研究

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グラファイト表面へのペプチドの自己組織化によって触媒能を持つ新規バイオ電極の開発に成功

バイオ燃料電池やセンサへの応用に期待

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公開日:2022.07.21

要点

  • たった7つのアミノ酸からなるペプチドをグラファイト表面に自己組織化させ、緻密な集積構造をつくることに成功
  • 集積したペプチドにヘミンを複合化した複合分子集合体を用いた、天然酵素に匹敵する効率での電気化学触媒反応を実現
  • 効率的で安価かつ環境に優しい、新たな電気化学触媒の開発に期待

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の早水裕平准教授と駱偉(Luo Wei)大学院生(博士後期課程3年)らは、米国Syracuse大学Ivan Korendovych教授らの研究グループと共同で、グラファイト電極表面上に触媒活性のあるヘミン[用語1]分子とペプチド[用語2]の複合分子膜を形成し(図1)、天然の酵素に匹敵する効率で電気化学触媒反応を実現することに成功した。

これまでの研究から、特定のアミノ酸配列を有するペプチドが水溶液中でβシート構造を有するナノファイバーを形成し、触媒となる補因子[用語3]との複合分子構造へと自己組織化[用語4]することが知られていた。本研究では、それらのペプチドを電極となるグラファイト表面で自己組織化することに成功し、その表面に補因子としてヘミン分子を固定化することで触媒反応を可能とする電気化学界面を開発した。実際に、今回作製した過酸化水素(H2O2)の還元反応を試み、既報の酵素電極を用いたものと同等の反応効率を示すことが確認された。本研究成果により、効率的で安価かつ環境に優しい新しい電気化学触媒の開発が期待される。

本研究成果は5月26日(現地時間)に、「Nanoscale」のオンライン版に掲載された。

図1. (左)グラファイト表面に規則正しく自己組織化したペプチド(緑)にヘミン分子(赤)が自発的に吸着する様子を示した模式図。(右)最終的に形成されるグラファイト表面でのペプチド(緑)とヘミン分子(赤)からなる複合分子集合体を上から見た図。
図1.
(左)グラファイト表面に規則正しく自己組織化したペプチド(緑)にヘミン分子(赤)が自発的に吸着する様子を示した模式図。(右)最終的に形成されるグラファイト表面でのペプチド(緑)とヘミン分子(赤)からなる複合分子集合体を上から見た図。

背景

近年、共同研究者であるSyracuse大学Ivan Korendovych教授らの研究グループは、特定の配列を持つペプチドが集合体をつくることで、高い触媒活性を発現することを見出した [参考文献1]。これらのペプチドの配列はアミノ酸数が7つと短く、それ単体では触媒機能を持たないが、繊維状に自己組織化し、さらに触媒活性をもつ補因子と結合することで、高い触媒活性を示す。ペプチドを構成するアミノ酸の数が少ないことは、化学合成によって比較的簡単に大量生産できる利点につながると考えられ、さらにさまざまな補因子と組み合わせることで、触媒反応の種類を多様化することが可能となる。

これらの特殊なペプチド集合体は触媒アミロイドと名付けられ、触媒としての応用研究が進むことが見込まれている。高価な天然酵素を用いずに天然酵素を模倣した反応が実現できれば、さまざまな触媒反応の低コスト化につながると期待されている。

研究の経緯

本研究では、触媒アミロイドの応用範囲をさらに広げるために、固体表面上、特に電極表面にペプチドを集積することを試みた。これまで報告されてきた溶液中での応用では、触媒アミロイドの分離が難しいが、固体にペプチドを集積することができれば、反応後に生成物のみを取り出すことが容易となる。また、固体として電極材料を用いることで、より高い選択性や反応効率が期待できる電極化学触媒反応への応用にもつながると考えた。

早水准教授らのグループでは、これまでグラファイトなどの層状物質の表面で緻密な秩序構造へと自己組織化するペプチドの開発および評価を行ってきた[参考文献2-4]。これらのペプチドは、水溶液中で分散した状態から、グラファイト表面に吸着し、表面での拡散やペプチド間の相互作用を経て、秩序構造へと自己組織化する(図2)。この中でも、絹糸タンパク質を模倣したペプチドはβシート構造を形成し、グラファイト表面で自己組織化することが知られており[参考文献2]、前述の触媒アミロイド・ペプチドがβシート構造を取りやすいペプチドであることから、これらのペプチドもグラファイト表面で自己組織化構造を形成するのではないかと着想した。

図2 グラファイト表面に吸着し、分子膜へと自己組織化するペプチド

図2. グラファイト表面に吸着し、分子膜へと自己組織化するペプチド

研究成果

1. ペプチドの電極表面での自己組織化

本研究では表1に示したようなアミノ酸配列を持つ4種類のペプチドをグラファイト上に集積することを試みた。高触媒活性を持つペプチド(LMLHLFL, LILHLFL)と中程度の活性を持つペプチド(LHLFLFL, VHVHVYV)の溶液をそれぞれグラファイト電極表面上に滴下し、一定時間静置したのち、原子間力顕微鏡[用語5]を用いて表面構造を観測した。結果として、いずれのペプチドもグラファイト表面で緻密な秩序構造へと自己組織化することが明らかとなった(図3)。ペプチドは5 nm間隔で直線上に整列していることが分かり、グラファイト表面がアミロイド触媒ペプチドによって簡便に機能化できることが示された。

表1. ペプチドのアミノ酸配列

ペプチドのアミノ酸配列

図3 原子間力顕微鏡によって観測されたグラファイト表面上の自己組織化ペプチド

図3. 原子間力顕微鏡によって観測されたグラファイト表面上の自己組織化ペプチド

2. 補因子ヘミン分子のペプチド自己組織化構造への固定化

今回使用したペプチドは、すべて配列中にヒスチジン(H)を有するものを選定した。ヒスチジンは金属イオンと相互作用することが知られており、先行研究からも補因子であるヘミン分子と結合するために重要な役割を担っていることが分かっている。

ヘミン水溶液をペプチド被覆グラファイト表面上に滴下し静置したところ、ヘミン分子が固定化されたことが確認され、濃度条件を最適化したところ、ヘミン分子を高密度で分散性良く表面に固定化する条件を見出すことに成功した。

3. 電気化学触媒反応の評価

電極化学触媒反応の実証として、表面に固定化されたヘミン分子を用いて、過酸化水素(H2O2)を還元する実験を行った(図4)。実験では銀塩化銀電極とペプチドによって修飾されたグラファイト電極の間に適切な電圧を印加し、触媒反応によって得られる反応電流密度を計測した。H2O2濃度の上昇に伴い反応電流密度の増加が観測され、表1に示した4つのペプチドの中で、1のLMLHLFLのアミノ酸配列を持つペプチドが最も高い反応電流を示すことを確認した(図5)。今回得られた触媒活性は、これまでに天然酵素(西洋ワサビペルオキシダーゼ[用語6])を使用した酵素電極に匹敵するものであった。

さらに、H2O2に加えて3,3',5,5'-tetramethylbenzidine(TMB)を溶液に追加して、複数の基質に対する電気化学反応も検討したところ、ペプチドを介した触媒活性中心のヘミンからグラファイト電極への電子移動速度が、これまでに先行研究で報告されているヘミンを用いた電気化学反応の最高値と同等の値を示すことが分かった。

図4 自己組織化ペプチドに固定化されたヘミン分子による触媒反応

図4. 自己組織化ペプチドに固定化されたヘミン分子による触媒反応

自己組織化ペプチドに固定化されたヘミン分子によるH<sub>2</sub>O<sub>2</sub>の還元反応電流のH<sub>2</sub>O<sub>2</sub>濃度依存性

図5. 自己組織化ペプチドに固定化されたヘミン分子によるH2O2の還元反応電流のH2O2濃度依存性

社会的インパクト

酵素タンパク質を使用した電気化学電極は、酵素膜において標的分子と化学反応して電気信号に変換することが可能である。化学エネルギーを電気エネルギーに変えることができるため、バイオ燃料電池や標的物質の濃度を知るバイオセンサに広く応用されてきた。酵素タンパク質は生物が長い年月をかけて獲得した数百から数千のアミノ酸の配列によってその高い触媒活性を実現しているが、本研究では、たった7つのアミノ酸からなるペプチドが酵素と同等の触媒活性を電極表面で実現した。電気化学電極表面は、電圧が印加された人工的な環境であるため、生体環境中では安定に機能する酵素タンパク質を不安定にさせる可能性があるが、そのような人工的な環境でたった7つのアミノ酸からなるペプチドがその構造と触媒活性を維持していることは、新たな人工酵素電極の設計につながると考えられ、今後の電気化学とタンパク質工学の融合研究の大きな進展が期待できる。

今後の展開

本研究成果より、ペプチド自己組織化構造を利用して、酸化還元活性なヘミン分子をグラファイト電極表面に効率的に固定化できることが初めて明らかとなった。得られた分子複合構造体は、天然酵素に匹敵する効率で、一種および多種の基質反応において安定に触媒活性を有することが示された。本研究ではグラファイト電極を使用したが、他の固体表面の修飾も可能であることが期待され、近年発展が著しいナノ材料であるグラフェンを使用した高感度センサや、他のナノ材料の表面修飾にもこれらのペプチド・補因子集積技術が使用可能となれば、効率的で安価かつ環境に優しい、新しい電気化学触媒の幅広い応用につながることが考えられる。

付記

本研究はJSPS科研費 JP25706012, JP16H05973および精密測定技術振興財団の助成を受けて行われた。

参考文献

[1] Rufo, Caroline M., et al. "Short peptides self-assemble to produce catalytic amyloids." Nature chemistry 6.4 (2014): 303-309.
DOI:10.1038/nchem.1894

[2] Li, Peiying, et al. "Fibroin-like peptides self-assembling on two-dimensional materials as a molecular scaffold for potential biosensing." ACS applied materials & interfaces 11.23 (2019): 20670-20677.
DOI:10.1021/acsami.9b04079

[3] Sun, Linhao, et al. "Water stability of self-assembled peptide nanostructures for sequential formation of two-dimensional interstitial patterns on layered materials." RSC advances 6.99 (2016): 96889-96897.
DOI:10.1039/C6RA21244A

[4] Hayamizu, Yuhei, et al. "Bioelectronic interfaces by spontaneously organized peptides on 2D atomic single layer materials." Scientific reports 6.1 (2016): 1-9.
DOI:10.1038/srep33778

用語説明

[用語1] ヘミン : 鉄を含むポルフィリン分子の一種であり、酵素の補因子としての機能を持つ。

[用語2] ペプチド : アミノ酸がペプチド結合によって短い鎖状に連なった分子。一般にアミノ酸の数が50未満のものをペプチド、50以上のものをタンパク質と呼ぶ。

[用語3] 補因子 : 酵素が触媒活性をもつために必要なタンパク質以外の化学物質で、一般には分子もしくはイオン。

[用語4] 自己組織化 : 分子や原子などの物質が自発的に秩序を持つ大きな構造を作り出す現象。

[用語5] 原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy) : カンチレバー(片持ち梁)の先端に取り付けた鋭い探針を用いて、試料表面をなぞり、その時のカンチレバーの上下方向への変位を記録することにより、試料表面の凹凸形状の計測することができる顕微鏡。

[用語6] 西洋ワサビペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase : HRP) : 西洋ワサビの根から単離された酵素。分子量が比較的小さく安定なので、ウエスタンブロッティング法やELISA法などの実験において広く用いられる。過酸化水素に加えて多くの有機化合物を基質とする。

論文情報

掲載誌 :
Nanoscale
論文タイトル :
De novo designed peptides form a highly catalytic ordered nanoarchitecture on a graphite surface
著者 :
Wei Luo, Hironaga Noguchi, Chen Chen, Yoshiki Nakamura, Chishu Homma, Oleksii Zozulia, Ivan V. Korendovych, Yuhei Hayamizu
DOI :

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