核膜孔複合体の正常な分布に必要であること、
3.
ELYSが核膜孔複合体とラミンのファイバー構造の結合に重要な役割を果たしていること、

を見出した(図1)。

図1. クライオ電子線トモグラフィー法と3次元構造化照明顕微鏡法によって解像した核膜孔複合体とラミンの模式図

図1. クライオ電子線トモグラフィー法と3次元構造化照明顕微鏡法によって解像した核膜孔複合体とラミンの模式図

今後の展開

ラミンと核膜孔複合体の結合は、それぞれの構造と機能に働きかける局所場であり、本研究でこの結合について定量解析をおこなったことは、細胞生理学的な意義が極めて大きいと考えられる。今回の成果は今後、心筋症、筋ジストロフィー、早老症に代表される、ラミンの変異を原因とする遺伝病(ラミノパシー)の分子レベルでの解明につながると期待される。

用語説明

[用語1] 核膜孔複合体 : 核膜を貫通して細胞質-核間の高分子輸送を制御する筒状のチャネル。

[用語2] 核ラミナ : 動物細胞の核膜の内側にある、厚さ約14ナノメートルの網状構造。核ラミナを構成するV型中間径フィラメントタンパク質をラミンと呼ぶ。

[用語3] クライオ電子線トモグラフィー法 : 極低温で凍結して薄く加工した試料を電子線の照射によって撮影・取得した2次元連続画像から3次元構造を再構築する方法。数ナノメートルの分解能で細胞の構造を解像できる。

[用語4] コンピュータービジョン : コンピューターにデジタル画像を機械学習させる研究分野。

[用語5] 3次元構造化照明顕微鏡法 : 光の回折限界を超えた分解能を持つ超解像顕微鏡を使用して試料を撮影する方法の一つ。百ナノメートル程度の分解能で細胞の構造を解像できる。

[用語6] ELYS : 核膜孔複合体を構成するヌクレオポリンの一つ。

[用語7] ヌクレオポリン : 核膜孔複合体を構成するタンパク質のファミリー。

参考文献

[1] Shimi et al., Mol Biol Cell 2015

[2] Turgay at al., Nature 2017

論文情報

掲載誌 :
The Journal of Cell Biology
論文タイトル :
Computational analyses reveal spatial relationships between nuclear pore complexes and specific lamins
著者 :
Mark Kittisopikul*, Takeshi Shimi*, Meltem Tatli, Joseph R. Tran, Yixian Zheng, Ohad Medalia, Khuloud Jaqaman, Stephen A. Adam, Robert D. Goldman (* equal contribution)
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター

特任准教授 志見剛

E-mail : shimi.t.aa@m.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742(内線5742)

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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