東工大ニュース
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公開日:2022.02.03
東京工業大学 物質理工学院 材料系の山口晃助教(理化学研究所 環境資源科学研究センター 客員研究員を兼務)、新井勝樹修士課程2年(研究当時)、理化学研究所 環境資源科学研究センターの中村龍平チームリーダー(東京工業大学 教授を兼務)およびJi-Eun Lee(ジウン・リー)研究員、海洋研究開発機構の北台紀夫副主任研究員らの共同研究グループは、多様な金属硫化物[用語1]を用いた電解還元[用語2]による二酸化炭素変換結果に対して重回帰分析[用語3]を行い、同物質を利用した触媒設計における新たな指針を見出した。
金属硫化物は、二酸化炭素還元におけるスケーリング則[用語4]を打破しうる触媒材料として期待されている。本研究グループはその設計の指針を得るため、金属硫化物を用いた二酸化炭素還元で活性を決める物性を解明すべく、還元活性度と金属硫化物の結晶構造的パラメータおよび電子的パラメータとの重回帰分析を実施。一酸化炭素生成においては金属硫化物の結合長などの構造的な要因が、ギ酸生成においては金属の電気陰性度[用語5]などの電子的な要因が活性を決めていることを解明した。本研究は、金属硫化物という自然界に普遍的に存在する材料を用いた二酸化炭素還元触媒の開発の一助となることが期待されている。
研究成果は1月31日「The Journal of Physical Chemistry C」に掲載された。
二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるカーボンニュートラルが叫ばれる昨今、排出されたCO2を有効利用する技術がより強く求められている。その一手段として注目を集めているのが、再生可能エネルギーなどで発電した電力を用いた電解還元により、CO2を原料に有用な化学物質をつくり出す電気化学[用語6]的なCO2の還元だ。この電解還元によるCO2変換については、金属電極の種類をはじめ100年以上も研究が進められているにも関わらず、いまだ発展途上の技術であり、新たな電極材料群の開発が必要とされている。
CO2の還元では、一酸化炭素(CO)やメタン、ギ酸など、さまざまな生成物が得られるため、これらの生成物を上手にコントロールしていくことが、還元の活性を高める鍵であると考えられてきた。電解還元によるCO2変換を行おうとする際、電極にCuなどの単一元素からなる金属を用いると、各反応過程を最適化する際に、スケーリング則によって触媒設計の自由度が制限されるという課題が存在する。スケーリング則による制約を解決し得る材料群として、複数の反応サイトを有する金属硫化物に注目が集まっている。
また、金属硫化物は深海熱水噴出孔の主要な構成鉱物であることから、この物質によるCO2還元のメカニズムを調べることは、「深海底での炭素固定によって生命が誕生した可能性」を検証する足掛かりとなるとも考えられ、生命起源の学術分野においても研究が進められている。しかしながら、金属硫化物がCO2還元に活性を有したという報告はあるものの、有効なCO2還元電極として明確な設計指針は得られていなかった。
そこで本研究では、金属硫化物上におけるCO2還元では、どのような物性パラメータが活性を決めているのかを、実験及び計算科学の手法を用いて明らかにし、電極設計の指針としようと考えた(図1)。
本研究ではまず、検討対象として14種類の金属硫化物を合成。その後実験により、それぞれの金属硫化物について、電気化学的なCO2還元活性を調べ、COを生成する場合とギ酸を生成する場合の部分電流密度[用語7]を測定した(図2)。
続いて、金属硫化物上におけるCO2還元の活性を決めるパラメータを解明すべく、重回帰分析を実施した。分析では、実験で活性度の指標として得られた部分電流密度のデータを、諸条件の影響を受けて変化する目的変数に設定。また、金属硫化物の結合長や結合角といった構造的なパラメータと、金属硫化物の電子数や金属の電気陰性度、エネルギー準位といった電子的なパラメータを、部分電流密度に影響を与えうる説明変数として設定。その上で重回帰分析を行って、最も係数の大きい、すなわち活性への寄与が大きいパラメータを抽出した。
この過程では、サンプル数の少なさを補い、またパラメータ間の共線性[用語8]を回避するため、主成分分析[用語9]ならびにラッソ回帰[用語10]と呼ばれる手法を用いた。
その結果、CO2をCOへと還元する反応においては、金属硫化物の結合長をはじめとする構造的なパラメータが大きく寄与していることが分かった(図3左)。一方で、CO2をギ酸へと還元する反応では、金属の電気陰性度などの電子的な影響が活性を決めているという結果が得られた(図3右)。
また、同様の手法を、古くからCO2還元電極として研究が進められている銅、銀などの金属を用いた電極によるCO2還元の結果に対して適用したところ、それらの金属電極の場合ではCO生成の場合でもギ酸生成の場合でも、ともに電子的なパラメータが活性に寄与していることが分かった。この結果は、電解還元によるCO2変換としての金属硫化物上でのCO生成では、これまでの材料群とは異なるメカニズムで反応が進行しているということを示唆している。
本研究の結果、CO2の有効活用の一手段として注目される金属硫化物を用いたCO2還元について、どのような物性パラメータが活性度に深い関わりを持つかが明らかになった。本研究において、モデルとして検討を行った金属硫化物は、実用化を考えた場合にはまだ高い活性を持つとは言い難いものの、電解還元によるCO2変換材料の設計に資する明確な指針を提示するものである。今後、本研究で得られた指針を基に材料設計、ならびに探索を行うことで、金属硫化物という身近で新たな材料群をベースとしたCO2資源化材料の開発につながると期待される。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創生」公募研究課題(18H05159)ならびにJST戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)(JPMJSC18H7)の助成により行われた。
用語説明
[用語1] 硫化物 : 硫黄(S)と、電子を放出して陽イオンとなりやすい性質を持つ元素(陽性元素)が結合した化合物。硫黄と金属元素とが化合したものが多く、高い電気伝導性、多様な結晶構造や元素組成を有する、といった性質を持つ。
[用語2] 電解還元 : 電解質の水溶液に一対の電極を入れて電流を流し、電極面に化学変化を起こさせる電気分解(電解)において、マイナス極(陰極)側では還元反応が起こる。この還元力を利用して物質合成を行う方法。電極の材質や電流の密度、温度などの条件により還元力を調整でき、各種化合物の合成に広く用いられる。
[用語3] 回帰分析 : ある変数の動きが、ほかの変数の動きとどのような関係にあるかを推定するための統計学的手法。同じ実験から得られた別種の観測値などを同時に解析し、変数同士の関係などを調べる多変量解析のひとつ。重回帰分析は、結果となる変数に対し、原因となる複数の変数を用いた回帰分析。
[用語4] スケーリング則 : ある量のスケール(尺度)を大きくしたり小さくしたりする際に起こる、ほかの量の変化に対する一定の法則。本研究においては、連続した化学反応によって最終生成物が生じる際、反応中間体の吸着様式が類似していることが原因となって、各中間体が持つエネルギーの間に、y=ax+bのような一次式で表される線形関係が存在することを指す。これにより、各中間体のエネルギーを独立に最適化することが困難なため、潜在的な活性化エネルギーが存在することになる。
[用語5] 電気陰性度 : 原子が化学結合を形成するときに、電子を引き寄せる強さの尺度。電子は、電気陰性度のより大きい原子に引き寄せられる。
[用語6] 電気化学 : 電子のやりとりによる電気現象と、それに伴う化学変化を扱う物理化学の一分野。電池、燃料電池、めっきなどの表面処理、センサーなど多方面に応用され、環境対策の観点からも注目を集めている。
[用語7] 部分電流密度 : 全体に流れた電流のうち、それぞれの反応に使われた、単位面積当たりの電流の値。
[用語8] 共線性 : 諸条件の影響を受けて変化する目的変数の変化に影響する、説明変数同士の相関が大きいこと。この共線性があると、回帰分析がうまくいかないことが多い。
[用語9] 主成分分析 : 多数ある変数を、少ない指標や合成変数に要約して置き換えることによって、データを理解しやすくする統計学的手法。この主成分分析の代表例として、身長と体重という2次元のデータを、体格(肥満度)を示すBMIという1次元のデータに変換することなどが挙げられる。
[用語10] ラッソ回帰 : 説明変数の係数の絶対値の合計を、固定値より小さくするという制約の下で回帰分析を行うことで、結果の精度を上げた回帰分析手法。ノイズまでフィッティングさせてしまう過学習を防ぐために情報を追加する正則化法の一種。
論文情報
掲載誌 : |
The Journal of Physical Chemistry C |
論文タイトル : |
Multi-regression analysis of CO2 electroreduction activities on metal sulfides |
著者 : |
Yamaguchi, Akira; Arai, Katsuki; Aisnada, An Niza El; Lee, Ji-Eun ; Kitadai, Norio; Nakamura, Ryuhei; Miyauchi, Masahiro |
DOI : |
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