東工大ニュース
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公開日:2024.01.26
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の尾﨑和海准教授と東京大学の渡辺泰士客員共同研究員(現:気象庁気象研究所リサーチアソシエイト)らの研究チームは、生命発生に有利な惑星環境とされる、一酸化炭素(CO)に富んだ惑星大気が形成される条件を理論的に明らかにした。
一酸化炭素に富む大気(CO大気)は、生命の前駆物質となる有機化合物が形成されやすく、生命発生に有利とされる。実際に地球の初期大気では、COが暴走的に生成されて蓄積する「CO暴走[用語1]」状態が存在しうることが知られている。しかし、このCO暴走状態が発生し、CO大気が形成される条件はこれまで不明だった。
本研究では、太陽型星周りの地球型惑星を対象に、大気中炭素種(CO2、CO、CH4)の存在量を明らかにするための理論的研究を行い、CO大気の形成条件を明らかにした。具体的には、大気光化学に関する理論モデルを用いて、大気CO2濃度や火成活動の強弱、気候状態、中心星スペクトルについての系統的なシミュレーションを実施し、CO暴走状態に至る条件を詳しく調べた。その結果、CO大気は若い太陽型星周りのハビタブルゾーン[用語2]の外縁に位置する惑星で最も形成されやすいことが分かった。
今回の研究成果により、惑星のハビタビリティ[用語3]を、液体の水(海)の存在だけでなく、惑星の気候状態や、生命の前駆物質の生成に密接に関係する炭素の存在量や存在形態といった、より踏み込んだ視点からも議論できるようになった。生命発生に有利な惑星環境がどういった条件で形成されうるのかを定量的に示したことで、将来のバイオシグネチャー[用語4]探査計画にも貢献する重要な研究成果といえる。
本研究成果は、1月11日付の「The Astrophysical Journal」誌に掲載された。
1995年に初めて発見された太陽系外惑星[用語5](以下、系外惑星)は、これまでに5,500個以上の存在が確認されている。これに伴い、惑星科学分野の関心は、系外惑星に生命が存在できるか否かを示す「ハビタビリティ」の検討や、生命存否の指標となる「バイオシグネチャー」の探査へと移行しつつある。これまで惑星のハビタビリティは、主に惑星表面に液体の水(海)が存在できるかどうかに基づいて議論されてきた。液体の水が存在できる条件は中心星からの空間的距離によって決まっており、その条件を満たす領域はハビタブルゾーンと呼ばれている。ハビタブルゾーン内にある系外惑星はこれまでに数十個発見されている。しかし、惑星がハビタブルゾーン内に存在しているからといって、その惑星のハビタビリティや生命の存在が保証されるわけではない。なぜなら、惑星のハビタビリティは液体の水の存在のみならず、大気組成や気候状態、生物活動に必要な元素の存在量など、さまざまな要因によっても左右されると考えられるためである。
この視点で考えると、惑星での炭素の存在量と存在形態は非常に重要である。炭素は地球上の生物にとって必須であるだけでなく、二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの温室効果ガスとして大気中に存在することで、惑星の気候状態や生物地球化学的な物質循環にも支配的な影響を及ぼしている。また一酸化炭素(CO)は、微生物の有効な炭素源かつエネルギー源となるため、生命の発生や初期進化を理解する上で極めて重要な分子である。そのため、これらの炭素種(CO2、CO、CH4)の大気中の存在量比を支配する要因を理解することは、太陽系外のハビタブル惑星を探索する上で重要である。
地球の初期大気はCO2と窒素分子N2に富むものであったと考えられている。しかしこれまでの理論研究から、COが大気中で暴走的に生成されて蓄積する、「CO暴走」と呼ばれる状態が存在することが知られている(図1)。重要な点として、CO2に富む大気よりもCOに富む大気の方が生命の前駆物質となる有機化合物が形成されやすいため、CO暴走状態の理解は地球生命の起源を探る上でも重要な手がかりとなる可能性がある。しかし大気がCO暴走状態に至る条件はこれまで明らかになっていなかった。
研究チームはまず初期地球大気について、大気中のさまざまな分子の間の化学反応をシミュレーションできる理論モデルAtmosを用いて、CO2、CO、CH4の大気中の存在量比の多様性、とりわけ生命の起源に有利であるとされるCOに富む大気が形成される条件を詳細に調べた。その結果、大気中CO2濃度が高い条件ほど、対流圏での水蒸気の光解離反応に比べてCO2の光解離反応が促進され、CO生成速度が水蒸気の光解離速度を超える段階でCO暴走が発生することが明らかになった。また、火山からの還元的なガス(H2やCO、CH4など)の流入フラックスが大きいほど、大気中のOHラジカルが消費されるため、CO暴走が発生しやすくなることも分かった。
本研究により明らかになったCO大気の形成条件は、初期地球における大気CO2分圧や火山からの還元的なガスの供給速度の推定範囲内である(図2)。特に生命発生前夜の約40億年前の初期地球で、火成活動による還元ガスの供給速度が現在の10倍以上であった場合には、CO暴走状態にあった可能性が明らかになった。さらにCO大気からは、大量のCOや有機物が海洋へと供給されることも分かった。
さらに研究チームは、(1)現在の太陽(G型星)、(2)太陽に似た恒星であるうしかい座シグマ星(σBootis)(F型星)、(3)エリダヌス座イプシロン星(εEridani)(K型星)を周回する、生命の存在しない仮想的な地球型惑星の大気についても、初期地球大気と同様のシミュレーションを実施した。その結果、表面温度が太陽よりも低いエリダヌス座イプシロン星のような恒星の周りの系外惑星では、CO暴走が引き起こされやすいことが分かった。一方、表面温度が太陽よりも高いうしかい座シグマ星のような恒星の周りの系外惑星では、CO暴走が引き起こされにくいことが明らかになった。これは、中心星の紫外線照射フラックスの違いに起因した水蒸気の光解離速度の違いによって説明できる。
炭素循環の理論的枠組みに基づくと、大気中CO2濃度は中心星からのエネルギーフラックスが小さい場合ほど高くなると予想される。主系列星の光度は時間とともに増大するため、より若い太陽型星周りのハビタブルゾーンの外縁に位置する惑星ほど大気中CO2濃度は高くCO暴走が発生しやすいといえる。
さらに還元的な惑星大気では、CH4/CO2とCO/CO2のパラメータ空間がCO暴走に起因するギャップ構造によって大きく二分されることも明らかになった(図3)。このギャップ構造は、太陽型星(F、G、K型星)を周回する地球型惑星に一般的な特徴であり、将来の系外惑星大気組成のデータ蓄積によって検証可能な重要な理論的予測である。
初期地球環境を明らかにすることは、「生命は地球上でいつどのように誕生したのか」、「宇宙には地球以外に生命を宿す星があるのか」といった根源的問題に密接に関係している。この問題に対して、生命の前駆物質を生成しやすいCOに富む大気の形成条件という、従来考えられてこなかった観点から初期地球環境の制約を行ったことは、生命起源の研究に大きな波及効果があると考えられる。また、CO大気が形成される条件をさまざまなパラメータについて系統的に明らかにした本研究成果は、将来のハビタブル惑星探査において候補天体を絞り込むための重要な情報となる。
これまでの室内実験に基づく研究から、CO大気条件下ではアルデヒドやペプチドなどの有機物やアミノ酸の生成が促進されることが明らかになっていた。本研究成果は、CO大気が形成される条件では、大気中のみならず海洋中でも生命起源物質が生成される可能性を示している。今後は、本研究で得られた海洋への一酸化炭素などの分子の流入速度の推定を用いて、初期地球の海洋で引き起こされる化学反応についての研究が大きく進むと期待される。
また、本研究成果は初期地球大気のみならず、過去の火星大気についても示唆を与える。火星探査機Curiosityの火星表面での探査によって、火星に存在する有機物中に、CO暴走が過去に発生していたことを示唆する著しい炭素同位体比の負異常があることが報告されている。本研究で得られた初期地球でのCO暴走大気の形成条件の検討をもとに、CO暴走大気を引き起こしうる過去の火星の大気組成を推定すれば、火星大気進化史への理解の進展にもつながる。
本研究ではうしかい座シグマ星とエリダヌス座イプシロン星を周回する仮想的な系外惑星について検討を行ったが、こうした太陽に近い表面温度を持つ恒星の周りの地球型惑星の大気組成は、将来の直接撮像計画によって実際に観測されることが期待される。本研究で得られた、ギャップ構造を持つ惑星大気の分布が観測によって裏付けられれば、ハビタブル惑星探査にも重要な意味を持つ。
このように本研究成果は、初期地球環境の解明や地球における生命の起源のみならず、生命の存在する惑星や、生命の発生に適した惑星を発見する上で重要な知見を与えるものである。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「CO環境の生命惑星化学(22H05149)」、「理論班:惑星CO環境のモデリング(22H05150)」、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR2274)、三菱財団 自然科学研究助成(202210014)、NASA Nexus for Exoplanet System Science(NExSS)の支援により実施された。
用語説明
[用語1] CO暴走状態 : 一酸化炭素の大気中での生成速度や火山からの供給速度が大きい場合に、大気化学反応だけでは一酸化炭素を消費しきれなくなり、大気中に一酸化炭素が蓄積する状態。この状態では、大気中で生じた過剰の一酸化炭素は海洋への溶出によって消費されることで物質収支が実現するが、そのために大気中のCO分圧は非常に高くなる。
[用語2] ハビタブルゾーン : 二酸化炭素、窒素、水蒸気を主要な大気成分とする地球型惑星がその表面に液体の水を維持できるような領域。太陽の場合、恒星から0.95~1.67 AUの範囲のリング状の領域が対応する。
[用語3] ハビタビリティ : 惑星に生命が存在できるかどうかを意味する用語。
[用語4] バイオシグネチャー : 系外惑星に生命が存在することを示唆する、観測可能な諸量。直接サンプルを得ることが難しい系外惑星では、大気中のメタンや酸素が候補とすることが議論されている。
[用語5] 太陽系外惑星 : 太陽以外の恒星の周りを公転する惑星。系外惑星とも。
論文情報
掲載誌 : |
The Astrophysical Journal |
論文タイトル : |
Relative abundances of CO2, CO, and CH4 in atmospheres of Earth-like Lifeless Planets |
著者 : |
Yasuto Watanabe and Kazumi Ozaki |
DOI : |
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