研究

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水に溶解した高分子の検出・同定に成功

ペプチドセンサーの蛍光シグナルを教師有り機械学習によりパターン解析

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公開日:2021.11.25

要点

  • 環境リスクが懸念される水溶性高分子を検出可能なペプチドセンサーを開発
  • ペプチドセンサーの蛍光シグナルを機械学習によりパターン解析することで、水に溶解した様々な高分子の検出・同定に成功
  • 実際の環境中の高分子を同定・定量し、環境汚染経路を解明できる手法として期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の芹澤武教授、鈴木星冴大学院生(研究当時)、澤田敏樹准教授らは、水に溶解した様々な高分子に特有の蛍光シグナルを示すペプチド[用語1]センサーを開発し、そのシグナルを機械学習によりパターン解析することで、それぞれの高分子を同定できることを明らかにした(図1)。

近年、マイクロプラスチックの流出とともに、水に溶解した高分子が環境に与える潜在的なリスクも懸念され、新たな検出・同定手法の確立が求められていた。そこで研究グループは、様々な高分子と相互作用する人工ペプチドに、周囲環境に応じて蛍光発光挙動が変化する環境応答性の蛍光色素[用語2]を連結させて、ペプチドセンサーを構築した。このペプチドセンサーは、水溶液中の高分子の種類によって、異なる蛍光強度や蛍光波長を示した。得られた蛍光シグナルを教師有り機械学習の一種である線形判別分析[用語3]を用いて分類することにより、それぞれの高分子を同定できた。さらに、複数の高分子を混合した場合や、実際の排水を用いた場合でも分類が可能であることが確認でき、環境中の高分子の検出や同定、環境への高分子の流出経路の解明につながることが期待される。

この検出・同定手法は、他のペプチドや蛍光色素にも適用可能であり、今後は、今回は用いなかった他の高分子や、より複雑な高分子混合溶液での検出・同定手法へ展開する予定である。

本研究成果は、2021年11月4日(現地米国東部時間)に国際科学雑誌「ACS Applied Materials & Interfaces」オンライン版に掲載され、Supplementary Coverに選出された。

掲載誌のSupplementary Coverに採用

掲載誌のSupplementary Coverに採用

図1. ペプチドセンサーによる高分子同定の模式図

図1. ペプチドセンサーによる高分子同定の模式図

背景

マイクロプラスチックによる海洋汚染問題は、近年ますます大きな注目を集めている。最近ではそうした水不溶性の固体高分子に加えて、水に溶解する高分子が、土壌や水環境に与える潜在的なリスクが指摘されるようになってきている。そうした水溶性高分子は、工業用途だけでなく消費者用途にも利用されている。

そうした汚染の実態を正確に把握して発生を防ぐためには、海洋環境における水溶性高分子の発生源や分布を推定することが不可欠である。従来、水溶性高分子を検出・識別するためには、水を蒸発させて固体化し、熱分解した後に解析する手法が一般的であり、持ち運びできない大型装置が必要になる点などが問題となっていた。

一方で、哺乳類の嗅覚や味覚といったシステムでは、匂いや味に含まれる多様な化学種が、様々な受容体タンパク質と多重に相互作用し、それによって生じる多数のシグナルをパターン認識するというユニークな機構によって、膨大な種類の匂いや味が識別される。これまでに、このシステムに着想を得た研究で、人工的に構築された受容体(センサー)が発するシグナルを訓練データとして用いる、機械学習による解析手法を適用することで、タンパク質やがん細胞、また金属イオンなどを識別できることが報告されている。しかし対象が合成高分子の場合には、適切に相互作用することでセンサーとしてはたらく分子がなく、そうした解析手法を適用することができなかった。

研究の経緯と成果

芹澤教授・澤田准教授らの研究グループはこれまでの研究で、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)と呼ばれる合成高分子に選択的に結合する性質をもつペプチドを、ファージディスプレイ法[用語4]を利用した人工的な試験管内分子進化によって独自に獲得した。本研究では、水に溶解した高分子の検出と識別をおこなうためのセンサーとして、このペプチドに着目した。このペプチドと様々な高分子との相互作用を可視化してシグナルを得るために、周囲環境に応答して蛍光強度と蛍光波長が変化するN-(1-アニリノナフチル-4)マレイミド(ANM)をペプチドに導入し、ペプチドセンサーとして用いた(図2a)。ペプチドは様々な化学構造をもつアミノ酸の重合体であるため、このペプチドセンサーでも、PNIPAM以外の高分子に対してもそれぞれ相互作用がはたらき、固有のシグナルが得られると予想された。

ペプチドに導入したANMは一般に、他の分子との相互作用を通して周囲環境の変化に鋭敏に応答し、蛍光挙動が変化することが知られている。そこで研究グループは、PNIPAMに加えて、4種類の合成高分子と4種類の生体高分子それぞれを2つの水溶液(pH 7.0ならびにpH 8.5)に溶解させ、ペプチドセンサーの蛍光を測定した。その測定結果から特定の波長の蛍光強度や比に着目してデータ抽出した結果、それぞれの高分子が異なる挙動を示した(図2b)。この得られたシグナルを訓練データとして、教師有り機械学習の一種である線形判別分析を利用し、次元削減して二次元平面にプロットした。その結果得られたスコアプロットでは、一部を除いてそれぞれの高分子が良く判別されるクラスターが形成されたことから、ペプチドセンサーによって高分子を識別できることがわかった(図2c)。

図2. (a)ペプチドセンサーの模式図 (b)蛍光スペクトルから抽出した4つのシグナルのヒートマップ (c)線形判別分析により得られる二次元スコアプロット PVP:ポリ(ビニルピロリドン) 、PEG:ポリ(エチレングリコール)、PVA:ポリ(ビニルアルコール)、PAA:ポリ(アクリル酸)
図2.
(a)ペプチドセンサーの模式図
(b)蛍光スペクトルから抽出した4つのシグナルのヒートマップ
(c)線形判別分析により得られる二次元スコアプロット
PVP:ポリ(ビニルピロリドン) 、PEG:ポリ(エチレングリコール)、PVA:ポリ(ビニルアルコール)、PAA:ポリ(アクリル酸)

この8種の高分子とPNIPAMについて、それぞれのサンプル名を隠したブラインドシグナルを取得してテストデータとし、作成した二次元スコアプロットの精度(信頼性)を評価した結果、ほとんどのサンプルを正しく識別することができた。このことから、本研究で開発したペプチドセンサーと線形判別分析を利用した高分子の同定手法が有用であることがわかった(図3a)。

重要な点は、二次元スコアプロットが重なるような、特性が類似した高分子であっても、塩化ナトリウムやエタノールを添加した高分子水溶液中で測定した蛍光シグナルを用いて機械学習することで、それらを厳密に判別することが可能であることだ(図3b)。さらに、実際の排水に溶解した高分子の識別や、複数の高分子を混合した水溶液での識別も可能であったことから、ペプチドセンサーと機械学習に基づいて高分子の検出・識別を目指す本戦略の有用性が明らかとなった。

図3. (a)テストデータによる二次元スコアプロットの精度評価 (b)塩化ナトリウムとエタノールを添加した高分子水溶液を利用した二次元スコアプロット
図3.
(a)テストデータによる二次元スコアプロットの精度評価
(b)塩化ナトリウムとエタノールを添加した高分子水溶液を利用した二次元スコアプロット

今後の展開

今回の研究では、特定の高分子に選択的に結合するペプチドが、様々な高分子と多様な相互作用を発現することを利用し、蛍光色素と組み合わせてセンサーとして利用した。このペプチドセンサーと高分子それぞれの相互作用を蛍光シグナルとして抽出し、機械学習によりパターン解析することで、高分子の検出や識別に成功した。本研究グループでは、これまでに様々な高分子に結合するペプチドを獲得しており、それらと様々な蛍光色素を組合せて利用することで、多くの種類のセンサー構築につながる。ペプチドセンサーと機械学習の組み合わせにより、多様な高分子をより厳密に識別可能なシステムの構築が期待され、環境汚染経路の解明につながると期待される。

用語説明

[用語1] ペプチド : アミノ酸が数個~数十個つながった重合体の総称。アミノ酸の組合せや配列に応じて様々な機能を示す。

[用語2] 環境応答性の蛍光色素 : 周囲の環境(主として疎水性)に応じて蛍光強度や蛍光波長を変化させる蛍光分子。

[用語3] 線形判別分析 : 教師有り特徴抽出の手法の一つであり、主に次元削減に使われる。同じラベルのデータをなるべく近くに固めながら、異なるラベルのデータをなるべく遠くに離すようにデータが射影される。

[用語4] ファージディスプレイ法 : 遺伝子工学を利用し、繊維状ウイルスの一種であるファージの表層に望みのペプチド(場合によってはタンパク質)を提示させる手法。

論文情報

掲載誌 :
ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル :
Identification of Water-Soluble Polymers through Discrimination of Multiple Optical Signals from a Single Peptide Sensor
著者 :
Seigo Suzuki, Toshiki Sawada, Takeshi Serizawa
DOI :

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