研究

東工大ニュース

陰イオン認識化学センサーの静水圧制御に成功

高選択的な分子検出法を確立

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公開日:2021.04.15

要点

  • 陰イオン認識化学センサーの静水圧による構造変化の制御に成功
  • 本化学センサーの発光特性が静水圧変化に敏感であることを発見
  • 静水圧制御による高選択的な分子検出法を実現

概要

東京工業大学 理学院 化学系の木下智和大学院生(博士前期課程2年)、福原学准教授、立命館大学の前田大光教授らの研究グループは、化学センサーの積極的な制御を目指し、陰イオン認識化学センサー(フォルダマー)[用語1]の構造変化や発光特性、イオン認識能の動的制御が可能であることを見いだした。

これまでのイオン認識化学センサーの一般的な制御法は、温度、溶媒和、光励起などを用いるものが一般的だったが、今回、静水圧[用語2]による包括的な制御に成功した。

静水圧を用いた分子認識の動的制御は、有用なセンサーとして機能するため、次世代スイッチングメモリーやドラッグデリバリーシステムなど、幅広い応用が期待される。

本成果は2021年4月15日発行の英国Royal Society of Chemistry(王立化学会)のChemical Science(ケミカル サイエンス)に掲載された。

背景

化学センサーは標的となる検体を感知し、その情報を光学、電気化学的あるいは分光学的シグナルとして出力する物質のことである。分かりやすい例えを挙げると、pH試験紙は水素イオンを標的として感知し、試験紙の色の変化からpH(水素イオン濃度指数)が判断できる。

このような化学センサーを用いる研究は「弱い相互作用」が協同的に働く生体内において精密に設計されているタンパク質や酵素が特定の糖や抗原などを精緻に識別していることを模倣、補完、代替する人工的手法として注目を浴び、急速に発展している。このような「弱い相互作用」が働く系において、様々な外部刺激(温度、溶媒、光照射など)を与えて化学センサーの制御が行われてきた。

しかしながら、このような外部刺激では、時と場合によっては望みの検出能(感度や選択性など)とは程遠い結果となることも多々あった。一方、圧力を外部刺激とした場合、分子間の相互作用の大きさにかかわらず比較的容易に、かつ、精密な制御が可能であることから、前述した外部刺激制御の代替法であるといえる。このような考え方に基づき、福原准教授らは圧力制御を念頭に置き、機能性分子群の光学特性、環状分子センサーによる分子認識、がん細胞のイオン応答調整などを多岐にわたる系で実証してきた。

本研究では静水圧によって制御できる新たな分子検出系の構築を目指してフォルダマー(陰イオン認識化学センサー)に着目した。フォルダマーは分子認識によって伸長から折り畳み構造が誘起される(図1)。このため、構造変化や分子認識における高い感圧応答性が期待されるが、これまで溶液中における詳細な圧力応答性は検討されていないのが現状だった。

本研究では陰イオン応答性フォルダマー(図1の分子)を用いた溶液中における静水圧制御を目的として、静水圧下におけるフォルダマーの構造変化、発光特性ならびに陰イオン認識能の動的制御を達成した。

図1. 陰イオン応答性フォルダマーおよびそのらせん構造形成

図1. 陰イオン応答性フォルダマーおよびそのらせん構造形成

研究成果

実際に、0.1から320 MPa(メガパスカル)まで印加した4種類の溶媒における紫外可視吸収スペクトルからフォルダマーの基底状態での構造変化の測定を行った。その結果、高極性のアセトニトリル溶液[用語3]中で疎水相互作用[用語4]によって折り畳み構造が生成し、通常の伸長構造との平衡状態になった(図2左)。これらの存在比率が加圧によって自由自在に制御可能であることを初めて実証した。

図2. フォルダマーの静水圧下における平衡(左)および励起状態ダイナミクス(右)

図2. フォルダマーの静水圧下における平衡(左)および励起状態ダイナミクス(右)(図中のは光励起を表す)

次に、励起状態過程の解明のため、同加圧条件下において蛍光/励起スペクトル、蛍光寿命測定を行った。この結果、やはり高極性溶媒であるアセトニトリル中において2種類の発光種が観測された。したがって、図2右のような励起状態ダイナミクスが証明された。光照射によりFranck-Condon状態[用語5]へと遷移したのち、溶媒の再配向によって生成する緩和状態から発光する過程が圧力によって制御できることを見いだした。

最後に、図3aに示すキラル[用語6]なビナフチルアンモニウム陽イオンを対として持つ塩化物イオンの滴定実験から体積変化を算出し、陽イオン、陰イオン、溶媒和の寄与を定量的に明らかにした。さらに、本系で用いたイオン対がキラルであることに着目し、錯形成におけるキラル誘起の効果も検討した。そこで、各圧力における錯体の円二色性(CD)スペクトル変化[用語7]を観測したところ、図3bに示すような対陽イオンの距離を制御できる(緩い錯体構造のように離れる)ことを明らかにした。

図3. (a)キラルなビナフチルアンモニウム塩および(b)錯体の圧力応答挙動

図3. (a)キラルなビナフチルアンモニウム塩および(b)錯体の圧力応答挙動

今後の展開

本研究で明らかにした陰イオン認識化学センサーの静水圧制御は、生体系での複雑な系でのイオン認識における高選択的な分子検出法として有用であると考えている。また、本研究で開発した感圧応答センサーの考え方は、イオン認識だけではなく、スイッチングメモリー材料への応用が可能である。さらに、生体夾雑系[用語8]での計測が可能となるため、今後のドラッグデリバリーシステムや医療・診断材料を大きく発展させる可能性がある。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ 研究領域「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」(研究総括:植田 憲一)における研究課題「光学出力を増幅できるアロステリック計測」(研究者:福原学(JPMJPR17PA))、科学研究費 基盤研究(B)(研究者:福原学(19H02746))を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 陰イオン認識化学センサー(フォルダマー) : 陰イオンを選択的に補足できる分子

[用語2] 静水圧 : 液体・流体中に加わる圧力

[用語3] アセトニトリル溶液 : 有機溶媒の一種で、化学式はCH3CNと表される

[用語4] 疎水相互作用 : 水の中で油が集まり凝集していく力

[用語5] Franck-Condon状態 : 光励起によって瞬時に生じた状態。一般的に、発光(蛍光)はこの後に起こる

[用語6] キラル : 分子に右手型、左手型のような鏡に映した立体配置が存在する状態

[用語7] 円二色性(CD)スペクトル変化 : キラルな化合物の光吸収の差を測定できる分光器

[用語8] 生体夾雑系 : 生体内において、様々な分子が混在する複雑な系

論文情報

掲載誌 :
Chemical Science
論文タイトル :
Ground- and excited-state dynamic control of an anion receptor by hydrostatic pressure
著者 :
Tomokazu Kinoshita, Yohei Haketa, Hiromitsu Maeda, Gaku Fukuhara
DOI :

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