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一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物

ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に期待

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公開日:2023.08.31

要点

  • チオシアン酸イオンを導入した新しい有機−無機ハイブリッド化合物の合成と結晶構造の解明に成功。
  • 得られた化合物がペロブスカイト構造の安定化に寄与することを発見。
  • ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上に期待。

概要

東京工業大学 物質理工学院 材料系の大見拓也大学院生、同 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、山本隆文准教授らの研究グループは、ペロブスカイト太陽電池[用語1]の材料として有望視されるFAPbI3(FA = CH(NH2)2)にチオシアン酸イオン[用語2]を導入した、新しい有機−無機ハイブリッド化合物[用語3]の合成とその結晶構造解析に成功した。

ペロブスカイト太陽電池は、低コストでフレキシブルな次世代の太陽電池として期待されており、再生可能エネルギー普及の一端を担う。ペロブスカイト構造[用語4]を持つFAPbI3はペロブスカイト太陽電池の主要な材料として知られているが、構造の安定化に150℃以上の高温が必要であり、室温では徐々に発電効率の悪い別の構造に変化してしまうため、耐久性の向上が課題とされていた。

本研究ではペロブスカイトFAPbI3のヨウ化物イオン(I-)の一部をチオシアン酸イオン(SCN-)で置き換えた、新しい有機−無機ハイブリッド化合物の合成に初めて成功した。結晶構造解析の結果、本化合物はペロブスカイト構造に一次元の欠陥が周期的に整列した特異な結晶構造を持つことが明らかとなった。さらに、今回合成に成功した化合物はFAPbI3と共存することで、ペロブスカイト構造の低温での安定化を補助する効果があることが明らかとなった。この知見を活かすことで、ペロブスカイト太陽電池の耐久性向上が期待できる。

本研究は、コロラド州立大学のIain W. H. Oswald(イアン・オスワルド)博士研究員(当時)、James R. Neilson(ジェームス・ネイルソン)准教授、オックスフォード大学のNikolaj Roth(ニコラジ・ロス)博士研究員(当時)、東京工業大学の西岡駿太助教(当時)、前田和彦教授、藤井孝太郎助教、八島正知教授らが参画した。本研究成果は、8月31日付「Journal of American Chemical Society」誌のオンライン版で掲載された。

一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物の結晶構造

一次元の欠陥が整列した新しい有機−無機ハイブリッド化合物の結晶構造

背景

地球温暖化等の環境問題の解決が望まれる現代において、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの開発が急務である。ペロブスカイト太陽電池は、低コストでフレキシブルという特徴から、次世代の発電方式として近年大きな注目を集めている。

ペロブスカイト太陽電池の材料には、MAPbI3(MA = CH3NH3)やFAPbI3(FA = CH(NH2)2)に代表されるペロブスカイト構造を有する有機−無機ハイブリッド化合物が使われており、それらの物質の改良が太陽電池の性能向上の鍵を握っている。特にFAPbI3を用いた太陽電池は目覚ましい発展を見せており、その発電効率は25 %を超える。しかし、FAPbI3は通常、ペロブスカイト構造の安定化に150℃以上の高温が必要であり、室温では発電効率の悪い別の構造に徐々に変化してしまうため、耐久性の向上が課題とされてきた。

最近、FAPbI3薄膜にチオシアン酸イオンを添加すると、高い安定性と優れた太陽電池性能を示すことが海外の研究グループから報告され、注目を集めた。しかしチオシアン酸イオンがどのように物質中に存在し、ペロブスカイト構造を安定化するのかは不明であった。

研究成果

本研究では、ペロブスカイトFAPbI3(FA = CH(NH2)2)に含まれるヨウ化物イオン(I-)の一部をチオシアン酸イオン(SCN-)で置き換えた、新しい有機−無機ハイブリッド化合物の合成に初めて成功した。この化合物はペロブスカイトFAPbI3よりも低温で結晶化し、乾燥空気中、室温で安定に存在できることが分かった。

得られた化合物の単結晶構造解析を行ったところ、ペロブスカイト構造の基本骨格は維持しているものの、チオシアン酸イオンがペロブスカイト構造に一次元の穴を開け、その穴(欠陥)が周期的に整列していることが明らかとなった(図1)。また、通常のFAPbI3ではペロブスカイト構造を安定化するのに150℃以上の高温を要するが、今回発見された化合物と共存することで、50℃以下でも安定化可能であることが分かった。研究グループは、この結晶構造解析の結果の解釈から、得られた穴開きの結晶構造が足場として働き、ペロブスカイトFAPbI3を安定化するという機構を提案した。

図1. 結晶構造解析によって得られたヨウ化物イオン(I-)の一部をチオシアン酸イオン(SCN-)で置き換えたFAPbI3の結晶構造。
図1.
結晶構造解析によって得られたヨウ化物イオン(I-)の一部をチオシアン酸イオン(SCN-)で置き換えたFAPbI3の結晶構造。

社会的インパクトと今後の展開

本研究では、チオシアン酸イオンが添加されたFAPbI3の粉末および単結晶を世界で初めて合成し、その結晶構造を明らかにした。ペロブスカイト太陽電池は世界中で苛烈な研究競争が行われており、FAPbI3の耐久性向上はその重要な課題の1つである。今回得られた結果は耐久性向上のメカニズムを解く重要なカギとなる可能性があり、今後のペロブスカイト太陽電池研究の発展に寄与すると考えられる。また、得られた新規物質の結晶構造は基礎研究の視点でも興味深く、今後の新規有機−無機ハイブリッド化合物開拓にも寄与する結果であるといえる。

付記

本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費「擬ハロゲンに着目した新規有機-無機ハイブリッドペロブスカイトの探索と機能開拓(課題番号:22KJ1328、代表:大見拓也 東京工業大学 大学院生)」、学術変革領域研究(A)「超セラミックス:分子が拓く無機材料のフロンティア(課題番号:22H05147、分担:山本隆文 東京工業大学 准教授)(課題番号:22H05148、代表:前田和彦 東京工業大学 教授)(課題番号:23H04618、代表:藤井孝太郎 東京工業大学 助教)」、国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクト等の助成を受けて行われた。

用語説明

[用語1] ペロブスカイト太陽電池 : 色素増感型太陽電池の一種で、光吸収層にペロブスカイト材料を用いたもの。製造が簡便であり、また軽量かつ柔軟な薄膜にできることから、太陽電池材料として大きな注目を集めている。近年、盛んな研究開発により急速に発電効率を向上させている一方で、安定性や毒性などの問題点の解決が望まれている。

[用語2] チオシアン酸イオン : イオン式SCN-で表される、一価の分子性の陰イオン。直線的に3つのS, C, N原子が並んだ形状をしている。有効イオン半径は約2.2 Åであり、ヨウ化物イオン(I-)と同等であるが、直線型の形状に起因した異方性を持つ。

[用語3] 有機−無機ハイブリッド化合物 : ここでは無機イオンから構成される結晶骨格と、分子性の有機イオンが共存する化合物を指す。FAPbI3(FA = CH(NH2)2)などのハイブリッドペロブスカイト化合物が典型例である。

[用語4] ペロブスカイト構造 : ABX3(一般的にAおよびBは陽イオン、Xは陰イオンが占める)の組成を持つ化合物に現れる結晶構造。BX6八面体が頂点共有で3次元につながったネットワークを持ち、その間隙をAが占める。鉱石である灰チタン石CaTiO3がその名の由来である。

論文情報

掲載誌 :
Journal of American Chemical Society
論文タイトル :
Thiocyanate-Stabilized Pseudo-Cubic Perovskite CH(NH2)2PbI3 from Coincident Columnar Defects Lattices
著者 :
Takuya Ohmi, Iain W. H. Oswald, James R. Neilson, Nikolaj Roth, Shunta Nishioka, Kazuhiko Maeda, Kotaro Fujii, Masatomo Yashima, Masaki Azuma, Takafumi Yamamoto
DOI :

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