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フォークボールの落ちる謎をスパコンで解明

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公開日:2021.03.25

要点

  • フォークボールの落ちる理由が「負のマグヌス効果」であることを初めて解明。
  • 投げた直後の球速、回転速度、回転軸(ボールの縫い目)が分かれば、その後のボールの軌道が予測可能に。

概要

東京工業大学 学術国際情報センターの青木尊之教授を研究代表者とする東工大・九州大・慶應大の共同研究チームは、令和2年度に採択されたHPCI[用語1]システム利用研究課題「回転するハイスピード野球ボールの空力解析」を同センターのスパコンTSUBAME3.0[用語2]にて、野球ボールを縫い目の回転まで詳細に計算する数値流体シミュレーション[用語3]を実施した。その結果、ツーシーム[用語4a]回転のボールでは、縫い目のある範囲の角度において「負のマグヌス効果[用語5]」が発生し、低速回転のツーシームであるフォークボールを落下させる大きな要因となることを初めて見出した。時速151 kmの球速と1,100 rpm(1分間の回転数)のツーシームとフォーシーム[用語4b]を比較し、同じ球速と回転数にもかかわらず縫い目の違いだけで打者の手元での落差が19 cmも違うことが明らかになった。

フォークボールはバックスピンの回転をしているため、マグヌス効果により浮き上がる軌道になるはずであるが、ほとんど浮き上がらず放物線に近い軌道を取ることが知られており、その理由は謎のままであった。

滑らかな球に対しては、実測でもシミュレーションでも特定の条件が揃ったときに「負のマグヌス効果」という下向きに働く力が確認されていたが、縫い目のある野球ボールでは「ない」と思われてきた。また、高速度カメラによる計測では軌道や球速の変化を測定することはできるが、ボールのどの部分にどのような空力を受けるのか、さらにその時間変化までは分からなかった。

本研究成果は2020年11月に開催された「日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2020」にて発表された内容を基に、その後得られた有力なデータを加えて発表するものである。

負のマグヌス効果が発生しているときのスナップショット

負のマグヌス効果が発生しているときのスナップショット

背景

プロ野球やメジャーリーグでは、投手がフォークボールやスプリットと呼ばれる変化球をしばしば決め球として使っている。打者の手元でボールが急激に落下するように感じ、打たれ難いボールとして知られている。最近は計測技術も進歩し、球速、回転数、ボールの軌道まで詳細に分かるようになってきた。バックスピンのフォーシームであるストレートはマグヌス効果により自然落下の放物線軌道よりもホップするが、同じバックスピンにも関わらずツーシームのフォークボールは放物線軌道に近く、「なぜフォーシームより落ちるのか?」という謎は解明されていない。

高速度カメラによる計測ではボールのどの部分にどのような空力を受けるのか、さらにその時間変化を測定することはできない。これまで、回転する球に対しては数値シミュレーションが行われていたが、回転する(縫い目のある)野球ボールに対しては、数値シミュレーションが行われていなかった。

フォークボールやスプリットは投手が人差し指と中指でボールを挟んで投げ、ボールの縫い目の回転はツーシームとなり、ストレート(直球)のフォーシームの回転と異なる。プロ野球やメジャーリーグの投手の投げるボールの球速は時速150kmに達し、ストレートは約2,000 rpm(1分間に2,000回転)を超える高速回転のフォーシームであるのに対し、フォークボールやスプリットは約1,000 rpm程度の低速回転のツーシームである。これらはボールの進行方向に対してバックスピンの回転になっているため、通常であればボールは回転により浮き上がる力(揚力)を受ける。これは回転する変化球としてよく知られるカーブが曲がる原理の「マグヌス効果」である。

研究の経緯

青木教授を研究代表者とするチームは、令和2年度に採択されたHPCIシステム利用研究課題「回転するハイスピード野球ボールの空力解析」を東工大 学術国際情報センターのスパコンTSUBAME3.0を用いて研究を進め、回転しながら高速で飛翔する野球ボールに対し、縫い目まで詳細に計算する数値流体シミュレーションを実施した。野球ボールの空力解析には高解像度の計算格子[用語6]を使う必要があり、ボールの表面近傍と後流に高解像度格子を効率よく配置できるようになったことと、移動する縫い目に対して精度の良い境界条件を設定できるようになったことが今回の数値シミュレーションの実現に大きく寄与している。

研究成果

縫い目がツーシームのバックスピンする低速回転のフォークボールに対して、スパコンTSUBAME3.0を用いた数値流体シミュレーションを行った結果、低速回転で上向きの揚力が弱いために放物線軌道に近づくのではなく、下向きの力「負のマグヌス効果」が縫い目の角度が-30度から90度の範囲で発生することにより軌道が下がることを初めて見出した(図1)。また、同じ球速と回転数のフォーシームでは「負のマグヌス効果」が発生しないことも見出した。

図1. ツーシーム回転のボールの縦方向に働く力

図1. ツーシーム回転のボールの縦方向に働く力

さらに投手がボールをリリースした直後の球速・回転速度・回転軸が分かれば、その後のボールの軌道を精度よく再現できることも分かった。球速が時速150 km、回転数が1,100 rpmのツーシームとフォーシームでは、縫い目が違うだけで打者の手元でのボールの落差が19 cmも異なることが明らかになった(図2)。

図2. 縫い目と回転数に応じたボールの軌道の違い

図2. 縫い目と回転数に応じたボールの軌道の違い

福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大投手のフォークボールは落差が非常に大きいことで有名であるが、その縫い目の回転はツーシームでなくジャイロ回転[用語7]と言われている。これに対してもシミュレーションを実行した結果、1,100 rpm のツーシームよりさらに軌道の落差が大きいことが分かった。

今後の展開

野球ボール以外にも、無回転のサッカーボールやバレーボールの軌道の変化や、空力が強く影響するウィンター・スポーツなどにおいて、スパコンによる空力解析を戦術に取り入れることが期待できる。また、本数値シミュレーションはさまざまな産業応用も可能である。

共同研究チームの主要メンバー

  • 東京工業大学 学術国際情報センター 教授 青木尊之
  • 東京工業大学 工学院機械系 修士課程2年 大橋遼河
  • 九州大学 応用力学研究所 助教 渡辺勢也
  • 慶應義塾大学 法学部 教授 小林宏充

用語説明

[用語1] HPCI : 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)。富岳を中核として国内の大学や研究機関の計算機システムやストレージを高速ネットワークで結ぶことにより、全国のHPCリソースを全国の幅広いユーザーが効率よく利用できる科学技術計算環境。
本研究の課題は下記に該当する。
令和2年度HPCIシステム利用研究課題募集 選定課題 hp200070 課題選定の結果|HPCI(External site)

[用語2] スパコンTSUBAME3.0 : 東工大 学術国際情報センターが運用するスパコンで、2,160個のGPUを搭載し、12.15ペタフロップスのピーク演算性能を持つ。最先端の研究教育の基盤として、広く学内外に計算資源を提供しており、また、産業利用にも大きく貢献している

[用語3] 数値流体シミュレーション : 偏微分方程式である流体方程式を離散化して四則演算で近似し、コンピュータで数値的に解を求めることにより、流体現象をコンピュータ上で再現する。数値流体力学ともいわれる。

[用語4a] ツーシームとフォーシーム : 打者から見たときのボールの縫い目(回転)を指す。ツーシームは、ボールの1回転中に縫い目が2本しか見えない回転のボール(図3)。フォークボールやスプリットなどの縫い目の回転はツーシームになっていて、軌道が変化し易いボールとして知られている。

図3. ツーシームの回転

図3. ツーシームの回転

図3. ツーシームの回転

対してフォーシームは、打者から見ると、ボールの1回転中に縫い目が4本見える回転のボール(図4)。ストレート(直球)などの縫い目の回転はフォーシームになっていて、軌道が素直で回転が速いと浮き上がる感じがするボールとして知られている。

図4. フォーシームの回転

図4. フォーシームの回転

図4. フォーシームの回転

[用語4b] フォーシーム : [用語4a]を参照のこと。

[用語5] マグヌス効果 : 図5のように回転している球に流れが当たる(球が回転しながら移動する)と、境界層という物体表面にできる薄い層が球の前面と側面では表面に付着しながら流れる。球の上面の速度は流れの向きと同じであるため球から見ると流れが遅くなっており、境界層の剥離位置は下流側に後退する。一方、下面では球表面の速度が流れに対向しているために境界層の剥離位置が上流側に移動し、球を通り過ぎた流れは右下向きになる。このことにより上面の方が球に沿って流れる範囲が広がるために圧力が低下し、流れと垂直方向の揚力が発生する。回転している変化球のカーブが曲がる原理である。

図5. 回転する物体に働くマグヌス効果の模式図

図5. 回転する物体に働くマグヌス効果の模式図

図5. 回転する物体に働くマグヌス効果の模式図

一方、ボールの球速(風速)が速くなり、境界層が乱流になると球表面に対する相対速度が速い方が表面に付着し易くなり、図6のように上面では境界層剥離が上流に移動し、下面では下流に移動する。その結果、球を通り過ぎた流れは右上向きとなり、特定の回転数のときに下向きの力(負のマグヌス効果)が発生する。

図6. 回転する物体に働く負のマグヌス効果の模式図

図6. 回転する物体に働く負のマグヌス効果の模式図

図6. 回転する物体に働く負のマグヌス効果の模式図

[用語6] 計算格子 : 流体方程式を離散化して計算するために空間を格子状に分割したもの。1つの格子はセルとも呼ばれ、格子点上またはセルの中心などで流速や流体の圧力が計算される。

[用語7] ジャイロ回転 : ボールの進行方向に対して回転軸が一致するような回転。ライフル弾なども同じ回転をしている。

図7. ジャイロボールの回転

図7. ジャイロボールの回転

図7. ジャイロボールの回転

学会発表

学会名 :
日本機械学会 シンポジウム:
スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2020
発表タイトル :
野球における変化球の軌道再現に向けた数値シミュレーション
発表者 :
大橋遼河、渡辺勢也、青木尊之

お問い合わせ先

東京工業大学 学術国際情報センター

教授 青木尊之

E-mail : taoki@gsic.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3667

九州大学 応用力学研究所

助教 渡辺勢也

E-mail : swatanabe@riam.kyushu-u.ac.jp
Tel : 092-583-7748

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

3月26日 10:35 図のキャプションを修正しました。

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