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令和3年度 戦略的創造研究推進事業ERATOに採択

元素固有の色を可視化し、宇宙と医療をつなぐ新しい架け橋「ラインX線ガンマ線イメージング」を提案

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公開日:2021.10.04

発表のポイント

  • 元素固有の色を可視化する革新手法「放射化イメージング法」を提案
  • 宇宙から人体まで、あらゆる物質の動態を同じ技術で可視化
    (1) 宇宙観測では、小型衛星で未踏の先端科学を開拓
    (2) 医学では薬物動態を迅速に可視化する新しいツールを開拓

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の谷津陽一准教授ならびに大阪大学 大学院医学系研究科の加藤弘樹准教授をグループリーダーとし、早稲田大学 理工学術院の片岡淳教授を研究総括とする提案が、科学技術振興機構(JST)による令和3年度戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(Exploratory Research for Advanced Technology、以下ERATO)[用語1]研究領域「ラインX線ガンマ線イメージング」として10月1日に採択されました。

研究総括は数キログラムから数トンクラスの様々な衛星開発に参加し、高エネルギー宇宙物理学を牽引してきました。人工衛星は重量、大きさ、電力が著しく制約された環境で、最高性能が求められます。同様に、医療では体に負担が少なく高精度な技術が求められ、両者の技術やアイデアを用いることで大きな相乗効果が期待されます。特に、がんの粒子線治療中に人体で起きる反応の多くは宇宙でも同様に起きており、基礎となる現象や物理にも多くの共通点があります。本提案では宇宙観測で培った高度な可視化技術を共通基盤とし、宇宙・医学・薬学分野への新たな展開を目指します。図1に研究領域の概観を示します。

図1 本ERATOプロジェクトで進める研究の全体像

図1. 本ERATOプロジェクトで進める研究の全体像

研究の背景

宇宙空間には、宇宙線とよばれる謎多き粒子が満ちています。特に、100 MeV(メガ電子ボルト)以下の宇宙線は生命の源であるイオン分子の生成や加熱、星の進化に重要な鍵となると考えられますが、直接観測することができません。一方で、これら宇宙線が星間物質と起こす様々な反応により、元素特有のエネルギーをもつX線やガンマ線のスペクトル輝線(ラインX線ガンマ線 [用語2])が生じます。これらを可視化することで、宇宙における物質の分布や流れ、さらには星内部の元素合成や超新星爆発など、一見静かな宇宙の「激動の歴史」を探ることができます。しかしながら、とくにガンマ線は数MeVという高いエネルギーをもつため観測が難しく、1990年代に打ち上げられた米国のコンプトン宇宙ガンマ線衛星(CGRO衛星)を最後に、30年来にわたり観測が行われていません。

一方で、これらの宇宙で起きる反応を、身近な医療に応用することは可能です。たとえば宇宙線が星間物質と衝突するように、薬剤や被写体に陽子や中性子線をぶつけると薬剤特有のラインX線ガンマ線が生じます。これを用いて、体内の薬物動態や粒子線治療中に細胞周辺で起こる様々な反応を、同じように可視化できるはずです(図2)。つまり、宇宙で起きる反応と、医療の可視化に必要な反応は共通の物理に根ざしています。ここで鍵となるのが、ラインX線ガンマ線を用いた放射化イメージングですが、微量分析技術の前例はあるものの、直接的に「動態を見る」可視化技術は未だ確立されていませんでした。

図2 宇宙における放射化(左)と放射化分析(右)

図2. 宇宙における放射化(左)と放射化分析(右)

今回のプロジェクトで実現しようとすること

本領域では元素固有のラインX線ガンマ線を可視化する独自の技術 — ハイブリッド・コンプトンカメラ[用語3] — を用いて「放射化イメージング法」を確立し、それを共通基盤として宇宙分野、医学・薬学分野に展開します。具体的には「放射化」で元素固有のX線ガンマ線を誘発し、宇宙から人体まで、あらゆる物質(たとえば宇宙空間を漂う物質、人体の薬剤等)の動態を統一的にイメージングし、それを通して宇宙分野、医学・薬学分野に、共通な物理で新しい枠組みを構築します。宇宙分野では、数十kgの小型衛星を基盤としたボトムアップ戦略で未踏の先端科学、たとえば宇宙や大気中での元素の流れや元素合成といった、核ガンマ線宇宙物理学の開拓に挑みます。医学・薬学分野では、放射性特性を有さない通常の薬剤を投与前もしくは投与後にごく微量放射化し、その動態をX線ガンマ線で可視化できる革新手法を実証します。さらに、宇宙分野で培われた「光子計数イメージング法」を高速化し、X線やガンマ線の診断技術に応用し、薬剤ごとの同定が可能なスペクトラル多色CTによる超低被ばくX線動態イメージング技術を開拓します。

このプロジェクトで期待される波及効果

近年、世界各国では小型衛星の開発が活発に行われ、数十兆円レベルの巨大ビジネスへと発展しています。一方で、その限られた重量やサイズは科学観測には不向きとされ、多くは通信用途や工学的な技術実証のみに用いられています。しかしながら、小型衛星は安価で打ち上げ機会も多く、コストパフォーマンスが圧倒的に良いのも事実です。搭載センサーの性能を究極まで高めれば、一点突破型の優れた科学観測ができるはずです。実際、海外ではわずか10 kgの衛星が、X線による宇宙観測で素晴らしい成果を上げつつあります。本研究では大学主導で数十kgの小型衛星を実際に開発し、前人未踏のMeVガンマ線宇宙観測へ向けた突破口を拓きます。上記の通り、MeVガンマ線は宇宙における物質動態、爆発現象を探る最適な波長帯ツールです。本プロジェクトを通じて小型衛星の全く新しい利用法、つまり「一点突破型」先端宇宙科学観測を提案します。

最後に、本プロジェクトは準安定状態の元素が出す「色」情報を独自装置で可視化し、元素の全く新しい可能性を切り拓く新しい試みです。本年度の文部科学省・戦略目標「元素戦略を基軸とした未踏の多元素・複合・準安定物質探査空間の開拓」達成に大きく資するものと期待されます。さらに、放射化という新しい概念は上記の戦略目標ですら触れられておらず、この枠組みをも大きく凌駕し、元素戦略の新しい可能性を追求する革新的テーマとなっています。本プロジェクトの推進には、理学・工学・薬学・医学・情報全ての研究者が一堂に集い、統合的に研究を進めることが必須で、分野横断型の新しいフレームワークを構築するものです。本プロジェクトにより、新しい薬物動態可視化システムの構築、さらにはナノ粒子を用いた新しい粒子線治療の開拓など、既存の治療や診断を塗り替える新たな医療価値を見出します。さらに、画像診断システムについては、研究機関の他に材料・計測メーカーの協力を得て、材料やセンサーの開発、システム評価を産学連携で進め、国内産業の活性化に貢献していきます。

各機関の役割

  • 早稲田大学(Head Quarter)
    本研究提案全体を推進。多色スペクトラルCTグループを統括
  • 大阪大学
    放射化イメージングや核医学治療、多核種粒子線治療の提案と実証
    核医学治療・粒子線治療グループを統括
  • 東京工業大学
    科学観測を目的とした小型衛星開発を推進。宇宙・大気科学グループを統括
  • 金沢大学
    スペクトラル多色CTシステムの開発と実証
  • 帝京大学
    機械学習を用いた医療画像の鮮鋭化
  • 岡山大学
    核医学・粒子線治療用薬剤および多色CT造影剤の開発
  • 量研機構
    重粒子線を基盤とした新規放射線治療の提案と評価、細胞実験
  • 理化学研究所
    中性子イメージング、大気(雷)ガンマ線イメージングの推進

研究総括(代表者)のコメント

現代物理学の宿命は「高エネルギー・フロンティア」の開拓であり、実践的で患者さんと向き合う医療とは全く関係がない — 実は、私自身も10年前までは同じ考えを持っていました。しかしながら、日本人の半数が一生のうちに罹患するといわれる、がんの高度な粒子線治療を行うには体内で起こる電離や核反応など、高度な物理の理解が必要です。逆に、医療に必要な装置を作るのには臨床現場のニーズを正しく理解することが必要で、理学や工学の研究者が想像だけで装置を作っても意味がありません。さらに、新しい治療や診断には新規薬剤の開発がつきもので、薬学や生物の専門知識も必要となります。多くの学問では、本来一つの目標に向かっているにもかかわらず分野間の風通しが悪く、学問の進展を遅らせてしまう場面が多々あると危惧しています。そのような中、本ERATOプロジェクトはラインX線ガンマ線イメージングをキーワードに、同じ目標に向かって理・工・医・薬をつなぐ「糊」の役割を果たすことが期待されます。そして、本ERATOプロジェクトの圧倒的な強みは、それぞれの分野で世界トップを走る若手研究者を一堂に集め、情報や技術をよどみなく共有できる点です。そして、実際に研究を進めるうえでは博士課程の学生に限らず、修士・学部の学生も積極的に採用し、フレッシュなアイデアとパワーで新しい学問を拓くことが狙いです。ある分野では「できない」ことが、他の分野では「当たり前にできる」経験は、研究者なら誰でも経験することです。登山に様々なルートがあるように、研究の道筋も一つではありません。本ERATOプロジェクトを契機に、日本の学問全体が活発化し、分野連携の架け橋になることを強く願っています。

参画メンバー

  • 早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科
    片岡淳 教授
  • 大阪大学 大学院医学系研究科
    加藤弘樹 准教授、西尾禎治 教授
  • 大阪大学放射線科学基盤機構
    豊嶋厚史 特任教授
  • 東京工業大学 理学院 物理学系
    谷津陽一 准教授
  • 東京工業大学 工学院 機械系
    松永三郎 教授
  • 金沢大学 理工学域 数物科学類
    有元誠 助教
  • 金沢大学 医薬保健研究域 保健学系
    川嶋広貴 助教、小林聡 教授
  • 岡山大学 大学院医歯薬学総合科研究科 薬学系
    上田真史 教授
  • 量研機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 重粒子線治療研究部
    平山亮一 主任研究員
  • 量研機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 物理工学部
    稲庭拓 グループリーダー
  • 帝京大学 大学院医療技術学研究科
    古徳純一 教授
  • 理化学研究所 開拓研究本部
    榎戸輝揚 白眉研究リーダー
  • 理化学研究所 光量子工学研究センター
    小林知洋 専任研究員

研究助成

研究費名 :
戦略的創造研究推進事業(ERATO: Exploratory Research for Advanced Technology)
研究課題名 :
「ラインX線ガンマ線イメージング」 (R3年度~R8年度)
研究総括名(所属機関名) :
片岡淳(早稲田大学 理工学術院 先進理工学研究科 教授)
詳細 :

用語説明

[用語1] 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO: Exploratory Research for Advanced Technology) : 科学技術振興機構による公募プロジェクトの一つで、1981年に発足した創造科学技術推進事業を前身とするプログラムです。規模の大きな研究費をもとに既存の研究分野を超えた分野融合や新しいアプローチによって挑戦的な基礎研究を推進することで、今後の科学技術イノベーションの創出を先導する新しい科学技術の潮流の形成を促進し、戦略目標の達成に資することを目的としています。

[用語2] ラインX線ガンマ線 : 元素に固有なエネルギーをもち、鋭いピークを有するX線またはガンマ線の総称です。励起した原子から発生するラインX線は特性X線、原子核から生ずるガンマ線は核ガンマ線と呼ばれます。本領域では、この鋭いピークに着目したイメージング法を開発し、宇宙分野、医学・薬学分野に展開します。一例として、金属ナノ粒子である金(AuNP)を放射化し、そこで生ずるガンマ線(412 keV)をイメージングした結果を示します。

AuNP薬剤の放射化イメージングの例

AuNP薬剤の放射化イメージングの例

[用語3] ハイブリッド・コンプトンカメラ : コンプトンカメラは、X線・ガンマ線が粒子として振舞う性質(コンプトン散乱)を利用し、その運動学を解くことで到来方向をイメージングする装置です。詳しくは応用物理学会誌「応用物理」2019年11月号 「ガンマ線イメージングがつなぐ医療と宇宙~超小型コンプトンカメラの挑戦~」(片岡 淳) をご覧ください。ハイブリッド・コンプトンカメラはこれを発展したもので、数十keV(キロ電子ボルト)から数MeVまでのX線、ガンマ線を一台のカメラで同時に可視化することが可能です。詳細は以下のリリースをご覧ください。

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お問い合わせ先

早稲田大学 理工学術院

教授 片岡淳

E-mail : kataoka.jun@waseda.jp
Tel : 03-5286-3224

取材申し込み先

早稲田大学 広報室 広報課

E-mail : koho@list.waseda.jp
Tel : 03-3202-5454

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661

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