ノーベル賞レポート

ノーベル賞受賞決定 第1回記者会見 会見録

ノーベル賞受賞決定 第1回記者会見

2016年10月3日
大岡山キャンパス百年記念館にて

司会:ただいまからノーベル生理学・医学賞の受賞が決定いたしました、東京工業大学 大隅良典栄誉教授の会見を行います。本日の登壇者を紹介させていただきます。中央に大隅良典栄誉教授。向かって左側に三島良直学長。右側に安藤真理事・副学長(研究担当)でございます。
初めに学長の三島から挨拶を述べさせていただきます。

三島良直学長挨拶

三島良直学長

三島学長:本日は多数お集まりいただき、ありがとうございます。私どもも本当にうれしく思いますし、今回の大隅先生の受賞は大学にとっても大きな誇りでございます。先生の研究に臨む姿勢につきましては何度も伺ったことがございますけれども、基礎研究に真摯に、そして人がやったことがないことをやるんだ、そしてそれをしっかりと止めることなく続けてこういう成果に繋がったんだろうというふうに思って、私も感動している次第です。このような本当の基礎研究、これから人類のために役に立っていくであろうこうした基礎研究の成果がこういう賞をお取りになられたということで私も大変嬉しく思いますし、改めて大変名誉に思うというところでございます。大隅先生、おめでとうございました。

大隅良典栄誉教授受賞挨拶

司会:大隅栄誉教授の略歴等につきましては、お手元の資料に配布させていただいておりますので割愛させていただきます。それでは、ただいまから2016年ノーベル生理学・医学賞の受賞が決定いたしました、大隅良典栄誉教授から受賞の挨拶をさせていただきます。よろしくお願いいたします。

大隅良典栄誉教授

大隅栄誉教授(以下、大隅):本日、夕刻にノーベル委員会から受賞のお知らせをいただきました。もちろん研究者としてはこの上もなく名誉なことだと思っております。この数年思いもかけずいろんな賞をいただくことになりましたけれども、ノーベル賞には格別の重さを感じております。ノーベル賞、私は少年時代にはまさしく夢だったように記憶しておりますが、実際に研究生活に入ってからは、ノーベル賞は私の意識の全く外にありました。 私は自分の知的な興味に基づいて、生命の基本単位である細胞がいかに動的な存在であるかということに興味を持って、酵母という小さい細胞に長年いくつかの問いをしてまいりました。私は人がやらないことをやろうという思いから、酵母の液胞の研究を始めました。

1988年、今から27年半ほど前に液胞が実際に細胞の中での分解に果たす役割に興味をもちまして、東大の教養学部の私自身たった一人の研究室に移ったときに始める機会があり、それ以降28年にわたりオートファジーという研究をしてきました。オートファジーという言葉は耳慣れないかと思いますが、酵母が実際に飢餓に陥ると自分自身のタンパク質の分解を始めます。その現象を光学顕微鏡で捉えることが出来たということが私の研究の出発点になりました。馬場美鈴さんが電子顕微鏡でその過程を解析することで、実はそれがそれまで知られていた動物細胞のオートファジーという現象とまったく同一の過程であることがわかりました。

酵母は遺伝学的な解析にとても優れた生物なので、早速私たちはオートファジーに必須の遺伝子を探すことを始めました。幸い修士課程の学生として初めて参加した塚田美樹さんの努力で、わりに短時間でたくさんのオートファジー不能変異株をとることが出来ました。これによりオートファジーに必須の遺伝子群が初めて明らかになりました。それらの遺伝子の不能はオートファジーの膜現象に関する装置をコードすることがその後の私たちの解析で分かりました。幸いこれらの遺伝子は酵母のみならず、ヒトや植物細胞にも広く保存されているということが分かりました。こうしてオートファジーの遺伝子が同定されたことでこれまでのオートファジー研究の質が大きく変化をすることになりました。その後は様々な細胞や個体でオートファジーがどのような機能をしているかということが世界中のたくさんの研究者によって解析され、今日に至っています。

私はずっと酵母という材料でオートファジーの研究をしてまいりました。酵母を使った基礎的な研究が今日のオートファジーの研究のきっかけになったということであれば、私は基礎生物学者としてこの上もない幸せなことだと思っております。もちろん現代生物学は一人でやりおおせるものではありません。この28年間、私の研究室でたゆまぬ努力をしてくれた大学院生、ポスドク、スタッフの方々の努力のたまものだと思っております。それから、酵母から動物細胞のオートファジーへと転換してくれました水島昇、吉森保両氏にも、今現在の動物細胞におけるオートファジー研究で世界を牽引している二人とも、今日の栄誉を分かち合いたいと思っております。オートファジーというタンパク質の分解は細胞が持っているものすごく基本的な性質なので、今後ますますいろんな現象に関わってくることが明らかになってくるのを私も期待しております。

一つだけ強調しておきたいのは、私がこの研究を始めた時に、オートファジーが必ずがんにつながる、人間寿命の問題につながると確信して始めたわけではありません。基礎研究はそういう風に展開していくものだとぜひ理解していただきたいと思います。基礎科学の重要性をもう一度強調しておきたいと思っております。

これまで私に研究の場を与えてくれた東大教養学部、理学部、基礎生物学研究所、東京工業大学に厚く御礼申し上げます。これまでの研究のほとんどが文科省の科研費によって支えられたことに感謝したいと思います。この間、私の研究を支えていただいた2人の恩師、この5月に亡くなられた今堀和友先生、安楽泰宏先生に感謝の意を申し上げます。戦後の非常に大変な時代から常に私を温かく見守ってくれた両親にまず報告したいと思います。私の家族、とりわけ折に触れて私を支えてくれた妻、萬里子に深く感謝したいと思います。

家族の支えとノーベル賞の重み

司会:それではこれより質問をお受けいたします。ご質問のある方は挙手のうえ、御社名とお名前をお願いいたします。

記者:教授、今回は受賞おめでとうございます。先ほど奥様に対する感謝の言葉を述べられていましたが、教授が長年研究していた中で、ご家族の支えというのは欠かせないものだったと思います。改めてご家族、そして奥様にどのような感謝の言葉を掛けたいでしょうか。

大隅:妻も一時期は、私と研究を共にしてくれていた研究仲間であったということもあって、逆にいろんなことを甘えていたと思っています。そういう意味では、いい家庭人だったとはいえないと思っており、それにも関わらずずっと支えてくれたことに対して感謝というのか、本当にありがたいことだと思っております。

記者:奥様に、このノーベル賞受賞を報告された際、どのような言葉を掛けられましたか。

大隅:「え?」っていうのが本当のところでですね。「本当?」という言葉しかありませんでした。

記者:先ほど冒頭で、数多く受賞した賞の中でもノーベル賞は格別なものだと仰っていましたけれども、教授にとってこのノーベル賞というのはどういう風に格別なものなんでしょうか。

大隅:本当はあまり格別なものであってほしくないのですが、やはり何といってもいろんな意味でインパクトがある賞であることを、私も十分自覚しています。そういう意味で、私のような基礎的な研究者が運が良ければそういう機会にも恵まれるということを、若い人が知ってくれる機会になったら嬉しいなと思っています。

記者:先生の研究の姿勢が、人がやられていないことに挑戦すると……。

安倍内閣総理大臣からのお祝いの電話

司会:すみません。質問の途中ですが、ただいま安倍総理からの電話が入っておりまして、ちょっと中断させていただきます。

(大隅栄誉教授が安倍総理からの電話に応答)

安倍総理は、お祝いの中で次のように述べました。

安倍総理からお祝いの言葉を受ける大隅栄誉教授

安倍総理からお祝いの言葉を受ける大隅栄誉教授

「大隅先生、この度はノーベル生理学・医学賞の受賞、誠におめでとうございます。

先生の研究成果は、がんやパーキンソン病などの難病に苦しむ方々に光を与えたと思います。日本人として本当に誇りに思います。

先生は常々、『誰もやっていないことに挑戦する』とおっしゃってるそうでありますが、そうしたチャレンジする姿勢がこうした受賞につながったのではないかと思いますが、後に続く若手研究者たちに大きな励みになると思います。

先生の受賞によって、日本人研究者が三年連続で受賞することになりましたが、日本が、生物学や医療を始め、イノベーションで世界を牽引して、世界に貢献できることを大変嬉しく思います。

どうかこれからも、健康に気を付けていただきまして、世界の学界でますます御活躍されますことを期待しております。本当におめでとうございました。」

首相官邸ウェブサイト 総理大臣 総理の一日 平成28年10月3日 大隅良典栄誉教授へのお祝いの電話(External site)より抜粋して引用)

人がやらないことに挑戦する

司会:それでは先ほどのご質問の方から。

記者:人がやらないことに挑戦するというのは、大隅先生の基本的な研究の性だと思うんですけど、そういう風に考えるようになったきっかけというのは、どこかにあったんでしょうか。

大隅:(以前)どこかに書いたことがあるのですが、私はあまり競争が好きではありません。人が寄ってたかってやっていることをやるより、人がやっていないことをやる方が実は楽しいんだというのは、ある意味でサイエンスの本質みたいなことだと思っています。みんなで寄ってたかって、(その中で)勝ってすごいことができるというのも、一つのサイエンスのあり方だとは思いますけれども。(同じ分野の中で)誰が一番乗りをしたということを競うよりは、誰もやってもいないことが自分(の研究)で見つかったということの喜びが、研究者を支えるんじゃないかと私は常々思っているので、「液胞」というみんながゴミ溜めだと思っていたものから研究をスタートしましたし、「タンパク分解」に皆さんがまだ興味がなかった時代にそういうことを始められたんだと思っております。

記者:先ほど基礎研究の重要性を強調されていましたが、最近ここ10年ぐらい(の傾向として)、政府の研究開発投資がだんだん応用寄りになっていると思います。実用化を目指すというような、そういう流れになってきています。大隅先生はこの流れをどういう風にお考えですか。

大隅:私は(そうした傾向に)大変憂いていて。先ほども言いましたように、サイエンスってどこに向かっているのか分からないところが楽しいところなので、そういうことが許される社会的な余裕みたいなものがですね。だから、「これをやったら、必ずこういういい成果につながります」ということを、サイエンスで言うのはとても難しいことだと思います。ですので、もちろん全ての人が成功できるわけではないのですが、そういうことにチャレンジすることが科学的な精神だろうと私は思っています。そういう意味で、社会が少しでもゆとりをもって基礎科学を見守ってくれるようになってほしいと常々思っていますので、私も少しでも努力をしてみたいと思っています。

記者:おめでとうございます。

大隅:ありがとうございます。

記者:ノーベル生理学・医学賞の単独受賞は1987年の利根川先生以来だと思います。そのことについて、まず感想をお聞かせください。

松野博一文部科学大臣からのお祝いの電話

司会:すみません。質問中ですが、 松野文部科学大臣からお電話が入っておりますので。

(以下、松野博一文部科学大臣との電話)

松野:このたびのノーベル生理学・医学賞の受賞、本当におめでとうございます。

大隅:ありがとうございます。

松野:先生のオートファジーのメカニズムの解明に関する研究は、世界的に評価が高かった分野ではありますけれども、日本人としては29年ぶり、利根川進先生以来の単独受賞ということで、独自性が評価されたのだと思います。本当におめでとうございます。

大隅:ありがとうございます。

松野:このオートファジーのメカニズムは、がんやパーキンソン病などの新たな治療法の開発や創薬の基盤となる重要な研究だと認識しております。多くの方が期待をされていると思います。

大隅:オートファジーは、細胞が持っている最も基本的な装置なので、いろんなことにこれから関わってくるだろうと思っています。それには、もっともっと多くの方々が参入をしていただいて、医学等の面での発展・展開をされたらいいだろうと思っております。必ずしもまだたくさんのことが分かったという段階ではなく、オートファジーはまだまだ分からないことだらけの分野だと私は思っていますので、さらに皆さんが興味を持って研究を発展してくれるといいなと思っております。

松野:先生の今回のご受賞で、我が国の学術研究の水準の高さを国内外に示すことができたと思いますし、若い研究者の皆さんにも大きな励みになると思います。今後ともご活躍をいただきまして、我が国の学術研究の一層の発展にご尽力をいただくようお願い申し上げます。

大隅:ありがとうございます。努力をしたいと思っております。

松野:文科省としても精一杯応援をさせていただきたいと思います。

大隅:どうもありがとうございます。

単独受賞への想い

多数集まった報道陣

多数集まった報道陣

司会:それではご質問を続けていただいて。

記者:利根川先生以来の単独受賞で大変なことだと思うのですけれども、その点について先生のお考えをお聞かせください。

大隅:私も単独受賞というのを今日知らされて、実は少し驚いております。最近は2人~3人(で共同受賞)というのがずっと続いておりました。
昨日の夜中に“もしもそういうことがあったら、いったい誰と共同受賞になるのかな。”と考えていました。オートファジーのフィールドで「この人をおいてはありえない」という方が海外にはおらず、日本が大きくリードしてきた分野なので、先ほども言いました水島さん、吉森さん、小松さんがされている哺乳類のオートファジーの研究も日本が牽引してきた特異な分野なので。そういう方々との共同受賞があったらいいなということも思ったんですが、なかなか日本人3人などというような組み合わせはないだろうというのも思っていたので、蓋を開けてみて単独受賞になったことを、少し驚きも含めて感慨深く思いました。

記者:「今日の栄誉を分かち合いたい」と述べられた吉森先生と水島先生と研究された、愛知県岡崎市の基礎生物学研究所の時代の研究が、今回の受賞業績にどのような役割を果たしたのか。岡崎時代の思い出などもありましたら。

大隅:私自身は酵母の研究をもう40年来、オートファジーの研究も28年ぐらい続けています。オートファジーという現象自身は、動物細胞で最初に発見された現象なので、酵母だけではなくて、他の高等生物のオートファジー研究を是非ともやりたいと思って、吉森さんを助教授として迎えることになりました。オートファジー研究を、酵母を中心にしながら、動物細胞も植物細胞も用いて進めるというのは、また、世界にあまり類のない研究室を数年持てたということは、オートファジーの世界が広がる意味でとても大きな意味を持っていたと思っています。

記者:先ほどノーベル賞を意識したのは子ども時代であり、憧れていたと仰っていましたが。

大隅:そんなに大きな意味はありません。子ども時代に研究者になりたいと思って一つの憧れみたいなものとして頭に浮かんだとしか、申し上げることがありません。

記者:それは小学生とか中学生時代でしょうか。

大隅:そうですね。先日、私の小学校の卒業文集のなかに、(友達と)お互いに交わしたメモみたいなものを発見しました。そこに友達がそういうことを書いてくれていたので、私は小さい時から研究者になることにある種の憧れを持っていて、その先にノーベル賞があったということだと思っています。ただ私は、先ほども言いましたように、実際に研究をスタートしてからは、それがノーベル賞につながる研究だなどということを思ったことはほとんどありません。これは正直な気持ちとして、そういうことが私の励みになったということもなかったような気がいたします。

記者:今日、受賞が決まった後、どういう電話がありましたか。

大隅:たぶん電話がかかってきたんだと思うんですけれども、とてもたくさん電話があったので、電源を切ってきました。連絡はありません。ただ、毎年「20~30人が母校に集まって(ノーベル賞の受賞を待ち望んでいる)……」というメールが入っているようなので、毎年申し訳ないなと思っていたのですが、今年こういうことになったので、ある意味ではちょっと肩の荷が下りたかなという気がしています。

記者:今日はどちらで連絡をお受けになりましたか。

大隅:研究室です。

オートファジー研究の拡がり

記者:先ほどのお話のなかで、オートファジーの研究を始められた時、がんなどの応用につながると確信をしていたわけではないと仰っていましたが、長年、酵母やオートファジーの基礎的研究をどのような思いで続けられてきたのでしょうか。

大隅:科学というかサイエンスというのはゴールがありません。何かが分かったら必ず次に新しい疑問が湧いてきます。私は“あ、酵母で全部解けた”という思いをしたことは一度もないので、いまだに酵母にたくさんのことを問いかけてみて、それが動物細胞の理解に繋がってくれればいいなという思いでおります。特に、生命科学は「これが分かったから全てが分かった」という状況はほとんどないと、私自身は思っています。

記者:オートファジーにつきまして、どのような発展を期待されてるのか。若手研究者の方に、今回の受賞を含めてメッセージがありましたら。

大隅:先ほども申し上げましたが、確かに今回の受賞にも、オートファジーが色々ながん細胞に関わっているとか、それから神経性疾患、アルツハイマーみたいなものに代表されるような、そういう疾病と絡んでくるのではないかといった報告がたくさんされているのは事実です。ただ、オートファジーが原因でこんな病気になったという因果関係が分かっているのは、まだほとんどありません。細胞は、最初に申し上げたように、まさしく分解と合成の平衡として成り立っているので、例えばタンパク質の合成が必要だということ、大事だということはもう誰も疑わない。分解も、これは大事なんだということを疑わないのが将来の姿だろうと思います。ですので、分解がどんな局面で何をしているかということは、これからの医療、それから健康維持とか、そういうことも含めて、まさしくたくさんの課題がわれわれの前にまだあるんだというふうに思っています。

記者:前の質問と重なる部分もありますが、先生はオートファジーはまだまだ分からないことだらけという風に仰っています。色々な可能性を秘めていると思うんですが、先生ご自身は今後この分野で、今後の研究生活でどんな研究に取り組んでいきたいかというのをお聞かせください。

記者からの質問に答えて

記者からの質問に答えて

大隅:分解という、ものがなくなるということを定量的に扱うのは非常に難しくて。動物細胞でもオートファジーが定量的な解析に乗るということは、今だに成功していません。酵母等、幸いいくつかの系でそういうことをできることがありますので、酵母の研究がまだ先導できることがあるんじゃないかという風に思っています。もう少し定量的な……一体オートファジーで何が壊れて、何が生じて、それが代謝みたいなものにどのように影響するのかということを、あと数年間、私に許された時間があるとしたら、そういうことに集中して解析をしてみたいと思っていて、現在、ある種の方向転換をラボでしています。

記者:液胞に着目して研究を続けてこられて、成果を出されてきましたが、その中でうまくいかなかったこともいっぱいあると思うんです。失敗だとか。そういう時に、今後の若い方に向けて、どうやって挫けそうなところを乗り越えてきたのか、先生の研究に対する思いというか、モチベーションの部分を教えてください。

大隅:研究者には自分のモチベーション(を保ち続けるため)の色々なやり方があって、こうじゃなくちゃいけないということは私はないと思っています。ただ、今、生命科学は大変な進歩をしています。例えば、オートファジーの論文はこの頃は毎年5,000報ぐらいの公表がある時代になっています。そういう情報の中で、それを全部自分で消化する等ということは到底不可能だと私は思っています。ですので、私は若い人に、自分が何に興味があるのかをよく考えてみてほしいと思います。論文の中の一つの遺伝子に注目するだけでは、大きな問題はなかなか解けないんじゃないかと思っています。私は自分で現象を見続けたところからスタートしていますので、いつでもそこに帰れます。私が最初に見た現象は、私のラボでは今でもみんなが顕微鏡で見ている現象で、一体何が起こってるんだろうと原点回帰できる現象を自分で持っていたというのが、どんなことがあっても続けられた一つのモチベーションだったのかなと思っています。

オートファジーとは

記者:オートファジーをまったく知らない人たち、特に子供たちに向けて、オートファジーがそもそもどういうもので、何に役立つのかを分かりやすく教えて下さい。

大隅:私たちは、毎日タンパク質を70グラムから80グラムぐらい食べています。それはタンパク質自体が必要だからではなくて、タンパク質を分解して、アミノ酸というタンパク質を作る際の原料にするためです。一方、私たちの身体では300グラムぐらいのタンパク質が作られています。それでは、一体(その差として生じる220グラムから230グラムの)アミノ酸はどこから来るかといったら、私たちの身体の中のタンパク質が壊れてアミノ酸になっていて、それが再利用されているよ、ということを例としてよく言います。ですから、私たち生命は、その成り立ちから非常に大事なリサイクルのシステムがあって初めて成り立つものだと私は理解をしています。その分解の部分というのが、生命を支える一つ大事な要素だということ、と思っていただければいいと思います。

もう一つ例を挙げると、海で遭難して、1週間何も食べず水だけで生きていられたという話をよく聞きます。その間、私たちの身体はタンパク質の合成を全部止めているわけではありません。そういう意味でも、私たちは実に巧妙に自分たちのタンパク質を分解しながら再利用していくというシステムによって成り立っているといえます。自分自身のタンパク質を分解すること、例えば、タンパク質を食べて消化するのは細胞の外の現象ですが、細胞の中でも自分たちのタンパク質を作っては壊し、作っては壊しということをして生命があるんだということでお分かりいただければと思います。

記者:それが何に役立つんでしょうか。

大隅:役に立っているという答えは難しいんですが、そういうことが生命の本質だとすれば、そのことの理解なしにはいろんなことが出来ないだろうと思っています。もちろんそういう意味で、(オートファジーが)栄養素を自分で作るシステムであると同時に、細胞の中に色々な変なタンパク質が溜まったり、それからオルガネラみたいな、例えば変になったミトコンドリアが蓄積をしてしまったり、そうしたことが病気の原因になっていること等、たくさんのことが分かるようになってきました。細胞の中をいつも最適な状態に、クリーンにしておきましょうというのが、実はとても大事なことなんです。それが、全部とは言いませんが、オートファジーの大事な役目だと思います。ですから、栄養源のリサイクルと同時に、細胞の中のクオリティ・コントロール、質的なコントロールをしているものとして、オートファジーが大事なんだということがだんだん理解されてきています。それがこれから医学応用のとても大事な部分になるんだろうと思っています。

トレードマークの髭について

記者:先生といえば、非常に立派なお髭が。お髭へのこだわりというのは何かあるんでしょうか。

三島学長(左)、大隅栄誉教授(右)

三島学長(左)、大隅栄誉教授(右)

大隅:えっとですね、私、今はこんなになりましたけど、童顔だったので、外国に留学する時にあんまり若造に見られたくないなと思って、留学する前に髭を生やしました。その頃はもちろん真っ黒な髭だったんですけれども、だんだん真っ白になって、あまり自分でも髭を意識しないで済むようになりました。留学中に、ちっとも面白いことがないので1回剃ってみようと思って、1回だけ剃りました。自分で「ああ、こんな顔してたんだ」と思ってびっくりして。次の日からまた伸ばし始めたので、もう40年ぐらい。無精髭ですね。髭を伸ばしてると、少々ここらへん(口と鼻の間あたりをさすりながら)が伸びててもなにしてもいいので、髭を伸ばすととても楽だと思っています。

記者:今朝はちなみにしっかり整えられてきたんでしょうか。

大隅:えー…特別そうでもないんですけど、うちのワイフが朝、「髭が伸びてるとジジくさいからもっと短くしなさい」ってうるさく言ったので、ちょっとだけ短くしてきました。

子供たちへのメッセージ

記者:先ほど、子供の頃からノーベル賞に憧れていたということだったんですけれど。

大隅:いや、そんなことはないです。それは本当にみんなが思っているぐらいの感覚だったと理解していただければ。

記者:なるほど。ずっと研究を続けられてきたということで、小学生と中高生に向けてメッセージをいただければと思います。

大隅:今、なかなか自分の興味を伸ばすことがとても難しい時代になっていると思います。私は特に子供たちには、本当に「あれ?」と思うことがたくさん世の中にはあって、そういうことの気づきをとても大事にしてほしいというのが、私が小学生に言いたいことです。分かっているような気分になっているけれども、何も分かっていないということがたくさん世の中には(あります)。生命現象には特にそういうことがあるので、「え?なんで?」ということを大事にする人たち、子供たちが増えてきてくれたら、私は日本の将来の科学も安泰だと思っています。そういうことが必ずしも今はなかなか難しい世の中になっているとも感じています。「まあ、なんとかなるさ」という精神で、いろんなことにチャレンジしてくれる人たちが増えてくれることを私自身は強く望んでいます。ただ、そんなに易しいことではないので、そういうことを社会が支えるような環境を少しでも作れればと、私自身は思っています。

記者:先生は常に「何で?」という思いを積み重ねながらやってこられた。

大隅:それはもう科学の基本だと思っています。

司会:21時までを予定していますので、もう1件だけ質問を受け付けたいと思います。

ノーベル賞賞金の使い道

記者:賞金の使い道なんですけれども、研究以外でなにかやりたいこととかありますか。

大隅:私もこの他にも色々な賞をいただいているので、この歳になると、豪邸に住みたいわけでもないし、外車を乗り回したいわけでもないので、私は出来るだけ何か本当に役に立つことができればいいなと思っています。ただ、湯川さんが(ノーベル賞を)もらった時には(ノーベル賞の賞金が)大金だったかもしれませんが、今は大変多額の研究費を要するようになっていて、賞金が、大きな研究室だったら1年分の研究費(に相当する)かもしれないという時代でもあるので、何に使ったら一番いいか。先ほども言ったように、若い人たちを何かサポート出来るようなシステムが出来ないか。社会的にノーベル賞がとても意義があるとすると、そういうことが少しでもやりやすくなって、少しでも私が生きている間、あと数年の間に、何かそういうことの一歩が踏み出せればいいなというふうに思います。

記者:役に立つ研究以外って、今すごくやりにくくなっています。科研費でも「役に立ちます」って書かないとなかなか(採択されません)。そういう基礎研究とかに使っていく、支援をしていく。

大隅:ええ。そういうことです。私は「役に立つ」という言葉はとても社会をダメにしていると思っています。それで科学で「役に立つ」って、数年後に企業化できることと同義語みたいにして使われる「役に立つ」という言葉は、私はとても問題があると思っています。本当に役に立つということは10年後かも20年後かもしれないし、100年後かもしれない。そういう何か、社会が将来を見据えて、科学を一つの文化として認めてくれるような社会にならないかな、ということを強く願っています。

記者:ありがとうございます。

司会:ご質問は尽きないかと思いますが、所定の時間になりましたので、ノーベル賞受賞に関する記者会見はここで終了させていただきたいと存じます。本日はご出席いただきまして、誠にありがとうございました。

大隅:どうもありがとうございました。

三島学長、安藤理事・副学長と固い握手を交わす

三島学長、安藤理事・副学長と固い握手を交わす

大岡山キャンパス到着後、お祝いの花束を手に

大岡山キャンパス到着後、お祝いの花束を手に

公開日:2016年11月17日