東工大ニュース
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公開日:2024.04.10
東京工業大学 科学技術創成研究院の小田部荘達特任助教と理学院 物理学系の宗宮健太郎准教授らの研究チームは、量子光学[用語1]の技術を応用して光バネを硬くすることに世界で初めて成功した。
光バネは、向かい合わせに配置した鏡の間の空間にレーザー光がため込まれる光共振器[用語2]において、レーザー光が鏡を押す力を復元力として用いる振動子である。機械振動子のような熱ゆらぎがほとんどないため、微小信号計測のための究極のプローブ(測定器を構成する要素のうち物理量を感知する部分)として注目されている。光バネを硬くすることができれば、鏡の振動の抑制や、高周波の測定が可能になり、プローブとしてのユーティリティもさらに向上する。しかし、従来の光バネの硬さには光量で決まる上限が存在していた。
本研究では、量子光学で扱う技術である非線形光学効果[用語3]を導入し、光量は変えずに信号成分を増やす方法によって、光バネを硬くすることに世界で初めて成功した。
研究チームはこの技術を、時空のさざ波である重力波[用語4]をとらえる次世代の重力波望遠鏡に応用することを提案している。特に現在の重力波望遠鏡では観測できない、中性子星[用語5]の連星合体後に放出される重力波をとらえるには、今回開発したような光バネを硬くする技術が有望である。
今回の研究は、東京工業大学 理学院 物理学系の臼倉航大学院生、鈴木海堂大学院生、東京大学 理学系研究科の小森健太郎助教、カリフォルニア工科大学の道村唯太研究員、早稲田大学 理工学術院の原田健一研究院講師らとの共同研究として行われた。本研究成果は、4月4日付(現地時間)のPhysical Review Letters誌に掲載され、その号のエディターズ・サジェスチョンに選ばれた。
離れたところにある2つの鏡を、機械的につなぐ代わりにレーザーの圧力を介してつなぐことで、機械的な熱振動の影響を排除したのが、光バネと呼ばれる振動子である。光バネの生成には、鏡を向かい合わせに配置し、レーザー光が何度も反射するようにした光共振器という装置を用いる。光共振器における鏡の間の距離は、通常はレーザー波長の整数倍であるが、それよりも少しだけずらす(離調[用語6]する)と、光路長の増減に対してレーザーの圧力が変化する。この圧力が鏡を元の位置に戻そうとする復元力となって、光バネが生成される(図1)。光バネの振動周波数は、離調の大きさと光共振器内の光量で決まるため、振動周波数の2乗に比例する光バネの硬さも、この2つの量で決まる。しかし離調を大きくすることで可能なバネの硬さには上限があり、高い光量を使用できない場合や、すでに限界に近い光量を使用している場合は、光バネをそれ以上硬くすることはできない。
この問題を解決するために本研究チームが提案したのが、非線形光学効果を用いた信号増幅である。これは光共振器内の光量を増やすことなく、信号成分を増やして応答を向上し、光バネを硬くするという方法である。本研究では、非線形光学効果の1つである光カー効果を用いた信号増幅を導入した。光カー効果は、光強度に比例して媒質の屈折率が変化するという現象であり、3次の非線形感受率と結合して現れるものがよく知られているが、本研究では2次の非線形感受率と結合して現れるカスケード式の光カー効果を利用した。カスケード式の光カー効果は、非線形光学結晶の温度を変えることで調整することができる。
本研究では、光共振器を構成する鏡のうち1枚を、共振周波数14 Hzの渦巻バネで懸架された280 mgの軽量鏡にした。使用するレーザー波長は1,064 nmで、光共振器内の光量は最大でおよそ40 Wである。非線形結晶を挿入しない状態で測定した光バネの周波数は53 Hzであった。この共振器に、非線形結晶として長さ10 mmの周期分極反転リン酸チタンカリウム結晶を挿入し、結晶の温度を倍波生成損失の少ない39.6 ℃と45.4 ℃という2つの温度に制御した状態で、光バネの測定実験を行った。この場合、屈折率の温度依存性に起因する光熱効果によって光共振器の応答が変化するため、懸架鏡を使わずに光熱効果を精密に測定し、光バネ観測実験の結果から光熱効果の寄与分を除去するという解析を行った。その結果、39.6 ℃のときには光バネ周波数が67 Hzに上昇し、光バネの硬さを表す光バネ定数がおよそ1.6倍上昇したことが分かった(図2)。一方、結晶温度が45.4 ℃のときの光バネ定数の増加は39.6 ℃のときより小さくなり、結晶温度を変えれば信号増幅の大きさを調整できることも分かった。光カー効果は入射光の強度に比例するため、光バネ定数の差は入射光強度が強いほど大きくなった。
今回の研究成果によって、非線形光学効果で光バネを操作することが可能となり、さまざまな微小信号計測の分野での応用が期待できる。重力波望遠鏡の高周波感度を向上させるための切り札となる可能性があるほか、巨視的量子力学検証では熱雑音の希釈効果が改善できる。また薄膜振動を利用した核磁気共鳴観測装置にも応用できる。測定対象によっては光量を増やすと破損してしまうものも多く、信号増幅による光バネの硬化というアプローチは技術革新の元となると考えている。
本実験では光熱効果を解析的に除去しているが、光学的に除去することができれば光バネのユーティリティはさらに向上する。そのためには、光熱パラメタがリン酸チタンカリウムとは逆符号の結晶を光共振器に導入すればよい。本研究チームはこの試みをすでに開始しており、近い将来に検証実験の成果が出るものと期待している。
また、今回はレーザー光をため込むタイプの共振器に光カー効果を導入したが、重力波望遠鏡の暗縞側を利用するのであれば、光カー効果ではなく光パラメトリック増幅が有効である。この方法による光バネの硬化についてもすでに本研究チームで取り組んでおり、近い将来の実現を目指している。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)とフランス国立研究機構(ANR)の日仏共同提案研究CREST(JPMJCR1873)、日本学術振興会(JSPS)特別研究員奨励費(20J22778)、住友財団助成によって支援されたものである。
用語説明
[用語1] 量子光学 : 量子力学の世界では、光は波としての性質だけでなく粒子としての性質も示す。光の量子的振る舞いを追求する学問が量子光学である。
[用語2] 光共振器 : 複数の鏡を向かい合わせに配置し、鏡を透過してきた光が多重反射するようにした装置のこと。反射率の高い鏡を用いることで、入射光量よりも大きな光量の光をため込むことができる。
[用語3] 非線形光学効果 : 非線形光学結晶に光が入射した際に、結晶の分極が入射する電磁場に影響されることにより、出射光が非線形な応答を示す効果。2次の非線形効果としては倍波生成や光パラメトリック増幅が、3次の非線形効果としては光カー効果がよく知られている。
[用語4] 重力波 : 時空のひずみが遠方に伝わる波のこと。ブラックホールや中性子星の運動で生じる。大きな質量の物体が高速に運動すると重力波の振幅も大きくなる。現在の技術で観測が可能なのは、ブラックホール連星などの大質量天体から生じる重力波で、長さが数キロメートルの大型干渉計で観測することができる。
[用語5] 中性子星 : 大質量星が進化の最終段階で爆発を起こした後に残る、極めて高密度な天体。2つの中性子星から成る連星系も存在し、重力波を放出しながら軌道半径を縮め、最終的には合体する。このとき、現在の重力波望遠鏡では捉えることのできない高周波重力波を放出すると考えられている。
[用語6] 離調 : 光共振器に光をため込むには、共振器を構成する鏡の間隔を光の波長の整数倍にする必要があるが、その間隔を波長よりも小さな距離だけずらすことを離調と呼ぶ。
論文情報
掲載誌 : |
Physical Review Letters |
論文タイトル : |
Kerr-Enhanced Optical Spring |
著者 : |
S.Otabe, W.Usukura, K.Suzuki, K.Komori, Y.Michimura, K.Harada, and K.Somiya |
DOI : |
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准教授 宗宮健太郎
Email somiya@phys.titech.ac.jp
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