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消滅核種ニオブ92の太陽系初生存在度の決定

隕石の微小鉱物が記録する太陽系形成前後の元素・物質進化

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公開日:2021.03.05

要点

  • 隕石の分析から消滅核種ニオブ92の太陽系形成時の存在度を高精度に決定
  • 初期太陽系の惑星物質の進化に対して精度の良い年代測定が可能に
  • 超新星爆発時の元素合成プロセスの解明に繋がる

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の羽場麻希子助教、国立極地研究所の山口亮准教授、スイス連邦工科大学のYi-Jen Lai(イージェン・ライ)博士、Jörn-Frederik Wotzlaw(ヨーン・フレデリック・ウォズロー)博士、Maria Schönbächler(マリア・シューンバヒャラー)教授、ハンガリー・コンコリー天文台のMaria Lugaro(マリア・ルガロ)上席主任研究官の研究チームは、約46億年前の太陽系形成時におけるニオブ92(92Nb)の存在度(安定同位体93Nbに対する割合)を高精度に決定した。

92Nbは放射性核種であり、半減期3,700万年でジルコニウム92(92Zr)へ壊変する。92Nbは初期太陽系には存在したが、現在までに壊変し尽くした消滅核種であり、その痕跡は92Zrの過剰として隕石に記録されている。太陽系形成時における92Nbの存在度の決定は、太陽系形成前後の元素・物質進化を探る上で重要である。しかし、隕石中の92Zrの過剰が非常に小さいため、92Nbの存在度を精度良く見積もることは困難だった。

研究チームは初期太陽系で92Nbを多量に取り込んだ鉱物を隕石から発見し、92Zrの過剰を検出することで、太陽系形成時における92Nbの存在度を高精度に決定した。この決定により、92Nb–92Zr放射壊変系を利用した地球外物質のより精度の良い年代測定が可能になった。また太陽系の92Nbを生成した元素合成に関し、2つのタイプの超新星爆発[用語1]が関与したことが明らかになった。

研究成果は2月23日(米国時間)公開の「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」電子版に掲載された。

図1. 本研究のイメージ図

図1. 本研究のイメージ図

隕石を用いて消滅核種ニオブ92の太陽系形成時の存在度を決定し、太陽系形成前後の元素・物質進化過程を解明する

背景

太陽系は今から約46億年前にガスや塵からなる分子雲から誕生した。その後の約1億年の間に、惑星物質は衝突・破壊・合体を繰り返し、微惑星、原始惑星への成長を経て、地球の形成に至ったと考えられている。このような惑星物質のダイナミックな進化が起こった初期太陽系は太陽系の成り立ちを理解するうえで最も重要な時期であると言える。

火星と木星軌道の間の小惑星帯には、惑星に成長できなかった微惑星や原始惑星[用語2]が生き残っており、その多くが形成時の状態を保持している。そのため、小惑星帯から飛来した隕石を分析することで、初期太陽系の情報を手に入れることができる。また、近年の同位体分析技術の発達により、隕石の分析を通して、太陽系誕生以前の元素合成の段階までアクセスすることが可能になってきた。このような研究で鍵を握るのが、消滅核種と呼ばれる放射性核種の存在である。

消滅核種は半減期10万年~1億年の放射性核種であり、太陽系形成初期に存在していた核種のことを言う。消滅核種は現在の太陽系には存在しないが、消滅核種が壊変してできた娘核種を検出することで、隕石形成時における存在度を見積ることが可能である。

図2. 隕石における消滅核種92Nbの放射壊変に関する概念図

図2. 隕石における消滅核種92Nbの放射壊変に関する概念図

消滅核種の1つである質量数92のニオブ(92Nb)は半減期3,700万年で安定核種である質量数92のジルコニウム(92Zr)へ壊変する(図2)。92Nbは超新星爆発の際に起こるp過程[用語3]によって生成される。そのため、太陽系形成時における92Nbの存在度を決定することができれば、92Nbの元素合成モデルと併せることで、92Nbを生成した最後の超新星爆発から太陽系形成までの期間を見積もることが可能になる(図3)。

また、ある隕石中の92Nbの存在度を見積もることで、その隕石母天体である微惑星や原始惑星の形成年代を導くことが可能になる。しかし、隕石中における92Nb由来の92Zrの過剰が非常に小さいため、従来の研究では92Nb初生存在度を精度良く見積もることは困難だった。

図3. 消滅核種92Nbの太陽系形成前後における存在度の変化

図3. 消滅核種92Nbの太陽系形成前後における存在度の変化

92Nbは最後の超新星爆発の後、放射壊変により半減期に応じて一定の割合で減少する

研究の着眼点と手法

92Nb初生存在度を決定するためには、まず隕石の形成年代と形成時における92Nb存在度を実際の隕石を分析して求める必要がある。これらの値と92Nbの半減期を用いて、計算から92Nb初生存在度を導く。

より精度の良い92Nb初生存在度を得るためには、初期太陽系において92Nbを多量に取り込んだ鉱物を特定し、分析することが重要になる。隕石構成鉱物の中で、この条件に合致するのがチタン鉱物のルチル(TiO2)(金紅石とも呼ばれる)である。しかし、隕石中のルチルは直径が0.1 mm以下と非常に小さく、ごくわずかにしか存在しないため、従来の研究では分析が困難とされてきた。

本研究では、ルチルがわずかに存在するメソシデライトという隕石に注目した。メソシデライト隕石は小惑星ベスタ[用語4]における45.25億年前の大規模衝突によって中心の金属核と表層の岩石が混合し形成したと考えられている(太陽系初期における原始惑星の巨大衝突|東工大ニュース)。メソシデライト隕石中のルチルの鉱物学的特徴および化学組成から、これらのルチルは小惑星ベスタにおける大規模衝突の際に形成し、Nbを多量に取り込んだことが明らかになった。

従って、メソシデライト隕石のルチルには92Nb由来の92Zrの大きな過剰が記録されているはずであり、ルチル形成時における92Nb存在度を精度良く決定することが可能であると考えた。そこで本研究ではメソシデライト隕石から効率良くルチルを分離する手法を確立し、回収したルチルのNb/Zr比およびZr同位体比を分析した(図4)。

研究成果

分析した4種類のメソシデライト隕石[用語5]のルチルで、Nb/Zr比に応じた92Zrの過剰が検出された(図4)。これらの92Zrの過剰はルチルが形成時に92Nbを取り込んだことを示している。また、図4でルチルのデータが一直線上に並ぶことは、分析したメソシデライト隕石のルチルが同じタイミング、つまり小惑星ベスタでの大規模衝突の際に形成したことを示している。これらの結果から、45.25億年前の92Nb存在度を得ることができたため、計算により92Nb初生存在度を決定することが可能になった。

図4. メソシデライト隕石のルチルで観測された消滅核種92Nbの痕跡

図4. メソシデライト隕石のルチルで観測された消滅核種92Nbの痕跡

現在のルチルには92Nb由来の92Zrが蓄積されている。本研究では、メソシデライト隕石の微小鉱物ジルコンについても同様の分析を行った。ジルコンはNbをほとんど取り込まないため、形成した当時の92Zr/90Zr比を保持している。

本研究で得られた92Nb初生存在度は92Nb/93Nb = (1.66 ± 0.10) × 10-5であり、従来の見積もりと比べ、精度が6倍も向上した。92Nb初生存在度が高精度に決定されたことにより、まず92Nb–92Zr年代測定法が利用可能となる。この年代測定法は初期太陽系の微惑星や原始惑星の進化に対して高精度の年代軸を与えると期待される。

次に、92Nb初生存在度とIa型超新星爆発[用語6]における92Nbの元素合成モデルの比較から、最後の超新星爆発から太陽系誕生までの期間を見積もった。その結果、92Nbから見積もられた期間は540万年以下であり、p過程で生成されるもう一つの消滅核種サマリウム146(146Sm)から見積もられた期間より圧倒的に短いことが判明した。

この原因は、146SmがIa型超新星爆発で生成されたのに対し、92NbはIa型超新星爆発に加え、II型超新星爆発[用語7]でも生成されたためであると考えられる。p過程に関しては、質量数100あたりの核種を境に、超新星爆発での元素合成メカニズムが異なることが理論計算から指摘されていた。今回、92Nb初生存在度を高精度に決定することで、隕石の研究から太陽系形成以前のp過程元素合成に対し強い制約を与えることに成功した。

今後の展開

本研究では92Nb初生存在度を高精度に決定することに成功した。今後は、92Nb–92Zr年代測定法を各種隕石や探査機による回収試料に適応し、初期太陽系の惑星物質の進化に対して精度の良いタイムスケールを提供することを試みる。また、理論計算による元素合成モデルの進展とともに、今後p過程元素合成に関する理解が進むことが期待される。

用語説明

[用語1] 超新星爆発 : 大質量の恒星がその最後に起こす大規模な爆発現象。宇宙における元素合成の中で、鉄より重い元素の生成に関与している。

[用語2] 微惑星や原始惑星 : 微惑星は原始太陽のまわりに存在したガス円盤中のダストが集まりkmサイズに成長した小天体である。大部分の微惑星はさらに衝突・合体を繰り返し千kmサイズの原始惑星に成長する。

[用語3] p過程 : 鉄より重い元素を生成する元素合成の一種。陽子過剰の核種を生成するプロセスであり、超新星爆発の際に起こると考えられている。

[用語4] 小惑星ベスタ : 木星と火星軌道に散らばる小惑星帯に存在し、平均直径が525 kmである小惑星。小惑星帯では準惑星ケレス(平均直径950 km)の次に大きく、地殻・マントル・金属コアの層構造を持つ地球型天体である。

[用語5] 4種類のメソシデライト隕石 : 本研究に使用した隕石は、Vaca Muerta, NWA 1242, Estherville, Asuka (A) -882023である。Vaca Muertaはチリ、NWA 1242はアフリカ北部の砂漠地帯、Esthervilleはアメリカで採集された。A-882023は、第29次南極地域観測隊により採集された隕石である。

[用語6] Ia型超新星爆発 : 白色矮星と伴星との連星系において、白色矮星の暴走的な核融合反応によって起こる超新星爆発。

[用語7] II型超新星爆発 : 太陽の8倍以上の質量を持つ大質量星において、鉄の中心核が重力崩壊を起こし、生じた衝撃波により星外層が吹き飛ばされることで起こる超新星爆発。

論文情報

掲載誌 :
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル :
Precise initial abundance of Niobium-92 in the Solar System and implications for p-process nucleosynthesis(太陽系のニオブ92の高精度初生存在度とp過程元素合成への制約)
著者 :
Makiko K. Haba, Yi-Jen Lai, Jörn-Frederik Wotzlaw, Akira Yamaguchi, Maria Lugaro, Maria Schönbächler
DOI :

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