東工大ニュース
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公開日:2021.08.04
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の安藤慎治教授、石毛亮平准教授と田淵敦子大学院生らのグループは、同学院 材料系の早川晃鏡教授、応用化学系の桑田繁樹准教授らと共同で、白色灯下では無色だが、紫外光照射により、結晶状態では明るい橙色の蛍光を発し、溶液中では溶媒[用語1]種に依存した多色蛍光を示す新規イミド化合物[用語2]の開発に成功した。
本研究では、励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)[用語3]を起こす新規イミド化合物の設計・合成により、ストークスシフト[用語4]の極めて大きい橙色蛍光を実現した。このイミド化合物は、溶液中で溶媒種に応答して紫から赤にわたる多色蛍光を示した。この多色蛍光は、溶媒種に応じて形成される、発光色の異なる3種の分子状態の相対的な割合が変化することにより生じることを、量子化学計算と光学測定から明らかにした。この特性は、波長変換膜やバイオイメージング、化学センサーとして電子・光産業や生物学分野に貢献すると期待される。
この研究成果は、2021年6月22日にMaterials Advances誌(オンライン版)に掲載され、また同誌のOutside Front Coverに採用された。
有機蛍光色素のなかでも、幅広い波長域で蛍光色を発する分子は、太陽光波長変換膜やバイオイメージング、有機発光ダイオードなどの有機電子デバイスの発光材料としての応用が期待されるため、近年注目を集めている。特に周囲の環境に敏感な発光特性を持つ蛍光色素であるソルバトクロミック[用語5]蛍光体は、発光色の違いから系の状態を把握できるため、化学・熱センサーとしての応用が可能である。また、イミド化合物やポリイミド[用語6]は耐熱性や強度に優れており、これに多色発光特性が加われば、材料としての可能性がさらに広がると期待される。
研究グループではこれまでに、各種の蛍光・燐光発光性ポリイミドの開発に成功している。蛍光性イミド化合物は優れた耐熱・耐光性を示すが、波長変換材料などへの応用には、可視光を吸収せず紫外光のみを吸収して発光するストークスシフトの拡大が課題とされていた。本研究ではストークスシフトの拡大に効果的とされる励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)現象に着目して、波長の短い紫外光を波長の長い可視赤色光に変換する新規イミド化合物の開発を目指した(図1)。さらに開発した分子の結晶および溶液状態での光学特性を調べた。
本研究では、紫外光照射後にESIPT現象が自発的に生じることを狙った分子設計に基づき、新規イミド化合物を合成した(図2(a))。蛍光を発する固体材料の多くは、分子凝集によりエネルギーが失われるために弱い蛍光しか発しないが、今回開発したイミド化合物は固体状態で明るい橙色蛍光を示した(図2(c))。X線構造解析を行ったところ、この分子は結晶中でかさ高い構造を持つことが確認されたことから(図2(b))、この構造により上述の分子凝集によるエネルギー損失が抑えられ、強い蛍光が得られることが明らかとなった。
開発したイミド化合物を10種の異なる溶媒に溶解したところ、ほぼ無色透明の溶液になった。これらの溶液は紫外光照射下において、溶媒種により異なる蛍光色を発した。その発光色の波長範囲は幅広く、紫色から赤色の可視全域にわたる。こうした多色蛍光は極めて珍しい現象といえる(図3(a))。
これらの溶液の光学測定結果より、通常の励起状態(N*)の分子が発する青色蛍光と、ESIPTが生じた後(T*)の分子が発する赤色蛍光の2種の蛍光成分のほかに、緑色蛍光の成分が存在することが明らかになった。ESIPTを示す分子ではプロトン移動が容易なことから、水素原子が脱離したアニオン体(陰イオン体、図3(b)上)も生成しうることを考慮して、計算化学によってアニオン体の光吸収・発光色を予測した。東京工業大学の大規模クラスター型スーパーコンピュータ「TSUBAME 3.0」を用いた量子化学計算の結果は、実験データをきわめて良く再現した(図3(b)下)。水素イオンとの相互作用が大きいエタノールやメタノール、ジメチルスルホキシドなどの溶媒中では、スルホンアミド基の水素原子が溶媒に強く引きつけられて、アニオン体が生成したと考えられる。さらにこの緑色の蛍光成分が少量の酸(H+)の添加により消失したことからも、アニオン体の存在が確かめられた。
これらの結果から、新たに開発したイミド化合物について、次のような多色蛍光の原理が明らかになった。この化合物は白色灯下では無色透明だが、紫外光を吸収した後、溶媒との相互作用によって青、緑、赤色を発する3種の分子状態を形成する。溶媒の種類(極性の違い)によりこれらの相対的な割合が変化することで、異なる蛍光色が観察される(図4)。
本研究により、白色灯下では無色透明であり、紫外光照射により溶液中で幅広い蛍光色を発する新規イミド化合物の開発に成功した。さらに、多色蛍光の原理を解明することで、溶液中でのESIPT現象とアニオン体生成の関係性を明らかにした。これは、機能性を有する蛍光性分子の開発への貢献が期待される貴重な知見といえる。
一方で、今回開発された分子は結晶性であるため、単独では材料としての利便性に欠ける。そこで今後は、耐久性に優れた高分子(無色透明ポリイミド)にこの構造を組み込むことで、製膜性と機械特性の向上を目指す。これが達成されれば、太陽光波長変換膜やセンサー材料としての実用化に大きく近づく。
用語説明
[用語1] 溶媒 : 固体を溶かす液体。ここでは開発されたイミド分子を溶かしている液体を指す。
[用語2] イミド化合物 : 1級アミンまたはアンモニアにカルボニル基が2つ結合した構造(イミド構造)を有する化合物の総称。光熱安定性や化学的安定性に優れる。
[用語3] 励起状態分子内プロトン移動(ESIPT) : 光の吸収に伴って水素原子(プロトン)が分子内を移動することにより、励起状態での分子構造がN*型からT*型に変化する現象。これによりストークスシフトの大きな蛍光を発現する。
[用語4] ストークスシフト : 光の吸収波長と発光波長の差。一般的な発光分子では吸収波長と発光波長の差は小さく、これによりストークスシフトも小さい。
[用語5] ソルバトクロミック(ソルバトクロミズム) : 溶媒の種類(極性)によって、溶液の色や発光色が変化する現象。
[用語6] ポリイミド : 繰り返し構造にイミド構造を有するポリマー(高分子)の総称。
論文情報
掲載誌 : |
Materials Advances(イギリス化学会, Royal Society of Chemistry) |
論文タイトル : |
Full-colour solvatochromic fluorescence emitted from a semi-aromatic imide compound based on ESIPT and anion formation |
著者 : |
Atsuko Tabuchi, Teruaki Hayakawa, Shigeki Kuwata, Ryohei Ishige and Shinji Ando |
DOI : |
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東京工業大学 物質理工学院 応用化学系
教授 安藤慎治
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