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自動車排ガス浄化触媒内部の酸素吸蔵過程を可視化

三元触媒反応の鍵となる酸素挙動を直接観察

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公開日:2022.11.22

要点

  • 酸素同位体ラベリングにより、モデル三元触媒内の酸素吸蔵分布を可視化
  • 第一原理計算や酸素放出・吸蔵シミュレーションを併用し、吸蔵過程を詳細に解析
  • 三元触媒の排ガス浄化性能向上への寄与に期待

概要

東京工業大学 工学院 システム制御系の長澤剛助教、佐藤進准教授、小酒英範教授らの研究チームは、同機械系の花村克悟教授、Hanyang University(漢陽大学、韓国)のKyeounghak Kim助教ら、および株式会社デンソーと共同で、ガソリン車排ガス浄化用の三元触媒[用語1]内部における酸素吸蔵過程の可視化に成功した。

年々厳しさを増す自動車排ガス規制や将来のカーボンニュートラル燃料を含む燃料多様化への対応から、排ガス浄化触媒システムのさらなる高性能化とコスト低減が求められる。ガソリン車の排ガス浄化に広く使用される三元触媒においては、空燃比[用語2]変動時に同触媒に含まれる酸素吸蔵材料[用語3]が酸素の吸蔵と放出を行うことで、広範囲な運転条件において高い浄化率を維持している。酸素貯蔵能は三元触媒の性能に大きく影響するため、新規触媒・材料の設計と開発や高精度な三元触媒反応モデルの構築に向けて、三元触媒内部の酸素挙動を明らかにすることは重要となる。

今回、同グループは酸素同位体ラベリング[用語4]と反応のクエンチ[用語5]を組み合わせた手法を用い、酸素吸蔵材料であるセリアジルコニア固溶体の緻密基板上に金属パラジウムを担持したモデル三元触媒内部に吸蔵された酸素の分布を可視化することに成功した。またパラジウム/セリアジルコニア界面における第一原理計算[用語6]を実施し、これと可視化結果を基に酸素放出・吸蔵メカニズムの詳細な考察を行った。さらに酸素放出・吸蔵過程の数値解析を行い、解析結果と可視化結果の比較から、局所の酸素放出・吸蔵速度を定量化する手法を構築した。

本研究成果は、国際学術誌「Chemical Engineering Journal」オンライン版に2022年10月22日付で掲載された。

背景

年々厳しさを増す自動車排ガス規制や将来のカーボンニュートラル燃料を含む燃料多様化への対応から、排ガス浄化触媒システムのさらなる高性能化が求められる。また近年は実路走行時の排ガスを対象としたRDE規制[用語7]も導入が開始され、排ガス流量や空燃比の変動にも対応でき、幅広い温度・気体組成に対応可能な排気触媒システムの開発が求められている。ガソリンエンジンにおいては、理論空燃比にて一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HC)を同時に浄化することができる三元触媒が広く普及しているが、低温域での活性向上や貴金属使用量の低減、性能劣化の抑制、およびモデルベース開発[用語8]に向けた、幅広い運転条件における触媒の浄化性能や劣化挙動を高精度に予測できる反応モデルの構築など、解決すべきさまざまな課題が存在する。これらの課題を解決していく上で、三元触媒内の反応機構や物質挙動などに関して、より詳細な理解を深めていくことが求められている。

本研究では特に、三元触媒内での酸素挙動に着目した。三元触媒においては、空燃比変動時に同触媒に含まれる酸素吸蔵材料が酸素の吸蔵と放出を行うことで、広範囲な運転条件における高い浄化率を維持している。酸素貯蔵能や酸素放出・吸蔵速度は三元触媒の性能に大きく影響するため、新規触媒・材料の設計や開発、高精度な三元触媒反応モデルの構築に向けて、三元触媒内部の酸素挙動を明らかにすることは重要となる。これまでも分光学的手法[用語9]など、さまざまな方法で三元触媒反応は広く調べられてきたが、触媒内部における酸素挙動を直接観察した例は報告されていなかった。

研究成果

図1に三元触媒の模式図と本研究のアプローチを示す。本研究では酸素吸蔵材料であるセリアジルコニア固溶体(CZ)の緻密基板上に金属パラジウム(Pd)を担持したモデル三元触媒を作製し、これに酸素同位体ラベリングと反応のクエンチを組み合わせた可視化技術(同位体クエンチ法)[参考文献1]を適用することで、Pd/CZ界面付近の酸素吸蔵分布を可視化した。

図1 三元触媒の模式図と本研究のアプローチ

図1. 三元触媒の模式図と本研究のアプローチ

はじめに600℃にてモデル三元触媒を水素雰囲気に保持し、サンプルから酸素を放出させた。次に雰囲気を酸素同位体18O2に切り替えて一定時間18O2を吸蔵させたのち、ヘリウムガス噴流によってサンプルを室温へと約1秒にて急冷(クエンチ)を行なった。これにより、CZ内部に入り込んだ18Oの動きが凍結保存されることになる。その後、クエンチしたサンプル断面および表面における酸素同位体18Oの分布を、最高空間分解能50 nmの二次イオン質量分析計(SIMS)[用語10]にて取得した。

図2に本研究にて得られた可視化結果を示す。上段が18O濃度分布であり、下段が対応する箇所の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。また(a)はモデル三元触媒断面、(b)は表面であり、(c)は(b)の一部を高倍率にて観察した結果である。図2(a)より、18OはCZ表面から内部へと浸透し、その濃度および浸透深さはPd周辺で増加していることが分かる。また図2(b)より、CZ表面においては各Pd粒子を取り囲むように18O濃度が高い領域が形成されている様子が確認される。図2(c)の表面拡大画像より、Pd/CZ界面(黒破線部)から離れるにつれ、CZ表面の18O濃度は徐々に減少していくことが分かる。このように本可視化により、CZへの酸素吸蔵がPdとの界面において促進され、吸蔵された酸素がCZ深さ方向および表面方向に拡散していく様子を直接捉えることに成功した。

図2 モデル三元触媒の(a)断面および(b、c)表面における酸素同位体濃度分布

図2. モデル三元触媒の(a)断面および(b、c)表面における酸素同位体濃度分布

また可視化結果の物理化学的理解を深めるため、第一原理計算によりPdがCZの酸素空孔生成エネルギー[用語11]に与える影響を調査した。その結果、図3(a)に示すように、Pd周囲においてCZ表面の酸素空孔生成エネルギー(2.36 eV)が、Pd無しの場合(2.51 eV)と比較して低下することが明らかとなった(図3(a)の破線黒丸部分)。これは酸素放出過程において、Pd周囲の酸素が放出されやすく、酸素吸蔵サイトが豊富に生成されることを示している。

さらに可視化画像を定量的に解析するため、拡散方程式を基にした酸素放出・吸蔵シミュレーションを実施し、図2(a)の結果と比較することでサンプル表面のPd部およびCZ部における局所の酸素放出・吸蔵速度を取得した(図3(b))。得られた値は一般的なPd/CZ粉末試料の熱重量分析[用語12]から算出された酸素放出・吸蔵速度と同様の傾向(大小関係)を示し、また絶対値としても同じオーダーとなることが分かった。これは本可視化手法が、実際の粉末から構成される三元触媒の挙動を正確にシミュレーションする技術の確立に利用可能なことを示している。

(a)第一原理計算によるPd/CZ表面の酸素空孔生成エネルギー分布 (b)実験と酸素放出・吸蔵シミュレーションによる断面18O濃度分布の比較
図3.
(a)第一原理計算によるPd/CZ表面の酸素空孔生成エネルギー分布
(b)実験と酸素放出・吸蔵シミュレーションによる断面18O濃度分布の比較

社会的インパクト

今回報告した可視化手法により、金属と酸素吸蔵材料から構成される系における酸素の挙動を定性的・定量的に直接調べることが可能となった。これにより、さまざまな種類の酸素吸蔵材料および金属元素の組み合わせに対して、実際の巨視的な三元触媒性能を、本手法から得られる局所的な酸素分布と直接関連付けて議論することが可能となる。

今後の展開

今後、幅広い温度とガス雰囲気条件、さまざまな種類の酸素吸蔵材料および金属元素を用いた実験を行うことにより、酸素吸放出挙動と三元触媒反応機構の包括的な解明、幅広い運転条件における触媒の浄化性能や劣化挙動を高精度に予測できる反応モデルの構築、さらには新規触媒・材料の設計と開発に寄与することが期待される。

付記

本研究の一部は公益財団法人精密測定技術振興財団の助成を受けたものである。

参考文献

[1] T. Nagasawa and K. Hanamura, Microstructure-scaled active sites imaging of a solid oxide fuel cell composite cathode, J. Power Sources 367, 57-62 (2017).

用語説明

[用語1] 三元触媒 : 自動車の排ガス中に含まれる有害物質である一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素を同時に浄化する触媒。理論空燃比において高い浄化性能を示し、主にガソリンエンジンに使用される。

[用語2] 空燃比 : 燃焼時の燃料質量に対する空気質量の比。特に空気と燃料が過不足なく燃焼する時の空燃比を理論空燃比といい、通常のガソリンエンジンでは14.7となる。

[用語3] 酸素吸蔵材料 : 雰囲気の酸素過剰/欠乏状態に対応して、酸素を吸収/放出する機能を備えた材料。本研究で使用したセリアジルコニア固溶体はその代表例であり、セリウムの酸化/還元(Ce4+/Ce3+)に伴って酸素の吸収/放出が起こる。

[用語4] 酸素同位体ラベリング : 酸化物材料などの内部における酸素の動きを調べるために、通常の酸素16Oの代わりに酸素同位体18Oを材料へ導入する試験。

[用語5] クエンチ : 高温における化学反応の温度を急激に下げることにより反応を凍結すること。

[用語6] 第一原理計算 : 物質を構成する電子の運動を量子力学のシュレーディンガー方程式に従って数値計算により解く手法。実験では難しい原子スケールの物理現象を調べることが出来る。

[用語7] RDE規制 : 自動車の排ガス規制の一種であり、実路走行時の排出ガス量(Real Driving Emission)を対象とする規制のこと。

[用語8] モデルベース開発 : 設計工程でコンピュータ上に作成するモデルを元に、シミュレーションによる検証を行いながら開発を進める手法。試作を繰り返す従来手法と比べ、開発期間の短縮や品質の向上などのメリットが得られる。

[用語9] 分光学的手法 : 対象物の透過光や反射光強度を周波数やエネルギーなどの関数として示すスペクトルを得ることで、物質内部の化学結合や電子状態を調べる手法。

[用語10] 二次イオン質量分析計(SIMS) : 高真空下にて材料に一次イオンを照射し、飛び出してきた二次イオンの質量を計測することにより、材料内部の深さや面方向の化学種分布を計測する装置。同位体の分布も取得できる。

[用語11] 酸素空孔生成エネルギー : 物質中から酸素原子を1個取り除くのに必要なエネルギーであり、小さいほど酸素空孔が生成されやすい。

[用語12] 熱重量分析 : 試料を所定の雰囲気・温度条件下に置いた際の重量変化を測定する手法。今回は酸素の放出・吸蔵に伴う質量の減少・増加速度から酸素放出・吸蔵速度を算出した。

論文情報

掲載誌 :
Chemical Engineering Journal
論文タイトル :
Visualization of oxygen storage process in Pd/CeO2-ZrO2 three-way catalyst based on isotope quenching technique
著者 :
Tsuyoshi Nagasawa, Atsushi Kobayashi, Susumu Sato, Hidenori Kosaka, Kyeounghak Kim, Hyo Min You, Katsunori Hanamura, Ami Terada, Takao Mishima
DOI :

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