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硫化水素が細菌の抗生物質耐性を高める仕組みを解明

新規抗生物質開発への期待

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公開日:2022.12.22

要点

  • 大腸菌の硫化水素センサータンパク質「YgaV」が硫化水素に応答して遺伝子の働きを調節する仕組みを解明
  • YgaVの機能を欠損させると、大腸菌の抗生物質耐性が弱まることを発見
  • 新たな抗生物質の創薬につながると期待

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系のRajalakshmi Balasubramanian(ラジャラクシミ・バラスブラマニアン)大学院生(博士後期課程3年)、増田真二准教授、東京大学 大学院総合文化研究科の清水隆之助教、大阪公立大学 大学院理学研究科の居原秀教授を中心とした研究グループは、今まで不明だった、硫化水素(H2S)が細菌の抗生物質耐性を高めるメカニズムを解明した。

硫化水素は細菌にとって電子源となる一方、呼吸などを阻害する有害物質でもあることから、細菌は硫化水素量を適切に感知する仕組みを持っていると考えられている。一方、硫化水素合成が細菌の抗生物質耐性に寄与することは知られていたが、その働きの詳細なメカニズムまでは解明されていなかった。

今回、硫化水素に依存した遺伝子発現[用語1]を包括的に行う、大腸菌の硫化水素センサータンパク質「YgaV」を解析し、このタンパク質が嫌気呼吸に関連した遺伝子の働きを制御することを発見した。さらに、YgaVの機能を欠損させると抗生物質耐性を著しく阻害できることを明らかにした。このメカニズムの解明は、新たな抗生物質の開発につながるものと期待される。

本研究成果は11月28日に「Antioxidants」オンライン版に掲載された。

背景

近年、硫化水素(H2S)は、動物や細菌内で一定量生合成され、様々な生理機能の調節に働くことが明らかになってきている。特に細菌における硫化水素合成は、抗生物質耐性や宿主への感染・増殖を促進することが報告されており、その機能に注目が集まっている。

増田准教授らはこれまでに、硫化水素を光合成の電子源にする細菌から、硫化水素応答性転写因子「SqrR」の同定に成功している。SqrRは、硫化水素を積極的に利用しない細菌にも保存されていた。硫化水素は動物の腸内で比較的濃度が高く、その量は腸内細菌叢の活動により大きく変動すると考えられている。そのため、腸内細菌にとって硫化水素への応答は生育に重要であるが、その仕組みは不明のままだった。

研究成果

本研究では、腸内細菌がどのように硫化水素に応答しているかを調べるために、大腸菌のSqrRと相同性のあるタンパク質「YgaV」を同定し、その機能解析を行なった。網羅的な転写物解析[用語2]から、YgaVは通常条件(硫化水素のない条件)において、嫌気呼吸に関連した遺伝子の発現(転写)を抑制しているが、硫化水素を添加することでその抑制が解除されることを見出した。具体的には、精製したYgaVは、硫化水素イオンと共存させると、光合成細菌のSqrRと同様に、2つのシステイン間に分子内テトラスルフィド結合[用語3]を形成し、その結果として遺伝子発現を抑制させる機能が低下する。これにより、活性酸素種が過剰生産されて抗生物質への耐性が著しく低下することを明らかにした。

図1. YgaVによる転写制御機構とその生理的重要性のモデル:硫化水素(H2S)のない条件においてYgaVは嫌気呼吸に関連した遺伝子の転写を抑制している。腸内の硫化水素濃度が高まると、大腸菌の呼吸酵素の1つCyt boは阻害される。この条件になると、4つのイオウ(S)を介した架橋がYgaVの分子内にでき、構造が変化し、YgaVは遺伝子発現抑制能を失う。その結果、もう1つの呼吸酵素Cyt bdなどの微好気・嫌気的生育に必要なタンパク質が作られ、電子が適切に処理され、活性酸素種の生成が抑えられる。YgaVを欠損すると、抗生物質(アンピシリン)への耐性が弱まる。
図1.
YgaVによる転写制御機構とその生理的重要性のモデル:硫化水素(H2S)のない条件においてYgaVは嫌気呼吸に関連した遺伝子の転写を抑制している。腸内の硫化水素濃度が高まると、大腸菌の呼吸酵素の1つCyt boは阻害される。この条件になると、4つのイオウ(S)を介した架橋がYgaVの分子内にでき、構造が変化し、YgaVは遺伝子発現抑制能を失う。その結果、もう1つの呼吸酵素Cyt bdなどの微好気・嫌気的生育に必要なタンパク質が作られ、電子が適切に処理され、活性酸素種の生成が抑えられる。YgaVを欠損すると、抗生物質(アンピシリン)への耐性が弱まる。

以上のことから、大腸菌は、YgaVを利用して嫌気呼吸に必要な遺伝子の発現を硫化水素依存的に制御することで、酸素呼吸と嫌気呼吸とを適切に切り替え、その結果、活性酸素種の生成をできる限り抑制していることが判明した。また、この切り替えは、抗生物質に晒された際の活性酸素種の生成の抑制、また、薬剤耐性を示す上で重要な役割を持つことも示唆された。

社会的インパクト

本研究により、特定の転写因子の働きが抗生物質耐性に作用する際のメカニズムを明らかにした。抗生物質の開発と多剤耐性菌の出現はイタチごっこが続いており、今回の抗生物質の新たなターゲットの同定は、新規の抗生物質の開発を加速化させる可能性を秘めている。

今後の展開

これまで、硫化水素応答が抗生物質耐性に作用していること、また腸内細菌の生理機能に重要な役割をもつことはわかっていたが、その仕組みは未解明であった。今回、大腸菌を用いた研究から、硫化水素に応答したYgaVによる転写の制御が抗生物質耐性に重要であることがわかった。この発見は、抗生物質の開発に向け新たな指針を提供すると期待される。

研究グループ

本研究は、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系のRajalakshmi Balasubramanian(ラジャラクシミ・バラスブラマニアン)大学院生(博士後期課程3年)、堀孝一助教、増田真二准教授、同大学 化学生命科学研究所の田中寛教授、東京大学 大学院総合文化研究科の清水隆之助教、大阪公立大学の岡村佳映大学院生(博士前期課程1年)、笠松真吾助教、居原秀教授と共同で行われた。

付記

本研究は、科学研究費助成事業の学術変革A(21H05271)、基盤研究A(18H03941)、基盤研究B(22H02236、21H02082)、基盤研究C:(22K06148)、若手研究B(21K15038)と大隅基礎科学創成財団の支援を受けて実施された。

用語説明

[用語1] 遺伝子発現 : 遺伝情報からタンパク質が作り出される過程を指す。すなわち、遺伝子の実体DNAからRNAが合成され(転写)、RNAからタンパク質が作られる(翻訳)一連の過程を指す。

[用語2] 転写物解析 : 細胞内の、大量のmRNA分子の個々の配列と量を明らかにする解析。

[用語3] テトラスルフィド結合 : タンパク質の2つのシステイン間に4つの硫黄が直列につくる結合。

論文情報

掲載誌 :
Antioxidants
論文タイトル :
The Sulfide-Responsive SqrR/BigR Homologous Regulator YgaV of Escherichia coli Controls Expression of Anaerobic Respiratory Genes and Antibiotic Tolerance
著者 :
Rajalakshmi Balasubramanian, Koichi Hori, Takayuki Shimizu, Shingo Kasamatsu, Kae Okamura, Kan Tanaka, Hideshi Ihara, and Shinji Masuda
DOI :

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