東工大ニュース
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公開日:2024.03.08
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のTso-Fu Mark Chang(チャン・ツォーフー・マーク)准教授と陳君怡特任講師、そして台湾国立陽明交通大学工学院材料系の徐雍鎣教授(兼 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 特任教授)を中心とする国際連携の研究チームは、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造[用語1]を持つ二重プラズモニック[用語2]光触媒を新たに開発し、可視光および近赤外線照射下で顕著な水素生産を達成した。
半導体光触媒を用いたソーラー水素生産は持続可能なエネルギー開発の中核的コンセプトとして注目されている。なかでも太陽光のエネルギー分布の50%超を占める近赤外線は未利用のエネルギー源として重要であり、近赤外光照射に反応できる光触媒の開発が求められてきた。
本研究で開発したAu@Cu7S4は可視光および近赤外線励起下で長寿命の電荷分離状態を維持した。さらにヨーク-シェルナノ構造の利点を生かし、Au@Cu7S4は励起波長500 nmで9.4%、2,200 nmで7.3%という記録的な量子収率(AQY)[用語3]を達成し、共触媒を必要としない水素生産において優れた性能を発揮した。
今回の研究成果では、自己ドープされた非化学量論[用語4]半導体ナノクリスタルの局所表面プラズモン共鳴(LSPR)[用語5]特性を利用して、広範なスペクトル駆動可能な光触媒反応の実現可能性が示された。この可視光および近赤外線応答型の持続可能Au@Cu7S4光触媒システムの開発により、太陽エネルギーのより効率的な活用や、水素などの再生可能なエネルギー源の生成が期待される。これにより、持続可能なエネルギーの生産が促進され、環境への負荷が軽減される可能性がある。また、この研究は光触媒応用の新たな可能性を示唆し、将来的にはさらなるエネルギー革命や環境保護にも貢献できる。
本研究成果は、1月9日付の「Nature Communications」に掲載された。
ソーラー水素燃料は世界のエネルギー需要を満たす潜在能力を持つことから、過去半世紀にわたり大きな関心を呼んでいる。太陽エネルギーと半導体光触媒を用いて水素を生産することは、持続可能なエネルギー開発の中核的なコンセプトとなっている。この太陽光から水素への変換効率の上限は、光触媒の光吸収能力によって規定される。光吸収範囲を拡張して光子収穫能力を向上させることは、光触媒活性の最大化にとって不可欠である。
太陽光のエネルギー分布は、紫外線(λ < 400 nm)で約6.8%、可視光(λ = 400~700 nm)で約38.9%、近赤外線(λ = 700~3,000 nm)で約54.3%であることから、1,000 nmよりも長い波長の近赤外光照射から生じる光子は、膨大な未利用エネルギー源だと言える。これまでに開発された光触媒のほとんどは、紫外線と可視光の範囲でしか太陽スペクトルを収穫できない。したがって現在利用可能な光触媒には、近赤外光照射に反応できるものはほとんどない。そのため、広範囲駆動型水素生産を実現するためには、近赤外光に応答する光触媒の創成が必要とされている。
従来の近赤外光に応答する光触媒は、鉛や水銀カルコゲナイドなどの特定のナローバンドギャップ半導体に限定されている。しかしこうした半導体も、高い毒性、劣化しやすさ、およびバンドギャップの狭まりによる酸化還元力の低下といった問題があり、ソーラー水素生産における実用化のさまたげとなっている。一方で自己ドープ半導体は、ナローバンドギャップ半導体と比較すると調整しやすいプラズモニック特性を持っており、ソーラー水素生産向けの有望な材料として利用することができる。この自己ドープ半導体の特徴には、局所表面プラズモン共鳴応答(LSPR)の動的制御が可能であり、LSPR波長の拡張度が大きいという点がある。
Cu2-xSで実現可能なLSPR波長は700 nmから2,000 nmを超える範囲にわたっており、NIRスペクトルのほぼ全体をカバーすることができる。Cu2-xSは、その中間バンドギャップとともに、可視光および近赤外光照射に対して反応し、全太陽放射の90%以上を利用することができる。この研究では、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を合成し、可視から近赤外スペクトル領域で顕著な水素製造のための光触媒として利用した。Auヨークナノ構造とCu7S4シェルナノ構造はどちらも局所表面プラズモン共鳴を示し、可視から近赤外領域までの光子を収穫できる。
水素製造の場合には、ヨークとシェルの空隙サイズが水素生成速度に影響する重要なパラメータと考えられる。本研究では、3パターンのAu@Cu7S4ヨーク-シェル型ナノ構造体の作製と評価に成功した。1-Au@Cu7S4、3-Au@Cu7S4、5-Au@Cu7S4の空隙サイズはそれぞれ65.7 ± 5.6 nm、40.0 ± 4.6 nm、26.5 ± 3.0 nmであった(図1a-c)。
ヨーク-シェルナノ構造は光触媒反応に適した多くの魅力的な物質特性を持っている。卵黄(ヨーク)粒子は殻(シェル)に封入されており、反応過程中の凝集や剝離を防ぎ、優れた長期安定性を有している。この中空の殻には内部と外部の両方の表面があるため、豊富な活性部位をもたらす。透過性のある殻は反応物質の拡散を可能にし、殻内の空間は反応物と生成物の相互作用を促進する頑丈なナノリアクターとして機能することができる。一方、移動可能な卵黄粒子は反応溶液をかき混ぜて均質な環境を作り出し、反応速度を増加させる物質輸送のための分子運動を加速する。
この研究では、in-situ X線吸収分光法(XAS)および超高速瞬時吸収分光法(TAS)の解析結果により、ベクトル式電荷移動メカニズムの提案とその検証を行った。ヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴との組み合わせにより、5-Au@Cu7S4は追加の共触媒を必要としない条件で、励起波長500 nmで9.4%、2,200 nmで7.3%という最高量子収率(AQY)示した(図2)。
さらにこの研究では、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を二重プラズモニック光触媒に応用し、顕著なソーラー水素製造に利用できることを示した。Au@Cu7S4の優越性は、可視光および近赤外光励起の両方に長寿命の電荷分離状態が広く存在し、かつヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴が見られることにある。この研究では、太陽スペクトル全体およびそれ以上の光子を収穫できる効率的な二重プラズモニック光触媒パラダイムを実現している。
二重プラズモニックヘテロ構造を光触媒アプリケーションで光触媒として使用することは、まだ初期段階にある。今回の研究結果は、未利用の近赤外エネルギーから太陽燃料を生成する特別なタイプのプラズモニック光触媒プラットフォームを提供するだけでなく、特異な非化学量論的半導体ナノクリスタルとその光触媒での有用性の基本的な理解を進めている。特に、Au@Cu7S4の顕著な近赤外光活性の発見は、現在利用可能な光触媒の近赤外スペクトルの利用を補完できるため、さらなる技術発展へのインスピレーションを与える。そのため、二重プラズモニック光触媒は、持続可能な社会の実現に貢献する重要な技術として期待される。
光触媒として機能するAu@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造は、水素製造、環境浄化、二酸化炭素還元などへの応用が期待できる。今後は、さらなる研究と開発によって効率的な触媒システムとしての実用化が期待されている。これにより、環境への負荷を減らし、エネルギーの効率的な利用を可能にすることによって、脱炭素社会の実現に貢献できる。
付記
本研究はJSPS科研費JP21K04827およびJP23K04369の助成を受けたものである。また、東京工業大学のWorld Research Hub Programおよび東京工業大学の生体医歯工学共同研究拠点により支援されている。
用語説明
[用語1] ヨーク-シェルナノ構造 : ナノサイズの核と殻からなる構造体。核と殻の間には空隙があることが、コア-シェル型構造との大きな違いである。
[用語2] 二重プラズモニック : 2つの異なるプラズモニックコンポーネントが相互作用するシステムや材料を指す。
[用語3] 量子収率(AQY) : 光化学反応や光触媒反応などのプロセスにおいて、与えられた波長の光を吸収して化学反応に変換する効率を示す指標。光エネルギーをどれだけ効率よく化学的なエネルギーに変換するかを表す。
[用語4] 非化学量論 : 化学式を単純な自然数の比率で表すことのできない化合物 。すなわち定比例の法則に従わない化合物。
[用語5] 局所表面プラズモン共鳴(LSPR) : ナノスケールの金属粒子や薄膜などの表面において、光が金属中の自由電子を励起する現象。この現象により、金属表面近くで電磁波の電場が局所的に増幅され、特定の波長の光を吸収または散乱することが可能となる。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Dual-plasmonic Au@Cu7S4 yolk@shell nanocrystals for photocatalytic hydrogen production across visible to near infrared spectral region |
著者 : |
Chun-Wen Tsao, Sudhakar Narra, Jui-Cheng Kao, Yu-Chang Lin, Chun-Yi Chen, Yu-Cheng Chin, Ze-Jiung Huang, Wei-Hong Huang, Chih-Chia Huang, Chih-Wei Luo, Jyh-Pin Chou, Shigenobu Ogata, Masato Sone, Michael H. Huang, Tso-Fu Mark Chang*, Yu-Chieh Lo*, Yan-Gu Lin*, Eric Wei-Guang Diau, Yung-Jung Hsu* |
DOI : |
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
准教授 Tso-Fu Mark Chang
Email chang.m.aa@m.titech.ac.jp
Tel / Fax 045-924 -5044
特任講師 陳君怡
Email chen.c.ac@m.titech.ac.jp
Tel 045-924-5631 / Fax 045-924-5044
台湾国立陽明交通大学 工学院 材料系 教授
兼 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 特任教授
Yung-Jung Hsu(徐雍鎣)
Email yhsu@cc.nctu.edu.tw
Tel 045-924-5631 / Fax 045-924-5044
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
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