東工大ニュース
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公開日:2021.04.13
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授らは、株式会社ぐるなびとの共同研究で、地域を越えて共通する、野菜を塩漬けした際に起こる微生物群集[用語1]と成分の変化を明らかにした。塩漬けの目的には野菜の脱水・軟化(前処理)、不要な微生物の抑制と乳酸菌による乳酸発酵の両立(乳酸発酵)、野菜の長期保存(塩蔵)の3つがあり、それぞれの漬け込み条件は異なる。
これらの条件違いによって生まれる微生物群集と成分の差を、日本三大菜漬である野沢菜漬、広島菜漬、高菜漬を題材とし、漬物メーカーの協力を得て分析を行った。乳酸発酵工程についてはこれまで多数の研究が行われており、乳酸菌群が優占的になり、乳酸が生成されることが知られている。
本研究は前処理と塩蔵の2条件に着目して研究を実施。前処理は乳酸発酵と同程度の塩濃度で行われるが、期間が短い。そのため嫌気度[用語2]が低く乳酸菌群が優勢だが、好気性細菌[用語3]が多く検出された。成分は野菜と比較して大きな違いはなかった。一方、塩蔵は乳酸発酵と同様に長期間漬け込むが、塩濃度が高い。そのため、乳酸菌だけでなく好塩性細菌[用語4]も比較的大きな割合を占めていた。いくつかの成分で有意な増加が見られ、特に分枝アミノ酸[用語5]であるイソロイシン、ロイシン、バリンの増加については、好塩性細菌であるHalanaerobium属が持つ分枝アミノ酸生合成経路[用語6]中の鍵酵素の特徴が重要な役割を果たしていることが推察された。
今回の知見はより良い漬物生産に活かされるとともに好塩性細菌の応用可能性をさらに広げると期待される。
この研究内容は2021年4月6日に英国・米国の科学誌「PeerJ」誌にオンラインで掲載された。
東京工業大学と株式会社ぐるなびは、「日本の食文化を支える発酵」をテーマに2016年から共同研究を行なっている。発酵過程や発酵に関わる微生物を科学的に解析することで日本の食が持つ新たな価値を発見し、和食のさらなるブランドアップにつなげることを目的としている
塩を使って野菜を加工する技術は古代エジプト、メソポタミア、ローマでも行われていたといわれ、現代に至るまで重要な技術として受け継がれてきた。塩を使う目的は野菜の脱水や軟化(前処理工程)、不要な微生物の活動の抑制と乳酸菌による乳酸発酵の両立(乳酸発酵)、野菜の長期保存(塩蔵工程)がある。
この中で乳酸発酵は日本を含めて世界中で研究が行われてきた。ザワークラウトやきゅうりのピクルス、キムチといった乳酸発酵を利用した漬物の製造工程における微生物群集の変化や成分の変化が明らかにされている。いずれの場合もLeuconostoc mesenteroidesやLactobacillus plantarumといった乳酸菌が働き、乳酸が生成されることが知られている。一方で、前処理工程や塩蔵工程の微生物群集の変化や成分変化については研究が行われておらず、古くから行われている技術でありながら、それによって起こる現象については明らかになっていない。
そこで、日本三大菜漬である野沢菜漬、広島菜漬、高菜漬の製法に着目し、前処理工程や塩蔵工程でどのような微生物群集の変化や成分の変化が起こるのかを明らかにすることを目的として研究を行なった。地域を超えて働くメカニズムを知ることで、より良い漬物製造に資する知見を得ることが期待される。
アブラナ科の葉物野菜である長野の野沢菜、広島の広島菜、福岡の高菜で作られた漬物を題材とした。漬物メーカーから提供を受けたサンプルを、製造工程に基づいて原料(I)、前処理(P)、塩蔵(S)の3グループに分け、比較を行なった(図1)。原料野菜には多種多様な微生物群が存在するが、5日間、5%程度の塩濃度(いずれもグループの平均値)で漬けた前処理グループでは乳酸菌が増える一方、好気性の微生物属も存在していた。
前処理工程と同程度の塩濃度で行う乳酸発酵工程では、数日の間に乳酸菌が占優することが知られている。前処理工程では乳酸発酵ほど嫌気度が必要とされないことから、このような違いが生まれたと考えられた。5ヵ月間、18%程度の塩濃度(いずれもグループの平均値)で漬けた塩蔵グループでは好塩性細菌と乳酸菌が多数を占めていた。高い塩濃度が乳酸菌の占優を妨げ、好塩性細菌が割合を増やしたと考えられる。
各工程のサンプルに含まれるアミノ酸と有機酸の24成分について定量を行なったところ、原料野菜と前処理工程間で成分濃度に有意な差があったものは2成分のみだった。前処理によって成分変化はほとんど起こらなかったと考えられる。
一方、原料野菜と塩蔵工程間で成分濃度に有意な差があったものは9成分あり、その中で前処理工程と塩蔵工程間でも有意な差があったものは5成分(イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、乳酸)だった。このうちフェニルアラニンを除く4成分はピルビン酸を前駆体とするアミノ酸・有機酸であることが知られており、塩蔵工程の微生物群集はピルビン酸周辺の代謝経路に影響を与えている可能性が考えられた。また乳酸が多く含まれていたことから、漬け込み環境は嫌気度が高い状態であることが推測された。
濃度に有意な差があった成分のうち、アミノ酸であるイソロイシン、ロイシン、バリン (分枝アミノ酸、以下BCAA) は生合成経路を一部共有している。そこで、これらのアミノ酸の代謝経路について微生物群集中の存在比をデータ解析 (Picrust解析[用語7])で検討したところ、塩蔵工程と他の工程間で顕著な差はなかった。
このことから、BCAA濃度の有意な差は代謝経路の量的な違いではなく、質的な違いによることが推測された。これらの代謝経路がどの微生物属によって担われているかを調べたところ、塩蔵工程では全ての経路においてHalanaerobium属による寄与が最も高くなった。
BCAAが塩蔵環境で生成された理由を推定するため、生合成量を調節する重要な役割を果たす鍵酵素、ketol-acid reductoisomerase (KARI)の補酵素の基質特異性[用語8]について検討した。一般にKARIはNADPH[用語9]を補酵素とするが、特殊な環境を好む微生物の中にはNADH[用語10]を補酵素とするものがあり、KARIのアミノ酸配列に特徴があることが知られている。
すでに公開されているHalanaerobium congolensのKARIのアミノ酸配列を調べたところ、NADHを補酵素とする可能性が示唆された。このことから、嫌気環境中においてNADHを再酸化するためにピルビン酸から乳酸が生成されるのと同様に、Halanaerobium属の微生物中ではBCAAを生合成してNADHを再酸化することができるため、Halanaerobium属の割合が多い塩蔵環境中でBCAAの濃度が高くなったことが推測された。
古来行われている「野菜を塩で漬ける」という加工によって、野菜を取り巻く微生物群集がどのように変化し、成分にどのような影響を与えるのか、これまで十分に研究が行われてこなかった前処理や塩蔵の工程に関する知見はより良い漬物製造に生かされると期待できる。
さらには、好塩性のBCAA生産菌の存在が示唆されたことから、漬物からこの微生物を取得し、高塩濃度の原料を有効活用する、新たなアミノ酸生産菌の研究開発につなげることができる。
用語説明
[用語1] 微生物群集 : ある場所に存在する微生物の全体をさす。
[用語2] 嫌気度 : 酸素が存在していない度合い。
[用語3] 好気性細菌 : 酸素がある環境で活発に生育する細菌。
[用語4] 好塩性細菌 : およそ2%以上の塩濃度環境を好む細菌。
[用語5] 分枝アミノ酸 : 分子の炭素鎖に枝分かれ構造があるアミノ酸のこと。
[用語6] 生合成経路 : ある物質を細胞内で作り出すために起こる、一連の酵素反応全体のこと。
[用語7] Picrust解析 : 微生物群集のデータから、ある遺伝子がその集団の中にどの程度存在するかを推定する解析方法。
[用語8] 基質特異性 : 酵素が反応させる物質を選択する性質のこと。
[用語9] NADPH : 酵素反応の際、反応によって余る電子を受け取ったり、反応に必要な電子を与えたりする電子伝達体。還元型のNADPHと酸化型のNADP+があり、一般的にNADPHは電子を与える電子供与体として働く。
[用語10] NADH : 酵素反応の際、反応によって余る電子を受け取ったり、反応に必要な電子を与えたりする電子伝達体。還元型のNADHと酸化型のNAD+があり、一般的にNADHは電子を受け取る電子受容体として働く。
論文情報
掲載誌 : |
PeerJ |
論文タイトル : |
The effects of vegetable pickling conditions on the dynamics of microbiota and metabolites |
著者 : |
澤田和典1 小谷野仁2 山本希2 山田拓司2 |
所属 : |
1 株式会社ぐるなび イノベーション事業部 2 東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系
准教授 山田拓司
E-mail : takuji@bio.titech.ac.jp
Tel / Fax : 03-5734-3591
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
E-mail : media@jim.titech.ac.jp
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