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金属有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)において光照射により予期せぬ超高速構造変化を発見

光励起による強誘電性発現などにより新規超高速光応答デバイスの開発へ

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公開日:2023.09.19

要点

  • 金属有機構造体(MOF)結晶において、光照射によって結晶構造変化を伴う新しい電荷秩序状態が室温において生じることを発見。
  • 10兆分の1秒のパルス幅のレーザーを用いた超高速時間分解分光計測により、光誘起過渡状態において予期せぬ構造変化を示す結果を得た。
  • MOF結晶をベースとした新しい光応答物質の開発にあたり、その基本概念を変更させる重要な知見であり、光誘起強誘電性などの超高速光応答性物質の新規開発に期待。

概要

東京工業大学 理学院 化学系のSamiran Banu(サミラン・バヌ)大学院生(博士後期課程3年)と石川忠彦助教、腰原伸也教授らの研究チームは、東北大学 金属材料研究所の宮坂等教授および高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の岩野薫講師(故人)の研究チームと共同で、金属有機構造体[用語1](Metal-Organic Framework:MOF)結晶において、室温下での光励起[用語2]を行うと、超高速結晶構造変化を伴う新しい電子状態が発生することを明らかにした。この状態が光励起特有の隠れた秩序状態であることも分かった。

室温より高温で電荷移動型相転移[用語3]を起こすMOF結晶である(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]において、室温で10兆分の1秒のパルス幅の超短パルスレーザー光による時間分解分光を行った結果、有機分子イオン周りの局所的な反転対称性の破れ[用語4]を伴う、当初予期しなかった光誘起構造変化を示す反射率スペクトルを得た。

本研究成果は、MOFの構造が強固だという従来の思い込みを覆し、多彩なMOF結晶が、光励起により超高速な結晶構造変化を伴う新しい電荷秩序状態を生ずる物質の候補であることを示している。MOF結晶の多孔質性を活かしたフォトクロミズム[用語5]や、光磁性デバイスの開発の端緒となるだけでなく、マクロな反転対称性の破れによる強誘電体[用語6]の光制御の可能性を開くものである。

本研究成果は、9月13日付の「Advanced Optical Materials」に掲載された。

(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]での光誘起状態変化のイメージ。

(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]での光誘起状態変化のイメージ。

背景

金属有機構造体(Metal-Organic Framework:MOF)は、金属イオンと有機分子イオンがネットワーク状に繰り返し結合した構造を持つ物質である。ナノメートルオーダーの無数の空間を有し、単位体積あたりの表面積が大きいという特徴がある。また、金属イオンと有機分子イオンを選択することで多様なMOFの合成が可能である。多孔質という特徴から、主にガスの選別・貯蔵や触媒活性の場として注目されてきた。一方、強固な結合で構成される構造的特徴から、温度や電場、磁場といった外場に対する応答は期待できないと考えられてきた。その中で、東北大学の宮坂教授の研究チームは最近、電荷移動型相転移をする物質(電荷移動型MOF)の開発を続けてきた。これは、MOFを構成する金属元素と有機分子に複数の安定価数を持つものを採用し、金属元素に電子供与体[用語7](ドナー:D)、有機分子に電子受容体[用語8](アクセプター:A)の役割を持たせることで、温度や磁場などで金属元素と有機分子との間での電荷移動を可能にした物質である。

電荷移動型相転移を起こす物質は、相転移のきっかけとなり得る電荷移動遷移を、光励起によって直接起こすことが期待でき、光誘起相転移[用語9]と呼ばれる高効率の光誘起状態変化が実現する系として注目されている。その代表例であるTTF-CAと呼ばれる物質は、電荷移動型相転移の一種である中性イオン性相転移[用語10]を微弱な光励起により高効率で起こすことで知られている。TTF-CAの場合、電荷移動相転移の際にドナーとアクセプター間の距離が変化する構造変化が生じることが分かっているが、高効率の光誘起状態変化に対してこの構造変化がどのような役割を果たしているのかは明らかになっていなかった。

本研究では、電荷移動型MOFの一種で、室温より高温で電荷移動型相転移を起こす(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3](図1)を超短パルスレーザー光で励起し、光誘起状態の性質を調べた。本物質は、強固な骨格を持ち、温度変化による電荷移動型相転移の際には対称性の変化を伴う構造変化を起こさない。本物質に、光を照射した場合にどのような励起状態やダイナミクスが観測されるのか?またその光励起に対する状態変化の効率は高いのだろうか?という疑問に対する回答を得ることが期待された。

図1. (NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]結晶中の鉄イオンと有機分子の2次元ネットワーク構造。
図1.
(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]結晶中の鉄イオンと有機分子の2次元ネットワーク構造。

研究成果

10兆分の1秒の時間幅を持つフェムト秒パルスレーザー[用語11]を用いたポンププローブ型時間分解分光[用語12](図2)を利用し、低温相である室温で反射光強度の遅延時間依存性を調べたところ、得られた結果は意外なものであった。

鉄イオンと有機分子イオンの電荷移動遷移にあたる赤外光を励起光として印加したところ、光励起直後に非常に高速(10兆分の1秒以内)かつ大きな反射率変化を、赤外域から紫外域にわたる幅広いエネルギー域で観測した。可視紫外域の反射率変化は、物質中に入れた光子数を超える数の有機分子イオンの価数が低温相の−3価から高温相の−2価へ変わったことに由来するものと考えられる。一方で、特に赤外域の反射率変化(図3)は、温度変化に伴う相転移の際には見られない現象であり、単なる電荷移動だけでは説明できないものであることが明らかとなった。すなわち、“光励起でしか現れない隠れた秩序状態”が出現したことが、特異な反射率変化の起源と考えられる。

図2. ポンププローブ型時間分解分光の実験概念図。Δtは、ポンプ光パルスが試料に到達してからプローブ光パルスが試料に到達するまでの時間差。
図2.
ポンププローブ型時間分解分光の実験概念図。Δtは、ポンプ光パルスが試料に到達してからプローブ光パルスが試料に到達するまでの時間差。
図3. 電荷移動遷移のエネルギー域での反射率スペクトル。ポンププローブ型時間分解分光で測定した光照射直後のスペクトル(丸)と、定常状態の低温相(296 K、水色破線)、高温相(380 K、緑色破線)のスペクトル、及び光誘起状態として高温相を仮定した場合(紫色細実線)と光誘起状態のみ観測される新しい光学遷移が現れると仮定した場合(赤色太実線)の計算によるシミュレーション結果。新しい光学遷移が現れると仮定した場合が実験結果を良く再現する。
図3.
電荷移動遷移のエネルギー域での反射率スペクトル。ポンププローブ型時間分解分光で測定した光照射直後のスペクトル(丸)と、定常状態の低温相(296 K、水色破線)、高温相(380 K、緑色破線)のスペクトル、及び光誘起状態として高温相を仮定した場合(紫色細実線)と光誘起状態のみ観測される新しい光学遷移が現れると仮定した場合(赤色太実線)の計算によるシミュレーション結果。新しい光学遷移が現れると仮定した場合が実験結果を良く再現する。

反射率スペクトル解析の過程で、電荷移動遷移のエネルギー域および分子内振動のエネルギー域のスペクトル変化を再現するための要因を明らかにするために、実験結果とシミュレーション結果を比較した。その結果、温度変化による相転移の際に観測される光学遷移とは別に、それぞれのエネルギー域で光誘起過渡状態[用語13]のみで現れる新しい光学遷移の存在を仮定する必要があることが分かった(図3)。これら2つのエネルギー域での光誘起過渡状態特有の光学遷移の起源については、有機分子イオン周りの局所的な反転対称性の破れが生じた事により光学禁制[用語14]な遷移が許容となった、とする機構で解釈できることが明らかとなった。

光を印加した際にMOFの構造中に局所的な反転対称性の破れが生じることも明らかになった。これは、有機分子イオン周りの結晶構造が光誘起変化を起こしたためと考えられる(図4)。この結果は本来強固な結合をもつ本物質で当初予測されていた構造変化の無い状態変化とは全く違った想定外の結果である。強固な結合を持つ結晶も「光照射により突然柔らかくなり構造変化を起こす」というこの事実は、外場応答する物質として扱われることが少なかったMOFをベースとした新規光応答物質の開発にあたり、その基本概念を変更させる重要な知見である。

図4. 想定される2種類の光誘起状態の構造(Model 1とModel 2)。ある特定の一方向につながったドナーアクセプターのみを描いている。2種類の構造では、アクセプターの変位の周期が異なる。
図4.
想定される2種類の光誘起状態の構造(Model 1とModel 2)。ある特定の一方向につながったドナーアクセプターのみを描いている。2種類の構造では、アクセプターの変位の周期が異なる。

社会的インパクト

本研究で明らかになった、光印加に伴って非常に高速かつ高効率な構造変化が起こるという結果は、新しい光機能性物質の開発に対しての重要な知見であると考えている。加えて、温度誘起では生ずることのない、隠れた秩序状態を利用できるため、温度による影響が少ない光デバイス開発も可能となる。

従来、MOFは、ガスセンサーや触媒の用途が注目されているが、光応答性をそこに組み入れる事が出来れば、遠隔・非接触でガスの選択性や触媒としての活性を制御するような新しい機能性が実現できるだろう。

今後の展開

光で導入された局所的な反転対称性の破れを、集団的な反転対称性の破れにつなげることができれば、光による強誘電体の生成制御への道が開けると考えられる。また、電荷移動型MOFは、構成する分子を変えることにより電荷移動度の異なるさまざまな結晶を得ることができるため、光刺激に対して超高速応答をする新物質のさらなる発見も期待できる。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP18H05208、JP21K03427、JP21H01900)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2106)などの支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 金属有機構造体 : 金属イオンと有機分子イオンがネットワーク状に繰り返し結合した構造を持つ物質。多孔性や大きな比表面積を持つことが特徴であり、主にガスの選別・貯蔵や触媒活性の場として注目されている。

[用語2] 光励起 : 試料に光照射をおこないエネルギーを注入し、励起状態をつくること。

[用語3] 電荷移動型相転移 : 温度変化などにより、結晶を構成している電子供与体分子と電子受容体分子の間で自発的に電子のやり取りが起き、構成分子の価数が変わる相転移。

[用語4] 反転対称性の破れ : 空間座標の正負を入れ替えた時に状態が変わらないことを、反転対称性がある、と言い、変化する場合を「反転対称性の破れ」と表現する。

[用語5] フォトクロミズム : 光照射により物質の色が変わる現象。

[用語6] 強誘電体 : 外場によらずマクロな分極が自発的に生じている物質を指す。代表例として、BaTiO3などがある。

[用語7] 電子供与体 : 陽イオン化して電子を放出しやすい性質を持つ。

[用語8] 電子受容体 : 陰イオン化して電子を受け取りやすい性質を持つ。

[用語9] 光誘起相転移 : 固体結晶中で、光励起により、マクロな結晶の性質が変化したと考えられるような高効率な状態変化が起こる現象。

[用語10] 中性イオン性相転移 : 電荷移動型相転移の一種であり、構成分子が中性分子とイオン性分子の間で移り変わる相転移を指す。

[用語11] フェムト秒パルスレーザー : 100 フェムト秒(=10兆分の1秒、1フェムト秒は、1,000兆分の1秒)程度の時間幅を持つパルス光を発生するレーザー光源

[用語12] ポンププローブ型時間分解分光 : 時間間隔(遅延時間)を制御された、物質を光励起する高強度のパルス光と、物性を調べるための微弱強度のパルス光のペアを使い、透過光強度や反射光強度などの光学応答の遅延時間依存性を調べる分光法。

[用語13] 光誘起過渡状態 : 励起光照射によって生じた過渡的な状態。

[用語14] 光学禁制 : 光学遷移が起こるかどうかには、始状態と終状態の対称性などに要請がある。遷移が起きない場合を指す。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Optical Materials
論文タイトル :
Appearance of a photoinduced hidden state in the electron donor–acceptor type metal–organic framework (NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]
著者 :
Samiran Banu, Mone Kato, Kou Takubo, Yoichi Okimoto, Shinya Koshihara, Kaoru Iwano, Wataru Kosaka, Hitoshi Miyasaka, and Tadahiko Ishikawa
DOI :

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