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過去最高の変換効率を示す毒性元素を含まない熱電材料

廃熱を利用した大規模な発電技術の実現へ前進

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公開日:2023.12.27

要点

  • Ba3SiOが毒性元素を含まない材料として過去最高の熱電変換効率を示す有望材料であることを発見。
  • 特殊な“逆”ペロブスカイト構造により、非常に低い熱伝導率と高い電気出力を両立。
  • 毒性元素を含む従来材料を代替する環境調和型熱電材料として期待。

概要

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センターのホ・シンイ博士研究員、片瀬貴義准教授、神谷利夫教授、同 物質理工学院 材料系の木村茂大学院生(研究当時)らの研究グループは、バリウム・シリコン・酸素の組成からなるBa3SiOが、毒性元素を含まない材料として過去最高の熱電変換効率[用語1]を示し、高性能熱電材料として有望であることを発見した。

これまで、廃熱を電気エネルギーとして再利用するための熱電変換材料には、鉛やテルルなどの希少で毒性を有する元素が使われており、より安価で環境に優しい材料の開発が求められていた。一方、SrTiO3に代表される酸化物熱電材料は、無毒で豊富な元素で構成されるというメリットがあるものの、熱伝導率[用語2]が高いために変換効率が低いという問題を抱えていた。

本研究では、“逆”ペロブスカイト構造と呼ばれる特殊な結晶構造を有するBa3SiOが、SrTiO3に比べて約1桁低い熱伝導率を示すことを見出した。このBa3SiOでは、陽イオンと陰イオンの配置がSrTiO3とは“逆”になっており、重元素のバリウム(Ba)を多く含み、弱いO-Ba結合からなる柔らかい骨格を有していることから、低い熱伝導率が実現される。本研究ではさらに、第一原理量子計算[用語3]から、通常は陽イオンになるシリコン(Si)が陰イオンとして振る舞い、電荷キャリアの移動を担うことで高い電気出力を実現できることを明らかにした。このことから、Ba3SiOは300度付近の中温域において、毒性元素を含まない材料として最高の熱電変換効率(ZT)~2.1を示す有望材料であることが分かった。この性能は、鉛やテルルなどの毒性元素を含む材料の性能に匹敵することから、毒性元素を一切含まない環境調和型熱電材料への代替につながると期待できる。

今後、関連化合物のさらなる探索により、毒性元素を使わない優れた環境調和型熱電材料の開拓が可能になり、熱電変換技術の一層の普及が期待される。研究成果は「Advanced Science」誌に12月25日付(現地時間)で掲載された。

背景

近年、先進国では、消費されているエネルギーのうち約6割が未利用のまま廃熱として捨てられている。このような廃熱を電気エネルギーとして回収し、再利用することを可能にする熱電変換は、温暖化の抑制や省エネに寄与する技術として注目を集めている。

廃熱は、ほとんどが300度以下の低温熱であり、小規模かつ希薄に分散していることが多いため、大量の熱電発電素子を用いた電力回収が必要になる。現在は変換効率の高い熱電材料として、ビスマス・テルル(Bi2Te3)や鉛・テルル(PbTe)などの金属カルコゲン化物が用いられているが、希少で毒性を有する元素を含むことが大規模な実用化への障害になっていた。そのため、この目的で利用される熱電発電素子には、安価で環境に害を与えない元素で構成されていて、室温から300度の温度範囲において熱電変換効率が高い材料が必要である。

チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)に代表される酸化物熱電材料は、無毒で豊富な元素で構成されるというメリットがあるものの、金属カルコゲン化物と比べて熱電変換効率が低いという問題があった。熱電変換では、高温熱源から低温部に向けて熱が移動する際のエネルギーを電気エネルギーに変換する。すなわち、材料の両端に発生する温度差が駆動力となるため、熱を伝えにくい性質(低い熱伝導率)が必要となるが、SrTiO3はBi2Te3よりも10倍近く熱伝導率が高いために、変換効率を上げられないことが課題になっていた。

研究の手法と成果

(1)“逆”ペロブスカイト構造を有するBa3SiOに着目

物質中の原子やイオンは互いに結合しており、熱を与えると激しく振動する。その振動が隣の原子やイオンに次々と伝わっていくことで熱が伝搬する。物質を構成する原子が軽いほど、さらに原子と原子をつなぐ結合力(ばね定数)が強いほど、熱伝導率は高くなる。例えばダイヤモンドはこの条件に合致しており、熱伝導率が非常に高いことが理解できる。

SrTiO3はペロブスカイト構造と呼ばれる結晶構造を持っている(図1(a))。チタン(Ti)の陽イオンの周りに6つの酸素(O)の陰イオンが結合し、ストロンチウム(Sr)の陽イオンが隙間に入り込んだ構造になっている。軽元素のOを多く含み、強いTi-O結合からなる硬い骨格を持っているために熱伝導率が高くなってしまう。

そこで今回、研究グループは、通常のペロブスカイト構造とはイオンの配置が“逆”になっている逆ペロブスカイト構造の結晶に着目した(図1(b))。逆ペロブスカイト構造では、ペロブスカイト構造とイオンの配置は同じだが、構成元素の陽イオンと陰イオンを入れ替えた構造になっていることが特徴である。今回用いた、逆ペロブスカイト構造を有するBa3SiOは、Oの陰イオンの周りに6つのバリウム(Ba)の陽イオンが結合し、さらに通常は陽イオンとして振る舞うシリコン(Si)が陰イオンとして隙間に入り込んだ構造になっている。重元素のBaを多く含み、弱いO-Ba結合からなる柔らかい骨格を有していることから、研究グループは、低い熱伝導率が期待できるBa3SiOが、優れた熱電材料候補になると考えた。

図1. 通常のペロブスカイト構造(a)と“逆”ペロブスカイト構造(b)の特徴と熱伝導性の比較。
図1.
通常のペロブスカイト構造(a)と“逆”ペロブスカイト構造(b)の特徴と熱伝導性の比較。

(2)Ba3SiO多結晶体の低い熱伝導率

まず、実際にBa3SiOの多結晶体[用語4]を合成し、格子振動(フォノン)による格子熱伝導率の温度変化を調べた(図2)。格子熱伝導率は、室温では1.0 W/(mK)であり、350度(623ケルビン(K))まで温度を上昇させると0.66 W/(mK)まで減少した(図2の青〇)。また同様に、SiをGeに置換したBa3GeOの多結晶体においても、室温では格子熱伝導率が0.77 W/(mK)であり、350度(623 K)まで温度を上昇させると、Ba3SiOの場合よりさらに低い0.41 W/(mK)まで減少することが分かった(図2の赤□)。これらの格子熱伝導率の値は、SrTiO3多結晶体(室温の格子熱伝導率は8.2 W/(mK))に比べて約1桁低く(図2の緑◇)、高性能熱電材料のBi2Te3(図2の紫△)やPbTe(黄色▽)に比べてもさらに低い。以上の結果から、全て非毒性元素からなるBa3SiOとBa3GeOにおいて低い格子熱伝導率を実現できることが分かった。

図2. 逆ペロブスカイトBa3SiOおよびBa3GeOの多結晶体における、格子熱伝導率の温度変化。SrTiO3多結晶体と、Bi2Te3とPbTe多結晶体の格子熱伝導率を比較として示している。実線は、第一原理量子計算で求めた格子熱伝導率を示しており、実験値とよく一致している。
図2.
逆ペロブスカイトBa3SiOおよびBa3GeOの多結晶体における、格子熱伝導率の温度変化。SrTiO3多結晶体と、Bi2Te3とPbTe多結晶体の格子熱伝導率を比較として示している。実線は、第一原理量子計算で求めた格子熱伝導率を示しており、実験値とよく一致している。

(3)毒性元素を含まない材料として過去最高の熱電変換効率

次に、バルク多結晶体の出力因子(=1度の温度差から得られる電気出力)を測定して、熱電変換効率(ZT)を評価した。Ba3SiOとBa3GeOはドーピングをしていないにも関わらず、正孔[用語5]が伝導を担うp型半導体として振る舞い、Ba3SiOでは350度(623 K)で0.84、Ba3GeOでは250度(523 K)で0.65という、比較的高いZTを示すことが分かった(図3の黄色塗り〇)。

通常、熱電材料のZTを最大限に引き出すためには、電荷キャリアの濃度を最適値に調整する必要がある。そこで第一原理量子計算によって、327度(600 K)において、正孔濃度を最適化させたBa3SiOとBa3GeOの最大ZTを求めた(図3の青◇と赤◇)。矢印で示すように、実験値に比べて正孔濃度を増加させると、ZTは大幅に向上する。特にBa3SiOにおいては2を超える巨大なZTが実現できる高性能熱電材料として有望であることが明らかになった。

さらに電子構造の解析から、Ba3SiOの高いZTは低い熱伝導率だけでなく、高い出力因子にも起因していることが分かった。Ba3SiOはバンドギャップが0.8 eV程度の半導体であり、マイナスの金属イオンであるSiが正孔の伝導を担っている。複数のバンドが重なった特殊な電子構造になっており、高い電気伝導度と高いゼーベック係数(1度の温度差から得られる起電力)を両立できるために高い出力因子が実現していることが明らかになった。

図3. 逆ペロブスカイトBa3SiOおよびBa3GeOの多結晶体における熱電変換効率(ZT)。実験により得られたZTは〇印で示している。青◇と赤◇は、第一原理量子計算で求めた、温度327度(600 K)におけるZTの正孔濃度依存性である。
図3.
逆ペロブスカイトBa3SiOおよびBa3GeOの多結晶体における熱電変換効率(ZT)。実験により得られたZTは〇印で示している。青◇と赤◇は、第一原理量子計算で求めた、温度327度(600 K)におけるZTの正孔濃度依存性である。

最後に、これまでに報告されている高性能熱電材料との間で最大ZTの比較を行った(図4)。毒性元素を含まない硫化物(図4(a)の緑色)や珪化物(紫色)、酸化物(オレンジ色)との比較では、特にBa3SiOが300度付近の中温域において、毒性元素を含まない従来材料に比べて2倍近く高いZTを実現できることが分かる。また鉛やテルル等の毒性元素を含む材料との比較からは、毒性元素を一切含まないBa3SiOが、毒性元素を含む材料に匹敵する性能を実現できると期待される(図4(b))。以上のことから、逆ペロブスカイト構造を有するBa3SiOは、毒性元素を一切含まない高性能熱電材料として有望であることが明らかになった。

図4. 従来の高性能熱電材料との最大熱電変換効率ZTの比較。(a)毒性元素を含まない硫化物(緑色)、珪化物(紫色)、酸化物(オレンジ色)との比較。(b)毒性元素を含む高ZT熱電材料との比較。
図4.
従来の高性能熱電材料との最大熱電変換効率ZTの比較。(a)毒性元素を含まない硫化物(緑色)、珪化物(紫色)、酸化物(オレンジ色)との比較。(b)毒性元素を含む高ZT熱電材料との比較。

社会的インパクト

これまでは、低い熱伝導率を達成するために、鉛やテルルなどの重い元素を用いるのが常識になっていたが、これらは希少で毒性を有することが問題であった。それに対して本研究では、毒性元素を一切含まないBa3SiOにおいて非常に低い熱伝導率を達成でき、高性能熱電材料として有望であることを明らかにした。この研究成果は、毒性元素を使わずに、環境調和性に優れた元素のみで構成される高性能熱電材料の新たな設計指針となると考えられる。材料探索と熱電素子の開発をさらに進めていくことにより、安価で環境に優しい材料を用いた、大規模な熱電発電技術の利用への展開が期待される。

今後の展開

今後は、Ba3SiOへのキャリアドーピングや他元素の固溶による性能向上を進めていくとともに、関連組成化合物への拡大によって、大気中での安定性向上やさらなる性能の革新を目指して研究を進めていく。これらの実現によって、鉛やテルルなどの毒性元素を含む従来材料を代替し、熱電技術の大規模な利用拡大に貢献していく。

付記

この成果は、文部科学省データ 創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122683430)の助成を受けたものである。

用語説明

[用語1] 熱電変換効率ZT : 熱電変換とは、電気を通す金属などの導体や半導体の一部に熱エネルギーを加え、温度差を与えることによって電圧を発生させ、そこから電気エネルギーを取り出す技術である。熱電変換の効率はZTと呼ばれる性能指数で評価され、このZTが高いほど熱電変換効率が高くなる。

[用語2] 熱伝導率 : 物質の一端に熱エネルギーを与えた際に、どれだけの熱が物質中を移動するのかという、熱の伝わりやすさを示す指標。物質の熱伝導率が高いほど多くの熱を移動させ、熱伝導率が低いほど熱を伝えにくい。熱電変換においては、熱伝導率が低いほど両端で大きな温度差をつけられるため、変換性能が向上する。

[用語3] 第一原理量子計算 : 量子力学の基本原理に基づいた計算。この手法を用いると、物質の性質を支配する電子の状態だけでなく、構造の全エネルギーを計算でき、結晶や分子の構造や安定性なども予測可能になる。

[用語4] 多結晶 : 構成原子が規則正しく並んでいる結晶粒と、そのつなぎ目にあたる粒界で構成される結晶。粒界を挟んだ両側の結晶粒は結晶方位が異なっている。一方、単結晶は原子が規則正しく配列した単一結晶で構成される。

[用語5] 正孔 : 負の電荷を持つ電子に対して、電子が抜けた孔が正の電荷を持つようにふるまう粒子が正孔であり、電気伝導の担い手(=キャリア)となる。電子が電気伝導を担う場合はn型、正孔が電気伝導を担う場合はp型と呼ばれる。

論文情報

掲載誌 :
Advanced Science(アドバンスド サイエンス)
論文タイトル :
Inverse-Perovskite Ba3BO (B = Si and Ge) as a High Performance Environmentally Benign Thermoelectric Material with Low Lattice Thermal Conductivity
(和訳:逆ペロブスカイトBa3BO(B=Si, Ge):低い格子熱伝導率と高い変換効率を有する環境調和型熱電材料)
著者 :
Xinyi He1, Shigeru Kimura1, Takayoshi Katase1,*, Terumasa Tadano2, Satoru Matsuishi1,2, Makoto Minohara3, Hidenori Hiramatsu1, Hiroshi Kumigashira4, Hideo Hosono1,2 and Toshio Kamiya1,*
(ホ・シンイ1、木村茂1、片瀬貴義1,*、只野央将2、松石聡1,2、簑原誠人3、平松秀典1、組頭広志4、細野秀雄1,2、神谷利夫1,*)
所属 :
1. 東京工業大学
2. 物質・材料研究機構
3. 産業技術総合研究所
4. 東北大学
DOI :

お問い合わせ先

東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター

准教授 片瀬貴義

Email katase@mces.titech.ac.jp
Tel 045-924-5314

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

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