東工大ニュース
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公開日:2023.11.21
東京工業大学 理学院 化学系の河野正規教授、松本隆也特任教授(ENEOS株式会社 首席研究員)、ユーソフ・パベル特任助教、嶋田光将大学院生(研究当時)、ENEOS株式会社らの研究グループは、従来の吸着機構とは全く異なる「Magic door」機構によりCO2を選択的に捕捉することのできるMOF(Metal-Organic Frameworks、金属有機構造体)[用語1]を開発した。地球温暖化の原因とされているCO2を回収する技術はカーボンニュートラル社会を実現するための要素技術の一つである。
既存のCO2分離技術である化学吸収法(塩基性溶液への吸収)および固体吸着法(塩基性吸着剤への化学吸着)は強いCO2吸着力を利用するため、CO2選択性が高い反面、回収したCO2を脱離させるために非常に大きなエネルギーを必要とする。一方、開発途上の弱いCO2吸着力を利用する固体吸着剤(物理吸着[用語2])では小さなエネルギーで容易にCO2を脱離させることができるがCO2選択性が低いという課題があり実用に至っていない。
本共同研究で開発したMOFは相互に結合されていない孤立空間(隣の細孔と接点を持たない細孔)を有する。CO2が通過する瞬間のみMOFのフレームワーク構造が微細変化することで、CO2が隣接した孤立空間の間を移動できる通路があたかも扉が開くように現れ、移動後に通路は消失する。これにより、通常は外部と接点を持たない孤立空間へCO2を貯留することができる。その構造変化の際の活性化エネルギー[用語3]の差により選択性を発現する「Magic door」機構を見出した(図1、2)。これにより、高いCO2選択性と物理吸着レベルの小さなエネルギーでの脱離の両立が実現した。この新たな機構は単結晶X線構造解析、分光学的解析に加え、AIを用いた汎用原子レベルシミュレータMatlantisTM[用語4]により検証した。
本研究成果は、2023年11月20日付(現地時間)の「Advanced Science」にオンライン掲載された。
カーボンニュートラルな社会を実現するため、再生可能エネルギーの活用(変動の平準化、発電・消費における場所と時間の乖離、発電量の確保)、エネルギーキャリアの技術確立(水素、有機ハイドライド、合成燃料、アンモニアなど)、使用エネルギーの削減、そしてCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)およびCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)の技術確立など、世界中でさまざまな取り組みがなされている。LCA(Life Cycle Assessment)の観点から真の脱炭素を実現するためには、さらなる技術開発が鍵となる。特に、温室効果ガスであるCO2の捕捉・分離に関する技術はカーボンニュートラルやネガティブエミッションの実現において必須のものである。
既存のCO2分離回収技術である化学吸収法および化学吸着による固体吸着法は、吸収・吸着剤の塩基性とCO2の酸性による強い相互作用を利用するため、CO2選択性が高い反面CO2の脱離において非常に大きなエネルギーを必要とする。一方、開発途上の物理吸着を用いた固体吸着法では弱いCO2吸着力を利用するため、小さなエネルギーで容易に脱着できるがCO2選択性が低いという課題があり、新たな材料の開発が求められている。
MOFは金属イオンと有機多座配位子の構成要素を変えることで構造・物性を容易に変化させることができ、非常に設計性に富む材料であることから分離技術の分野において注目されている材料の一つである。東京工業大学 理学院とENEOS株式会社 中央技術研究所で進めているカーボンニュートラル社会の実現に関するMOFを用いた共同研究の中で、今回新規な「Magic door」機構によるCO2の選択的捕捉材を開発するに至った。
前述の課題を解決し、小さなエネルギーでの脱離とCO2選択性を実現すべく、新たなコンセプトでMOFを設計した。具体的にはMOFのフレームワークが相互貫入していることで生じる孤立した空間を持つ構造を構築した(図3)。これらの孤立空間同士は通常は接点を持たないが、CO2が通過する瞬間のみ構造の微細変化により一時的な通路が現れ、CO2が通り過ぎると通路が再び消失することで孤立空間にCO2が閉じ込められる(図1)。これは、MOFの柔軟なフレームワーク構造に由来する。孤立空間に閉じ込められたCO2は、孔内壁との強い相互作用が無いにもかかわらず、室温・大気圧下で1週間以上CO2の保持が確認できている。本研究グループは、この仕組みを「Magic door」機構と名付けた。
また、分子が移動する際のフレームワーク構造の微細変化(一時的な通路の形成)には活性化エネルギー(エネルギー障壁)が存在している。分子のわずかな大きさの違いによってエネルギー障壁は大きく変化するため、これにより選択性が得られる。
なお、CO2吸着前後の構造は単結晶X線構造解析により決定し、CO2吸着前後で構造変化していないこと(体積変化率0.05%)が確認できている(図4)。MOFの体積変化が無いという点は実用化する上で耐久性の観点から非常に重要なポイントである。
化学吸着、物理吸着および「Magic door」機構による吸着のエネルギーダイアグラムの比較を図5に示す。本機構による吸着では、活性化エネルギー(状態変化後にキャンセルされるエネルギー)の差により選択性を得ることで、物理吸着レベルの小さなエネルギーでの脱離と高いCO2選択性の両立を実現することができた。
本共同研究で明らかになった新規な「Magic door」機構は、CO2分離回収技術において新たな扉を開くことができた。低エネルギーで選択的CO2捕捉を可能にする材料の社会実装に向け研究開発を継続していく。また、今後もMOFを利用した技術開発を通じて、カーボンニュートラル・循環型社会の実現や革新的素材の創出に貢献していく。
付記
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20H04662、JP21K18976、JP23H04878)、同 日中韓フォーサイト事業(A3 Foresight Program)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2106)およびENEOS株式会社の支援を受けて行われた。
また、粉末X線回折実験は、理化学研究所の承認(課題番号20220021)を得て、大型放射光施設SPring-8[用語5]の理研物質科学ビームライン(BL44B2)で行われた。単結晶X線回折実験は、フォトンファクトリープログラム諮問委員会の承認(課題番号2021G046、2022G621)を得て、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の放射光実験施設BL-5Aにて行われた。
用語説明
[用語1] MOF(Metal-Organic Frameworks、金属有機構造体) : 金属と有機配位子が相互に繰り返し結合しネットワーク構造をもつ材料。活性炭やゼオライトを超える高表面積な細孔形成を実現でき、金属の活性サイトを形成/導入も可能なため、ガス吸着、分離、センサーや触媒など幅広い応用が期待されている材料。
[用語2] 物理吸着 : ファンデルワールス力と呼ばれる極めて弱い相互作用に基づいた吸着。
[用語3] 活性化エネルギー : CO2が吸着状態から脱着状態へ変化する際、一時的に必要なエネルギー。脱着自体に必要なエネルギーとは異なり、状態の変化後にはキャンセルされる。
[用語4] MatlantisTM : 第一原理計算の結果を学習させることにより原子配列から物性を予測可能な汎用原子レベルシミュレータ。精度を保ったまま、従来の量子化学計算に比べ10,000倍以上の高速計算を実現し、より多原子の系のシミュレーションが可能。Matlantis
[用語5] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
関連資料
ENEOS株式会社ウェブサイト
新規な「Magic door」機構によるCO2の選択的捕捉に関する研究成果がAdvanced Scienceに掲載(2023年11月)
論文情報
掲載誌 : |
Advanced Science |
論文タイトル : |
Long time CO2 storage under ambient conditions in isolated voids of a porous coordination network facilitated by the "magic door" mechanism |
著者 : |
Terumasa Shimada, Pavel M. Usov, Yuki Wada, Hiroyoshi Ohtsu, Taku Watanabe, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Takaya Matsumoto, and Masaki Kawano |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 理学院 化学系 教授
河野正規
Tel 03-5734-2158
東京工業大学 理学院 化学系 特任教授/
ENEOS株式会社 中央技術研究所 首席研究員
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