東工大ニュース

ぬか漬けたくあんを作る発酵微生物とおいしさのひみつ

地域の気候を反映した製法の違いが与える多様性

RSS

公開日:2021.01.27

要点

  • 秋田と愛知のたくあんの独自の製法が発酵微生物や成分に与える影響を解析
  • 製法の違いが発酵微生物の種類や多様性に影響
  • 塩を好む微生物が漬け込み中にグルタミン酸を生成している可能性

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授らは、株式会社ぐるなびとの共同研究において、寒冷な豪雪地域である秋田のたくあんと、温暖で日照時間の長い愛知のたくあんを比較し、製法や製造環境の違いが発酵微生物や成分にどのような影響を与えているかを明らかにした。

発酵漬物に含まれる発酵微生物は一般的に、数種類の微生物が全体の大部分を占めている。実際に愛知のたくあんでは3属の微生物が50%以上を占めていたが、秋田のたくあんでは微生物の多様性が高かった。これは秋田での製造環境や製法の特徴によって、漬け込み前の微生物の多様性が維持された結果だと考えられる。

一方、愛知のたくあんでは、高塩環境を好む微生物がうま味成分であるグルタミン酸を生成している可能性が初めて示唆された。この結果は、伝統的な「塩で漬ける」製法にこれまで知られていなかった役割がある可能性を示すものであり、さらには、新たなアミノ酸発酵菌の探索の足がかりとなることが期待される。

この研究内容は2021年1月19日に英国の科学誌「Scientific Reports」誌にオンラインで掲載された。

背景と経緯

東京工業大学と株式会社ぐるなびは、日本の食文化を支える発酵をテーマとした共同研究を2016年より行なっている。発酵過程や発酵に関わる微生物を科学的に解析することで、日本の食が持つ新たな価値を発見し、和食のさらなるブランドアップにつなげることを目的としている。

日本各地には特色のある漬物があり、その製法はその土地の気候や風土を反映したものが多い。製法の違いは漬け込み工程で働く微生物に違いを与え、最終的には漬物の味や香りに影響を与えると考えられる。本研究では、地場野菜を使い伝統的な手法で漬け込む、ぬかを利用したたくあんを対象とし、製法が大きく異なる秋田のいぶりたくあんと愛知の渥美たくあんを比較した。サンプルは両県で製造を行うメーカーの協力により入手した。いぶりたくあんと渥美たくあんでは、原料の乾燥方法が前者は燻蒸、後者は天日干しという違いがあるほか、漬け込み時の気温や塩濃度も大きく異なるなど、製法にそれぞれ特徴がある。

研究成果

秋田のたくあんと愛知のたくあんについて、原料となるダイコンを比較したところ、産地や乾燥方法によって、ダイコン表面の微生物群集[用語1]に統計的に有意な差は検出されなかった。また、使用するぬかの微生物群集にも差はなかった。しかしながら、漬け上がり後のぬかやたくあん表面の微生物群集には有意な差が見られた。秋田のたくあんでは多くの種類の微生物が検出された。一方、愛知のたくあんでは乳酸菌(Lactobacillus)と好塩細菌(Halomonas, Halanaerobium)が高い割合で検出され、これら3属で50%以上を占めていた(図1)。

図1. 各サンプルから得られた微生物属が占める割合。斜線部分の微生物属は乳酸菌を表している。

図1. 各サンプルから得られた微生物属が占める割合。斜線部分の微生物属は乳酸菌を表している。

漬け上がり後のたくあんに含まれるアミノ酸や有機酸の濃度を分析すると、秋田のたくあんでは原料のダイコンとほぼ同じ値であったのに対し、愛知のたくあんでは乳酸とグルタミン酸の濃度が顕著に上昇していた(図2)。この違いは、図1で示した微生物群集の違いによって生じたと考えられる。

図2. 解析したアミノ酸と有機酸の濃度。Lac(乳酸)とGlu(グルタミン酸)に大きな違いがあった。

図2. 解析したアミノ酸と有機酸の濃度。Lac(乳酸)とGlu(グルタミン酸)に大きな違いがあった。

こうした発酵微生物や成分の違いを生み出した要因としては、気温が低く、微生物の活動が抑えられる秋田の気候では、特定の成分が増えるような活発な発酵は起こらない反面、原料のダイコンに存在していた様々な微生物がそのまま生き残ることができると考えられた。アミノ酸や有機酸などの成分も同様に、原料のダイコンの状態をほぼ維持していることは、秋田のたくあんの特色として大変興味深い。一方、比較的温暖で微生物の活動が活発な愛知の気候では、乳酸菌による乳酸発酵のほか、塩を好む微生物(好塩細菌)によるグルタミン酸生産が起こっている可能性が統計的なデータ解析から示唆された。これまで漬物製造におけるアミノ酸生産菌として好塩細菌が報告された例はないが、先人たちが編み出した伝統的な製法が、好塩細菌が活動しやすい環境を整え、グルタミン酸生産を促し、たくあんのうま味を強めていた可能性がある。

今後の展開

本研究では、秋田と愛知の気候や風土に根付いた伝統的な漬物の製法や製造環境が、両地域の漬物の特色を生み出していることを科学的に示すことができた。今回の成果は、秋田や愛知だけでなく、他の地域が守り育ててきた漬物の価値や製法の役割の再評価にもつながることが期待される。

さらに本研究で好塩性のグルタミン酸生産菌の存在が示唆されたことから、今後、漬物からこの微生物を取得すれば、高塩濃度の原料を有効活用する、新たなアミノ酸生産菌の研究開発につなげることができる。

用語説明

[用語1] 微生物群集 : ある場所に存在する微生物の全体をさす。

論文情報

掲載誌 :
Scientific Reports
論文タイトル :
The relationships between microbiota and the amino acids and organic acids in commercial vegetable pickle fermented in rice-bran beds
著者 :
澤田和典1 、小谷野仁2 、山本希2 、山田拓司2
所属 :

1株式会社ぐるなび イノベーション事業部

2東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

DOI :

生命理工学院

生命理工学院 ―複雑で多様な生命現象を解明―
2016年4月に発足した生命理工学院について紹介します。

生命理工学院

学院・系及びリベラルアーツ研究教育院outer

お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 山田拓司

E-mail : takuji@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3591

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

RSS