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フェムト秒の光パルス照射で縦波光学フォノンをコヒーレント制御する、量子力学に基づく理論を構築

拡張されたモデルで偏光依存性の再現が可能に

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公開日:2021.10.14

要点

  • 理論計算により、半導体における光学フォノンと電子の結合状態のコヒーレント制御に関する新たな理論モデルを構築
  • 直交偏光した2つの光パルスを照射することで、光による干渉の影響を受けずに、電子における干渉の状態を観測できることを予測
  • 本理論モデルの活用により、励起光パルスの任意の偏光の取り扱いが可能

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の高木一旗大学院生(修士課程2年)と、科学技術創成研究院の中村一隆准教授、萱沼洋輔特任教授は、理論計算を通じて位相[用語1]偏光[用語2]を制御したフェムト秒(1,000兆分の1秒)時間幅の2つの光パルス[用語3]照射によって、縦波光学フォノン[用語4]干渉[用語5]コヒーレント制御[用語6]することを再現できる量子[用語7]理論モデルを構築した。

本研究では、ガリウム(Ga)とヒ素(As)からなる半導体単結晶の縦波光学フォノンを考察対象として、エネルギー準位[用語8]における振動準位および電子準位に焦点を当てた新たなモデルを考え、位相と偏光を制御した2つの光パルス照射によって起こる光応答過程を計算した。照射により生成された縦波光学フォノンの振動振幅を、パルス遅延時間の関数として求める手法を取った。

この計算によって得られた電子とフォノンの干渉の割合と形状を検討したところ、干渉のあり方が照射される光パルスの偏光角度と結晶方位に依存していることが明らかになった。特に、直交偏光[用語9a]でパルスの一方を、Ga原子同士を結ぶ方向に平行な[100]方向[用語10]にすると、パルス照射で生じる光による干渉の影響なしに、電子における量子干渉を観測できることを示した。

本研究成果は10月1日に、米国物理学会誌「Physical Review B」のオンライン版に掲載された。

背景

電子、中性子、陽子等をはじめとするナノサイズ以下の存在である量子は、ニュートン力学などの古典力学の法則には従わない振る舞いをする。この振る舞いを説明し、現代化学や生物学の基礎ともなる量子力学は、あらゆる科学分野の発展に欠かせないものであり、実社会でも量子コンピュータなどの電子機器や通信の進化をはじめ他分野へのさらなる応用が期待されている。

コヒーレント制御技術はレーザを用いてさまざまな量子状態を制御する技術の総称で、分子の振動回転状態の制御、化学反応の制御、固体中の原子運動の制御などに応用されてきた。

本研究グループは、これまでに位相を制御したフェムト秒での光照射が可能な2つの光パルスを用い、ガリウム(Ga)とヒ素(As)からなる半導体単結晶の光学フォノンのコヒーレント制御の実験を遂行。平行偏光[用語9b]条件において、電子フォノン結合系の量子状態の制御に成功し、電子干渉とフォノン干渉を観測した。しかし、平行偏光条件では、照射する光パルス自体の干渉の影響を強く受けるために、電子コヒーレンス単独での評価が困難であった。また直交偏光条件での実験では、フォノン干渉しか観測できず、電子干渉の観測は行えていない。

そのため、照射された光パルスの偏光の影響を含めたコヒーレント制御の理論構築が求められていた。また、それ自身が干渉を起こさない直交偏光パルスの場合には、電子干渉は誘起されることがないのかが問題になっていた。

研究の手法と成果

(1) モデルの構築

本研究グループでは、ガリウム(Ga)とヒ素(As)からなる半導体単結晶の縦波光学フォノンを考察の対象に選定した。位相と偏光を制御した2つのフェムト秒光パルスを用い、格子振動と電子の状態に焦点を当てながら、光学フォノンのコヒーレント制御に関する理論モデルを構築した。

光パルスの照射については、半導体単結晶(GaAs)のバンドギャップ[用語11]のエネルギーにほぼ共鳴した2つの近赤外のパルスを用い、光パルス対を[001]軸に垂直な表面に垂直に入れることを考えた(図1に配置の概念図を示す)。特に電子が励起[用語12]された状態では、直交する2つの電子状態を用いることとした。

また、フォノン生成に関しては、許容ラマン散乱[用語13]および禁制ラマン散乱の両方を考慮し、電子コヒーレンスの寿命は22フェムト秒とした。

図1 理論モデルで考えた光パルス対によるコヒーレント制御配置の概念図。ガリウムヒ素の単結晶の[001]方向に垂直な平面に垂直方向に、2つのフェムト秒光パルスを照射する。各パルスの光電場振動平面の角度と、照射のタイミングを自由に制御できる。
図1
理論モデルで考えた光パルス対によるコヒーレント制御配置の概念図。ガリウムヒ素の単結晶の[001]方向に垂直な平面に垂直方向に、2つのフェムト秒光パルスを照射する。各パルスの光電場振動平面の角度と、照射のタイミングを自由に制御できる。

(2) 理論計算の実行

上記(1)に記載した条件により、位相と偏光を制御した2つの光パルス照射によって起こる光応答の過程を、密度演算子形式[用語14]を用いて計算。生成する縦波光学フォノンの振動振幅をパルス遅延時間の関数として求めた。

平行偏光のパルス列の場合(図2(a))、結晶の向きによらず、約2.7 フェムト秒の電子干渉と120フェムト秒周期のフォノン干渉の両方の干渉縞を得ることができた。この計算結果は、これまで[参考文献1]において報告されている実験結果をよく再現していた。また、光パルスが重なっている部分には、光干渉(図2(b))の影響が含まれていることも示された。

図2 縦波光学フォノン強度の理論計算結果。(a)は平行偏光条件、(c)は直交偏光の場合における許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱それぞれの過程の計算結果。(d)は(c)の許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱両方の過程。(e) は一方のパルスが[100]方向にある直交偏光の場合で許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱過程のそれぞれの計算結果。(f)は(e)の許容と禁制過程両方の過程。(b)は参考として光パルスの干渉を示している。
図2
縦波光学フォノン強度の理論計算結果。(a)は平行偏光条件、(c)は直交偏光の場合における許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱それぞれの過程の計算結果。(d)は(c)の許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱両方の過程。(e) は一方のパルスが[100]方向にある直交偏光の場合で許容ラマン散乱と禁制ラマン散乱過程のそれぞれの計算結果。(f)は(e)の許容と禁制過程両方の過程。(b)は参考として光パルスの干渉を示している。

直交偏光の場合には、偏光方向と結晶方位の関係によって干渉の振る舞いが異なっており、一方のパルスが[110]方向のときは、フォノン干渉だけが得られた(図2(c),(d))。これに対して、一方のパルスが[100]方向のときには、フォノン干渉に加えて、許容ラマン散乱による電子干渉が得られた(図2(e),(f))。このことは、照射された光パルスの干渉の影響を受けることなく、物質内の電子フォノン結合系で量子コヒーレンスを検出できる可能性を示している。

今後の展開

今回、計算によって新たに構築した理論モデルによって、光パルスの偏光の影響を含めたコヒーレント制御の理論を構築することができた。また、一方のパルスが[100]方向のときには、光パルスの干渉の影響なく、物質内の電子フォノン結合系で量子コヒーレンスを検出できる可能性も示された。

今後は予測された条件での実験研究の実施による可能性の検証、またラマン散乱テンソル[用語15]によるGaAs以外の物質系へのコヒーレント制御理論の一般化への展開等が考えられ、さらには巨視的な物質内部での量子状態保持時間計測に応用でき、新規の固体量子デバイス開発への応用が期待される。

付記

本成果はJSPS科学研究費助成事業15K13377、17K19051、17H02797、19K03696、19K22141の支援を受けて得られた。

用語説明

[用語1] 位相 : 振動や波動など、時間とともに周期的に変化する運動の過程において、全過程のどの位置にあるかを示す量。

[用語2] 偏光 : 光は電磁波の一種として波の性質を持っており、太陽光などの自然光の波は上下、左右の振動が混ざって多方向に揺れている。人工的な操作により一方向のみに偏って揺れる光のことを偏光という。

[用語3] パルス : ごく短時間の間に生じる振動現象で、電流や電波などがある。

[用語4] フォノン : 結晶を構成する原子やイオンは、安定を保った位置で小さな振動(格子振動)を行っている。この格子振動は音波と同じ性質を持っており、その「波」としての動きを量子力学の視点から「粒子」としてとらえたものをフォノンという。音響量子、音子などとも呼ばれる。縦波光学フォノンは光によって生成されたフォノンで、振動の振幅方向が進行方向と同じ縦波のものを指す。

[用語5] 干渉 : 物理学においては、同じ種類の2つ以上の波動が出合ったとき、それらが重なって互いに強め合ったり弱め合ったりして新たな波形を生む現象のことを指す。電子や原子などの量子は、粒子と波の性質を併せ持つため、タイミングに応じてこの干渉を起こす。光では干渉縞、音波ではうなりなどの形で現れる。

[用語6] コヒーレント制御 : 光を使って物質の波の幅や位相を調節することで、その干渉性(coherence/コヒーレンス)、ひいては量子状態を制御する技術の総称。当初は化学反応の制御に、また最近では固体中の電子のスピンやフォノンの量子状態制御に用いられている。

[用語7] 量子 : 電子、中性子、陽子、さらに光を粒子として捉えた光子などをはじめとする、物質を構成する最小単位。粒子と波の性質をあわせ持つ。その振る舞いを研究する学問を量子力学という。

[用語8] エネルギー準位 : 量子力学によれば、エネルギーはとびとびの値を取りうる。その離散化されたエネルギーの状態をエネルギー凖位と呼び、振動のエネルギーに対応する状態および電子のエネルギーに対応する状態を、それぞれ振動準位、電子準位という。

[用語9a] 直交偏光 : 光は伝搬する方向に垂直方向に電場が振動する。2つの光パルスを照射する際に、それぞれの電場の振動する方向が垂直な場合を直交偏光条件、平行な場合を平行偏光条件という。

[用語9b] 平行偏光 : 直交偏光 [用語9a] を参照のこと。

[用語10] [100]方向 : 図1に示すGaAs単結晶でGa原子同士を結ぶ方向に平行な方向。

[用語11] バンドギャップ : 帯状をした結晶内のバンド構造において、電子が存在できない禁制帯のエネルギーの幅。

[用語12] 励起 : 量子力学において、原子、電子などの量子が、外から熱・光・放射線などのエネルギーを与えられ、定常状態からよりエネルギーの高い状態へ移行すること。

[用語13] ラマン散乱 : 光が物質にあたって散乱するときに、物質とエネルギーのやりとりを行う散乱のこと。光電場と物質の分極と直接的な双極子相互作用する許容ラマン散乱では、光電場による直接的な格子変形が大きく寄与する。一方、双極子相互作用が許されない禁制ラマン散乱では、物質内電場などの長距離相互作用が影響する。

[用語14] 密度演算子形式 : 量子力学で状態を表す方法のひとつ。特に、非線形分光測定などの理論表現に用いられる。

[用語15] ラマン散乱テンソル : ラマン散乱において、光の偏光方向や結晶の方向による散乱効率を数学的に表現したもの。

参考文献

[1] K. G. Nakamura, K. Yokota, Y. Okuda, R. Kase, T. Kitashima, Y. Mishima, Y. Shikao, and Y. Kayanuma, Phys. Rev. B 99, 180301(R) (2019).

論文情報

掲載誌 :
Physical Review B
論文タイトル :
Theory for coherent control of longitudinal optical phonons in GaAs using polarized optical pulses with relative phase locking
著者 :
高木一旗、萱沼洋輔、中村一隆
DOI :

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