ノーベル賞レポート
ノーベル賞レポート
2016年12月14日
羽田空港にて
司会:それでは、ただいまから、ノーベル賞授賞式を終えて帰国しました大隅栄誉教授ならびに萬里子夫人の帰国会見を行いたいと思います。大隅先生から最初に一言どうぞよろしくお願いいたします。
大隅栄誉教授(以下、大隅):本日、ストックホルムから無事に帰ってまいりました。何とも日々どうやって過ごしたのかあんまり覚えていないような1週間でして。(ノーベル財団のスケジュールの書かれた冊子を見せながら)こういうふうにノーベル財団が私のスケジュールを全部書いて下さったのがあって、「8時半にどこに行ってなんとか」といった感じで結構ハードなスケジュールで次のこともあまり把握しないまま、とにかくこなすという日々でした。ですが、一つ一つの行事が素晴らしく、もちろん大変でしたけれどもとても感銘を受けました。ほとんど外に出ることが出来なかったんですが、昨日は雪の中、ノーベルのお墓に花を手向けに行き、それで自分の中で一つの区切りがついたかなと思いました。
司会:ありがとうございます。それでは、ご質問のある方は挙手の上、お願いいたします。
記者:非常に忙しい1週間だったと思いますが、特に印象的だったシーンを一つ挙げるとすれば、どちらだったのでしょうか。
大隅:たぶんそういう質問もあると思って、どれが1番だったか考えてみましたが、まだ私の中できちんと1週間が総括できていないというのがあって。もちろん授賞式は大変感動的なものでしたし、実はメダルを実際にいただきにノーベル財団に行ったのは12日ですから、わずか1日前で、そこで色紙にサインする作業と歴代の受賞者が各々サインをしている本を見せていただき、それこそ私が化学の教科書で学んだような大先輩から、私が大学院時代に憧れた研究者から最近の研究者の名前までが書かれていました。そういうところに私の名前を記すことになったということで、その時は大変感慨深いものがありました。晩餐会は晩餐会で、ロイヤルバンケットという王室との晩餐会も大変すばらしいものでしたので、どれが1番どれが2番、というのはちょっと申し上げられません。
記者:奥様にとっても印象深いシーンというのはおありだと思うんですけれども、それを聞かせていただきたいのと、改めて大隅さんに奥様に対する感謝の気持ちをお伺いしたいと思います。
萬里子夫人(以下、夫人):同じように本当に何から何まで初めてのことでどれも印象深く、やはり大隅が(12月7日に)レクチャーをして皆様から拍手をいただいて、その時に胸に詰まるものがありました。また、授賞式、晩餐会は聞いていた以上に素晴らしく、それこそ王族の方たちのそばで食事をするなんてことが自分の身にあるんだろうかという感激で、おいしかったんですけれど、なかなかゆっくり味わう暇もなく過ぎました。
大隅:私もどこかでも申し上げたように、ずいぶんいろんなところで支えてもらったと思っています。ノーベル財団は「とにかくこれは個人の賞なので、家族を大切にしろ」と再三言ってくれて、家族を授賞式などに呼べて、一緒に壇上に上がれたことは大変思い出深いことになりましたし、家族を大事にしようと改めて思う機会になりました。
記者:今日帰国されて、お休みになる前にしたいことが何かあればお願いします。
大隅:もう2週間近く海外で過ごしたので、まずは我が家でバっと足を延ばして、今日は疲れているのでそのまま寝るんじゃないかと思います。ただ、いっぱい宿題もあって、向こう(スウェーデン)でもお祝いの手紙をもらっていて、この間もたくさんの方からメールをいただいていて、そういうことをやり取りするだけで、あっという間に数日経っているんだろうなと嬉しい反面、大変だろうなと思っています。
記者:萬里子さんはいかがでしょう。お休みになる前に何か。
夫人:帰ったらお風呂にゆっくり入って、すぐに寝ようと思います。洗濯物もたくさんありますので。
記者:スウェーデンで酵母への感謝ということをおっしゃっていて、大変興味深く聞いていたんですけれど、お酒はゆっくり味わえましたでしょうか。
大隅:レセプションなどでシャンパンに始まって、いろいろなお酒をいただきましたけれども、やっぱりどこか緊張していてお酒がおいしいなと思えることはあまりなくて。それはしょうがないことだと思いつつ、たぶん胃袋が受け付けなかったんだと思います。昨日の夜、仲間たちと飲んだら、ようやくお酒がおいしいなあと感じられました。
記者:先ほど、これまでの歴史的な受賞者の話が出ましたが、大隅先生はこれからも現役で研究を続けていかれるわけですし、この2週間は大変お疲れですけれども、これから先、まだやりたいと思うことがたぶんあったんじゃないかと思います。ぜひこれだけはやりたいと思うことは何でしょうか。
大隅:私の研究分野であるオートファジーという領域は、まだまだ勢いがある右肩上がりの分野で、これが病気の克服に繋がることがはっきりしているということはありません。(オートファジーは)細胞が持っている大事な機能なので、必ずやいろんなところでいろんなことに絡んでくることは確信していますが、その病気をどう治せるかということに対してはほとんど手がついていない領域です。日本ではそういうことはないんですけれど、ノーベル賞をもらうとその領域からは若者が離れていくという国もあります。オートファジーに限ってはまだまだいろんな人が参入してくれて、もっとたくさんのことが分かってきてほしいと思っています。私たち自身の達成度は30%くらいだと思っていますので、歴史的にも動物細胞は皆さん関心が高いんですけれども、私自身はこの問題を酵母でもう少しがんばって解いて、酵母でしか出来なかったという意味で動物細胞のオートファジーの研究にインパクトを与えられるようになりたいと思っています。あと4年間、時間が与えられていると思っているので、そういう努力をしてきたいと思っています。
記者:最終日にノーベルのお墓に行かれたということですが、自由時間が少ない中で何故そこを選ばれたのか、そこへ行ってどんな気持ちになられたのかを教えてください。
大隅:ストックホルムはきれいな街でたくさん観光するところがあったと思いますが、ノーベル賞の原点というか、ノーベルという一人の科学者のことに想いを馳せて、ぜひ時間があったら行ってみたいと思っていました。(渡航前は)すごく寒いストックホルムを予想していたんですが、最初の3、4日は比較的暖かくて“こんなもんか”と思いましたが、最後の2日間くらいで雪景色のストックホルムを見ることが出来て、また、ノーベルのお墓も雪をかぶっている、そういう静かな墓地を訪れることが出来、大変感慨深いものがありました。
記者:地元のことで恐縮ですが、授賞式にあわせて(福岡高校の)化学部の同級生たちが祝賀会を開催されたと。なかなか忙しいことと思いますが、いずれ帰られて会いたいといったお気持ちはありますでしょうか。
大隅:この間にも日本も含めて毎日いろんな依頼がまいります。どれもこれもある意味で無下にできないものも多くて、それは(スウェーデンに)行く前からそういう状況で、学会や、いろんな国から講演依頼が来ています。忙しくて仲間たちと飲んだりする時間もあまりとれず、お祝いを言ってくれたたくさんの仲間と一つ一つ丁寧に付き合いたいと思ってはいるのですが、それが許されるような気配がまだ見えません。過去の受賞者から聞いても、「これからも大変なんだ」と聞かされているので、ひょっとしたら、日常の研究室に入れる生活に戻れないのじゃないかと…。あと20年も30年も研究を続けられればいいのですが、先ほども言ったとおり、あまり(研究のための)時間が残されていないので、自分の希望が聞き入れられて、いろんなことが行動できたらこれほどうれしいことはないなと思っています。
記者:記念講演でも、基礎研究の重要性であったり、科学を文化の中核として育む社会になってほしいというメッセージを発信されていましたけれども、改めてそのことを強調された想いを教えていただけますか。
大隅:日本の状況は必ずしも若者にとっても、今一生懸命研究している大学人にとってもそんなに住みやすくないと危機感を持っているので。(スウェーデンでは)受賞者も含めて海外の人が、もちろんみなさんの報道のおかげもあるかもしれませんが、スウェーデンテレビのノーベル賞特集番組をたくさんのスウェーデン人の方が見ていらして、“これはちょっと日本と違うのかな”という想いがありました。ノーベル賞はスウェーデンの国家事業ではありませんが、王族の方たちもあれだけ出席されるような、寒く暗いストックホルムで毎年開催される一大イベントで、たくさんの人がサイエンスに(関心を持っていて)、その一方で王女様がどういう服装だったかが語られる側面もあるんですけれども、非常にまじめにサイエンスの紹介があったりすることも含めて、そういうことが日本の科学にも定着していってくれるといいなという想いがしています。例えば、物理学の神髄をみんなが理解するのは大変難しいことなんですが、こういうことで素晴らしいことがあったんだということを共有できるようになるといいなと思っています。スウェーデンに行って、(ノーベルウィーク中のイベントは)国家をあげての行事なんだと改めて思いました。
記者:ノーベルメダル(チョコ)を1,500枚購入されたと伺っていますが、どういう方に贈られますか。
大隅:数えてみたらそうなったという厳密なものではなく、研究仲間や私の住んでいる地域の妻と私の交友関係などたくさんの方々からお祝いをいただいたので、その一つのお返しと考えていたら1,500枚ということになりました。息子たちにも分けたので、“実際どうなるのかわからないけれど、足らないより余る方がいいや”ということでそれぐらい購入したということです。
記者:スウェーデンに行って、みんながサイエンスを楽しんでいて、日本もそうなってほしいということですが、こういうことをやっていきたいとかあるんでしょうか。そういうイベントをやってみたいとかそういう構想があれば。
大隅:大学の方からは「アウトリーチをやりましょう」というのが一つの方針であると言われますし、私自身もそのことは承知していますが、まだ何があったら、何をしたらいいのかわかりません。マスコミの報道も含めて、もう少しこうしてほしいなというのはどこかできちんと注文をつけたいなと思います。そういうことも含めて、いろんなことが変わってほしいと思っていますが、(具体的には)まだ私の中でも整理がついていません。
司会:続いて、フォトセッションにまいります。
(フォトセッションに応えながら)
大隅:これがいただいたノーベル賞のメダルです。裏にY.Ohsumiと書かれています。(ノーベル博物館で購入したノーベルメダルの)チョコレートの大きさと同じかと思っていたら、それよりずっと大きいなと思いました。これがディプロマ(賞状)です。物理学賞、化学賞、経済学賞はこっち(向かって左側)のページに絵柄が入っていて、“私のはなんで入っていないんだろう”と思って訊いたら、「ノーベル(生理学・)医学賞は何も入らない、すっきりしている形がカロリンスカ(研究所)の伝統の形です」と言われました。他にもいろいろな工夫がされていて、賞状のカバーも一人一人違っています。私のイニシャルのYとOをデザインしたもので、ノーベル財団の責任者から「おまえのは非常に美しい形になった」と言われました。
司会:それでは時間になりましたので、これで記者会見を終了いたします。
公開日:2017年1月10日